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小学生編

ムーンライト・セレナーデ 30(月影寺の夏休み編)

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「むにゃ、むにゃ……むにゃ」

 風太の背中を優しく撫で寝付かせていると、まるで子守歌のように風に乗って落ち着いたメロディが届いた。

 どこかで聞いたことがある曲だぞ。

 何だったかな? ジャズソングの……あぁそうだ! 

 『ムーンライトセレナーデ』という曲名だ。

 なるほど! 月影寺にぴったりだ。

 今宵は見事な月夜。

 竹林に囲まれた芝生の広場で夜空を仰ぐと、大きな満月が幻想的に浮かんでいた。

 ここだけあまりに別世界で、不思議な心地になる。

 幼子は眠り、大人の時間到来というわけか。

 このナイトピクニック会場は薄暗い照明だったので、月明かりが頼りだ。

 目を凝らすと、月光を浴びながら、丈さんと洋くんが身体をぴったり密着させて、音楽に合わせて揺れている。

 彼らは重なるのが似合う。二人一緒なのが本当にしっくり来る。

 芝生と竹林の狭間はダンス舞台のようだ。

「瑞樹、俺たちも踊ろうぜ!」
「あ、はい……」

 丈さんと洋くんの大人な雰囲気に見蕩れていると、宗吾さんに手を引かれて葉山も舞台に上がってきた。
 
 くくくっ、宗吾さんは相変わらず血気盛んだよな。絶対にあれは丈さんと洋くんの大人な雰囲気に感化されたのだろう。

 人目も憚ることなく、葉山をギュッと抱きしめる宗吾さん。

「瑞樹ぃ、俺たちもチークダンス踊ろうぜ」

 なるほど、チークダンスというのか! 昭和な感じだが、何故か宗吾さんには似合う。そう言えば、宗吾さんのカラオケの持ち歌って、オール昭和歌謡だったような。

「え、ですが、皆が見てますよ」
「みんなそれぞれの相手に夢中だから気にしなくていい。それよりさ、丈さんと洋くんを見てみろ。俺もあんな風にしたい」
「……もう、仕方がないですね。少しだけですよ」
「ありがとう! 瑞樹」
「あぁっ」

 宗吾さんに抱きしめられると、葉山が変な声を出した。

「おー! いい声出すな」
「も、もう――」

 宗吾さんって、やるなぁ~!

 お堅い葉山をガラガラと崩す名人だ!

 ところで、芽生坊はどこだ?

 あぁ、なるほど、そういうことか。

 芽生坊は洋くんのおばあさまに膝枕してもらい、スヤスヤ寝息を立てていた。

 よかったな。

 芽生坊が甘えられる存在がまた一人増えたな。

 上品なご婦人は、芽生坊の髪をそっと撫で、涙ぐんでいるようだった。

 ここに集う人は、共通している。
 
 悲しみや苦しみを人一倍、味わってしまった人だ。

 そう感じたのは間違いではない。

 俺と風太。宗吾さんと葉山、丈さんも洋くん、翠さんも流さんと薙くん、菫さんと潤くんといっくん……

 一人一人の名前を心の中で呼んだ。

 みんな辛かったな、しんどかったな。

 だからこそ、今、この空間がどんなに恵まれた場所なのかを噛みしめ感謝し、満喫している。

 よし! 俺も楽しもう。

 チークダンスも魅力的だが、俺と風太はこっちが似合う。

 膝枕していた風太の頭をそっとずらし、マットに横向きに寝かせた。

「風太、本当に酔っ払ってぐっすりなんだな。俺も一緒に転た寝をするよ。夢の中でダンスしようぜ、俺たちはそれがいい」

 俺も横になり、風太のあどけない寝顔を見つめ笑みを浮かべた。

 可愛いほっぺだな。

 あんこが詰まっているみたいに、ぷにゅぷにゅだ。

 風太って、ベイビーフェイスだよな。

 あどけなさ、幼さ、それも全部好きだよ。

 俺のあんこくん。

 目を閉じると、風太の夢の中に潜れた気がした。

……

「かんのくーん、あんあんあんこちゃんの歌、歌いませんか」
「あぁ、一緒に歌って踊ろう」
「踊る? いいですね。じゃあ『あんことおもちはぺったんこダンス』がいいです」
「ん?」(なんちゅうネーミングだ)

