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小学生編

秋陽の中 16

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「パパぁ、パパぁ、おはよう」
「んっ、あれ? いっくん、起きていたのか」

 目を開けると至近距離でいっくんと目が合った。

 俺をじっと覗き込んでいたようだ。

 いっくんは愛くるしい顔立ちで、亡くなったご主人とすみれのいいとこ取りで、柔らかく優しげな顔をしている。

 いっくんを見るといつも瑞樹兄さんを思い出すのは何故だろうな。

「あのね、パパをみてたの」

 一緒に暮らすようになってからも、いっくんは時折、俺がどこかにいってしまわないかと不安そうな素振りをする。

「……そうか」
「パパぁ、よかったぁ、きょうもちゃんといる」

 ペタペタと確かめるようにオレの身体に触れてくる、あどけない手が愛おしい。

「大丈夫だ、消えないよ」
「うん!」

 ちゃんといる、ずっとそばにいる。

 亡くなった父さんの無念の分も長生きしたいし、いっくんのお父さんの希望の分も長生きしたい。この世でいっくんの健やかな成長を見守りたい。

「パパ、うえ、みて!」

 見上げると、いっくんが描いたお月様の絵が天井にくっついたままだった。

 部屋全体に明るい朝日が差し込み、今日という希望が満ちていた。

「パパ、おひさまみたいだねぇ、キラキラしてるよ」
「そうだな、太陽に変身したな」
「うん!」

 オレの家を朝も夜も照らしてくれる可愛い子供は、いっくんだ。

「パパ、まきくん、きょうもかわいいよ。あのね、なんだかパパみたいでしゅ」
「ははっ」

 槙は笑っちまうほどオレの赤ん坊の頃と似ているそうだ。

 母さんは大喜びで、広樹兄さんも懐かしそうに笑っていた。

…… 
 潤が生まれた頃はお父さんが亡くなったばかりで家が沈んでいたけれども、あなたの笑顔は太陽のように輝いていたわ。
……

 そんなこと以前母さんが言っていたな。

 同じことを俺も感じている。

 それにしても、すみれには申し訳ないがオレのミニチュアBABYが、1日中抱っこされ可愛がってもらえるのは悪い気はしない。むしろ大歓迎だ。

「さてと、起きるか」
「うん、パパ、きょうも、だいちゅき」
「パパも大好きだよ」

 いっくんは素直な性格で、心の言葉を惜しまない。

 オレが好きだと、毎日シャワーのように惜しみなく伝えてくれる。

 見習いたいよ。

 オレもいっくんのように瑞樹兄さんに素直に懐くことが出来たら、世界が変わっていたのか。いや、もう過ぎ去った日々を悔やむのではなく、今出来ることをしよう!

「いっくん、瑞樹兄さんに連絡してもいいか」
「みーくんしゅき、やちゃちいよ」
「あぁ、兄さんはスペシャルだ」

 いっくんの絵を撮影し、スマホで送信した。

 向こうは休日だろう。

 起こすと悪いから文字で伝えよう。

……
兄さん、おはよう! 昨日はお月見をした? こっちは曇り空で見えなかったけど、いっくんが月の絵を描いてくれたから天井に貼ってお月見をしたよ。
……
 
 すぐに既読がつく。
 
 そしてすぐに返事を届く。

 さくさくとレスポンスのいい兄さんが大好きだ。

 オレを大事にしてくれているのが、じわりと伝わってくる。

「潤、おはよう! こっちも曇り空だったよ。でも雲の合間に少しだけ満月が見えたから、芽生くん、喜んでいたよ。それにしても、いっくんの絵、とても素敵だね。夜はお月様だけど朝はお日様に見えるかも。まるでいっくんのようだね!」

 兄さんからのメッセージに感激する。

「オレも同じ事を考えていた!」
「そうか、やっぱり僕たちは兄弟だから思考回路が似ているのかな?」
「だな! 兄さん、今日は休み?」
「いや、僕だけ仕事なんだ。人出が足りないから銀座の路面店の助っ人に入る予定」
「そっか大変だな。こっちも秋薔薇と秋の行楽、旅行シーズンで忙しいよ」
「そうか、軽井沢の秋は一足早いから忙しないね」
「あぁ、こっちの秋は短いから楽しまないとな。兄さんも仕事頑張れ!」
「ありがとう。潤も頑張って!」

 瑞樹兄さんとは、たわいない日常会話を週に何度かやりとりしている。

 紆余曲折を経て、オレは立派なブラコンになった。

 自他共に認めているが、オレは兄さんが大好きだ!

 スマホをニヤニヤと見つめていると、いっくんが小さな手を頬にあてて覗き込んできた。

「パパ、よかったね」
「あ! ごめんな。待たせて」
「パパ、なかよちさんっていいね! もう、さみしくないもんね」
「あぁ、その通りだ」

 さぁ、中秋の名月も終わり間もなく10月だ。

 一気に秋が深まっていくぞ!

