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小学生編

秋陽の中 21

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「Oh, cute boy!」
「Anko is the best!」

 団子屋さんの看板息子のような出立ちの僕は、さっきから元町商店街で注目されているようです。




「風太、今日はモテモテだな」
「良介くん、僕、恥ずかしいですよぅ」
「その衣装が似合っている証拠だよ。ご当地キャラのようにハマっているよ。さぁ顔をあげて、自信を持って!」

 今までは、異様な物を見るような冷たい視線を浴びるばかりだったので、こんな風に歓迎されるのには慣れていないんですよぅ。

 もじもじしていると、高齢の西洋人のご夫婦が近づいてきて「May I take a picture?」と聞かれました。

「ええ! 僕をですか」

 必死に頼まれたのでOKしました。だってお二人とも素敵に年を重ねられたのが滲み出ています。仏様のような柔和で穏やかなお顔です。

 二人にムギュッとサンドされ、写真を撮ってもらいましたよ。

 えへへ、なんだか擽ったいですね。

「日本のあんこちゃん、私たちも、あなたみたいな子を育てたかったわ」

 とハグしてもらいました。

 人肌ってヌクヌクです。

 それにしても、まさかこんなに歓迎されるなんて! 

 あんこちゃんは、世界のあんこちゃんだったのですね。

「良介くん、やっぱりあんこは正義ですね」
「そうみたいだな。あのお二人にとって良い旅の土産になったな。まるで我が子のように愛おしそうに見つめていらしたな」
「……お若い頃に一度流産されてから、お子さんにご縁がなかったようです」
「いつの間に? そんなことまで話したのか」
「あ、いえ……感じました」
「あぁ、そうか、そうだったな」
「でもでも、今すぐではないですが、天寿を全うされた暁には、お星様になったお子さんに会えますよ」
「そうだったのか、もしかして何か見えたのか」
「あんこちゃんのように可愛いベイビーでしたよ。今はお二人の旅の安全を守るエンジェルです」

 あんこちゃんに似た天使さんに、ほっこりしました。

「よし、俺たちも行こう」
「はい、目指せー 天国ですよぅ」
「よせやい、照れるよ」
「えへっ」

 良介くんと買い食いをしながら、気ままに歩いていると……

「What's this?」

 鯛焼き屋さんの前で、また外人さんに話しかけられました。
 
 今度は若いカップルです。

 ようし今度こそ! ここは洋くんに鍛えられた語学力を発揮する時ですよ。

「Taiyaki is a fish shaped cake with sweet red bean inside.」
「I want you to wear this」

 へ? 

 目の前に差し出されたのは、鯛焼き屋さんの看板娘風メイド服!

「ひょえ?」

 僕にこれを着ろと? 事情を伺うと、なる程と思いました。

「良介くん、これは元町商店街のお土産物屋さんで購入したそうです。でもサイズが合わなくて着られなくてガッカリされたそうです。でも僕にぴったりだから着て見せてくれと頼まれてしまいました。ど、どうしましょう?」
 
 黒い総レースのメイド服を見せると、良介くんの喉仏が大きく上下しました。

「ごっくん……お、俺も見たいかも」
「おぉぉぉー 良介くんのお願いなら喜んで!」

 というわけで、今度は鯛焼きカフェのメイドさんに変身しましたよ。






 カップルさんはメイド姿の僕を何枚か撮影した後、衣装をくれました。

 なんと、なんと。

 今日1日で団子屋さんの看板息子と鯛焼き屋さんの看板娘の衣装を手に入れられるなんて最高ですよ。

「どうですか、僕、こんなふわふわな服装は初めてですよ~」

 くるくると回ってみると、スカートが膨らんで楽しかったです。

「あ、くるくるといえば回転焼きも食べたいですね!」
「おう、それならあっちだ! 居候《いそうろう》という店の回転焼きは美味しいらしいぞ」
「おぉぉぉぉ……そこに行きましょう!」


****

 鎌倉、月影寺。

 読経を終えると、少しお腹が空いた。

 もう3時か……

「小森くん、そろそろおやつにしようか」

 後ろを振り返って、我に返った。

 そうか、今日はお休みだったね。

 今頃は菅野くんと神戸にいるはずだ。

 ひとりで庫裡に入り戸棚を覗き込んだが、何も入っていなかった。

 流も小森くんがいないと、おやつに気合いが入らないのかな?

 流、どこにいる?

