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小学生編

Brand New Day 13

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 急遽予定変更だ。

 さっちゃんの長男、広樹と、二人きりで軽井沢に行くことになったぞ。
 
 これは願ってもないチャンスだ。

「勇大さん、広樹と行ってもらってもいいかしら?」
「あぁ、是非、そうしたい」
「良かった! 広樹をどうか宜しくお願いします」
「さっちゃん、広樹は俺の息子だよ。だから親子水入らずで楽しんでくるよ」

 さっちゃんの密かな願いは、受け取った。

 広樹……旅の間は俺に甘えて欲しい。

 沢山甘えて欲しいよ。

 父親でもなく長男でもない、ありのままの広樹を見せてくれ。



 さっちゃんと結婚すると、同時に三人の息子が出来た。

 広樹は、みーくんより5歳年上の兄だ。

 一目会った時から、広樹がみーくんをどんなに救ってくれたか、守ってくれたか、ありありと伝わってきた。

 そして俺の奥さんになったさっちゃんを、10歳の時から支え続けてくれた、実直で家族想いの逞しく頼もしい男だ。

 彼は休む間もなくあくせく働くのが身体に染み付いているようで、この1年二人でじっくり語り合う機会を持てなかったので、これはチャンスだ。


 
 空港までの道すがら、広樹は急な二人旅に緊張しているのか押し黙っていた。挙げ句、気を遣ってか「瑞樹の話をしましょうか」などと言い出すのだから、泣けてくる。

 そうじゃない、そうじゃないんだよ。

 広樹は大事な息子だ。

 そう伝えてやると……

「俺なんて……平凡で取るに足らない男ですよ」と卑下してしまう。

 簡単には素直になれないのは分かっている。

 だから俺はいろんな方向で広樹の心を解すつもりだ。

「いいや、広樹は本当によく踏ん張った。広樹がいなかったら、今の葉山家は存在しない。広樹は逃げ出さすに、与えられた運命と共に生きてきた。本当にすごい男だ。尊敬しているよ」

 広樹は息子として可愛く、同時に尊敬もしている。

 俺には出来なかった茨の道を歩んできた男だから。

 あんなによくしてもらった大樹さんと澄子さん。
 
 あんなに懐いてくれたみーくんとなっくん。

  大樹さんは俺を本当に分かってくれた人だった。年は少し離れていたが、兄と慕って、親のように尊敬もし、心友として何でも話せる人だった。大樹さんも俺を信頼し大切にしてくれた。俺は生涯、彼等のために生きて行こうと誓っていた。

 なのに大樹さんがこの世にいない喪失感に耐えられず、怖くなって逃げて隠れ、17年間もみーくんを忘れ、冬眠するかのように過ごしてしまった。

 だが広樹はそれ以上の月日を、たった10歳で運命を受け入れ、母を支え、幼い弟たちを育て、父親代わりになって生きて来た。

 学生時代、いつも花屋を手伝い、部活動もせずに上の学校に進学もせずに……家族を支えることで精一杯で、自身の結婚も遅くなってしまったのだろう。

 だからこそ、ここまで後ろを振り返ることなく突っ走ってきた広樹の……父親代わりに、いや父親になるのが、俺の願いだ。

 俺にもまだまだ出来ることがある。してやれることがある。

 それが嬉しいよ。

「広樹は小さい頃、どんな子だった? きっと正義感があって優しい子だっただろうな」
「お父さん……俺は……本当に……俺のことを……話してもいいんですか」
「当たり前だ」

 やがて飛行機が離陸し、俺たちは静かに語り合いながら空を駆け抜けた。


「広樹、飛行機の中で買い物も出来るんだぞ」
「機内販売のことですか、俺には縁遠い世界ですよ」
「どれ、見てみよう」
 
 機内販売の雑誌を開くと、割と手頃な値段のポロシャツを見つけた。
 
 グリーンの生地に熊のワンポイントか。

 森のくまさんみたいで、気に入った。

「これ似合いそうだな」
「潤や瑞樹が着たらカッコいいでしょうね」
「ん? 広樹がだよ」
「え?」
「着てくれるか」
「ええっ」

 着古した色褪せたポロシャツもカッコいいが、どうしても買ってやりたくなった。

「これは広樹だけのものだ」
「俺だけのものですか。そんなの久しぶりだな。俺は長男なのでいつも制服も体操着も新しいものを着られました。でも弟たちはいつも俺のお古で……瑞樹はサイズが全然違うからぶかぶかで……いつも申し訳なかったんです。だから高校を卒業してからバイトをして弟達によく新品の服を買ってあげたんですよ」
「知っているよ。みーくんが今も大事にしている服だろう」
「そうなんですね、嬉しいな」
「だから俺が広樹に服を買ってやりたいんだ」
「でも……機内販売を利用するなんて、生まれて初めてで緊張します」
「いいからいいから」

 客室乗務員の女性に「息子さんにお似合いですよ」と言われて、広樹は照れ、俺は喜んだ。

 父と子だよ。

 広樹と俺はもう――

 端から見てもそう見えるってさ!

