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小学生編
Brand New Day 14
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深い森の色合いのポロシャツ。
胸元には茶色のクマの刺繍が施されている。
まるで森のくまさん、そのものだ。
「すみません。これ、実物を見たいのですが」
「畏まりました。ただいまお持ち致します」
お父さんがカタログを指差すと、すぐに品物を持って来て、実際に広げて見せてくれた。
「どうだ? やっぱり広樹に似合いそうだな」
「そ、そうでしょうか」
「大きさは『Lサイズ』でいいよな」
自分の服をじっくり選ぶ暇なんて、なかった。しかもこんな高級なもの……
「ですが……」
「遠慮しなくていい」
俺が戸惑っていると、客室乗務員の女性がお父さんに向かって微笑んだ。
「息子さんによくお似合いですよ」
「お! ですよね! よし、これを買います」
お父さんは喜び、俺は恥ずかしくなった。
まだ熊田さんをお父さんと呼ぶのだって照れ臭いし、ぎこちないのに……第三者から「息子さん」と呼ばれて、天にも昇る心地なくせに、恥ずかしく、しどろもどろになる。
俺、どうした?
地に足が着いてない。
いや、ここは飛行機の中で雲の上だから、それでいいのか。
いや、いや、それも違うだろ!
「広樹、さっきから百面相しているが、どうした?」
「あ、ありがとうございます。嬉しくて」
やっとお礼を言えた。
買ってもらったポロシャツを子供みたいに大事に抱きしめていると、身体中がポカポカして来た。
愛されているんだな。
俺、お父さんに……
お父さんはすごい。
俺も瑞樹も潤も、丸ごと包み込んでくれる。
深い愛だ。とても――
広樹という名前には、家族を包み込むほど大きく逞しい人になって欲しいという願いが込められている。
亡き父がつけてくれた名だ。
熊田勇大さんは、まさに俺の理想の人だ。
こんな素晴らしい人を父さんと呼べるなんて、幸せだ。
「広樹、まだ着陸まで1時間ほどあるから、少し眠っていいぞ」
「いや、眠るわけには」
「……眠っていいんだよ。広樹だって休んでいい」
俺も休んでいい?
お父さんの声に導かれ目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
「そうだ、そのまま眠っていいぞ」
「……お父さん」
「なんだ?」
「いえ……」
「何度でも呼んでくれ。嬉しいから」
「……はい」
父が生まれたばかりの潤を残して天国に逝ってしまったから、乳飲み子の潤を、俺と母が協力して育てた。
俺は10歳にして、父の代わりになった。
母は花屋の仕事を一人で切り盛りし、いつも疲れ果てていたので、夜中に俺が起きて哺乳瓶でミルクをあげると申し出た。少しでも母に身体を休めて欲しかった。俺たちのために身を粉にして、なりふり構わず働く母を放ってなんておけなかった。母まで身体を壊したら、母まで失ったらという恐怖がつきまとっていた。
そんなこともあり、俺の睡眠はどんどん浅くなっていった。
小学生の子供は一度眠ったら朝まで深い眠りに包まれて起きないだろうが、俺は潤が泣いたらすぐに駆けつけてやりたくて、ぐっすり眠らなかった。
潤が卒乳して一息つけたが、瑞樹を母に頼み込んで引き取ってからは、潤と同じように全力で守ってやりたくて、また眠らなくなった。
俺と同じ10歳で父を亡くした瑞樹のこと、他人とは思えなかった。
俺には母と弟がいたが、瑞樹には誰もいなかった。だからどうしても、俺の家族にしてやりたかった。
瑞樹の両親と弟は交通事故で亡くなり、瑞樹も同乗していたので事故現場を一部始終を見てしまい、そのショックから夜中に悲鳴を上げて飛び起きては、泣いていた。
そんな時、俺はすぐに瑞樹の元に駆けつけ、人肌で温めてやった。
……
「僕……生きてるの?」
「あぁ、生きている」
「どうして僕だけ生きているの?」
「瑞樹……瑞樹だけじゃない。俺も皆、生きている。なぁ一緒に生きていこう。俺も頑張るからさ」
「お……兄ちゃんもいっしょに?」
「そうだ。お兄ちゃんともっと呼べ」
「ぐすっ、お兄ちゃん……こわいよぉ」
「大丈夫、大丈夫だ。お兄ちゃんがいるから」
……
「広樹……大丈夫だ。俺がいるから、父さんがいるから」