 すると夢の中の風太は大胆にも、俺に向けて下半身をぴったりくっつけてきた。なんとなく自分のものが嵩を増したようで、赤面してしまう。

「わわ、よせ……まずいって」
「これが、あんこダンスですよぅ~ あん、あん、あんこちゃーん」
「……ははは、あんあん……ねぇ(色気もくれ!)」


****

「父さん、オレ、そろそろ部屋に戻るよ」
「ん? どうした?」
「明日も朝練だから寝ないと。しかしお盆休みもやるなんてスパルタだよな」
「じゃあ、そろそろお開きにしよう」
「いや、父さんたちはもう少し楽しんで。せっかく、今、最高にいいムードなんだし」
「……じゃあ、父さんが部屋まで送るよ」
「過保護だなぁ」

 と言いつつ、薙は照れ臭そうに微笑んでくれた。

 小さい薙を置いて突然消えたことへの後悔は尽きぬ。だがどんなに後悔しても、幼い薙と過ごすはずだった時間は取り戻せない。だからこそ、今、この一瞬一瞬が愛おしいよ。

「父さんに甘やかされているよな~」
「ふふ、薙を溺愛しているからね」
「と、父さんって時々大胆だ!」
「そうかな? そのままの事実を話しただけだよ」

 そう伝えると、薙はこくりと頷いて破顔した。

「ありがとう! 今日は最高に楽しかったよ。オレも早く父さんと酒を飲みたいなって思った!」
「そうだね。そう遠くはない、直にやってくるよ」
「早く大人になりたいような、まだこのままでいたいような気持ちだよ」
「どちらも持っているといいよ。いずれにせよ時は自然と流れていくのだから、今この瞬間を大切にしていけば思い残すことはない」

 薙は月を仰いで、微笑んでいた。

「父さん、すげぇカッコいい」
「あ、ありがとう。照れ臭いけど、息子にそんな風に言ってもらえるなんて、幸せ者だ」



 お休み……薙。

 薙を部屋に送り、またナイトピクニック会場に戻った。

 いっくんと菫さんと潤くんは三人で仲良くマットの上で転た寝をしていた。小森くんと管野くんもね。

 流が蚊取り線香を焚いたり、肌掛けをかけたりと甲斐甲斐しく客人の世話をしている。

 それが終わると、流はひとり……遠い目をした。

 どうした?

 視線を辿ると、竹林の前で宗吾さんと瑞樹くん、丈と洋が緩やかに身体を寄せ合って揺れていた。

 踊っているようだ。

 とても大人っぽい雰囲気だね。

 恋人たちのダンスタイム。

 月光の当たる場所はダンスホール。

 流れる音楽は「ムーンライトセレナーデ」

 流の瞳に宿るのは「憧れ」だ。

 流も踊りたいのかな?

 ならば、誘ってもいいか。

「流、僕らも踊らないか」

 耳元でそう囁くと、流は目を見開いた後、破顔した。

「あぁ、俺も踊りたい」
「僕もだよ。さぁ行こう!」

 手を差し出すと、グイッと引っ張られた。

 子供の頃から、いつもそうだったよね。

 僕が引っ張るはずが、いつの間にか逆転して……

 長男として生まれ、いつも弟たちの見本になるよう背筋を伸ばしてきた僕だったが、その瞬間だけはいつも流に甘えられた。

「流、待って、待っておくれ。そんなに急いだら転んでしまうよ」
「悪い! 早く踊りたくて、早くこうしたくて」

 思う存分抱きしめられた。

 息が出来ないほど強く。

 心臓が高鳴るほど甘く。

 熱を帯びた視線を浴びながら、流とひとつになる時のように、身体をぴったりと合わせた。

「これでいいかい?」
「最高だ。こんな風に皆と踊りたかった。翠……翠……俺の翠」







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