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小学生編
秋陽の中 6
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久しぶりに銀座にショッピングに出てきたら、秋桜《コスモス》の大きな花束を持った清楚な雰囲気の青年とすれ違ったの。
私ってば、つい息子と同世代の男性が気になってしまうのよね。
振り返って見つめると……
スッキリとスーツを着こなし街を闊歩する青年の背中は、明るい未来を背負っているように見えた。
「素敵ね! 風太は元気かしら?」
あの子も、もう22歳。
15歳、中学卒業と同時に高校へは進学せずに、お寺の小坊主になって本当に良かったのかしら?
しかも去年までは自宅から通っていたのに、ご住職さまの提案と本人の希望でお寺に住み込みになり、ますます遠い存在になってしまったわ。
でもその方があの子が幸せになれると思って、家族で心を決めて送り出したのよ。
風太は幼い頃からふわふわとした、周囲と流れる時間が違う不思議な子だった。でも純真で愛くるしい子供だったの。
……
「おかあしゃん、おかあしゃん、どこでしゅか」
「ふうた、こっちよ。ここにいらっしゃい」
「はい!」
「いいこ、いいこよ。ふうたはいいこ。ここにいれば安心よ」
「おかあしゃんのここ、しゅきです」
……
私の胸にくっついて指しゃぶりをしていた幼子。
幼稚園までは私の腕の中で全力で守ってあげられたのに、小学校に上がるとそうもいかなくなり、周りの子供の成長と比較されることや陰口を叩かれることが増え、私もすっかり気弱になってしまったのよね。
小学校から中学校。
成長するにつれて、いよいよ可愛いだけでは済まなくなって……
……
「もう! どうして普通にできないの?」
「お願いだから、普通にしていて」
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん」
……
心ない言葉で息子を何度も傷つけてしまった。
普通でいれば、皆と同じでいれば、人並みの幸せが手に入るという私の価値観を無理矢理押しつけてしまったわ。
人から外れてばかりの風太の将来が急に心配になったの。
私の気持ちに気付いたのか、中学生になった風太は居心地が悪そうで、ふらりと家から消えてしまうことが増えた。
夜になっても戻らないので心配になって探すと、だいたいお寺の門の前でこっくりこっくりと呑気に居眠りをしていたわ。
「風太はお寺が好きなの?」
「お母さん、僕……ここに来るとすごくほっとします。僕の居場所だなって思えるんです」
「……そうなのね。風太はここが好きなのね」
「はい! 大好きです!」
通っていた中学の先生に相談すると、月影寺で小坊主を探しているからと修行の道へ進むのはどうかと紹介されたの。
迷ったわ。
風太はまだ15歳。
高校に通わない道を選んでしまうのは怖かった。
でも風太は大喜びだった。
この子のこんな明るい笑顔は、久しぶりに見たわ。
だから決めたの。
月影寺でに世話になることを。
「あ、そういえば、もうすぐ風太のお誕生日だわ。あの子も23歳になるなんて早いものね。普通だったら大卒でお勤めに出る頃ね」
すれ違った清楚な青年のスーツ姿が印象的で、思わずデパートの紳士服売り場に立ち寄ってしまった。
「いらっしゃいませ。どなたにお探しですか」
「ええっと、息子にスーツを買ってあげようかと思いまして」
「社会人の息子さんですか。普段のスーツのサイズはどの位でしょう? お分かりになりますか」
「あ……」
返答に困ったわ。
風太にスーツを作ってあげたことはないし、着たのを見たこともないわ。
あぁ、いけない。
また私の好みを押しつけてしまうところだった。
スーツ姿を見たいのは私の悪い癖、勝手な願望よね。
もう、やめましょう。
あの子には、あの子が好きなものを選んで欲しいわ。
お寺では四六時中きっと小坊主の姿だろうから、せめて普通の二十代の青年らしい普段着でも買ってくれたらと、白い封筒にお金を入れて郵便局に向かった。
でもね、気が付いたら電車で北鎌倉に向かっていたの。
会おうと思えばいつでも会える距離なのに、どうして私は一度も様子を見に行かなかったのかしら?