そんな声に誘われ、眠りに落ちた。
そして次の瞬間、ゆさゆさと肩を揺すられた。
「おーい、広樹、もう着くぞ」
「え!」
「ははっ、目覚めたか。いやぁ、よく眠っていたよ」
「俺が?」
「ぐっすり眠っていたぞ。よかったよ」
「あ……」
母のために、潤のために、瑞樹のために、どんどん浅くなった眠りは皆巣立っていって落ち着いた。
そんな俺は、今度は我が子のために夜中に起きた。
俺が起きるとみっちゃんも起きて、二人で優美の世話をした。母乳を飲ませるのはみっちゃん。おむつを替えてやり寝付かしてやるのは俺だった。
今までとは少し違う、幸せな気持ちになった。
そして最近は店を改装し、家族が幸せに暮らしていけるよう仕事量を増やしたせいで、睡眠時間を随分削ってしまった。慢性的な睡眠不足なのに、あれこれ気になって、ぐっすり眠れないのはきっと俺の性分だ。
そう思っていたのに。
お父さんの横で、こんなにぐっすり眠れるなんて――
「広樹、潤たちは広樹が来るとは聞いてない。それから今日は羽田の近くに宿泊し、明日の朝、軽井沢に向かうと言ってあるが、どうしたい?」
軽井沢に行くのを明日にすれば、このままお父さんを独り占めできる。
そんな子供みたいなことを思ってしまった。
あぁ、きっとこれは俺が置き去りにした子供心だ。親の愛情がまだまだ欲しい10歳の時、父さんが亡くなり、人に甘えることをすっかり忘れていたんだな。
「このまま、お父さんとゆっくり過ごすのもいいぞ」
「……」
「広樹の好きな道を行くといい。お父さんも行くから」
「俺……今日1日、頑張った弟達を労ってやりたいです。この手で早く抱きしめてあげたいです」
「そうか、じゃあそうしよう。さぁ急ごう。まだ間に合う!」
お父さんに肩を抱かれた。
「お父さんと二人で過ごせて嬉しくて、心が満ちました!だから今度は弟たちを俺が抱きしめてやりたくなりました」
「そうか! 俺も広樹のお陰で満ち足りたよ。俺を慕ってくれてありがとう」
「俺の父さん……だから」
「うん、ありがとうな」
羽田から東京、東京から新幹線。
潤の家に着いた時はもう夜の22時だった。
まだ起きているだろうか。
俺の可愛い弟たちは――
瑞樹、潤、兄さんが来たぞ!
****
潤の声に弾かれるように、立ち上がった。
吸い寄せられるように、玄関に向かうと……
そこには……そこには!
僕らのお父さんとお兄ちゃんがいた!
胸元には茶色のクマの刺繍が施されている。
まるで森のくまさん、そのものだ。
「すみません。これ、実物を見たいのですが」
「畏まりました。ただいまお持ち致します」
お父さんがカタログを指差すと、すぐに品物を持って来て、実際に広げて見せてくれた。
「どうだ? やっぱり広樹に似合いそうだな」
「そ、そうでしょうか」
「大きさは『Lサイズ』でいいよな」
自分の服をじっくり選ぶ暇なんて、なかった。しかもこんな高級なもの……
「ですが……」
「遠慮しなくていい」
俺が戸惑っていると、客室乗務員の女性がお父さんに向かって微笑んだ。
「息子さんによくお似合いですよ」
「お! ですよね! よし、これを買います」
お父さんは喜び、俺は恥ずかしくなった。
まだ熊田さんをお父さんと呼ぶのだって照れ臭いし、ぎこちないのに……第三者から「息子さん」と呼ばれて、天にも昇る心地なくせに、恥ずかしく、しどろもどろになる。
俺、どうした?
地に足が着いてない。
いや、ここは飛行機の中で雲の上だから、それでいいのか。
いや、いや、それも違うだろ!
「広樹、さっきから百面相しているが、どうした?」
「あ、ありがとうございます。嬉しくて」
やっとお礼を言えた。
買ってもらったポロシャツを子供みたいに大事に抱きしめていると、身体中がポカポカして来た。
愛されているんだな。
俺、お父さんに……
お父さんはすごい。
俺も瑞樹も潤も、丸ごと包み込んでくれる。
深い愛だ。とても――
広樹という名前には、家族を包み込むほど大きく逞しい人になって欲しいという願いが込められている。
亡き父がつけてくれた名だ。
熊田勇大さんは、まさに俺の理想の人だ。
こんな素晴らしい人を父さんと呼べるなんて、幸せだ。
「広樹、まだ着陸まで1時間ほどあるから、少し眠っていいぞ」
「いや、眠るわけには」
「……眠っていいんだよ。広樹だって休んでいい」
俺も休んでいい?
