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小学生編

七夕特別番外編『七夕ドライブ』①

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 芽生くん……君は……なんて……なんて優しいのか。

 芽生くん自身が、3歳という大切な時期にお母さんが突然消えてしまう寂しさを経験しているから、人の心の機微にこんなにも敏感なのだろうか。

 僕には、まだ9歳になったばかりの君の精一杯の優しさが、時々いじらしくもなるよ。

 だからね……僕は男だし、君を産んだママにはなれないけれども、ありたっけの愛を注いであげたいんだ。

『愛は泉だ』と昔の人が言ったように、僕から湧き上がる愛は無限だ。

「あの……もしも夢で天国の両親と弟に会いに行けるのなら、今夜は僕一人ではなく、芽生くんと宗吾さんと一緒に行きたいです」
「えぇ?」
「えっ」

 宗吾さんと芽生くんが驚いた様子で顔を見合わせた。

「だが、いいのか、瑞樹の大事な時間を邪魔してしまいそうだ」
「そうだよ~ お兄ちゃんのお楽しみなのに」
「僕は夢の世界で以前雲の上に行けました。その時、両親に大人に成長した姿と元気な姿を見せられたので、今度は愛する人と一緒にいる姿を見せたいです。僕を幸せにしてくれた宗吾さんと芽生くんを紹介したい。だから……僕のと一緒に来て欲しいです」

 僕の心は届くだろうか。

 祈るような気持ちで訴えると、宗吾さんが僕を優しくハグしてくれた。

「君はなんて清らかで優しい人なんだ!」
「うんうん、お兄ちゃん、本当に大好き」
「あの……宗吾さん、芽生くん、僕と一緒に来てもらえますか」
「もちろんさ!」
「もちろんだよ~ パパ、よかったね」
「あぁ、俺たち瑞樹が大好きだから、くっついていくよ」
「はい!」

 三人で青い車にそっと手を乗せて、祈った。

「じゃあ待ち合わせは夢の中で! 僕の青い車を洗車して待っていますね」
「そうだな、じゃあ早く寝ないとな」
「うん、夢を見るの、たのしみ」

 窓の外では、笹の葉が風に揺らいでいる。

 都会の空には天の川なんてカケラも見えないけれども、今宵は特別な夜だから――

 もしかしたら、そんな夢が叶うかもしれない。

 ふと薔薇フェスタでご一緒した、雪也さんの言葉を思い出した。

『信じたものだけに見える世界があります。僕にはおとぎの世界が今も見えるのです」
 
 きっと、きっと――夢は叶う!

 僕は信じている。

 お父さん、お母さん、夏樹。

 あなたたちに、僕の大切な家族を直接紹介したいです。

 


 夢の中で、僕は青い車をピカピカに磨いていた。

 だが、まだ宗吾さんと芽生くんはやってこない。

 そろそろ出発しないと、朝までに戻って来られなくなる。

 少しだけ不安になって辺りを見渡すと、シロツメクサの原っぱを宗吾さんと芽生くんが手をつないで走って来た。芽生くんはくまのぬいぐるみと羊のメイを抱っこしていた。

 ぬいぐるみも一緒なんだね。

「おーい、瑞樹、間に合ったよ」
「お兄ちゃん、お待たせ~」
「よかった。来てくれて……」
「当たり前だ。いやぁ、なかなか寝付けなくて焦ったよ。俺は遠足前には興奮して寝付けなくなるタイプだからさ!」
「ボクもー」
「くすっ、さぁどうぞお乗り下さい」
「瑞樹の運転か」
「はい、行き先は僕が知っているので」

 二人を乗せてアクセルを踏み、ぐぐっと一気に加速した。

「わぁ~」
「さぁ、飛ぶよ!」

 ふわりと、まるで飛行機が離陸するように青い車も地上を離れた。

 



「わぁ、車に羽が生えているよ!」
「えっ、そうなの?」
「うん、窓の外に羽がバサバサしているのが見える!」
「それはきっと芽生くんの羽だよ」
「天使を乗せているから、3人乗っても無事に飛べたな」
「はい!」

 あの日の記憶を頼りに、僕はハンドルを切った。

「瑞樹は運転が上手だな、雪道だけでなく空道も上手だ」
「くすっ、空道はなかなか運転する機会はないですが楽しいです」

 前回はお母さんを助手席に乗せたが、今日は宗吾さんが座っている。

 さぁ、愛しい家族を乗せて、空を駆けていこう。

 あの日どんなに願っても辿り着けなかった世界に辿り着ける!

 明日への希望がこの車のエンジンだ。

「もうすぐ着きますよ」
「おぅ! 緊張してきたな。おおっと、まずい! 俺、パジャマだ‼」
「ボクもだよ」
「くすっ、素のままでいいですよ」
「だが、瑞樹だけ服を着ているのは何故だ?」
「どうしてでしょうね?」

 確かに僕だけ淡いペパーミントグリーン色のシャツを着ていた。

 あぁ、分かった。

 これはお母さんが好きな服だった。

 小さい頃、こんな色の服を着せてもらって、遠い未来の約束をしたことがあったね。

……

「瑞樹によく似合っているわ。これはみーくんカラーね」
「そうなの?」
「瑞樹はペパーミントグリーンで、夏樹はオーシャンブルーが似合うわ」
「僕、この色が好きだよ」
「大人になっても似合うでしょうね」
「うん、大人になっても着たいな」

 お母さんが僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
 
「みーくんとずっと一緒にいたいけど、いつかあなたも独立して、この家を出て行く日が来るのでしょうね。仕事で遠くに転勤になって長いこと会えなくなったら寂しいわ」

 お母さんってば、それはまだまだ先のことだよ?

 それに僕は出来るだけ長くお母さんとお父さんの傍にいたいから、安心してね。

「大丈夫だよ。もしそうなっても、ちゃんとお母さんに会いに来るよ。だから待っていて! その時はお母さんが好きなこの色のシャツを着てくるよ」
「本当? 約束よ」
「うん、約束するよ」


……

 あの頃はそんな約束は、当たり前のように簡単に叶えられられると思っていた。どこまでも僕のレールは真っ直ぐ続いていて、その先にもお父さんとお母さんと夏樹がずっと笑っていると思っていたから。

「ここですよ。降りましょう」
「緊張するなぁ」
「大丈夫ですよ。僕が自信を持って紹介しますから」
「今日の君は頼もしいな」
「ありがとうございます」

 胸を張って紹介できる、僕の幸せな存在だから――


 
 雲の上の一軒家は、まるで雪国に建つログハウスみたいだ。前回来た時は意識してなかったが、このログハウスは、もしかしてお父さんが建てたのかな?

 すぐに扉が開き、中からお父さんとお母さんが出てきてくれた。

「瑞樹、みずき……みーくんっ」

 僕はお母さんにまた抱きしめてもらった。

「みーくん、約束守ってくれてありがとう」
「いつかペパーミントグリーンのシャツを着て、僕の大切な家族を紹介しようと決めていたんだ」
「あの日の約束は、もう二度と叶わないと思っていたのに、ありがとう」
「お父さん、お母さん、改めて紹介します。僕のパートナーの宗吾さんと、僕たちの子供の芽生くんです」

 堂々と胸を張って言えた!
 
 
 



 


 

 

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