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小学生編

秋色日和 36 

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 やっぱりいっくんが起きるまで待って、正解だったな。

 どうしてあんなに慌てて帰ろうとしたのか。

 変に気を遣って、一番大事なことを蔑ろにする所だった。

 起きてすぐ俺たちがまだいるか心配し、いると分かったら飛び起きてくれるなんて、じじばば冥利に尽きるよ。

 いっくんは俺とも、さっちゃんと潤とも直接血が繋がっているわけではないが、本当にそんなことはどうでもいいことに思えてくるよ。

 血の繋がりより濃いものがあることを、いっくんが自ら示してくれるのだから。

 小さな身体で思いっきり懐いてくれるので、おじいちゃんは目尻が下がりっぱなしだよ。

「おじいちゃ-ん、おばあちゃーん」
「なんだい?」
「なぁに?」
「えへへ、よんだだけ。いっくんうれちいの」

 くすくすと小さな両手を口にあてて笑う仕草。

 色素の薄い可愛らしい顔だち。

 この子は天使だ。

 きっと大樹さんたちが遣わせてくれた天使なんだ。

 芽生坊と二人揃えば『エンジェルズ』だな。

「あのね、あのね、いっくんからもプレゼントあるの」
「んー? なんだろうな?」
「なにかしら?」
「まっててね。ママとね、つくったんだ」
「楽しみだな」
「ワクワクするわ」

 いっくんのペースに合わせてゆっくり喋ると、心の中がポカポカになるよ。

 いっくんが後ろ手に何かを持ってくる。

 明るく人懐っこい笑顔が溢れ出している。

「おじいちゃんとおばーちゃん、おめめ、ぎゅってしてね」
「ん? あぁ」
「分かったわ」」
「よいちょ、よいちょ」

 カサカサと音がする軽いものを、首にかけてくれた。

「もういいかい?」
「あい、もういいよぅ」

 目を開けると首にグリーンのリボンがかかっていた。

「あのね、これメダルなの」
「おぉ、はっぱの形のメダルか」

 画用紙で作った葉っぱのメダルだった。

 くしゃくしゃと何か書いてあるぞ。

「あのね、きてくれてありがとーのメダルなの。おじいちゃん、おばあちゃん、あいたかった~」

 いっくんが両手を広げて、俺とさっちゃんの元に飛び込んで来てくれた。

 小さな温もりと重みに、うっと泣きそうになる。

 とうの昔に過ぎ去った日々が、ぶわっとリフレインしていく。

 ……

「くましゃん、もりのくましゃん、あいたかったよ」

幼稚園から帰ってきたみーくんが、可憐な笑顔浮かべて俺の胸に飛び込んでくれた。

「みーくん、幼稚園楽しかったみたいだな」
「うん、あのね、きょうはね、はじめて、みーくんから、おともだちにおしゃべりできたの」
「そうか、すごいな! よかったな」
「うん」

 引っ込み思案な性格のみーくんにとって、それはとても嬉しく、すごいことだった。それを真っ先に報告してくれたことにデレデレしていると、大樹さんに笑われた。

「熊田は瑞樹にメロメロだな」
「だって、みーくんは天使みたいに可愛いんですよ」
「まぁな、俺の息子だからな」
「ですよね」
「はは、熊田は真正直な男だ。そういう所が俺は気に入っている。だから家族同然で付き合っていけるんだな」
「有り難い言葉です」
「瑞樹のこと、頼んだぞ」

 折に触れて大樹さんが「瑞樹を頼む」と言っていたのは……あぁなってしまうことを予感していたわけじゃないのに、切なくなるな。

……

「いっくんの写真を撮ってあげよう」
「うん、あのね、パパとママとまきくんといっくんをとってぇ」
「家族写真だな」
「うん! いっくんしてみたかったの」
「そうか、そうか」