 

****

「……ええっと、かなり散らかっているけど、どうぞ」

 潤の家は、朝、慌て出掛けたままだったので、確かに散らかっていた。

 でも圧倒的に物が少ないので、そこまでじゃない。

 それより、ここが僕の弟が暮らす家なんだ。

 そう思うと感無量だ。

 質素なアパートの2階。

 二間しかない部屋。

 新婚夫婦が子供ど住むには少し手狭だが、愛情が溢れる家だ。

「あぁ、洗濯! まだ、してなかった」
「あぁ、朝ごはん作りかけだった」

 潤が大騒ぎしているので、宗吾さんと顔を見合わせてコクンと頷いた。

「よーし! 手分けして掃除しよう」
「ボクも手伝うよ」
「わぁ、いっくんもやってみる」

 洗濯、お茶碗洗い、掃除機、一通りの家事を協力してこなした。

「なんとかなったな」
「宗吾さん、兄さん、ありがとう。オレ一人だったら途方に暮れていたよ」
「みんなで協力すると早いね」
「それ思った。オレさ、実家にいる時、もっと広樹兄さんを手伝えば良かった」
「それは僕も同じ気持ちだ」

 僕たち広樹兄さんに、本当に大事にされて育ってられた。

 兄さんは5歳上なのに、もっともっと年上のように落ち着いていて、頼もしい存在だったから、必要以上に甘えてしまったね。

 夜な夜な僕を抱きしめ励ましてくれた兄さんに、僕はどれだけのものを返せているだろう。これからは僕からも沢山の愛を届けたいよ。

「オレ、広樹兄さんに次会ったら『ありがとう』の気持ちを込めて全身マッサージしてやろうかな」
「ふふ、潤がマッサージ師に? じゃあ僕は何をしよう?」
「瑞樹兄さんは、美味しいものを作ってやるのはどうだ?」
「そうだね。いつも自分は食べないで……僕たちにおやつをくれて……甘いもの大好きなのに」

 ふと手元のカップケーキを見つめ、「やっぱり、会いたいな……今すぐ」と呟いてしまった。

 すると潤も「会いたいな、広樹兄さんに」と同調してくれる。

 会いたいのが僕だけでないと分かり、嬉しくなった。

 夕食は時間もないのでレトルトカレーにした。皆で食べたから美味しかった!

 食後寛いでいると、いっくんが潤に擦り寄っていった。
 
「パパぁ、ケーキいつたべるの? まだぁ」
「おぉ、眠くなってきたのか」
「いっくん、ちょっとおねむ」

 わわ、大変だ!

 いっくんが目を擦っている。

 今日は朝から大変だったから、疲れが出たのだろう。

 いっくんは突然眠ってしまうので、急ごう!

「よーし、今からいっくんがお兄ちゃんになったお祝いをしような」
「わぁーい、いっくん、うれちいよ」

 宗吾さんが卓袱台にロウソクを灯したケーキを置いてくれた。

 6畳の部屋に大人3人子供2人。ぎっしり肩を寄せ合ってお祝いをする。

 いいね。とてもあたたかい気持ちになるよ。

「いっくん、お兄ちゃんになったの、おめでとう」
「わぁ~ いっくんね、めーくんみたいなおにいちゃんになりたいの。めーくん、これからもなかよくしてね」
「わぁ~ うん! もちろんだよ。いっくんもお兄ちゃんになったから、ボクたちますますなかよくなれるね」

 芽生くんもとても嬉しそうで、いっくんも満ち足りた笑顔を浮かべている。

 ショートケーキは生クリームの味が濃厚で舌鼓を打つほどだった。

「いちご、あまずっぱいねぇ」
「うんうん、いっくんおいしいね」
「あ! しょうだ! いっくんね、みんなにプレゼントあるの」
「え?」

 プレゼント?

「いっくん、プレゼントってなんだ? 葉っぱさんかな?」

 潤が優しく問うと、ううんと首を振る。

「あのね、きっと、もうすぐとどくよ。いっくん、おそらのパパにおねがいしちゃったんだぁ」
「ええっと……何をお願いしたんだ?」
「えっとね、みんな、がんばったごほうび! いっくん、ねむたい」

 いっくんが電池が切れたように、パタッと潤の腕の中に倒れてしまった。

「ははっ、可愛いな。いっくん、ねんねか」
「むにゃ……むにゃ……」

 そこにピンポーンとインターホンが鳴った。

「こんな時間に誰だろう?」
「オレが出るよ」

 いっくんを抱えたまま玄関を開けた潤が、驚いた声で叫ぶ。

「うわっ! 本当に……ごほうびが、届いた!」








 
 
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