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小学生編

冬から春へ 26

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 もしかして……

 もしかして、この温もりは。

 首元に優しく巻かれた綺麗な編み目のマフラーに、思わず視界が霞んでしまった。

「くっ……」
 
 そうであったらいいと祈りながら振り返ると、オレが心に思い描いた人が立っていた。

「かっ、母さん……」
「潤、潤、無事で良かった。どこも怪我してない? すごく心配したわ」
「母さんっ」
「潤、生きていてくれて、ありがとう」

 母さんが背伸びしてオレを抱いた。

 なんの躊躇いもなく、もう成人した息子を抱きしめてくれた。

 懐かしい香り、恋しかった温もりに手が届く。

「あっ……」

 母さんの背後には、凍てついた北風からオレたちを守るように父さんが立っていた。

 大きくて暖かくて、とても頼りになる父だ。

「父さんまで来てくれるなんて」
「当たり前だ。潤は大事な息子だ。潤、もう安心しろ。俺たちが助っ人に来たぞ」
「うっ……」

 ずっと堰き止めていた涙が溢れてしまう。

 菫の夫としていっくんと槙の父として踏ん張っていたが、心の奥を塗りつぶすどす黒いものを、ようやく吐き出せる。

「怖かった……」

 ほろりと本音を漏らすと、母さんがオレの背中を優しく撫でてくれた。

「潤、怖かったわね。家族を守るために身を挺して頑張ったのね。そしてアパートの住民の方の命も助けたと聞いているわ。母さん、あなたが誇らしい」
「当たり前のことをしただけだ」
「うんうん……潤はすごい」

 オレはその当たり前のことが出来ない男だった。

 人に迷惑をかけ、不快にさせ、心配をかけてばかりの男だった。

 そうか……

 誰かの役に立てるって、こんなに嬉しいことなんだな。

「警察や消防の方はもういいのか」
「はい。一通り終わった所です」
「そうか、気疲れしただろう。ところで潤はどこに泊まっているんだ?」
「とりあえず昨日は宗吾さんが取ってくれた松本観光ホテルに……でもとても高くて、チェックアウトしました」
「ふむ……よし、俺たち、しばらく軽井沢に滞在するから、そうだなぁ、貸別荘でも借りるか」
「……か、貸別荘……ですか」

 かつて瑞樹兄さんが連れ去られたあの別荘を思い出して、急に胸が苦しくなった。

 兄さんの恐怖がオレを貫いていく。

 兄さん、あの時どんなに怖かったか。

 両親と弟を目の前で亡くすだけでも恐ろしいことなのに、あんな目に遭わせてごめん。

 後悔に苛まれていると、父さんが怪訝な顔をした。

 無理もない。

 父さんには話せていない過去だ。

 あまりに酷い過去だから……

「ん? どうした? 何か不都合でもあるのか」

 すると母さんが俺の心に渦巻くものを察してくれる。

「勇大さん、貸別荘もいいけれども、あれはどうかしら?」
「おぉ! あっちの方が俺たちに向いているな」

 母さんが指さしたのは、キャンピングカー常設のキャンプ場の看板だった。

「キャンピングカーを借りてみるのはどうかしら? 母さん、一度泊まってみたかったの。潤の新しい家が見つかるまで一緒に泊まりましょう!」
「さすがさっちゃんだ。その方がワクワクするな」
「母さん……そこまでしてもらうわけにはいかないよ」
「いいのよ」
「オレ……何もかも……家財を失って……恥ずかしいんだけど……貯金もそんなにないし……保険もまともに入ってなかったし……」
「潤、あなたを助けたくてきたのよ。今は頼りなさい。とにかく潤たち家族が再び笑顔で暮らせるように頑張るのが先よ」
「あ……あぁ」

 流石オレの母さんだ。

 父さんが亡くなってすぐ、乳飲み子のオレをおんぶしながら花屋を再開した母さん。

 母さんの底力を見せてもらった。

 同時に、オレにも力が湧いてきた。
 
 オレが頑張る時なんだ。

 今度は!


****
 
「めーくん、めーくん、もういいでしゅか。もうあそべまちゅか」
「うん、もういいよ!」
「わぁい、めーくん、めーくん、あいたかったよぅ」
「ははっ、いっくんくすぐったいよ!」

 芽生くんはすごい勢いで宿題を終わらせて、いっくんと遊びだした。

 二人は外に遊びに行きたそうだったが、昨日の今日で疲れが溜まっているだろうから、今日は家の中で遊んだ方がいいのではと提案すると素直に聞いてくれた。

 芽生くん、とても嬉しそうだ。

 いつも大人の中で過ごしているので、一つ屋根の下に、弟的存在のいっくんがいるのが本当に嬉しいようで、僕も笑顔になる。

 ちょうど僕と夏樹みたいだな。

 いつもじゃれあって遊んでいたんだ。

 僕と夏樹も5歳差で、今の芽生くんといっくんのような関係だった。

 再び、こんな光景を間近で見られるなんて、僕は幸せ者だ。

 僕には叶えられなかった未来を、二人が描いてくれるだろう。

 いっくんと芽生くんは生涯、仲良しだ。

「なにちてあちょぶ?」
「いっくんは何をしたいかな?」
「あ、そうだ。あのね、いっくんにじをおしえてほちいの」
「字? いいよ。何かしたいことがあるの」
「あのね、あのね、いっくん、パパにおてがみかきたいの」
「いいアイデアだね! よーし、じゃあこっちにおいで」
「あい!」


 いっくんの愛くるしいお願い。

 芽生くんのお兄ちゃんらしい優しい対応。

 今日の我が家は癒し成分たっぷりだ。




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