上 下
1,546 / 1,730
小学生編

秋色日和 38

しおりを挟む
「コホン、芽生、よく頑張ったな」
「おじさん、ボク、おもいっきりがんばったよ」
「あぁ、私にもしっかり伝わってきた。さぁこれはご褒美だぞ」
「わぁ、ボク、ずっと楽しみにしていたの。おじさん、今年もありがとう!」

 去年より背が少し伸びた芽生が全力を出し切った満足げな笑顔で、兄さんから大きな白い袋を受け取った。

 その一部始終が、映画のワンシーンのように感動的だった。

 兄さんがサンタに見えるぞ。

 逆光のせいか、思わず目を細めてしまう程の眩しい世界だ。

 あぁ、いい光景だ。

 去年と同じ会話が、目の前で繰り広げられている。

 そのことが、今日はしみじみと嬉しかった。

 優しい世界が今も変わらないでいてくれる幸せを、しみじみと噛みしめていた。

 人は時に些細なことでいがみ合って、それまでせっかく築き上げてきた関係を呆気なく壊して決別してしまうことがある。兄弟でも友人でも親子でも起こりうることだ。

 俺も何度かそういう目に遭った。もちろん相手が悪いのではなく、きっかけを作ったり、折り合いをつけられなかった俺にも非がある。

 お互いは歩み寄るのではなく、離れて行く状態さ、寂しいよな。

 本当に人間関係は時に難しい。

 だから思うんだ。

 今、目の前に広がる優しい世界を大切にしたいと。

 これは瑞樹と過ごすようになって学んだこと。

 彼は大切な家族を失った経験から、新しい人間関係を築くことに臆病になっていた。だが本当の君は人に愛され、人を心から深く愛すことが出来る人。

 そんな君を『ひとたらし』と表現するのは、聞こえが悪いのだろうか。

 瑞樹は、いつも優しい笑顔で人と接し、周囲への細やかな気遣いが出来て、優しく頷いて相手の話を聞ける聞き上手だ。

 彼のチャームポイントはあげたらきりがないが、とにかく相手の固く閉ざした心を開かせる力を持っている。

 それから相手によって態度を変えないのもいい。
 
 そんな君だから芽生も懐き、母さんは我が子のように可愛がり、堅物の兄さんの心だって解してくれたんだ。

 鋭い兄さんはもう気づいているようだが、瑞樹は本当に魅力的な男なんだ。

 強さで靡かせるのではなく優しさで靡かせるのだから、やっぱり人たらしだよ。

 そんな君に、俺はぞっこんだ。

 おっと、この表現は古いか。 俺、離婚してから母さんと話す機会が増えたせいか、古くさい言い回しの影響を受けまくりだ。

 芽生も然りだ。でも『おばあちゃんっ子』っていいよな。いろんな言葉を知るのは、けっして悪いことじゃない。

「宗吾、いい顔をしているわね」
「母さん、今年も来てくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。宗吾の家族にはいい影響をもらっているわ」
「そうかな?」
「ねぇ宗吾、今日もしみじみと思ったけれども、瑞樹って本当にいい子ね。あんなにいい子と巡り逢えて、あなたは幸せね」
「あぁその通り、俺は今、最高に幸せだよ」
「私も憲吾も同じ気持ちよ、改めてありがとう」

 母さんと並んで、芽生と兄さんが話す様子を見つめた。今日のリレーや徒競走、ダンスの寸評なのか、兄さんが細かく解説しながら褒めている。ははっ、兄さんらしいな。
 
 瑞樹は嬉しそうに目を細めて、一眼レフでその光景を撮影していた。

 まるで雲の上の家族に見せるかのように夢中だ。

 きっと伝わるよ。

 瑞樹が嬉しければ、いい風が吹く。

 爽やかな風は天高く舞い上がり、俺たちの感動を届けてくれるだろう。

 そんなロマンチックな妄想が出来るようになったのも、全部君の影響だ。

「宗吾さん、お疲れ様です」

 はにかむような瑞樹特有の笑顔が眩しくて、俺は手で写真を撮るジェスチャーをした。

 すると、瑞樹はくすぐったそうに笑う。

「自分が撮られるのは慣れていませんよ」
「んなことない。お父さんが言っていたぞ。皆、ちっこい君を撮影するのに夢中だったと」
「え? そうなんですか。そ、それは赤ちゃんの時の話ですから」

 照れまくる様子が可愛くて、俺は瑞樹のカメラを取り上げてシャッターを構えた。

 あの日、君はこのファインダー越しに、俺を見つけてくれた。

 今日は俺が君を撮ろう。

 そして雲の上の家族に届けよう。

 あなたちの息子の笑顔を――


****

「芽生くん、そろそろ帰るよ」
「お兄ちゃん、ちょっと待ってね」
「ん?」

 芽生くんは自分のリュックから何かを取り出した。

 お気に入りの巾着に、何を詰めてきたのかな?

「あのね、今日はボクから贈り物があるんだよ」
「なんだろう?」
「なんだ、なんだ?」
「えへへ、メダルなの。ボクの運動会に来てくれて、いっぱい応援してくれてありがとうのメダルだよ!」

 芽生くん、いつの間に。

 厚紙でメダルを作り、リボンをテープでとめて首にかけられるようにしていた。

 あ、あのリボン。

 この前100均で買ってあげたものだ。

 「何に使うのかはナイショだよ」と言っていたが、これだったのか。

「おばーちゃん、ずっと見てくれて、いっぱい応援してくれてありがとう」
「まぁ芽生ってば」

 母さんは少し涙ぐんでいた。

「けんごおじさん、ご褒美をありがとう。おじさんのカエル跳びかっこよかったよ!
「そ、そうか。照れ臭いな」

 兄さんはポーカーフェイスを必死に保とうと努力していたが、デレデレだ。

「おばさんとあーちゃん、来てくれてありがとう。あーちゃんの運動会はいつかな。ボク、応援にいくね」
「まぁ、ありがとう。幼稚園はまだ再来年よ」
「もうすぐだよ」
「そうね」

 美智さんとあーちゃんにはお花の形のメダルだった。

 可愛いなぁ。

 そして僕たちの所にやってきてくれた。

「パパ、お兄ちゃん、今年もおいしいお弁当を作ってくれてありがとう。いっぱい応援してくれて元気でたよ。二人とも大好きだよ」

 ハート型のメダルをかけてもらって、宗吾さんと破顔した。

「よく考えたな」
「これね、実はいっくんと相談したんだ」
「え? いっくんと」
「うん、いっくんがありがとうのおみやげわたしたいっていうから、考えてあげたの」
「そうだったんだ。じゃあ今頃、軽井沢でも」
「えっとね、くまさんのはつくれたみたいだよ。でもいっくんはいっぱいつくるのむずかしいから、パパとママとまきくんには、ぎゅっとするんだって」

 いっくんが甘えた顔で両親や弟にくっつく様子を想像して、ほっこりした。
電話でナイショ話をしていたのは、この計画だっただね。

「あのね、お兄ちゃん」
「どうしたの?」
「おうちに帰ったら、ボクもしてあげるよ」
「えっ、いいの?」
「うん、お家にかえったら……してもいい?」
「もちろんだよ」

 まだまだ可愛い芽生くんだ。

 運動会、本当にお疲れ様。

 きっと家に帰ったら、どっと疲れが出るだろうね。

 今日は早く眠ろうね。

 僕たちくっついてギュッとして――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...