上 下
1,453 / 1,730
小学生編

ムーンライト・セレナーデ 5 (月影寺の夏休み編)

しおりを挟む
「せんせい、いっくん、あした、おやちゅみしてもいいでしゅか」
「もちろんよ。旅行に行くと、お父さんから連絡をいただいているわ」
「よかったぁ」
「どこに行くの?」
「えっとね、おてら!」
「お寺? そうなのね、うーんと楽しんできてね」

 せんせいとおしゃべりしていたら、おともだちがはなしかけてくれたよ。

「いつきー おてらにいくなら、きもだめしをしてこいよ」
「きもだめしってなぁに?」
「えっ! したことないのか?」
「うん、ないよ」
「オレはなんどもしたぜ! こわいばしょをたんけんするんだよ。いつきもおとこならしたほうがいい。おてらにはおばけがいるからちょうどいいし」
「おばけ? いるかなぁ」
「ぜったいいる」
「しょうなんだ。すいしゃんにきいてみなくちゃ」

 きもだめしかぁ、おとこのこならぜったいするんだって。

 いっくん、おとこのこだもん、おにいちゃんだもん。

 きもだめし、しなくっちゃ!
 
 おてらについたら、すいしゃんにおねがいしようっと。

 あー わくわくするよぅ。

 パパとママとまきくんといっくんで、はじめてのりょこうだもん!

「いっくん、明日は車を借りられたからドライブするぞ」
「わぁ、みんないっしょ?」
「あぁ、みんな一緒だ」
「よかったぁ」

 くるまなら、まきくんがえーんえーんないても、あんしんでしゅね。
 
 まえね、バスのなかで、まきくんがえーんえーんないちゃって、ママ、たいへんそうだったの。いっぱいあせかいてたよ。

 いっくんもあんなふうにないたのかな?

 おぼえてないけど、ママはいつもぎゅってしてくれたよ。

 だからこわくなかったよ。

****

 明日、瑞樹くんたちが月影寺に泊まりがけで遊びに来てくれる。

 そのせいか、朝からそわそわして落ち着かないな。

 ずっと孤独だった俺が心友を誘って宿泊会を催すなんて、柄でもないことをしている自覚はある。俺の過去は複雑過ぎだ。同級生と和気藹々過ごすような穏やかな日々ではなかったから、この年齢になっても勝手が分からず、妙な緊張感を抱いてしまう。

 でもやってくる友の顔を思い浮かべると、心が凪いでいく。

 瑞樹くんは心優しいし青年だし、芽生くんは明るくハキハキして可愛い子供だ。宗吾さんは少し変だが面白く、流兄さんと気が合うので、二人揃うとダイナミックになる。

 瑞樹くんの弟夫婦とも再会出来るのが楽しみだ。もっともっと幸せになって欲しい家族だから。

 5月に生まれたばかりの赤ちゃんのことを考えた途端、駄目だ、また緊張してしまった。

 不安で部屋をうろうろしていると、丈が仕事から帰ってきてくれた。

「洋、ただいま」
「丈、お帰り、遅かったな」
「あぁ、寄る所があってな」

 丈は大きな紙袋を下げていた。

「それ、すごい荷物だな。一体何を買ってきた?」
「……その、小さな子供が泊まりに来るというから」
「見せてくれ」

 袋の中には絆創膏に軟膏、包帯、子供用の酔い止め、風邪薬、解熱剤、冷却シート、氷枕、何が起きてもいち早く応急処置できるように、薬類が一式詰まっていた。

「小児科の同僚にアドバイスしてもらったんだ。まさか処方箋を出してもらうわけにはいかないから、同類の市販薬を一通り用意してみた」
「丈……」
「ん? どうした? 気に食わないか」
「……何でもない」

 慌てて俺の買って来たものを隠そうとすると、あっという間に見つかってしまった。

「もしかして、洋も買ってくれたのか」
「ま、まさか丈も買ってくるとは思わなかったからだ」
「ふっ、私たちは思考回路が似ているから、同じ行動を取るようだ。私達には慣れないことだが、時にはこんな風に小さな赤ん坊や子供と接するのも悪くないな」
「俺もそう思う。俺たちにとって良い刺激だ」
「私達の愛は変わらないが、子供は成長していく。いっくんも芽生くんも去年のキャンプの時よりも、ずっとお兄さんになっているんだろうな」
「あぁ、とても楽しみだ」

 静かに唇を寄せ合った。

 お帰りのキスを、お疲れ様のキスをしよう。

 何度も啄み合って、抱き合って、ダンスを踊るように身体を揺らした。

「洋、毎日幸せだ」
「俺も同じだ」

 二人で山ほどの薬に囲まれて、幸せな気持ちになった。

「薬は……余ったら、翠兄さんにあげればいいさ」
「お子様用だぞ?」
「絆創膏や包帯は関係ない。翠兄さんは不器用だから心配だ」
「確かに」

 自分のことは棚に上げて、丈と微笑みあった。

 丈が帰って来てくれたら、明日が楽しみになってきた。

 月影寺がどんな色に染まっていくのか、楽しみだ。


****

 芽生くんの意図せず鋭い発言に宗吾さんが悲鳴を上げそうになっているのを見て、思わず苦笑してしまった。

 宗吾さんってば、顔に出すぎだ。

 僕の方がポーカーフェイスは上手かも。

 なんて上機嫌でいると、芽生くんがやってきた。

「お兄ちゃん、行く前にシャワーあびたいよ」
「そうだね、プールのシャワーだけじゃすっきりしなかったよね」
「それもあるけど、今日は外がすごく暑かったからいっぱい汗をかいちゃったんだ、ボク、汗くさいよー」
「確かにそれは気持ち悪いよね。じゃあ入ってから行こう」

 脱衣場に連れて行きバスタオルを用意していると、芽生くんが僕のTシャツの裾を引っ張ってきた。

「ん? 今度はどうしたの」

 何か言いにくそうにモジモジしている。どうしたんだろう?

「どうしたの?」
「えっとね……」
「何でも話していいんだよ」
「あ、じゃあ……あのね……お兄ちゃんも一緒に入ったほうがいいかも」
「えぇ?」
「だって、ボク、お兄ちゃんはやっぱりお花の匂いのほうがいいんだもん!」

 まずい……宗吾さんのこと笑っていられない。

 僕も悲鳴を上げそうだ。

「ええ? 僕、もしかして……パパの匂いがする? いやいやいや、気のせいだよ。うん、気のせい!」

 一人で真っ赤になっていると、芽生くんがキョトンとしていた。

「パパのにおい? なにいっているの? そうじゃなくて、お兄ちゃんもちょっとだけ……あせくさいかなって」
「汗! あぁ……汗ね、そうなんだ。さっき……ちょっとお掃除がんばりすぎちゃって」
「そうだったんだね。一緒にはいろう!」
「うん、そうしよう」

 ドアの向こうで宗吾さんが苦笑している気がした。

 運動というべきだったのか、いや、お掃除でも間違いではないよな。

 お互い溜まったものを……

 あぁぁ、また僕は~

 宗吾さんの影響受けすぎだ!

 気を引き締めてぼろを出さないようにしないと。

「瑞樹、芽生、二人とも石けんの匂いで良い香りだ。さぁ行くぞ」


 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...