上 下
1,625 / 1,730
小学生編

冬から春へ 30

しおりを挟む
「お客様のご要望の物件は、まず出ませんよ」
「……そうですか」

 何件もの不動産屋を回ったが、条件に合う物件は全く見つからない。

 家探しは難航しそうだ。

 事前に、潤に引っ越し先の希望を聞いた。

 立地、家賃、環境、間取り、設備と、過度な贅沢を言っているわけではないが、譲れないこともあるようで、なかなか折り合いがつかないらしい。

 潤が拘ったのは軽井沢の駅にほど近い場所で、小さな庭のある一軒家の賃貸住宅が希望だった。そして何故か一定の地域は避けて欲しいという要望と、別荘をリフォームした家はNGとのこと。

 どうやら……何か深い事情がありそうだが、今は聞かないよ。

 潤が話したくなった時でいい。

 今は目の前の問題を解決することに集中したいしな。

「うーむ、この値段じゃ厳しいよな」
「条件の見直しをご検討下さい。この値段ではそもそも無理ですので」
「うーむ」

 家賃の援助をしてやるのは簡単だが、一家の主として頑張りたい潤の気持ちを応援してやりたい。どうしたものかな。

「父さん!」

 そこに潤がやってくる。

「おぉ、買い物は終わったのか」
「はい、母さんにいろいろ買ってもらいました。いっくんとお揃いの服まで……代金を受け取ってもらえなくて……申し訳ないです」
「なぁに、前から買ってやりたいと騒いでいたから甘えるといいさ」
「……すみません」
「潤、俺はすみませんより、ありがとうの方が嬉しいぞ」
「あ……ありがとうございます‼」
 
 背筋を正してビシッと敬礼するもんだから、笑ってしまった。

「末っ子は可愛いな。キャンピングカーに戻って珈琲を飲もう。良さそうな豆を買ったんだ」

 もう少し家探しの条件を詰めるべきだな。

 譲れない点、妥協できる点、一つ一つ確認していこう。


****

 たいへん!

 いっくん、またこわいゆめみちゃったよ。

 いっくんのおうちがね……ママとくらしたおうちがね……パパがきてくれたおうちがね……まきくんがうまれたおうちがね……もえちゃうの。

 なくなっちゃうの。

 あついの。

 どうちよ?
 
 みんな、なくなっちゃうよー

 パチっておめめさめたらすごくドキドキで、えーんえーんなきたくなったの。でもね、ママがまきくんをだっこしておっぱいあげていたから、いっくん、がまんしたよ。
 
 ママこまっちゃうもん。

 まきくんがびっくりしてないちゃうもん。

 いっくん、おにいちゃんだから……
 
 なかないもん。

 だからぎゅっとめをつぶって、もういちどねむろうとしたよ。

 いっくんよりさきに、まきくんがすやすやねむったよ。

 ママはいっくんのおふとんなおしてくれたよ。

 ママぁ……

 あくびしてる。

 ママもねむいんだね。

 いっくん、だからじっとしていたよ。

 そうしたらね、ドアがひらくおとがしたの。

「だれ?」
「しー、いっくん、ボクだよ」
「めーくん!」
「しー」
「うん」
「いっくん、もしかして……こわいゆめみたんじゃない?」

 パジャマをきためーくんが、いっくんのことみにきてくれたよ。
 
「しゅこし……」
「やっぱり、そうかなっておもって、いっくん、さみしくない? ボクには本当の気持ち教えて。ボクはいっくんのお兄ちゃんだから、ママがいそがしかったらお兄ちゃんがいるよ。ボクのお兄ちゃんもそうやって守ってもらったんだって」

 そうなの?

 ママがいそがしいとき、あまえてもいいの?

 めーくんにあまえてもいいの?

「いいの?」
「当たり前だよ。そうだ、いっしょにねようよ」
「うん! あ……でもママがちんぱいするかも」
「だいじょうぶ。ちゃんと『しんしつにいます』って、おてがみをかくよ」
「めーくんってしゅごい」

 めーくんって、かっこいいなぁ。

 いっくんもめーくんみたいになりたいなぁ。

 いっくんもまきくんをまもれるようになれるかな。

 いっくん、まだちいちゃいけど、おおきくなるよ。

「じゃあ、いこう」
「あい!」

 めーくんのおてて、とってもあたたかいね。
 
 うれちいな。

 もう、ひとりでじっとしてなくていいんだね。

「しーだよ」
「うん、しーね」

 ベッドには、みーくんとそーくんが、なかよくねんねしてたよ。

「わぁ、なかよちちゃんでしゅね」
「とってもね! ボクたちもなかよしだよ」
「めーくん、おててつないで」
「うん!」
「えへへ」
「えへへ」

 めーくんとおててつないだら、こわいゆめ、もうみなかったよ。

 ふたりでいっぱい、いっぱい、あそぶゆめだったよ。

 おおきくなって、サッカーしていたよ。

 いっくんのこと、パパがニコニコみてくれていたよ。


****

 僕と宗吾さんは静かにエンジェルズを見つめた。

「俺たち幸せだな。朝起きてすぐ天使を見られるなんてさ」
「はい、僕もそう思います」
「瑞樹も俺の天使だよ」

 顎をそっと掴まれ、チュッとキスをされた。

「あ、駄目ですよ、子供達がいるのに」
「まだ寝息を立てているぞ」

 宗吾さんが僕の少し長めの髪に、指をくるりと絡ませてくる。
 
 いつもひとつになる時にされる仕草と同じで、心がトクンと跳ねた。

 そのまま腰を抱かれ二度目のキス。

 そこにバーンっと菫さんが飛び込んできたので、僕たちは叱られた子供のようビクッとしてしまった。

 あ、危なかった。

 慌ててパッと離れて、布団に飛び込んだ。

 僕、はだけてないよな。

 パジャマの襟元を正して正座だ。
 
 菫さんは美智さんが用意してくれた、部屋着にもなるスウェットの上下を着ていた。それで正解だと思う。

「あ、ごめんなさい。いっくんがここにいると芽生くんの手紙が置いてあったので」

 その声にいっくんは満面の笑みで目覚めた。

「あー ママぁ」
「いっくん、芽生くんからお手紙もらったのよ」
「うん、よなかにめーくんがむかえにきてくれたの。いっくん、だからとってもたのしいゆめみたよ」
「そっか、そうだったのね。芽生くんありがとう」
「……むにゃむにゃ」

 いっくんも芽生くんも、とてもいい夢を見たようだ。

 芽生くんはまだ見ているようだな。

 宗吾さんと顔を見合わせて、くすっと笑ってしまった。

「芽生は寝坊助だな」
「宗吾さんに似ましたか」
「はは、そうらしい」」
「くすっ、なんだか私たち不思議な関係ですね。ええっと……あの、貴重なお二人の時間に、これからって時に、お邪魔しました」

 菫さんが気まずそうに部屋からパタパタと出ていってしまう。

「え? いや、そんなー 待って下さいー」

 今、絶対誤解された!
 
 あたふたしていると宗吾さんが肩を揺らした。

「瑞樹が頬を染めて、潤んだ目元で色っぽいからさ~」
「宗吾さん‼‼」
「さぁ、1日のスタートだ。頑張るぞ!」
「はい、穏やかな1日となるように願っています」
「そうか……願うのか。すごくいい響きだな。サンキュ!」


 賑やかな朝、和やかな朝に感謝しよう。

 皆、無事で、揃って平和な朝を迎えられたことに感謝しよう!

 感謝から始まる1日は、感謝で終わる1日に繋がっていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...