上 下
1,522 / 1,730
小学生編

秋色日和 14

しおりを挟む
 ふと目覚めると、辺りが薄暗くなっていた。

 一瞬自分がどこにいるか分からなくてぞっとした。でもすぐに僕に寄り添うように眠っている芽生くんの規則正しい寝息が聞こえ、ほっとした。

 少しだけ仮眠するつもりだったのに、今、何時だろう?

 時計を見てギョッとした。

「えぇ? もう18時?」

 慌てて飛び起きた。

 下校した芽生くんと、宗吾さんが作ってくれたチャーハンを食べ、それからベッドの中でゆったりとお喋りしているうちに眠ってしまったようだ。

 それから3時間以上も眠ってしまうなんて……ちょっとあり得ない。

 よほど疲れていたのか、添い寝が心地良かったのか。

 慌ててスマホを確認したが宗吾さんからの連絡は入っていなかった。

 今日も遅くなるのかな? 最近このパターンが多くて少し寂しい。

 いや、寂しがっている暇はない。明日のお弁当の材料を買いに行かないと!

 こんなことならば午前中に買い物は済ましておくべきだった。

 芽生くんが食べたいものを聞いてから、宗吾さんに芽生くんを見てもらっている間に買い行こうと、つい後回しにしてしまった。
 
「芽生くん、起きて」
「ん……なぁに」
「お兄ちゃん、買い物に行かないと」
「え? そうなの、じゃあ今からいっしょにいこうよ」
「そうだね。そうしてもらえるかな?」
「うん! あー よく眠ったぁ」

 芽生くんの寝起きが良くて助かった。




 という理由で、遅い時間に二人で外に出た。

 帰宅する人と逆行するように、僕たちは駅前の『南急ストア』に向かった。

「芽生くん、お弁当の中身は何がいいかな?」
「からあげ~ ぜったいからあげ!」
「くすっ、やっぱりそうだよね」
「お兄ちゃん、いっぱい、いっぱい作ってね。おばあちゃんやけんごおじさんも来てくれるんでしょう?」
「うん、そうだね。よーし頑張るよ」
「いっくんのところには、おおぬまのおじいちゃんとおばあちゃんが、ちゃんと行ってくれるよね?」
「うん、その予定だよ」
「本当によかったぁ」

 芽生くんは、心の優しい子だ。

 芽生くんの運動会を見に来たいと大沼のお父さんとお母さんが申し出てくれたが、いっくんの運動会と同日開催と知り困っているようだった。

 すると芽生くんの方から「今年は、いっくんの活躍をみてあげて。ボクが行けない分も。ねっ、お願い」と逆に頼んでくれた。

 電話の後、無理していないか心配になり「それでよかったの?」と聞いてみると、笑顔で「ボクにはおばあちゃんとおじさんが応援に来てくれるんでしょう? だから、ボクがしあわせをひとりじめしたら、いっくんがさみしいよ」と答えてくれた。

 芽生くんの心の成長を感じる瞬間だった。

「よし! その分張り切ってお弁当作るよ」
「やったー お兄ちゃん、からあげってとり肉だよね」
「うん」

 ところが売り場に異変が!

「え?」
 
 鶏肉はどこだ?

 唐揚げ用の鶏肉だけが空っぽになっていた。

「あれ、どうして?」
「うーん、やっぱり運動会に唐揚げは人気なんだね。まぁ他にもスーパーはあるから行ってみよう」
「うん!」

 最初は売り切れなら他の店で買えばいいと気軽に考えていた。ところが次のスーパーでも、その次のスーパーでも見事に鶏肉だけ売り切れだった。

 明日はたまたま近隣の小学校2校と幼稚園と保育園の運動会が重なっているらしく、今日は飛ぶように売れて大繁盛だったそうだ。

 もうストックの在庫もないと言われ、がっかりだ。

「……お兄ちゃん、お腹すいた」
「そうだよね。もう19時だ。疲れちゃったよね」
 
 明日は運動会だから早く寝かさないといけないのに、どうしよう?