 軽井沢は紅葉が真っ盛りとなり、見る物すべてが色づく豊潤の季節を迎える。

 そうだ、次の休みにはピクニックに行こう。
 
 槙も首も据わりしっかしりてきたから日向ぼっこが気持ちいいだろうし、いっくんと思いっきりサッカーもしたい。

 すみれともゆっくり語りたい。

 オレたち家族の夢を――

 家族で青空を見上げ、空にむかって笑顔を届けよう。


****

 目覚めると、瑞樹がパジャマ姿のままスマホ片手ににこにこと可愛く微笑んでいた。

 窓辺で秋の穏やかな日差しを浴びる横顔は、相変わらずとても綺麗だ。

 容姿端麗な瑞樹。

 歳を重ねて……内から放たれる輝きが増したな。

 それにしても、おーい、まだメールしてんのか。

 そろそろ俺を見てくれよ。

 いい子に待つのは苦手なので、つい話しかけてしまう。

「瑞樹ぃ、さっきからずっとニヤついてるぞ」
「え!」

 瑞樹は慌てて頬を押さえた。

「妬けるな、潤と?」
「あ、はい。潤はすっかり人懐っこくなって、生活の様子をいろいろと教えてくれるので嬉しくて……今、お兄ちゃん気分なんですよ」

 潤と瑞樹の過去のいざこざを思い出すと、よくぞここまで軌道修正出来たとしみじみする。

「そういえば今日は仕事だろ? そろそろ支度しないと」
「あ、もうこんな時間ですね。あの……今日はすみません」
「謝るな。お互いさまだ。昨日はオレが仕事を抱えていたし。今日は仕事が終わる頃を見計らって、芽生と銀座に行くよ。たまには外で食事をしないか」
「本当ですか、嬉しいです。その言葉を糧に頑張ります」
「よし、頑張って来い」

 俺たちはお互い働き盛りのリーマンだ。

 時には休日に仕事が入る事もある。

 家族揃って過ごせない時もある。

 だから、そんな時はこんな風に相手に歩み寄ろう。

 それが離れないコツだ。

「あの……宗吾さん……」

 瑞樹から一歩歩み寄ってくる。

 背伸びして、可愛いキスを受ける。

 嬉しい時、君はこうやって愛情を伝えてくれる。

 控えめな君からの優しさが届く。

 涼やかで心地良い朝だ。

 今頃あの二人は神戸に到着した頃だろうか。

 健闘を祈る!

「確か、菅野たちの行き先は天国だったよな」
「ん? 何か言いましたか」
「瑞樹ぃ、俺たちも今日は……そこに行きたい。なぁ……どうだ?」
「あ、はい……僕も……そのつもりです」

 耳朶を染め恥じらう君が可愛くて、大きく抱きしめた。

 今日もアイシテル!




****

「ついに神戸到着ですよー!」
「おぉ、ここが神戸駅か」

 姫路駅から一路神戸へ。

 オレは葉山からもらった旅行行程表を改札を出てすぐにチェックした。

「今からクルージングをしよう」
「クルージングって?」
「船に乗るんだよ」
「わぁ! もしかして一寸法師が乗ったお椀ですか」
「ん?」
「違いましたか。あ、じゃあ桃太郎が入っていた桃ですか」
「んん?」

 まずい! ここで再び風太ワールドに引きずり込まれる。

「あぁそうだ! お腰につけたきびだんごはありませんが、一口羊羹ならまだありますよ。良介くん、さぁ、おひとつどーぞ」
「あ、ありがとう。旨いな~ ムシャムシャ」
「ですよね!」

 はっ! いかんいかん、!

 とにかく船に乗り込もう。
 
「風太、行くぞ」

 自分の指先についた羊羹を舐める勢いでじっと見つめていた風太の手をギュッと握りしめ、乗船場のあるハーバーリゾートに向かって歩き出した。

 葉山と宗吾さんが手配してくれた、青い空と海の間を悠々と駆け抜けるクルージング体験で、一気にあんこワールドから離れるぞ。

 目指すのは天国!

 船旅で非日常体験をしよう。

 船上からは明石海峡大橋も見えるだろうな。

 大海原をどんぶらこ。

 雄大な景色を風太にも見せてやろう。

 甲板で手を繋いで、陸地との暫しのお別れをした。

 1時間程度のクルージングなのに、旅情を感じる。

 いい雰囲気だ。

 風太は小豆色のスーツに身を包み、真っ直ぐに空と海の狭間を見つめていた。

 昨日より少し大人びたその横顔に、ドキッとする。

「僕……良介くんと旅立つんですね」
「あぁ、そうだ。ずっとずっと一緒にいよう」
「はい、そうしたいです」

 自然に手を握り合った。

 デッキに影が伸びていく。

 ギュッと力を込めると、風太も握り返してくれた。

 それが出航の合図だ。

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