今から行って見ましょう。
風太の顔が無性に見たいわ。
プレゼントはお金だから味気ないけれども、顔を見て手渡ししたい。
ところが月影寺の前に立つと、躊躇してしまったわ。
一度も会いに来なかった薄情な母親が今更よね。やっぱり現金書留で送った方がいいわ。
そのままUターンして帰ろうと思ったら、呼び止められたの。
「もしかして小森くんのお母さんでは?」
「あっ、あなたは」
作務衣姿に無造作に束ねた黒髪。
確か月影寺の副住職さまだわ。
「副住職の張矢 流です」
「あ、あの、風太は元気ですか」
「なるほど、気になっていらしたのか。じゃあこっちへ」
そっと通されたのは、竹藪の茂み。
「あそこにいますよ。ははっ、今は大好きな箒と戯れている」
風太! 風太だわ。
幼い頃の面影を残した可愛い顔。私の息子。薔薇色に頬を染めて、楽しそうに箒で落ち葉を掃いている。葉っぱに時折話しかけながら、くるんと回ったりして本当に楽しそう。
「楽しそうですね」
「いつもごきげんで、箒を扱わせたら天下一品の腕前だ」
「まぁ!」
あんなに楽しそうに庭掃きをして、風太ってば!
息子は今、幸せなのね。
このお寺に預けて良かった。
きっとあのまま高校に上がっていたら、こんな笑顔は見られなかったでしょう。
「小森くんは、よく勉強もしていますよ」
「え?」
「高校の勉強は、だいたいこの寺で教えました。住職は現代文と古文、日本史が得意で、俺は主に体育と美術、英語は俺の弟に任せて……」
「まぁ、そうだったのですか」
「小森くんは向上心が強く、好きになったらとことんだから、頼もしい」
こんな風に褒めてもらえるなんて、可愛がってもらえるなんて!
今すぐ風太を抱き締めたい。
ふうた、頑張ったのね。えらかったわ。
あなたは私の大切な大好きな息子だとちゃんと伝えたいわ。
****
「瑞樹、おはよう」
「宗吾さん、おはようございます」
「見てくれ! 完成したぞ」
「え? もう出来たのですか」
まるでプロが作ったような旅行パンフレットを寝起きに手渡されて、驚いてしまった。
『神戸ロマンチックデート(行き先は天国↑)』
タイトルは昨日のままなので苦笑してしまった。
「くすっ、いいタイトルですね。あの……ちゃんと眠りましたか」
「あぁ、眠ったよ。楽しくて夢中になってしまったが」
「嬉しいです。こんなすごいもの僕には無理なので」
「だが中身のアイデアは瑞樹だぞ。もっと自分に自信を持て」
「ありがとうございます。これ、早速菅野に見せてもいいですか」
「もちろんだ。早く見せたいだろうと思って頑張ったんだ」
「宗吾さん、嬉しいです!」
思わずおもちゃを買ってもらった子供のように、宗吾さんに飛びついてしまった。
「はは、瑞樹が珍しくはしゃいでいるな。おっとまだ髭を剃ってないから、痛いぞ」
「ふふ、擽ったいですね」
そこに芽生くんが目を擦りながら起きてきた。
「わぁ~ アチチしてたの?」
「わっ、芽生くん!」
「はは、芽生も抱っこしよう」
「ボク、もう三年生だよ」
「まだ9さいだ」
「芽生くん、僕も抱っこしたいな」
「お兄ちゃんがいい」
「芽生~パパは?」
「パパはおひげいたいもん」
芽生くんがピョンと飛びついてくれたので、ギュッとだっこしてあげた。
いつまで出来るかな? 夏休みの間にまた背も伸びた?
もう結構重たくなってギリギリだけど、ギリギリまでさせて欲しい。
「お兄ちゃんはすべすべだもん。あれ? お兄ちゃん何かいい事あったの? ごきげんだね。それって宝探しの地図?」
「え? あぁこれは……そうだよ。菅野と小森くんにあげようと思って」
どこまで理解しているのか分からなかいが、芽生くんに嘘はつきたくなかった。
管野と小森くんだけの幸せが見つかるといい。
「わぁ、きっとよろこぶよ。お兄ちゃんからのハートがつまってるもんね」
「え?」
「そうだ、幸せマークを描いてあげる」
芽生くんがパンフレットの表紙に、四ツ葉の絵を緑のマジックで描いてくれた。
「わぁ、上手だね。すごく良くなったよ」
「あのね、仲良しさんがもっと仲良しになれますようにってお願いしたよ」
「そうだね」
「お兄ちゃんとボクは今日も仲良しだよね」
「うん! さぁ朝の支度をしようか」
「ボク、お水まいてくる」
「ありがとう!