 きっと世のお母さんたちなら代替え案がすぐに浮かぶだろうに。不測の事態に弱い僕は、どうしたらいいのか分からず途方に暮れてしまった。

 こんな時は宗吾さんがいたら的確なアドバイスをしてくれるのに連絡が付かない状態だ。仕事のトラブルで駆けつけたのだから無理もない。

 泣きたい気分だが、泣いている場合ではない。

 僕がなんとかしないと。でも、どうしたらいいのか。

 駅前の雑踏で、芽生くんと手を繋いで立ち尽くしてしまった。

「お兄ちゃん? 大丈夫」
「あ……うん」

 こんな姿を見せたら芽生くんが心配するだけなのに僕は……

 視界が滲んでしまう。





 すると、力強い声が聞こえた。

「なんだ、瑞樹と芽生じゃないか」

 声の主は……

「あ……憲吾さん」
「どうした? 明日は運動会だろう? こんな時間にまだ外にいていいのか」
「……」

 まさかうたた寝をしているうちに鶏肉が売り切れてしまったなんて言い出しにくくて、もごもごしてしまう。

「どうやら何か困っているようだな。芽生、どうした?」
「あ、あのね、おにくがうりきれなの! からあげのおにくがぜーんぶ」
「そうなのか、どこも?」
「もう三つもスーパーまわったんだよ。それでボクたち困っているの」
「そうか、よし、まだやっている時間だな。行くぞ」
「え? あ、はい」

 憲吾さんが時計を見てずんずん歩き出したので、僕と芽生くんもついていく。

「お肉はスーパーだけじゃないぞ。昔ながらの精肉店にあてがあるんだ」
「あ、そうだったのですね。僕……知りませんでした。恥ずかしいです」
「恥ずかしがることない。私だって最近、母さんの買い物に付き合うようになってようやく気付いたのさ」

 憲吾さん……優しい。

 僕の気持ちを考えながら丁寧に接してくれる。

「僕も今度お母さんと買い物に行きたいです。もっと住んでいる場所のことを知りたいです」
「母さんが喜ぶよ、是非頼む」
「はい!」

 中目黒の駅前から5分程歩くと、目黒銀座商店街に辿り着く。商店街には入らず右手に曲がった脇道に目指す精肉店はあった。

 こんな場所にあるなんて気付かなかった。いつもついスーパーで済ましてしまうから。

「コホン……ここはだな、実は小学校の同級生の店なんだ」
「あ、そうだったのですか」

 憲吾さんが店先で大声で「鶏はいるか!」と、まるで仕事中のように真面目な声で注文したので、僕と芽生くんは顔を見合わせてしまった。

 少しずつカチコチになっていた気持ちが解れていく。

 すると中から店主が出てきて、憲吾さんを見て笑う。

「おー 誰かと思ったら、ケンちゃんじゃないか」
「おい、その名はよせ」
「何言ってんだよ。いくつになったってケンちゃんはケンちゃんだろ~」

 憲吾さんがケンちゃん?

 なんか可愛いかも。

 僕と芽生くんは顔を見合わせて笑顔になった。

「鶏肉か、今日はよく売れたよ。初めてのお客さんも多くて不思議な1日だった」
「明日は運動会だからな」
「あー 弁当の唐揚げか」
「そうだ、で、あるのか。ショーケースにはないが」
「あるよ。裏にストックが」

 よかった! これで大丈夫だ。

「憲吾さん、ありがとうございます」
「困った時はお互いさまだ」

 そこで芽生くんと僕のお腹が派手にぎゅるると鳴った。

「ん? 飯、まだなのか」
「はい……買い物に手間取ってしまい」
「もうこんな時間だ。この精肉店がやっているレストランが横にあるから入ろう」
「ですが」
「宗吾の分はテイクアウトすればいい」
「何から何までありがとうございます」

 憲吾さんと一緒にカウンターに並んでボルシチスープ飲んだ。

 流石お肉屋さん直営だ。牛肉と野菜がたっぷり入っていて具沢山。牛肉はトロトロに煮込まれ熱々で絶品だった。

「本当に困っていたんです、僕……」
「駅で会えて良かったよ。私も役に立てたのか」
「はい、憲吾さんのお陰です。ありがとうございます」
「ふむ、私もこんな風に動けるんだな。宗吾のようにフットワーク軽く」
「憲吾さんと宗吾さんはご兄弟なので、似ている部分沢山あります。根っこは同じです」

 そう伝えると、憲吾さんが嬉しそうに目を細めた。

「昔は宗吾に似ているのは嬉しくなかったが、今は嬉しいものだな。まして瑞樹に言ってもらえるのは最高だ」
「え、そんな……でも本気でそう思います」
「君は我が家の大切な家族だ。それに宗吾が安心して芽生を置いて仕事に行けるのは瑞樹のサポートがあってこそだ。弟のことをいつもありがとう」
「そんな、僕なんか……」
「ストップ! 僕なんかはなしだ。君はもっと自分に自信を持ちなさい」
「はい……そうしたいです」

 感謝して、感謝されて、人はそうやって歩み寄る。

 今宵受けたご恩は忘れない。

 憲吾さんたちが困っている時は、真っ先に駆けつけられる人になりたい。
 
 僕の中でまた一つ気持ちが前に進んだ夜だった。

 明日は運動会。

 憲吾さんのためにも、とびっきり美味しい唐揚げを揚げよう!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...