 事故で散り散りバラバラになってしまった家族もいれば、こうやって寂しかった者同士が集まって、ひとつの家族になることもある。

 人生は捨てたもんじゃない。

 生きていれば道は開く。

 それは、まさにこのことだ。

 残された俺にも出来る事がある。
 
 この若い家族を力の限り守ってやりたい。

 広樹の家族も、瑞樹の家族も、みんな大きな愛で包み込んでやりたいよ。

 だから大樹さん、力を貸して下さい。

「おいで、いっくん」
「あい!」

 いっくんを高々と抱っこしてやる。

 まだまだ小さく軽いことに密かに嬉しくなる。いっくんの成長をまだまだじっくりゆっくり傍で見させてもらえることが喜びだ。

「パパよりたかいねぇ」
「はは、パパの方がたかいぞ。ほら、潤」
「はい!」

 いっくんを潤に渡して、俺は一歩下がった。

 うん、この辺りから見守ろう。

 ずっとサポートするから安心してくれ。

 もうどこにも行かない。

****

 ダンスが終わって席に戻ったら、女の子がやってきたよ。

「芽生くんのトレーナー、新しい?」
「? そうだけど」
「まさか、わざわざこのために買ったの?」
「えっと、ちょっと前に買ってもらったのが、たまたまオレンジ色だったんだ」
「ふーん、新しいから目立っていて良かったわねっ‼」
「……えっと」

 ふきげんそうに女の子はスタスタ行ってしまった。

 えっと、こういう時はどうしたらいいのかな? 

 せっかくお兄ちゃんが買ってくれたものなのにと、少ししょんぼりしてしまった。

 すると、今度は男の子が話しかけてくれたよ。

「芽生、気にすんなよ。ああいうのは『虫の居所が悪い』っていうんだぜ」
「あ、その言葉知ってる! ごきげんななめってことでしょ?」
「そうそう。よく知ってんな。えへん、じーちゃんが教えてくれたんだ」
「僕はおばあちゃんから」
「へー そっか、芽生は、おばあちゃんもよくお迎えにくるもんな」
「うん、いろんなこと教えてくれるよ」
「俺のじーちゃんもさ! あのさ、オレ思うんだ。芽生が目立っていたのは、一番しっかり踊って生き生きしていたからだよ。だからオレンジ色がキラキラして見えたんだろうな」
「あ、ありがとう!」

 わぁ、すごい!

 そんな風に考えるのってステキだね。

 よーし、次のリレーもがんばろう。

 一生懸命やって、キラキラしよう。

 それがボクにできるステキなことだよ。

 


「位置について、よーい、ドン!」

 リレーが始まったよ。

 ボクはまた転んだらって少しだけこわくなったけど、それよりも、がんばっているところを見て欲しいって、顔を上げたよ。

「芽生、オレ、ドキドキしてきた。転んだらどうしよう?」
「簡単だよ。転んだら起き上がればいいんだよ」
「あっ、そっか、そうだよな」
「うん、だからがんばろう!」
 
 お兄ちゃん、毎日いろんなことがあるね。いいこともわるいことも。

 でも、いっしょうけんめいがいいね。

 お兄ちゃんがニコニコできるように、ボク、輝いていたいんだ。

 見ててね。

 お兄ちゃんたちの前をびゅーんと走るよ。

 もう転んでも怖くないよ。

 ボクにはみんながいるから。

 家族っていいね。

 あったかいね。

 安心できるね!

 だから思いっきり、風に乗るように走ったよ。

 みんなの声援、お兄ちゃんのカメラの音もちゃんと聞こえた。

 ふしぎだね、

 心を澄ますと、いろんなものが見えて、いろんな音が聞こえるね。

 ほら、しっかりバトンもちゃんと渡せたよ!

 やったー!

 やりきるって気持ちいいね。

 ボク、力いっぱい走ったよ。

 見てくれた?

 チラッと見ると、お兄ちゃんがカメラを手に持って優しい笑顔で手をふってくれていた。

 パパはブンブンふって、お兄ちゃんの頭にゴツンってぶつかって、ペコペコあやまって、それから二人はまた笑顔になったよ。

 憲吾おじさんとおばあちゃん、おばさん、あーちゃんもは、拍手をパチパチしてくれていたよ。

 みんな、大好き!
 
 みんな、ありがとう!

 きっと空まで届く、ボクのしあわせ。

 これがボクの3年生の運動会だよ。

 きっと大きくなっても思い出す、大切な時間。 
 
 

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