上 下
1,489 / 1,730
小学生編

秋陽の中 6

しおりを挟む
 久しぶりに銀座にショッピングに出てきたら、秋桜《コスモス》の大きな花束を持った清楚な雰囲気の青年とすれ違ったの。

 私ってば、つい息子と同世代の男性が気になってしまうのよね。

 振り返って見つめると……

 スッキリとスーツを着こなし街を闊歩する青年の背中は、明るい未来を背負っているように見えた。

「素敵ね! 風太は元気かしら?」

 あの子も、もう22歳。  

 15歳、中学卒業と同時に高校へは進学せずに、お寺の小坊主になって本当に良かったのかしら? 

 しかも去年までは自宅から通っていたのに、ご住職さまの提案と本人の希望でお寺に住み込みになり、ますます遠い存在になってしまったわ。

 でもその方があの子が幸せになれると思って、家族で心を決めて送り出したのよ。
 
 風太は幼い頃からふわふわとした、周囲と流れる時間が違う不思議な子だった。でも純真で愛くるしい子供だったの。

……
「おかあしゃん、おかあしゃん、どこでしゅか」
「ふうた、こっちよ。ここにいらっしゃい」
「はい!」
「いいこ、いいこよ。ふうたはいいこ。ここにいれば安心よ」
「おかあしゃんのここ、しゅきです」

……

 私の胸にくっついて指しゃぶりをしていた幼子。

 幼稚園までは私の腕の中で全力で守ってあげられたのに、小学校に上がるとそうもいかなくなり、周りの子供の成長と比較されることや陰口を叩かれることが増え、私もすっかり気弱になってしまったのよね。

 小学校から中学校。

 成長するにつれて、いよいよ可愛いだけでは済まなくなって……

……

「もう! どうして普通にできないの?」 
「お願いだから、普通にしていて」
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん」

……

 心ない言葉で息子を何度も傷つけてしまった。

 普通でいれば、皆と同じでいれば、人並みの幸せが手に入るという私の価値観を無理矢理押しつけてしまったわ。

 人から外れてばかりの風太の将来が急に心配になったの。

 私の気持ちに気付いたのか、中学生になった風太は居心地が悪そうで、ふらりと家から消えてしまうことが増えた。

 夜になっても戻らないので心配になって探すと、だいたいお寺の門の前でこっくりこっくりと呑気に居眠りをしていたわ。

「風太はお寺が好きなの?」
「お母さん、僕……ここに来るとすごくほっとします。僕の居場所だなって思えるんです」
「……そうなのね。風太はここが好きなのね」
「はい! 大好きです!」

 通っていた中学の先生に相談すると、月影寺で小坊主を探しているからと修行の道へ進むのはどうかと紹介されたの。

 迷ったわ。

 風太はまだ15歳。

 高校に通わない道を選んでしまうのは怖かった。

 でも風太は大喜びだった。
 
 この子のこんな明るい笑顔は、久しぶりに見たわ。

 だから決めたの。

 月影寺でに世話になることを。
 
 
「あ、そういえば、もうすぐ風太のお誕生日だわ。あの子も23歳になるなんて早いものね。普通だったら大卒でお勤めに出る頃ね」

 すれ違った清楚な青年のスーツ姿が印象的で、思わずデパートの紳士服売り場に立ち寄ってしまった。

「いらっしゃいませ。どなたにお探しですか」
「ええっと、息子にスーツを買ってあげようかと思いまして」
「社会人の息子さんですか。普段のスーツのサイズはどの位でしょう? お分かりになりますか」
「あ……」

 返答に困ったわ。

 風太にスーツを作ってあげたことはないし、着たのを見たこともないわ。

 あぁ、いけない。

 また私の好みを押しつけてしまうところだった。

 スーツ姿を見たいのは私の悪い癖、勝手な願望よね。

 もう、やめましょう。
 
 あの子には、あの子が好きなものを選んで欲しいわ。

 お寺では四六時中きっと小坊主の姿だろうから、せめて普通の二十代の青年らしい普段着でも買ってくれたらと、白い封筒にお金を入れて郵便局に向かった。

 でもね、気が付いたら電車で北鎌倉に向かっていたの。

 会おうと思えばいつでも会える距離なのに、どうして私は一度も様子を見に行かなかったのかしら?