今日もいつもと変わらない1日が始まる。
ようやく秋めいてきた青空に向かって、思いっきり伸びをした。
「今日も頑張ろう!」
風が吹き抜けていく。
昨日窓辺に飾ったばかりの秋桜《コスモス》も、嬉しそうに揺れていた。
私ってば、つい息子と同世代の男性が気になってしまうのよね。
振り返って見つめると……
スッキリとスーツを着こなし街を闊歩する青年の背中は、明るい未来を背負っているように見えた。
「素敵ね! 風太は元気かしら?」
あの子も、もう22歳。
15歳、中学卒業と同時に高校へは進学せずに、お寺の小坊主になって本当に良かったのかしら?
しかも去年までは自宅から通っていたのに、ご住職さまの提案と本人の希望でお寺に住み込みになり、ますます遠い存在になってしまったわ。
でもその方があの子が幸せになれると思って、家族で心を決めて送り出したのよ。
風太は幼い頃からふわふわとした、周囲と流れる時間が違う不思議な子だった。でも純真で愛くるしい子供だったの。
……
「おかあしゃん、おかあしゃん、どこでしゅか」
「ふうた、こっちよ。ここにいらっしゃい」
「はい!」
「いいこ、いいこよ。ふうたはいいこ。ここにいれば安心よ」
「おかあしゃんのここ、しゅきです」
……
私の胸にくっついて指しゃぶりをしていた幼子。
幼稚園までは私の腕の中で全力で守ってあげられたのに、小学校に上がるとそうもいかなくなり、周りの子供の成長と比較されることや陰口を叩かれることが増え、私もすっかり気弱になってしまったのよね。
小学校から中学校。
成長するにつれて、いよいよ可愛いだけでは済まなくなって……
……
「もう! どうして普通にできないの?」
「お願いだから、普通にしていて」
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん」
……
心ない言葉で息子を何度も傷つけてしまった。
普通でいれば、皆と同じでいれば、人並みの幸せが手に入るという私の価値観を無理矢理押しつけてしまったわ。
人から外れてばかりの風太の将来が急に心配になったの。
私の気持ちに気付いたのか、中学生になった風太は居心地が悪そうで、ふらりと家から消えてしまうことが増えた。
夜になっても戻らないので心配になって探すと、だいたいお寺の門の前でこっくりこっくりと呑気に居眠りをしていたわ。
「風太はお寺が好きなの?」
「お母さん、僕……ここに来るとすごくほっとします。僕の居場所だなって思えるんです」
「……そうなのね。風太はここが好きなのね」
「はい! 大好きです!」
通っていた中学の先生に相談すると、月影寺で小坊主を探しているからと修行の道へ進むのはどうかと紹介されたの。
迷ったわ。
風太はまだ15歳。
高校に通わない道を選んでしまうのは怖かった。
でも風太は大喜びだった。
この子のこんな明るい笑顔は、久しぶりに見たわ。
だから決めたの。
月影寺でに世話になることを。
「あ、そういえば、もうすぐ風太のお誕生日だわ。あの子も23歳になるなんて早いものね。普通だったら大卒でお勤めに出る頃ね」
すれ違った清楚な青年のスーツ姿が印象的で、思わずデパートの紳士服売り場に立ち寄ってしまった。
「いらっしゃいませ。どなたにお探しですか」
「ええっと、息子にスーツを買ってあげようかと思いまして」
「社会人の息子さんですか。普段のスーツのサイズはどの位でしょう? お分かりになりますか」
「あ……」
返答に困ったわ。
風太にスーツを作ってあげたことはないし、着たのを見たこともないわ。
あぁ、いけない。
また私の好みを押しつけてしまうところだった。
スーツ姿を見たいのは私の悪い癖、勝手な願望よね。
もう、やめましょう。
あの子には、あの子が好きなものを選んで欲しいわ。
お寺では四六時中きっと小坊主の姿だろうから、せめて普通の二十代の青年らしい普段着でも買ってくれたらと、白い封筒にお金を入れて郵便局に向かった。
でもね、気が付いたら電車で北鎌倉に向かっていたの。
会おうと思えばいつでも会える距離なのに、どうして私は一度も様子を見に行かなかったのかしら?
