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小学生編
白薔薇の祝福 16
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滝沢家の居間で繰り広げられる団欒を通して、俺は当時のみーくんの表情を思い出した。
あの日、10歳の誕生日。
ケーキのロウソクを吹き消した瞬間、みーくんが不安そうな顔をして、キュッと澄子さんのエプロンを掴んだのを見てしまった。
すぐに大樹さんが部屋の灯りをつけると、一人ひとりの顔をじっと潤んだ瞳で見つめて、ほっとしていた。
幼いみーくんが抱いた不安から、みーくんがその後見てしまった悪夢を想像できる。
俺だから、ずっと傍でみーくんがどんなに愛された子供だったかを知っている俺だから、してあげられることがあると思ったんだ。
大沼から今日、ここに駆けつけて良かった。
この場にいてあげられて良かった。
君の傍にいてあげられて、本当に良かった。
天国の大樹さんから「ありがとう! やっぱり熊田は頼りになるな」と、言われた気がした。
「大樹さん、やっぱり夜空の星になって見ているのですね」
大樹さんとは夜な夜な酒を片手に語りあった仲だ。
その中には愛息、みーくんの話題も頻繁に上った。
……
「大樹さん、みーくんの10歳の誕生日、改めておめでとうございます」
「なぁ熊田、瑞樹は『花の妖精』かもしれないぞ」
「えっ? 大樹さん、もう酔ったのですか」
「ははっ酔ってはないよ。実は澄子の妊娠が判明する少し前に、野原でいつものように写真を撮っていたらクローバー畑で白い妖精を見たんだ。四つ葉を傘のように持って、はにかむような笑顔を浮かべていた。あれは瑞樹だったんだな」
アイヌの伝説で伝わる妖精、コロポックルを見たのかもしれないな。
「確かにみーくんは妖精みたいに愛らしい子供です」
「だよな、本当に愛してる。子供の存在がこんなに幸せをもたらしてくれるなんて、親になるまで知らなかった」
「……俺は一生結婚しないかもしれませんが、みーくんを見ていると、少し分かる気がします」
「そうか、熊田はもう立派な親だよ。瑞樹が澄子のお腹にいる時からずっと支えてくれた。生まれてからは子育てに積極的に参加してくれたじゃないか」
「それはもう、おむつも離乳食も寝付かせも経験済みです。いろいろ洗礼は浴びていますよ」
「だろ? だから熊田は瑞樹のもうひとりのパパみたいなもんだ。この先も息子を頼むよ」
「はい!」
……
約束を長く守れなかった後悔と、縁あってさっちゃんと結ばれて瑞樹の父親になれた喜びが、俺の心には混在している。
みーくんの30歳を契機に、後悔から抜けだしていこうと思っている。
みーくんはまだまだ幸せになる余地がある。
……
「さぁケーキをカットしてくるわ。みんなでいただきましょう」
「おばあちゃん、ボクがはこぶ! ボクもね、パパたちみたいにお兄ちゃんのために何かしたいんだ」
芽生くんが張り切って、お母さんと一緒に台所に向かった。
「芽生は私に似てマメだな」
憲吾さんに褒められると、芽生くんはくすぐったそうに笑った。
「切るのはまだダメだけど、はこぶことならできるよ」
芽生くんがひとりひとりにケーキを載せたお皿をそろりそろりと運ぶ。
「よいしょ、よいしょ。お兄ちゃんのはね、スペシャルだから、まっていてね」
「うん、ありがとう」
芽生くん、ありがとう。
僕は涙を拭って、この光景を目に焼き付けた。
これは僕がずっと憧れていた誕生日だ。
家族仲良く賑やかに、ろうそくを吹き消す。
あの頃当たり前だった日々を10歳で失ってしまい……きっとこの先どんなに歳を重ねても、もう二度とあんなに幸せな誕生日は迎えられないと決めつけてしまった。
函館の家で心を開けず、どんどんぎこちなくなって……沢山の心配をかけてしまった。
「お母さん、僕を息子にしてくれてありがとう」
「まぁ、瑞樹……突然どうしたの?」
「僕は頑なで……あまりいい息子じゃなかったから」
「それを言うなら私もよ。いいお母さんじゃなかったわ」
そんな会話をしていたら、くまさんに諭された。
「さっちゃんも瑞樹もあまりいい子供やいい母さんに拘りすぎるな。大切なのは心が通い合っているかだろう?」
「はい! その通りです」
「そうね、瑞樹、大好きよ、私の可愛い息子よ」
「お母さん……僕もお母さんのこと好きです」
「ありがとう、ありがとう」
「みーくん、俺は? 俺も大好きか」
「くすっ、くまさんまで……なんだか、潤みたいです。はい、大好きです。ここに集まってくれた人、みんな大好きです」
心を込めて、胸を張って言える確かな言葉を見つけた。
大好き――
それは人を幸せにする魔法の言葉。
「おにいちゃんのケーキだよ。見て~」
芽生くんが満面の笑みで大きな苺がのったケーキを運んできてくれた。
チョコのプレートに『みずき、30さいのおたんじょうびおめでとう』と書いてあって、照れ臭い。
「ありがとう」
「あっ!」
ところが、僕に手渡そうとした芽生くんが躓いて、ケーキがぺしゃんとお皿の上で倒れてしまった。
生クリームが崩れ、苺がころんと転がった。
「あ、あ……どうしよう。ごめんなさい」
「いいんだよ。食べたら同じだよ」
「でも……でも、お兄ちゃんにはとびっきりきれいなの食べてほしかったのに、あぁもう……ボクのバカバカ!」
張り切ってくれた分、ショックが大きいみたいだ。
必死に慰めるけど、これは……
「泣かないで。芽生くんが一生懸命運んでくれた気持ちが嬉しいんだよ」
「でも、わ、わーん、ボクせっかくのおたんじょうびパーティーを、だいなしにしちゃった」
ボロボロ泣き出す芽生くんに、周りの大人はオロオロだ。
「芽生、泣くな、お、男だろ」
「芽生、ほらほら、おばあちゃんのと取替えたらいいわよ」
「おじさんのでもいいぞ」
「ううん、お兄ちゃんのケーキは、スペシャルだったんだよぅ」
「芽生くん……」
横に倒れて生クリームがへしゃげてしまったケーキが悲しそうだ。
「瑞樹ぃ、どうしたものか」
「そうですね。こんな時、魔法が使えたらいいのですが」
「時を戻す魔法か」
「……いえ、そうじゃなくて……今の状況を改善できるようなものがあれば……あぁ、そうだ」
「何か思いついたか。君の願いを叶えるのは俺の役目だ」
「うーん、せっかく思いついたのですが、難しいようです」
今からあれを買いに行く暇はないし、もうお店も閉まっているだろう。
「あ! そうだ! ちょっと待ってくれ」
「?」
宗吾さんが慌てて持ってきたのは小さな白い箱だった。
「これ、もしかして役に立ちそうか」
「……何です」
開けて見ると……なんと!