 今から行って見ましょう。

 風太の顔が無性に見たいわ。

 プレゼントはお金だから味気ないけれども、顔を見て手渡ししたい。

 ところが月影寺の前に立つと、躊躇してしまったわ。

 一度も会いに来なかった薄情な母親が今更よね。やっぱり現金書留で送った方がいいわ。

 そのままUターンして帰ろうと思ったら、呼び止められたの。

「もしかして小森くんのお母さんでは?」
「あっ、あなたは」

 作務衣姿に無造作に束ねた黒髪。

 確か月影寺の副住職さまだわ。

「副住職の張矢 流です」
「あ、あの、風太は元気ですか」
「なるほど、気になっていらしたのか。じゃあこっちへ」

 そっと通されたのは、竹藪の茂み。

「あそこにいますよ。ははっ、今は大好きな箒と戯れている」

 風太! 風太だわ。

 幼い頃の面影を残した可愛い顔。私の息子。薔薇色に頬を染めて、楽しそうに箒で落ち葉を掃いている。葉っぱに時折話しかけながら、くるんと回ったりして本当に楽しそう。
 
「楽しそうですね」
「いつもごきげんで、箒を扱わせたら天下一品の腕前だ」
「まぁ!」

 あんなに楽しそうに庭掃きをして、風太ってば!

 息子は今、幸せなのね。
 
 このお寺に預けて良かった。

 きっとあのまま高校に上がっていたら、こんな笑顔は見られなかったでしょう。

「小森くんは、よく勉強もしていますよ」
「え?」
「高校の勉強は、だいたいこの寺で教えました。住職は現代文と古文、日本史が得意で、俺は主に体育と美術、英語は俺の弟に任せて……」
「まぁ、そうだったのですか」
「小森くんは向上心が強く、好きになったらとことんだから、頼もしい」

 こんな風に褒めてもらえるなんて、可愛がってもらえるなんて!

 今すぐ風太を抱き締めたい。

 ふうた、頑張ったのね。えらかったわ。

 あなたは私の大切な大好きな息子だとちゃんと伝えたいわ。


****

「瑞樹、おはよう」
「宗吾さん、おはようございます」
「見てくれ! 完成したぞ」
「え? もう出来たのですか」

 まるでプロが作ったような旅行パンフレットを寝起きに手渡されて、驚いてしまった。

『神戸ロマンチックデート(行き先は天国↑)』

 タイトルは昨日のままなので苦笑してしまった。

「くすっ、いいタイトルですね。あの……ちゃんと眠りましたか」
「あぁ、眠ったよ。楽しくて夢中になってしまったが」
「嬉しいです。こんなすごいもの僕には無理なので」
「だが中身のアイデアは瑞樹だぞ。もっと自分に自信を持て」
「ありがとうございます。これ、早速菅野に見せてもいいですか」
「もちろんだ。早く見せたいだろうと思って頑張ったんだ」
「宗吾さん、嬉しいです!」

 思わずおもちゃを買ってもらった子供のように、宗吾さんに飛びついてしまった。

「はは、瑞樹が珍しくはしゃいでいるな。おっとまだ髭を剃ってないから、痛いぞ」
「ふふ、擽ったいですね」
 
 そこに芽生くんが目を擦りながら起きてきた。

「わぁ~ アチチしてたの?」
「わっ、芽生くん!」
「はは、芽生も抱っこしよう」
「ボク、もう三年生だよ」
「まだ9さいだ」
「芽生くん、僕も抱っこしたいな」
「お兄ちゃんがいい」
「芽生~パパは?」
「パパはおひげいたいもん」

 芽生くんがピョンと飛びついてくれたので、ギュッとだっこしてあげた。

 いつまで出来るかな? 夏休みの間にまた背も伸びた?

 もう結構重たくなってギリギリだけど、ギリギリまでさせて欲しい。

「お兄ちゃんはすべすべだもん。あれ? お兄ちゃん何かいい事あったの? ごきげんだね。それって宝探しの地図?」
「え? あぁこれは……そうだよ。菅野と小森くんにあげようと思って」

 どこまで理解しているのか分からなかいが、芽生くんに嘘はつきたくなかった。

 管野と小森くんだけの幸せが見つかるといい。

「わぁ、きっとよろこぶよ。お兄ちゃんからのハートがつまってるもんね」
「え?」
「そうだ、幸せマークを描いてあげる」

 芽生くんがパンフレットの表紙に、四ツ葉の絵を緑のマジックで描いてくれた。

「わぁ、上手だね。すごく良くなったよ」
「あのね、仲良しさんがもっと仲良しになれますようにってお願いしたよ」
「そうだね」
「お兄ちゃんとボクは今日も仲良しだよね」
「うん! さぁ朝の支度をしようか」
「ボク、お水まいてくる」
「ありがとう!

 今日もいつもと変わらない1日が始まる。

 ようやく秋めいてきた青空に向かって、思いっきり伸びをした。

「今日も頑張ろう!」

 風が吹き抜けていく。

 昨日窓辺に飾ったばかりの秋桜《コスモス》も、嬉しそうに揺れていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...