上 下
1,609 / 1,730
小学生編

冬から春へ 15

しおりを挟む
 前置き(宣伝を含むので不要な方は飛ばして下さい)


 3月10日は春庭でした。

『幸せな存在』5周年記念本ですが、1時間弱で売り切れてしまい、ご不便をおかけしました。
 はじめましての方にも沢山お立ち寄りいただけ、感激しました。
 BOOTHの方も翌日には完売してしまい現在在庫がない状態です。前向きに再版を考えております。
 BOOTHの入荷お知らせメールにご登録していただけると嬉しいです。https://shiawaseyasan.booth.pm/


 これからもサイトの方でもコツコツ『幸せな存在』を更新していく予定です。どうぞ宜しくお願い致します。

 
 長文失礼致しました。




****




 客室に入るなり脱力してしまった瑞樹。

 さっと手を差し出すと、迷わず掴んでもらえた。

 それが嬉しかった。

 芽生に電話したいという気持ちも、芽生を俺と瑞樹の子供みたいだと言ってくれる気持ちも嬉しくて、感極まって口づけしてしまった。

 俺が瑞樹に抱く、溢れんばかりの愛を伝えたくて――

 こんな状況下だが、瑞樹の吐息の温もりを直接感じられる行為に夢中になってしまった。

 君がこの世に生き残ってくれたことに感謝だ。

 俺と出会ってくれてありがとう。

 もう君以外の人は考えられない。

 俺の生涯の伴侶は君だ。

「んっ……ん……」
「瑞樹……瑞樹……」
「宗吾さん……あっ……」

 そこに客室のチャイムが鳴ったので、慌てて身体を離した。

 瑞樹が濡れた唇を手の甲で拭くのを確認してから扉を開けると、いっくんを抱っこした潤が立っていた。

「どうした? いっくんの具合が悪いの?」

 瑞樹が兄モードになって真顔で聞くと、潤もいっくんも首を横に振った。

「いや、元気だよ。あのさ、いっくんが芽生坊に無事を伝えたいって……だから電話を取り次いでくれないか。あとオレ、憲吾さんに直接お礼を言いたくて」

 潤も成長したな。

 すっかり、いっくんの頼もしいお父さんだ。

「僕もちょうどかけようと思っていた所だよ。一緒にかけよう」
「ありがとう。いっくん良かったな」

 いっくんも潤と一緒に破顔する。

「うん、よかったぁ、いっくん、めーくんに、いきてるよって、ちゃんとつたえたかったの」

 生きている。
 
 その言葉に瑞樹が息を呑む。

「生きている……うん、生きているよ! いっくんはちゃんと生きているんだよ。僕はもう誰も失っていない」
「みーくん、いきているってしゅごいね。しゅごいことだね」
「いっくん……あぁ、そうだよ。その通りだよ。すごいことなんだよ」

 ヤバい。

 いっくんと瑞樹の会話に、もらい泣きしそうだ。

 生きているってすごい。

 本当にその一言に尽きる。

 毎日、いろんなことがある。

 打ちのめされることも、哀しみに明け暮れることも、不安に怯える夜もある。

 だが人はこの世を生きて明日を迎える。

 それは当たり前のようで、当たり前でないこと。

 だからこそ、俺たちは何気ない普段の日常にもっと感謝しないとな。




 電話をかけると、まずは潤が兄さんに礼を言った。

「本当にありがとうございます。オレ、一刻も早く兄さんに連絡したかったので、助かりました」
「やはりそうだったのか。役に立てて良かったよ。差し出がましいことをしたかと心配していたが」
「とんでもないです。喉から手が出るほど欲しかった情報でした。兄さんの連絡先は……だから感謝しています」
「いや、私に出来ることをしたまでだ。礼には及ばないよ」

 兄さんの照れ顔が浮かぶな。

 続いて、いっくんと芽生が話し出す。

 芽生といっくんの子供の世界の会話に耳を傾ける。

「もっ、もちもち、めーくんでしゅか」
「いっくん! いっくん! いっくん」
「めーくん、めーくん、めーくぅん」

 ひたすら名前を呼び合っている。

 呼べば答えてくれる。

 そんなこと単純なことにも、感動しちまうな。

 火事という災難に遭ったが、こんな時だからこそ、人と人との繋がりの大切を強く感じるよ。

「めーくん、あのね……ごめんなしゃい」
「いっくんがどうしてあやまるの?」
「あのね、めーくんにもらったおようふくもおもちゃも……サッカーボールもぜんぶ、ぜんぶ、ぐすっ、もえちゃったよ。えーん、えーん、えーん」

 話しながらいっくんが大泣きしてしまった。

 子供ながらにショックだったよな。

 不謹慎だが、芽生が着古したお下がりだったのに、こんなに大切に思ってくれたことには感激してしまった。

 いっくんはまだ小さいのに『感謝の心』を知っている。

 だから俺たちも君がすくすく成長できるよう全力でサポートするよ。

 さぁ、芽生はどう答えるか。

「いっくん、心配しないで大丈夫だよ。ボクたちはまだまだ大きくなるよ。ボクもどんどん背が伸びて着られなくなった服がまた沢山できちゃった。だから、また送るね」
「ほんと? またいっくんにおようふく、くれるの?」
「うん、また着てくれる?」
「いっくんね。めーくんのおようふくだいしゅき。だってね、めーくんがおそばにいるみたいなの。めーくんといつもいっちょだなって」

 健気ないっくんの言葉に、瑞樹と潤の瞳がますます潤んでいく。

「……いっくん、あいたいね」
「いっくんも、しゅごくあいたいよぅ」

 そうか、明日からのことを案じていたが……

 これはどうだ?

 菫さんは育休中だし、いっくんも保育園をしばらく休んでも大丈夫だろう。

 今は心のケアを優先させる時だしな。

「潤、明日からどうするつもりだ?」
「実は明日から閉園期間でしばらく休みなので、これを機会に新しい家を探そうと思っています。もう少し広い家に引っ越しを考えていたので、頑張って探します」
「なるほど……じゃあ新しい家が見つかるまで、君たち一家は俺の家に避難するってのは、どうだ?」
「えっ……」
「ずっとホテル生活じゃ不便だろう。乳飲み子もいるし、菫さんといっくんの心のケアを考えると、一旦軽井沢から離れるのもありかと」

 火事のショックも癒えないうちに、家族を巻き込んで家探しは大変だろう。役所や各方面への手続きなど、正直やることが山積みになるだろう。

「えっ、本当に菫といっくんと槙を預かってもらえるのですか」
「菫さんさえよければ、だが」
「聞いてきます」

 すぐに菫さんに確認を取ると、最初潤を置いていくことを心配していた。

「すみれ、そうしてもらえるとオレも安心だ。ここは甘えよう」
「潤くん……でも潤くんは?」
「警察や消防にも行かないといけないし、いろんな申請や手続きがあるから、ここに残るよ。だが目処が立ったら迎えに行く。オレは兄さんの家にいてくれるのが、一番安心できるんだ」
「潤くん、ありがとう。私ひとりでこの状況に陥ってしまったら、もう持ちこらえられなかった。あなたと出会っていて良かったわ。こんなに頼もしいことはないわ。そうね、いっくんも芽生くんと過ごせたら喜ぶし……」


 大切な人のために手を差し出す。

 差し出された手を掴む。

 人はそんな風に支えあって生きている。

 さぁ、大切な人のために俺たちも動き出そう!

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...