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小学生編
新緑の輝き 20
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1階の和室で微睡んでいると、襖がそっと開く気配がした。
「芽生ね」
姿を見なくても分かった。
こんな風に相手を気遣うように優しく扉を開けるのは、我が家では瑞樹か芽生のどちらかだから。
「……おばあちゃん、おはよう。どうしてわかったの?」
「それは、芽生のおばあちゃまだからよ」
「すごいなぁ、おばあちゃんはやっぱりすごい」
「こんな朝早くに、どうしたの?」
「えっとね、みんなより早く目がさめちゃったの……それでね」
美智さんは妊娠が分かった途端、つわりの症状が出てきたの。今回は吐きつわりのようで辛そうだったので、芽生は昨日、彩芽と憲吾と一緒に別の部屋で眠ったのよね。
就寝前に、彩芽に優しく絵本を読む姿を見て、芽生のお兄ちゃんぶりに感心したわ。芽生は、もともと聞き分けのよい優しい子だったので、お兄ちゃんポジションもしっくりくるのね。
でも……
「芽生、まだ起きるには早いわ。一緒にお布団に入る?」
「えっ……でもぉ」
「メイちゃん、いらっしゃいよ」
昔のように呼んであげると、芽生はようやく安心したようでニコッと笑ってくれた。
「うん! じゃあ、すこしだけ入ってもいい?」
「もちろんよ。私もうれしいわ」
「わぁ~ おばあちゃん、だーいすき」
三年生になったといっても、まだまだ私から見たら小さな子供だわ。
三歳で両親が離婚して、母親に置いて行かれた傷は深かった。
孤軍奮闘する宗吾の邪魔にならないよう、ひとりで耐える幼い芽生の姿は、健気で見ていられなかった。
いつも大きな目には、涙を堪えていた。
だから主人に先立たれて生きる気力をなくしていた私は奮い立ったわ。憲吾と宗吾、二人の息子を育ててあげたのを支えに、三歳の芽生の良き理解者になろうと頑張ったの。
宗吾は広告代理店に勤めていて、働き盛り。
芽生と過ごす時間を持とうと心がけていたけれども、断れない残業や出張の時は、我が家で暫く預かったわ。
夜になると母の温もりを求め、朝が来ると母親の愛情を恋しがるのは、三歳児なら普通のことでしょう。
その度に、私は芽生をギュッと抱きしめた。
……
「メイちゃんはひとりじゃないわ。パパも私もいるわ」
「でも……ママはどうしていないの? メイ……わるいこだから……い、いなくなっちゃったの?」
「ちがうわ、そんなことないわ」
「じゃあ、どうして……」
大粒の涙がとうとう溢れ落ちた。
これには返答に窮したわ。
私たちにも隠しにしていた宗吾の性癖がある時、露呈して、玲子さんが理解出来ずに出て行ってしまった……なんて、こんな幼い子供には到底言えないことよ。
「メイちゃん……今はつらくて寂しいかもしれないけれども、ずっと雨が続かないのと一緒で、メイちゃんにもきっとこれから素敵なことがいっぱいあるわ」
「すてきなことって?」
「そうよ、きっと雨上がりの葉っぱの雫のように、キラキラ輝く素敵なことよ」
メイちゃんを抱きしめて、涙を白い割烹着でぬぐってあげた。
「おばーちゃん、おばーちゃん」
……
私にしがみついてエーンエーン泣いていた男の子は、今はもういない。
宗吾が瑞樹と出会い、瑞樹が芽生を愛してくれるようになって、芽生は幸せで穏やかな日々を過ごしている。
「おばあちゃん、あのね」
「なぁに?」
「ボクね、毎日すごくしあわせ。パパもお兄ちゃんも芽生のことがすごく大事なんだって。あとね、お兄ちゃんって、すごくやさしいの、すごくかわいいの。だから本当に本当にだーいすき」
芽生の力説に、私も深く頷いたわ。
「よかったわね。素敵なことがあったわね」
「うん! おばあちゃんの言うとおりだったよ。おばあちゃんもだーいすき」
おひさまの香りがする孫を久しぶりに抱きしめて、改めてよかったと安堵したわ。
雲の上の晴れ間に辿り着いた気分よ。
「そろそろ起きましょうか」
「うん! ボク、なにかおてつだいしたいな」
「助かるわ。じゃあお庭のお花に水まきをお願いしてもいい?」
「うん! いつもお家でしているからちゃんと出来るよ」
芽生がパジャマのまま庭に出て、じょうろで花壇に水をまく。
その姿を私は縁側で和やかに見守った。
あらあら、ドタバタと階段を駆け下りてくるのは、誰かしら?
