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小学生編

秋色日和 35

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 どうちよ?

 うんどうかい、とってもたのしかったのに、いっくん、ねむたいの。

 とっても、とっても、ねむたいの。

 でもね、ねちゃだめだめ。

 いしょうけんめい、めをこすったよ。

 いっくんがおそとでねんねしちゃったら、ママがたいへんなの。

 まえにね、いっくん、びょういんでねんねしちゃったの。

 おねつがあって、とってもねむかったの。

 だからママね、がんばって、だっこしてくれたんだよ。
 
 でもね、ゆきがふっていてタイヘンだったの。

 とちゅうでママがないていたの、みちゃった……

 でも、いっくん、どうちても、あるけなかったの。

 いっくん、ちいさいだけで、ママのことたすけてあげられないよぅ。

 ママぁ、ママぁ、ごめんちゃい。
 
 ママぁ、ママぁ……

 ママね、おうちにかえってから、こしがいたくなってうごけなくなったの。

 いっくん、おふとんのなかでいっぱいないちゃった。

 だから、いっくんはおそとでは、ねないよ。

 ママがたいへんだから。

 こっくり、こっくり。

 ううん、ダメダメ、うんどうかい、まだおわってないよ。

 ねんねは、おうちにかえってからだよ。

 でも……とってもねむたいよぅ。

 でもねちゃったら、みんなにあえないよ。

 おじーちゃんやおばあちゃんにも、きてくれてありがとうっていいたいのに。

 「いっくん、帰ろう!」

 あっ! パパがきてくれたよ。

 しょっか、いっくんにはパパがいるんだ。

 うれちくて、だっこしてもらったら、こてんて、ねちゃった。

 ゆめのなかで、くまさんとあったよ。

 あのね、いっくんね、このまえママにいいものもらったの。

 ガラスのびん!

 あそこにハチミツいれてほちいの。

 ずっとこんどあえたら、おねがいしゅるってきめていたんだ。

 むにゃむにゃ……

「くましゃん……はちみつ、たべにいこうねぇ……」

 ちょっとだけねんねしたら、おめめ、ちゃんとさますから、まっててね。

 
****

「いっくん、すやすや眠っ赤ん坊みたいに可愛いなぁ」
「本当に可愛い孫だわ。勇大さん、名残惜しいわね」

 父さんと母さんが、オレの胸元で眠るいっくんのほっぺたをつんつんと指で押しながら、微笑んでいる。

「そうだ! さっちゃん、新幹線の時間ずらしてもいいか」
「いいの? 私もそう思っていたの」
「よし、いっくんが目覚めるまで、ここにいよう」
「えぇ!」

 二人の会話に、オレも破顔した。

 昔の母さんは、こんな風に誰かに甘えたりしなかった。

 誰にも甘えずに自分に厳しく、決めたことは絶対に変えない人だった。

 だけど今は違う。

 孫が寝ちゃったら起きるまでいたいなんて、本当に心にゆとりが出来たのだな。

 広樹兄さんにも、今の会話を聞かせてやりたいよ。

 広樹兄さんは父さんが亡くなった時、まだ10歳だった。でも幼いオレがいたから、母さんのサポートに徹してくれた。

 兄さんも母さんと同じで誰にも甘えなくて自分に厳しい人だった。オレと瑞樹の面倒を、母さんの分も、父さんの分も、しっかり見てくれた。

 ヤバい、広樹兄さんにも猛烈に会いたくなってきた。
 
 最近のオレは人が大好きだ。

「狭いけど我が家に来て下さい。樹も起きた時、おじいちゃんとおばあちゃんが帰ってしまっていたら、きっと寂しがります」
「そう言ってもらえると有り難いよ。じゃあお邪魔しよう」

 俺たちは来た道を一緒に戻った。

 来た時よりも賑やかに、更に幸せな気持ちで――

 そうか、幸せな気持ちって、どこまでも無限大なんだな。
 
 そう思う和やかな秋の日の昼下がり。

 オレはいっくんを抱き、すみれは槙を抱いて歩んでいく。

 どこまでも続く幸せな道を。

 この道を守る人になろう。




 そっといっくんを布団に寝かせてやった。

 少し寝汗をかいていたのでタオルで拭いてやり、優しく額を撫でてやった。

「もう少しねんねかな?」
「……むにゃ、むにゃ」
「まだいるよ。みんないるから安心しろ」

 きっともうすぐ起きるだろうが、無理には起こしたくなかった。とてもいい夢を見ているようだから。

「もう少しいてもらえますか」
「当たり前だ。よく考えたらまだ14時だったな。夕方までゆっくりさせてもらうよ」
「ありがとうございます」

 我が家は二間しかない狭いアパートなので、気を遣ってもらっているのが伝わってくる。父さんも母さんもちょっと歩けばモノにぶつかる狭さだからな。

「実は年内には引っ越したいと思っているんです」
「そうか、いい物件が見つかったのか」
「いや、まだ探せてなくて。な、すみれ」
「そうなんです。やっと生活が軌道に乗ってきたばかりなので。でも私が復職する前にはなんとかしたくて」
「そうか、見つかるといいな。俺たちで手助けできることがあったら何でも言ってくれ。何しろまだまだ若いおじいちゃんとおばあちゃんだからフットワークは軽いぞ」