「これは! どうして、これを?」
「雪也さんが帰り際にくれたんだ。魔法が解けそうになったら使うといいと」
「魔法が解けそうになったら? それはまさに今です! これはエディブルフラワー、食用花ですよ」
僕は薄い菫色の花をそっと摘まんで、芽生くんを呼んだ。
「芽生くん、泣き止んで……顔をあげて」
「ぐすっ、お兄ちゃん……なぁに?」
「お兄ちゃんが魔法をかけてあげるから、ケーキを見ていてごらん」
高い位置からひらひら、ひらひらと花びらを散らすと、ケーキに雪のように積もっていった。
「わ、わぁ! すごい! お花のケーキになったよ。これ食べられるの」
「そうだよ。これは食べられるお花だよ」
「すごい! お兄ちゃんはやっぱりお花の妖精さんなんだね。すごい! すごいよ!」
芽生くんの笑顔が、消えなくてよかった。
芽生くんには笑顔が似合うよ。
お兄ちゃんとして、弟の笑顔をずっとずっと守りたい。
それは僕の夢だから……
本当に良かった。
瞬きをすると、視界が少しだけ幸せ色に、優しくぼやけた。
あの日、10歳の誕生日。
ケーキのロウソクを吹き消した瞬間、みーくんが不安そうな顔をして、キュッと澄子さんのエプロンを掴んだのを見てしまった。
すぐに大樹さんが部屋の灯りをつけると、一人ひとりの顔をじっと潤んだ瞳で見つめて、ほっとしていた。
幼いみーくんが抱いた不安から、みーくんがその後見てしまった悪夢を想像できる。
俺だから、ずっと傍でみーくんがどんなに愛された子供だったかを知っている俺だから、してあげられることがあると思ったんだ。
大沼から今日、ここに駆けつけて良かった。
この場にいてあげられて良かった。
君の傍にいてあげられて、本当に良かった。
天国の大樹さんから「ありがとう! やっぱり熊田は頼りになるな」と、言われた気がした。
「大樹さん、やっぱり夜空の星になって見ているのですね」
大樹さんとは夜な夜な酒を片手に語りあった仲だ。
その中には愛息、みーくんの話題も頻繁に上った。
……
「大樹さん、みーくんの10歳の誕生日、改めておめでとうございます」
「なぁ熊田、瑞樹は『花の妖精』かもしれないぞ」
「えっ? 大樹さん、もう酔ったのですか」
「ははっ酔ってはないよ。実は澄子の妊娠が判明する少し前に、野原でいつものように写真を撮っていたらクローバー畑で白い妖精を見たんだ。四つ葉を傘のように持って、はにかむような笑顔を浮かべていた。あれは瑞樹だったんだな」
アイヌの伝説で伝わる妖精、コロポックルを見たのかもしれないな。
「確かにみーくんは妖精みたいに愛らしい子供です」
「だよな、本当に愛してる。子供の存在がこんなに幸せをもたらしてくれるなんて、親になるまで知らなかった」
「……俺は一生結婚しないかもしれませんが、みーくんを見ていると、少し分かる気がします」
「そうか、熊田はもう立派な親だよ。瑞樹が澄子のお腹にいる時からずっと支えてくれた。生まれてからは子育てに積極的に参加してくれたじゃないか」
「それはもう、おむつも離乳食も寝付かせも経験済みです。いろいろ洗礼は浴びていますよ」
「だろ? だから熊田は瑞樹のもうひとりのパパみたいなもんだ。この先も息子を頼むよ」
「はい!」
……
約束を長く守れなかった後悔と、縁あってさっちゃんと結ばれて瑞樹の父親になれた喜びが、俺の心には混在している。
みーくんの30歳を契機に、後悔から抜けだしていこうと思っている。
みーくんはまだまだ幸せになる余地がある。
……
「さぁケーキをカットしてくるわ。みんなでいただきましょう」
「おばあちゃん、ボクがはこぶ! ボクもね、パパたちみたいにお兄ちゃんのために何かしたいんだ」
芽生くんが張り切って、お母さんと一緒に台所に向かった。
「芽生は私に似てマメだな」
憲吾さんに褒められると、芽生くんはくすぐったそうに笑った。
「切るのはまだダメだけど、はこぶことならできるよ」
芽生くんがひとりひとりにケーキを載せたお皿をそろりそろりと運ぶ。
「よいしょ、よいしょ。お兄ちゃんのはね、スペシャルだから、まっていてね」
「うん、ありがとう」
芽生くん、ありがとう。
僕は涙を拭って、この光景を目に焼き付けた。
これは僕がずっと憧れていた誕生日だ。
家族仲良く賑やかに、ろうそくを吹き消す。