 僕はここにいるよ。

 壁にもたれて目を閉じた。

 柱時計が、チクタクと幸せな時を刻む音がする。

 そしてドタバタと足音が。

 扉がガラリと開けば、僕の流の登場だ。

「翠、悪い! 遅くなった」
「僕も今来た所だよ、今日のおやつは何?」
「小森がいないから、今日は夢笛楼のショートケーキを買ってきた」
「わざわざ元町まで?」
「小森が神戸の元町なら、こっちは横浜の元町だ!」

 流ってば相変わらず負けず嫌いだな。変な対抗意識燃やして。

「いいね。洋菓子は久しぶりだよ」
「あいつら、今頃神戸でお洒落な洋館巡りでもしているのか」

 洋館、ようかん……あぁ……

「羊羹だ!」

 ああああ、勝手に頭の中が変換されていく。

 羊羹屋さんを練り歩く二人の姿が脳裏に浮かんだ。

 おそるべしあんこパワーだね。

「やっぱり気になって仕方がないな。流……小森くんが向こうで元気にやっているか心配だから連絡してくれないか。親代わりとして気になるよ」
「了解、じゃあ写真でも送るように催促するよ」
「あぁ、いいね。見たいよ」

 暫くすると、流が携帯を見て爆笑していた。

「どうして笑っているの?」
「いやぁ、参ったよ。あいつら神戸に何しに行ったんだ?」
「ん? 僕にも早く見せておくれ」
「ここに座ったら見せてやる」

 流が嬉しそうに膝を叩く。

 小森くんがいないからって、やりたい放題だ。

 だが、そういう僕も……

「……仕方がないね」

 今日は土曜日で、今はおやつの時間だ。

 以前の僕だったら、袈裟着用時にはしなかった行為だ。

 だが今は……

 甘えたり甘えられたりが心地良いよ。

 流の膝にストンと腰を落とすと、流が幸せを噛みしめるような表情を浮かべた。

 そんなに喜んでくれるのか。

「触れてはならぬお方がいらっしゃった」
「ふふ、さぁ写真を」
「これだ」

 なんと、なんと!

 小森くんが団子屋さんの看板息子のように、小豆色の着物に前掛けをしていた。

「もともと和風な顔立ちだから、よく似合うね」
「だよな。こっちはどうだ?」

 今度は和風喫茶のメイドさんのような格好だ。

「メイド服なんて一体どこで入手したのかな? あ、まさか流が持たせたの?」
「え! 違う違う! 俺が作っているのは翠のメイド服だ」

 ぽろりと漏れた言葉にギョッとした。

「まさか今年のハロウィンはそれなの?」
「あーあ、バレちまったな。今年は黒くてスケスケのえろーいのだ」
「ば、馬鹿!」
「恥ずかしいのなら、小森メイドを弟子につけてやろう」
「もっと恥ずかしいよ。でも、小森くんの、この衣装は使えるねぇ」
「だな、いやそんなことより活を入れないとな」
「なんと?」
 
 流がニヤリと笑う。

「そろそろスイッチ切り替えろ! 食い気より色気だと忠告するのさ」
「成程、確かに一理あるね」

 可愛い子には旅をさせよ。

 小森くんが人を愛し人に愛されるのは、素晴らしいことだ。

 心だけでなく身体も重ねたくなるのは、人間なら自然の摂理だ。

 そう言い切れるのは、僕が身をもって体感したことだから。

 今宵は僕も流に抱かれたい。


 流はその夜、何故か宗吾さんに熱心に電話をしていた。

「だから、うさぎも……スケスケのエロいのがいいって、可愛いだけじゃないんだ。今年のハロウィンはエロさがテーマだ!」

 あーあ、またよからぬことを吹き込んで。

 瑞樹くん頑張って!

 僕も頑張るよ?


****

 元町あんこストリートに別れを告げ、俺たちは六甲山山麓ホテルにチェックインした。

「わぁ! ここは、とてもクラシカルなホテルですねぇ。スーツに着替えて大正解でしたね」
「あぁ、小豆色のスーツ、風太にすごく似合っているよ」
「ありがとうございます。これはお母さんからのプレゼントなので嬉しいですよ」

 さっき元町で回転焼きを頬張っていたら、風太の携帯に月影寺から連絡が入った。

 看板息子と看板娘の写真を送ると、流さんから速攻指令が飛んだようで、風太はそそくさと元のスーツに着替えた。

 風太は風太なりに、これからの事を楽しみにしているらしい。

 それが伝わってきて、ほっこりした。

 少し早めの夕食をホテルのダイニングで食べた。

 徐々に日が暮れていく。

 幻想的なマジックアワーが一望できる席で、風太は頬を染めていた。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 刻一刻と、二人きりの時間が近づいている。






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