今から行って見ましょう。
風太の顔が無性に見たいわ。
プレゼントはお金だから味気ないけれども、顔を見て手渡ししたい。
ところが月影寺の前に立つと、躊躇してしまったわ。
一度も会いに来なかった薄情な母親が今更よね。やっぱり現金書留で送った方がいいわ。
そのままUターンして帰ろうと思ったら、呼び止められたの。
「もしかして小森くんのお母さんでは?」
「あっ、あなたは」
作務衣姿に無造作に束ねた黒髪。
確か月影寺の副住職さまだわ。
「副住職の張矢 流です」
「あ、あの、風太は元気ですか」
「なるほど、気になっていらしたのか。じゃあこっちへ」
そっと通されたのは、竹藪の茂み。
「あそこにいますよ。ははっ、今は大好きな箒と戯れている」
風太! 風太だわ。
幼い頃の面影を残した可愛い顔。私の息子。薔薇色に頬を染めて、楽しそうに箒で落ち葉を掃いている。葉っぱに時折話しかけながら、くるんと回ったりして本当に楽しそう。
「楽しそうですね」
「いつもごきげんで、箒を扱わせたら天下一品の腕前だ」
「まぁ!」
あんなに楽しそうに庭掃きをして、風太ってば!
息子は今、幸せなのね。
このお寺に預けて良かった。
きっとあのまま高校に上がっていたら、こんな笑顔は見られなかったでしょう。
「小森くんは、よく勉強もしていますよ」
「え?」
「高校の勉強は、だいたいこの寺で教えました。住職は現代文と古文、日本史が得意で、俺は主に体育と美術、英語は俺の弟に任せて……」
「まぁ、そうだったのですか」
「小森くんは向上心が強く、好きになったらとことんだから、頼もしい」
こんな風に褒めてもらえるなんて、可愛がってもらえるなんて!
今すぐ風太を抱き締めたい。
ふうた、頑張ったのね。えらかったわ。
あなたは私の大切な大好きな息子だとちゃんと伝えたいわ。
****
「瑞樹、おはよう」
「宗吾さん、おはようございます」
「見てくれ! 完成したぞ」
「え? もう出来たのですか」
まるでプロが作ったような旅行パンフレットを寝起きに手渡されて、驚いてしまった。
『神戸ロマンチックデート(行き先は天国↑)』
タイトルは昨日のままなので苦笑してしまった。
「くすっ、いいタイトルですね。あの……ちゃんと眠りましたか」
「あぁ、眠ったよ。楽しくて夢中になってしまったが」
「嬉しいです。こんなすごいもの僕には無理なので」
「だが中身のアイデアは瑞樹だぞ。もっと自分に自信を持て」
「ありがとうございます。これ、早速菅野に見せてもいいですか」
「もちろんだ。早く見せたいだろうと思って頑張ったんだ」
「宗吾さん、嬉しいです!」
思わずおもちゃを買ってもらった子供のように、宗吾さんに飛びついてしまった。
「はは、瑞樹が珍しくはしゃいでいるな。おっとまだ髭を剃ってないから、痛いぞ」
「ふふ、擽ったいですね」
そこに芽生くんが目を擦りながら起きてきた。
「わぁ~ アチチしてたの?」
「わっ、芽生くん!」
「はは、芽生も抱っこしよう」
「ボク、もう三年生だよ」
「まだ9さいだ」
「芽生くん、僕も抱っこしたいな」
「お兄ちゃんがいい」
「芽生~パパは?」
「パパはおひげいたいもん」
芽生くんがピョンと飛びついてくれたので、ギュッとだっこしてあげた。
いつまで出来るかな? 夏休みの間にまた背も伸びた?
もう結構重たくなってギリギリだけど、ギリギリまでさせて欲しい。
「お兄ちゃんはすべすべだもん。あれ? お兄ちゃん何かいい事あったの? ごきげんだね。それって宝探しの地図?」
「え? あぁこれは……そうだよ。菅野と小森くんにあげようと思って」
どこまで理解しているのか分からなかいが、芽生くんに嘘はつきたくなかった。
管野と小森くんだけの幸せが見つかるといい。
「わぁ、きっとよろこぶよ。お兄ちゃんからのハートがつまってるもんね」
「え?」
「そうだ、幸せマークを描いてあげる」
芽生くんがパンフレットの表紙に、四ツ葉の絵を緑のマジックで描いてくれた。
「わぁ、上手だね。すごく良くなったよ」
「あのね、仲良しさんがもっと仲良しになれますようにってお願いしたよ」
「そうだね」
「お兄ちゃんとボクは今日も仲良しだよね」
「うん! さぁ朝の支度をしようか」
「ボク、お水まいてくる」
「ありがとう!
今日もいつもと変わらない1日が始まる。
ようやく秋めいてきた青空に向かって、思いっきり伸びをした。
「今日も頑張ろう!」
風が吹き抜けていく。
昨日窓辺に飾ったばかりの秋桜《コスモス》も、嬉しそうに揺れていた。
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