お父さんの声に導かれ目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
「そうだ、そのまま眠っていいぞ」
「……お父さん」
「なんだ?」
「いえ……」
「何度でも呼んでくれ。嬉しいから」
「……はい」
父が生まれたばかりの潤を残して天国に逝ってしまったから、乳飲み子の潤を、俺と母が協力して育てた。
俺は10歳にして、父の代わりになった。
母は花屋の仕事を一人で切り盛りし、いつも疲れ果てていたので、夜中に俺が起きて哺乳瓶でミルクをあげると申し出た。少しでも母に身体を休めて欲しかった。俺たちのために身を粉にして、なりふり構わず働く母を放ってなんておけなかった。母まで身体を壊したら、母まで失ったらという恐怖がつきまとっていた。
そんなこともあり、俺の睡眠はどんどん浅くなっていった。
小学生の子供は一度眠ったら朝まで深い眠りに包まれて起きないだろうが、俺は潤が泣いたらすぐに駆けつけてやりたくて、ぐっすり眠らなかった。
潤が卒乳して一息つけたが、瑞樹を母に頼み込んで引き取ってからは、潤と同じように全力で守ってやりたくて、また眠らなくなった。
俺と同じ10歳で父を亡くした瑞樹のこと、他人とは思えなかった。
俺には母と弟がいたが、瑞樹には誰もいなかった。だからどうしても、俺の家族にしてやりたかった。
瑞樹の両親と弟は交通事故で亡くなり、瑞樹も同乗していたので事故現場を一部始終を見てしまい、そのショックから夜中に悲鳴を上げて飛び起きては、泣いていた。
そんな時、俺はすぐに瑞樹の元に駆けつけ、人肌で温めてやった。
……
「僕……生きてるの?」
「あぁ、生きている」
「どうして僕だけ生きているの?」
「瑞樹……瑞樹だけじゃない。俺も皆、生きている。なぁ一緒に生きていこう。俺も頑張るからさ」
「お……兄ちゃんもいっしょに?」
「そうだ。お兄ちゃんともっと呼べ」
「ぐすっ、お兄ちゃん……こわいよぉ」
「大丈夫、大丈夫だ。お兄ちゃんがいるから」
……
「広樹……大丈夫だ。俺がいるから、父さんがいるから」
そんな声に誘われ、眠りに落ちた。
そして次の瞬間、ゆさゆさと肩を揺すられた。
「おーい、広樹、もう着くぞ」
「え!」
「ははっ、目覚めたか。いやぁ、よく眠っていたよ」
「俺が?」
「ぐっすり眠っていたぞ。よかったよ」
「あ……」
母のために、潤のために、瑞樹のために、どんどん浅くなった眠りは皆巣立っていって落ち着いた。
そんな俺は、今度は我が子のために夜中に起きた。
俺が起きるとみっちゃんも起きて、二人で優美の世話をした。母乳を飲ませるのはみっちゃん。おむつを替えてやり寝付かしてやるのは俺だった。
今までとは少し違う、幸せな気持ちになった。
そして最近は店を改装し、家族が幸せに暮らしていけるよう仕事量を増やしたせいで、睡眠時間を随分削ってしまった。慢性的な睡眠不足なのに、あれこれ気になって、ぐっすり眠れないのはきっと俺の性分だ。
そう思っていたのに。
お父さんの横で、こんなにぐっすり眠れるなんて――
「広樹、潤たちは広樹が来るとは聞いてない。それから今日は羽田の近くに宿泊し、明日の朝、軽井沢に向かうと言ってあるが、どうしたい?」
軽井沢に行くのを明日にすれば、このままお父さんを独り占めできる。
そんな子供みたいなことを思ってしまった。
あぁ、きっとこれは俺が置き去りにした子供心だ。親の愛情がまだまだ欲しい10歳の時、父さんが亡くなり、人に甘えることをすっかり忘れていたんだな。
「このまま、お父さんとゆっくり過ごすのもいいぞ」
「……」
「広樹の好きな道を行くといい。お父さんも行くから」
「俺……今日1日、頑張った弟達を労ってやりたいです。この手で早く抱きしめてあげたいです」
「そうか、じゃあそうしよう。さぁ急ごう。まだ間に合う!」
お父さんに肩を抱かれた。
「お父さんと二人で過ごせて嬉しくて、心が満ちました!だから今度は弟たちを俺が抱きしめてやりたくなりました」
「そうか! 俺も広樹のお陰で満ち足りたよ。俺を慕ってくれてありがとう」
「俺の父さん……だから」
「うん、ありがとうな」
羽田から東京、東京から新幹線。
潤の家に着いた時はもう夜の22時だった。
まだ起きているだろうか。
俺の可愛い弟たちは――
瑞樹、潤、兄さんが来たぞ!
****
潤の声に弾かれるように、立ち上がった。
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