1,459 / 1,730
小学生編
ムーンライト・セレナーデ 11 (月影寺の夏休み編)
しおりを挟む「兄さん、泣いているのか。ええっと、ほらっ」
潤が慌てた様子で、ちゃぶ台の下に置いてあったティッシュボックスを丸ごと渡してくれた。
「くすっ、でもね、潤も泣いているの気付いていた?」
「え?」
潤は慌てて目頭を押え、涙の雫に気づき驚いていた。
「あれ? どうしてオレまで泣いているんだ?」
「それは、どうしてだと思う?」
潤が優しい手つきで和室で転た寝をしている菫さんに、タオルケットを掛けてあげた。
「それは俺の奥さんが安心しきった表情で眠っているから」
「うん、あとは?」
「槙がこんなに小さいのに、一生懸命手足をバタつかせて生きているから。そして、いっくんが弾ける笑顔を浮かべているからだ」
「そうだね」
「兄さん、あのさ」
「どうした?」
優しくニコッと微笑みかけてあげると、潤は褒められた子供みたいにあどけなく笑った。
「今日も兄さんの笑顔を見られて……良かった」
潤が感じる幸せは全部、潤の近くにいる人の幸せだ。
「……じゅーんも今、幸せかい?」
わざと悪ぶる時や大人ぶる時もあったが、今は年相応のいい青年だ。
潤の短髪をそっと撫でてやると、
「とても幸せだ。幸せ過ぎて……泣ける」
「そうだね、僕も同じ理由で涙が浮かんだよ」
「このオレも……兄さんと同じ境地になれたのか。なんだか嬉しいな」
「潤と僕はずっと同じ家で育ってきた兄弟だ。似ている部分も多いんだよ」
そう告げると、潤は手の甲で目をゴシゴシ拭った。
「そんなに擦ったら赤くなるよ」
「ごめん、嬉しくて! こんな日がやってくるなんて!」
縁側で潤と話していると、プールから呼ばれた。
「パパぁ、パパぁも、きてー」
「いっくん! 楽しいか」
「パパがいたらもっとたのしいよぅ」
「よーし、パパも今すぐ行くぞ」
ふふっ、いっくんは誘い上手だね。
そこでちょうど菫さんが目覚めたので、槙くんを託した。
「潤くん、いっくんと遊んであげて」
「あぁ、すみれ、行ってくるよ」
潤はパパッと着ているものを脱ぎ捨て、プールに向かって走って行った。
このお寺は本当に気が利く。潤にもちゃんと水着を貸してくれ、いっくんと芽生くんには丈さん自ら用意してくれるなんて、至れり尽くせりの夏の宿だ。
「瑞樹くんも泳がないか」
「洋くん! 君も水着になったんだね」
「あぁ、こう暑いと泳ぎたくなるよ」
「確かに」
いつの間にか、洋くんも水着姿だ。
細身の美しい上半身が目映くて、つい目を細めてしまった。月光のように色白の素肌は、ちょうど竹林からの木漏れ日を浴びて輝いていた。深夜の竹林で輝く竹のようだなと、何故か、かぐや姫の伝説を思い出してしまった。
外のプールでは、この美し過ぎる顔と身体だ。きっと不躾な視線を浴びて居づらい事も多いだろう。だが、ここでは何も隠す必要はない。だからなのか、洋くんもリラックスした表情を浮かべていた。
「瑞樹くんも向こうで着替えてくる?」
「いや、ここで大丈夫、ほら中に」
「ははっ、もう履いていたの?」
「ええっと……宗吾さんのお達しで」
「宗吾さんって面白いよな。小学生みたいなことを」
「うう……丈さんも負けてないよ。いつかのキスマークカウント事件を覚えている?」
「ん? あれは結局、明け方、宗吾さんが一番のヘンタイで落ち着いたよな」
「あ……そうだった!」
「ははっ、やっぱり宗吾さんって面白い。そしてそれを受け止める瑞樹くんが寛容過ぎて、二人はお似合いだよ。明るくて爽やかなカップルだよな」
「ううう、お礼を言うべきなのかな?」
「言って欲しいな」
「くすっ」
「ははっ!」
僕と洋くんの間には、この数年の交流を経て、共通の思い出がいくつも出来ていた。だからこんな風に同じ場面を思い出せる仲だ。
僕には心から笑い合える友人が少ないので、嬉しいよ。
洋くん……君と出会えて僕の世界は広がった。
僕だけでなく、弟の世界も広げてもらっているよ。
賑やかな団欒を届けてくれてありがとう。
こんな日がまたやってくるなんて――
洋くんとプールに入ると、いっくんが浮き輪でプカプカ、芽生くんがその周りを上手に泳いでいた。
宗吾さんと丈さんが見守ってくれている。
はしゃぐ子供たちを中心に、何重にも何重にも広がる幸せの波紋。
「瑞樹、来たな。こっちにおいで」
「宗吾さん、良い光景ですね」
「なぁ、子供たちから生まれる波紋って『幸せの波紋』だと思わないか」
「あ、それ……今、僕も同じことを心の中で思っていましたよ」
「ふっ、だから君と僕は以心伝心だと言っただろう」
宗吾さんが水の中で、ギュッと手を握ってくれた。
向かい側では、丈さんと洋くんが同じことをしていた。
水中の手を揺らすと、僕たちからも幸せの波紋が広がった。
「瑞樹、俺たちは家族や友人、大切な人たちとの絆や繋がりに支えられているんだな」
「はい、その幸せに感謝して、僕たちを大切にしてくれる存在を大切にしていきたいですね」
「こんな風に……幸せの波紋を、これからも広げていこう」
「はい! 宗吾さんと芽生くんと一緒に」
願いを込めて、僕はもう一度幸せの波紋を作った。
どうか……僕を二人の傍に、ずっと、ずっと……いさせて下さい。
「瑞樹、大丈夫だ。俺たちは離れない。ずっと一緒だ。何度でも言う。君はもう俺たちの家族なんだよ」
「あ……ありがとうございます」
「謙虚な恋人さん、もう少し自信を持ってくれ」
「……はい」
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる