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小学生編

冬から春へ 6

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「いっくん、どうしよう。どうしたらいいの?」

 ママがないてる。
 
 ママがこわがっているよ。

 いっくんもこわいけど、パパとおやくそくしたもん!

 しんじているよ、パパ――

 いっくんのパパは、ぜったいにもどってくるよ。

 だから……

「ママ、しんじよう!」

 いっくんも、がんばる。
 
 パパがもどってくるまで、ママをまもるよ。

 だって、いっくんのママだもん。

 いっくん、パパのこだもん。

****
 
 宗吾さんの実家に寄ると、憲吾さんが飛び出て来てくれた。

「すみません。迷惑かけて」
「瑞樹、こっちのことは気にするな。怪我人はいないようだが、瑞樹の目で弟さんを見るまで信じられないだろう。だから行っておいで」
「憲吾さん、ありがとうございます。でも芽生くんは……」

 すると芽生くんも玄関から出てきて、僕を抱きしめてくれた。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。みんな元気だよ。でも……いっくん、こわかったと思うんだ。いっくん、がんばったから、お兄ちゃんがいつもボクにしてくれるように優しく優しくだっこしてあげてね。これ、いっくんにおてがみだよ。渡してくれる?」

 いっくんのことを、僕にお兄ちゃんらしく頼む様子に胸を打たれた。

「お兄ちゃんだからできることだよ」
「わかった。芽生くんは大丈夫?」
「うん! 今日はおばあちゃん家にとまるよ。あのね、ちゃた、すごくおおきくなったの。ボールをなげるととってきてくれるんだよ。だからボクちゃたのお世話をするんだ」
「そうか、じゃあ任せたよ」
「うん、あのね……お兄ちゃん……」

 芽生くんがもじもじと恥ずかしそうに、上目遣いでボクを見上げる。

「芽生くん、おいで」
「うん!」

 一旦離れてから勢いをつけてジャンプ!

 僕はふわりと芽生くんを抱っこしてあげた。

 大きくなったけど、まだ抱っこはギリギリ出来る。

「ボク……大きな赤ちゃんみたい?」
「ううん、お兄ちゃんの大好きな芽生くんだよ」
「お兄ちゃん、だからスキ!」

 日だまりの匂いのする男の子。

 僕の宝物――

「瑞樹、気をつけていくのよ」
「お母さん、すみません」
「大丈夫よ。弟さん一家は無事よ。急いで避難したから連絡がつかないだけよ。これを持って行きなさい。美智さんが用意してくれたのよ」
 
 お母さんに大きなボストンバックを渡された。

「これは?」
「瑞樹くん、買い置きだけど当座のしのぎになれば……菫さんの着替えと、彩芽のお古だけど赤ちゃんグッズ。あとは防寒気などよ。離乳食もチルドタイプですぐに食べられるものを入れたわ」
「えっ……」

 正直女性物は全く分からないので助かった。

 赤ちゃんグッズも同じく……

 何より、きめ細やかなサポートに泣きそうだ。

「何から何までありがとうございます」
「あなたは私たちの大切な家族よ。だから不安を取り除いてあげたいの」
「お母さん」

 お母さんが優しく背中を撫でてくれる。

 くぅーんと、ちゃたが尻尾を振りながら、寄り添ってくれる。

 ほっとする。

 ここは、とても暖かい。

 心の温かい人ばかりだ。

「よし、行くぞ。母さん、兄さん、美智さん、ありがとう。芽生、パパ達は行ってくるよ」

 宗吾さんの声に、僕の沈んでいた心も浮上する。

「パパ、お兄ちゃんをよろしくね。パパ、かっこいいよ」
「おぅ、任せておけ」
「行ってきます。皆さんのおかげで、僕が今すべきことが見つかりました」

 火事の恐怖は、体験した人にしか分からないものがある。

 家ではないが、車の火災を目の当たりにした僕だから、潤一家の不安に寄り添ってあげられる。

 いつの間にか僕の中では潤の安否より、潤たちの手助けをしに行くという目的が出来ていた。

 気持ちがぐっと上向いていた。

 助手席に座ると、宗吾さんに見つめられた。

「いい顔になったな。お兄ちゃんらしい顔だな」
「はい! 自分がすべき道が見えてきました。さっきはすみません。取り乱して……」
「いや、謝るな。無理すんな。昔を思い出してしまったんだな。10歳の子供の瑞樹を」
「はい、記憶がこびりついて……なかなか剥がせません」
「無理に剥がさなくてもいい。傷が開いて痛くなるぞ。俺が絆創膏みたいにくっついて包み込んでやるから」
「宗吾さん……」

 手と手と重ね合わせて、見つめ合った。

「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」
「芽生くん、行ってくるよ。待っていて」
「うん、待ってるよー」
「ありがとう」

 車は一路軽井沢へ――

****

 火事現場では消火活動がまだ続いていた。

 俺はその様子を呆然と眺めることしか出来なかった。

 小さな子供や菫には見せたくない惨状だ。

 俺と出会うまで、菫といっくんが肩を寄せ合って生きてきた大切な場所が消えていく瞬間だ。

「菫、大丈夫か」
「潤くん……」
「俺がついているよ」
「うん」
「いっくん、大丈夫か」
「うん」
 
 幼いいっくんはさっきから俺を信じて必死に頑張っている。

 状況がもう少し落ち着いたら、しっかり甘えさせてやりたい。

 だが、今は火の粉を振り払うので必死だ。

 警察の車やマスコミの車が見える。

「そうだ! 潤くん、みんなに無事をしらせないと。きっと心配しているわ」
「あ、そうだな」

 ところが、ポケットを探るがスマホがない。

「あれ? 上着のポケットに入れておいたのに」
「ないみたい。私のも家だわ」
「さっき戻った時、落としたのかも」
「潤くん、おばあちゃんを助けてくれてありがとう。沢山お世話になった方なの。私といっくんが二人になった後……」
「あぁ、そうだと思った」

 兄さん、きっと心配している。

 急に気がかりになった。

 兄さん、俺は無事だ。

 信じてくれ!

 もう二度と……

 兄さんや周りの人たちを悲しませたくない。

 早く連絡して安心させてやりたい。
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