 心強い言葉ばかり置いてもらえて嬉しい。

 今のオレには頼れる人がいることを再認識する。

「いいか、潤はひとりで頑張りすぎるな。まずは、菫さんといっくんとまきくんとの時間が大切にするんだぞ」
「はい」

 こんな風にアドバイスされるのも、嬉しかった。

 ずっと憧れていたんだ。

 父さんと呼べる人と出逢いたかった。

 いっくんの夢はオレの夢だよ。

 すると、寝起きのいっくんの声がした。

「パパぁ~ どこぉ?」
「いっくん、起きたのか」
「うん……おじいちゃん、おばあちゃん、まだいる?」
「あぁ、いっくんがおっきするの待っていたぞ」
「ほんと! まっててね」

 いっくんはニコニコ笑顔で飛び出してきた。

「わぁ、よかった! いっくんねんねしちゃったから、かえっちゃったかなってしんぱいしちゃった」
「いっくんに会ってから帰ろうと思って待っていたよ」
「よかったぁ、あのね、くましゃんのはちみつくだしゃい」
「ははっ、たーんともってきたぞ」

 いっくんが瓶を渡すと、くまさんがそれと引き換えに、大きなハチミツの瓶をくれた。

「この瓶には、次の時な」
「わぁ、つぎもあるの?」
「当たり前だよ。いっくんのおじいちゃんなんだから」
「わぁ」

 いっくんが感動してまた口を手々押さえて、目を見開いている。

 嬉しすぎる時、いっくんはよくこういう仕草をする。

 愛さずにはいられない子供。

 愛される子供なんだよ、いっくんは。

「いっくんを見ていると、みーくんのこの位の時を思い出すよ。よく似てるんだ。仕草も顔立ちも……」
「オレも兄さんとの共通点をひしひしと感じています」
「潤、任せたぞ。いっくんを幸せにしてやってくれ」

 それは父さんがかつて叶わなかった夢なのか。

「父さんも一緒にですよ。大いにじじ馬鹿してください」
「おぅ、任せておけ!」

 愛と愛が合わされば、愛が生まれる。

 とても簡単な方程式。


****

 芽生くんの最後の競技はリレーだ。

 宗吾さんに似て運動神経抜群の芽生くんは、今年もリレーの選手に選ばれていた。

 改めて最前列を取ってくれた憲吾さんに感謝だ。この位置からならカーブの瞬間もバッチリ見られる。

 憲吾さんは、今はスーツ姿でネクタイまでしてパリッとした雰囲気で正座している。さっきと同一人物には見えないな。腕が立つ弁護士さんらしい凜々しくカッコいい人だ。

 感謝の気持ちを込めて見つめていると、憲吾さんが咳払いした。

「コホン……瑞樹、私を見てくれるのは光栄だが……その、宗吾を頼む」
「え?」

 宗吾さんは全身緑のジャージで、ちょこんと座っていた。憲吾さんの方が背が低いので、宗吾さんが着ると少しキツそうだった。

「あの、どうしてそんなに縮こまっているんですか」
「目立たないようにだよ。ちょい恥ずかしい」
「カッコいいですよ。どんな宗吾さんでも」
  
 そっと囁くと、宗吾さんはとても分かりやすいので、急に態度が大きくなった。

「よし、瑞樹、最後の競技だ。応援しようぜ」
「はい、そうでなくちゃですよね」
「ん? 何か言ったか」

 僕は結局のところ、どんな宗吾さんでも大好きだ。

 宗吾さんの本質が好きだから、見た目がどうであろうと愛しています。

 という言葉は、夜になったら伝えよう。

 今伝えたら、絶対に暴走しそうだから。

「ふむ、なるほど。瑞樹は宗吾の扱いに慣れているな。私もそれに習おう」
「そんなことないですよ」
「いや、弟を深く理解してくれてありがとう」

 憲吾さんは、今はどこまでも相手を理解しようと努力している。

 何度も思うが、あの日、最初の一撃で諦めなくて良かった。
 
 そして憲吾さんも僕に歩み寄ってくれたから、今がある。



 僕はまた鞄から母の形見の一眼レフを取り出して、サッと構えた。
 
 ファンダー越しに覗く世界は、空の上の家族にも見えているような気がして、このカメラを構える度に懐かしく愛おしく、幸せな気持ちになる。

 撮ります!

 見て下さい。
 
 僕の幸せの瞬間を――




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