あの頃当たり前だった日々を10歳で失ってしまい……きっとこの先どんなに歳を重ねても、もう二度とあんなに幸せな誕生日は迎えられないと決めつけてしまった。
函館の家で心を開けず、どんどんぎこちなくなって……沢山の心配をかけてしまった。
「お母さん、僕を息子にしてくれてありがとう」
「まぁ、瑞樹……突然どうしたの?」
「僕は頑なで……あまりいい息子じゃなかったから」
「それを言うなら私もよ。いいお母さんじゃなかったわ」
そんな会話をしていたら、くまさんに諭された。
「さっちゃんも瑞樹もあまりいい子供やいい母さんに拘りすぎるな。大切なのは心が通い合っているかだろう?」
「はい! その通りです」
「そうね、瑞樹、大好きよ、私の可愛い息子よ」
「お母さん……僕もお母さんのこと好きです」
「ありがとう、ありがとう」
「みーくん、俺は? 俺も大好きか」
「くすっ、くまさんまで……なんだか、潤みたいです。はい、大好きです。ここに集まってくれた人、みんな大好きです」
心を込めて、胸を張って言える確かな言葉を見つけた。
大好き――
それは人を幸せにする魔法の言葉。
「おにいちゃんのケーキだよ。見て~」
芽生くんが満面の笑みで大きな苺がのったケーキを運んできてくれた。
チョコのプレートに『みずき、30さいのおたんじょうびおめでとう』と書いてあって、照れ臭い。
「ありがとう」
「あっ!」
ところが、僕に手渡そうとした芽生くんが躓いて、ケーキがぺしゃんとお皿の上で倒れてしまった。
生クリームが崩れ、苺がころんと転がった。
「あ、あ……どうしよう。ごめんなさい」
「いいんだよ。食べたら同じだよ」
「でも……でも、お兄ちゃんにはとびっきりきれいなの食べてほしかったのに、あぁもう……ボクのバカバカ!」
張り切ってくれた分、ショックが大きいみたいだ。
必死に慰めるけど、これは……
「泣かないで。芽生くんが一生懸命運んでくれた気持ちが嬉しいんだよ」
「でも、わ、わーん、ボクせっかくのおたんじょうびパーティーを、だいなしにしちゃった」
ボロボロ泣き出す芽生くんに、周りの大人はオロオロだ。
「芽生、泣くな、お、男だろ」
「芽生、ほらほら、おばあちゃんのと取替えたらいいわよ」
「おじさんのでもいいぞ」
「ううん、お兄ちゃんのケーキは、スペシャルだったんだよぅ」
「芽生くん……」
横に倒れて生クリームがへしゃげてしまったケーキが悲しそうだ。
「瑞樹ぃ、どうしたものか」
「そうですね。こんな時、魔法が使えたらいいのですが」
「時を戻す魔法か」
「……いえ、そうじゃなくて……今の状況を改善できるようなものがあれば……あぁ、そうだ」
「何か思いついたか。君の願いを叶えるのは俺の役目だ」
「うーん、せっかく思いついたのですが、難しいようです」
今からあれを買いに行く暇はないし、もうお店も閉まっているだろう。
「あ! そうだ! ちょっと待ってくれ」
「?」
宗吾さんが慌てて持ってきたのは小さな白い箱だった。
「これ、もしかして役に立ちそうか」
「……何です」
開けて見ると……なんと!
「これは! どうして、これを?」
「雪也さんが帰り際にくれたんだ。魔法が解けそうになったら使うといいと」
「魔法が解けそうになったら? それはまさに今です! これはエディブルフラワー、食用花ですよ」
僕は薄い菫色の花をそっと摘まんで、芽生くんを呼んだ。
「芽生くん、泣き止んで……顔をあげて」
「ぐすっ、お兄ちゃん……なぁに?」
「お兄ちゃんが魔法をかけてあげるから、ケーキを見ていてごらん」
高い位置からひらひら、ひらひらと花びらを散らすと、ケーキに雪のように積もっていった。
「わ、わぁ! すごい! お花のケーキになったよ。これ食べられるの」
「そうだよ。これは食べられるお花だよ」
「すごい! お兄ちゃんはやっぱりお花の妖精さんなんだね。すごい! すごいよ!」
芽生くんの笑顔が、消えなくてよかった。
芽生くんには笑顔が似合うよ。
お兄ちゃんとして、弟の笑顔をずっとずっと守りたい。
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本当に良かった。
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