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小学生編

ムーンライト・セレナーデ 11 (月影寺の夏休み編)

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「兄さん、泣いているのか。ええっと、ほらっ」

 潤が慌てた様子で、ちゃぶ台の下に置いてあったティッシュボックスを丸ごと渡してくれた。

「くすっ、でもね、潤も泣いているの気付いていた?」
「え?」
 
 潤は慌てて目頭を押え、涙の雫に気づき驚いていた。

「あれ? どうしてオレまで泣いているんだ?」
「それは、どうしてだと思う?」

 潤が優しい手つきで和室で転た寝をしている菫さんに、タオルケットを掛けてあげた。

「それは俺の奥さんが安心しきった表情で眠っているから」
「うん、あとは?」
「槙がこんなに小さいのに、一生懸命手足をバタつかせて生きているから。そして、いっくんが弾ける笑顔を浮かべているからだ」
「そうだね」
「兄さん、あのさ」
「どうした?」

 優しくニコッと微笑みかけてあげると、潤は褒められた子供みたいにあどけなく笑った。

「今日も兄さんの笑顔を見られて……良かった」

 潤が感じる幸せは全部、潤の近くにいる人の幸せだ。

「……じゅーんも今、幸せかい?」

 わざと悪ぶる時や大人ぶる時もあったが、今は年相応のいい青年だ。

 潤の短髪をそっと撫でてやると、

「とても幸せだ。幸せ過ぎて……泣ける」
「そうだね、僕も同じ理由で涙が浮かんだよ」
「このオレも……兄さんと同じ境地になれたのか。なんだか嬉しいな」
「潤と僕はずっと同じ家で育ってきた兄弟だ。似ている部分も多いんだよ」

 そう告げると、潤は手の甲で目をゴシゴシ拭った。

「そんなに擦ったら赤くなるよ」
「ごめん、嬉しくて! こんな日がやってくるなんて!」

 縁側で潤と話していると、プールから呼ばれた。

「パパぁ、パパぁも、きてー」
「いっくん! 楽しいか」
「パパがいたらもっとたのしいよぅ」
「よーし、パパも今すぐ行くぞ」

 ふふっ、いっくんは誘い上手だね。

 そこでちょうど菫さんが目覚めたので、槙くんを託した。

「潤くん、いっくんと遊んであげて」
「あぁ、すみれ、行ってくるよ」

 潤はパパッと着ているものを脱ぎ捨て、プールに向かって走って行った。

 このお寺は本当に気が利く。潤にもちゃんと水着を貸してくれ、いっくんと芽生くんには丈さん自ら用意してくれるなんて、至れり尽くせりの夏の宿だ。

「瑞樹くんも泳がないか」
「洋くん! 君も水着になったんだね」
「あぁ、こう暑いと泳ぎたくなるよ」
「確かに」

 いつの間にか、洋くんも水着姿だ。

 細身の美しい上半身が目映くて、つい目を細めてしまった。月光のように色白の素肌は、ちょうど竹林からの木漏れ日を浴びて輝いていた。深夜の竹林で輝く竹のようだなと、何故か、かぐや姫の伝説を思い出してしまった。

 外のプールでは、この美し過ぎる顔と身体だ。きっと不躾な視線を浴びて居づらい事も多いだろう。だが、ここでは何も隠す必要はない。だからなのか、洋くんもリラックスした表情を浮かべていた。

「瑞樹くんも向こうで着替えてくる?」
「いや、ここで大丈夫、ほら中に」
「ははっ、もう履いていたの?」
「ええっと……宗吾さんのお達しで」
「宗吾さんって面白いよな。小学生みたいなことを」
「うう……丈さんも負けてないよ。いつかのキスマークカウント事件を覚えている?」
「ん? あれは結局、明け方、宗吾さんが一番のヘンタイで落ち着いたよな」
「あ……そうだった!」
「ははっ、やっぱり宗吾さんって面白い。そしてそれを受け止める瑞樹くんが寛容過ぎて、二人はお似合いだよ。明るくて爽やかなカップルだよな」
「ううう、お礼を言うべきなのかな?」
「言って欲しいな」
「くすっ」
「ははっ!」

 僕と洋くんの間には、この数年の交流を経て、共通の思い出がいくつも出来ていた。だからこんな風に同じ場面を思い出せる仲だ。

 僕には心から笑い合える友人が少ないので、嬉しいよ。

 洋くん……君と出会えて僕の世界は広がった。

 僕だけでなく、弟の世界も広げてもらっているよ。

 賑やかな団欒を届けてくれてありがとう。

 こんな日がまたやってくるなんて――




 洋くんとプールに入ると、いっくんが浮き輪でプカプカ、芽生くんがその周りを上手に泳いでいた。

 宗吾さんと丈さんが見守ってくれている。

 はしゃぐ子供たちを中心に、何重にも何重にも広がる幸せの波紋。

「瑞樹、来たな。こっちにおいで」
「宗吾さん、良い光景ですね」
「なぁ、子供たちから生まれる波紋って『幸せの波紋』だと思わないか」
「あ、それ……今、僕も同じことを心の中で思っていましたよ」
「ふっ、だから君と僕は以心伝心だと言っただろう」

 宗吾さんが水の中で、ギュッと手を握ってくれた。

 向かい側では、丈さんと洋くんが同じことをしていた。

 水中の手を揺らすと、僕たちからも幸せの波紋が広がった。

「瑞樹、俺たちは家族や友人、大切な人たちとの絆や繋がりに支えられているんだな」
「はい、その幸せに感謝して、僕たちを大切にしてくれる存在を大切にしていきたいですね」
「こんな風に……幸せの波紋を、これからも広げていこう」
「はい! 宗吾さんと芽生くんと一緒に」

 
 願いを込めて、僕はもう一度幸せの波紋を作った。

 どうか……僕を二人の傍に、ずっと、ずっと……いさせて下さい。

「瑞樹、大丈夫だ。俺たちは離れない。ずっと一緒だ。何度でも言う。君はもう俺たちの家族なんだよ」
「あ……ありがとうございます」
「謙虚な恋人さん、もう少し自信を持ってくれ」
「……はい」





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