「母さん! 芽生がいない!」
真っ青な憲吾は寝ぐせで髪は跳ね、パジャマのボタンを掛け違えていた。
いつもはビシッと支度してから登場するのに、なんて有様なの。
普段冷静な憲吾らしからぬ行動が可愛くて、息子はいくつになっても息子なんだなと苦笑してしまったわ。
「大丈夫よ。お庭でお手伝いしてくれているのよ」
「ほっ、本当だ。芽生は偉いな。私も見習わないと…」
****
わぁ~ おばあちゃんのお庭に、たくさん新しい芽が出てるよ。
お水さん、しっかりあげないとね。
「よいしょ、よいしょ」
ミドリ色って、いろんな色があるんだね。
うすかったりこかったり、きれいだな。
やわらかい芽も、いい色だね。
大きく、大きくなあれ。
ボクも大きく、大きくなるよ。
いつかお兄ちゃんより大きくなって、キシさんになるんだ!
「今日もいいお天気!」
元気よく両手をぐんと上に伸ばしたら、大好きなふたりが見えた!
「芽生くん!」
「芽生!」
「あー お兄ちゃん~ パパ!」
お兄ちゃんがうれしそうにかけよって、ボクをギュッとだきしめてくれたよ。
「おはよう、芽生くん!」
「来るの、早かったね」
「うん、芽生くんに会いたくて待ちきれなくてね」
「ボクも会いたかったよ~」
「昨日は楽しかった?」
「うん、とっても楽しかったよ。みんな、ボクにあいたかったって」
「そうか、よかったね」
お兄ちゃんを見つめると、今日もとってもきれいでキラキラしていた。
おばあちゃんが言ってた『雨上がりの葉っぱについたしずくのようにステキなこと』って、お兄ちゃんのことだ。
おばちゃんは、やっぱりすごいや!
ボクのしあわせ、みーつけた!
「芽生ね」
姿を見なくても分かった。
こんな風に相手を気遣うように優しく扉を開けるのは、我が家では瑞樹か芽生のどちらかだから。
「……おばあちゃん、おはよう。どうしてわかったの?」
「それは、芽生のおばあちゃまだからよ」
「すごいなぁ、おばあちゃんはやっぱりすごい」
「こんな朝早くに、どうしたの?」
「えっとね、みんなより早く目がさめちゃったの……それでね」
美智さんは妊娠が分かった途端、つわりの症状が出てきたの。今回は吐きつわりのようで辛そうだったので、芽生は昨日、彩芽と憲吾と一緒に別の部屋で眠ったのよね。
就寝前に、彩芽に優しく絵本を読む姿を見て、芽生のお兄ちゃんぶりに感心したわ。芽生は、もともと聞き分けのよい優しい子だったので、お兄ちゃんポジションもしっくりくるのね。
でも……
「芽生、まだ起きるには早いわ。一緒にお布団に入る?」
「えっ……でもぉ」
「メイちゃん、いらっしゃいよ」
昔のように呼んであげると、芽生はようやく安心したようでニコッと笑ってくれた。
「うん! じゃあ、すこしだけ入ってもいい?」
「もちろんよ。私もうれしいわ」
「わぁ~ おばあちゃん、だーいすき」
三年生になったといっても、まだまだ私から見たら小さな子供だわ。
三歳で両親が離婚して、母親に置いて行かれた傷は深かった。
孤軍奮闘する宗吾の邪魔にならないよう、ひとりで耐える幼い芽生の姿は、健気で見ていられなかった。
いつも大きな目には、涙を堪えていた。
だから主人に先立たれて生きる気力をなくしていた私は奮い立ったわ。憲吾と宗吾、二人の息子を育ててあげたのを支えに、三歳の芽生の良き理解者になろうと頑張ったの。
宗吾は広告代理店に勤めていて、働き盛り。
芽生と過ごす時間を持とうと心がけていたけれども、断れない残業や出張の時は、我が家で暫く預かったわ。
夜になると母の温もりを求め、朝が来ると母親の愛情を恋しがるのは、三歳児なら普通のことでしょう。
その度に、私は芽生をギュッと抱きしめた。
……
「メイちゃんはひとりじゃないわ。パパも私もいるわ」
「でも……ママはどうしていないの? メイ……わるいこだから……い、いなくなっちゃったの?」
「ちがうわ、そんなことないわ」
「じゃあ、どうして……」
大粒の涙がとうとう溢れ落ちた。
これには返答に窮したわ。
私たちにも隠しにしていた宗吾の性癖がある時、露呈して、玲子さんが理解出来ずに出て行ってしまった……なんて、こんな幼い子供には到底言えないことよ。
「メイちゃん……今はつらくて寂しいかもしれないけれども、ずっと雨が続かないのと一緒で、メイちゃんにもきっとこれから素敵なことがいっぱいあるわ」
「すてきなことって?」
「そうよ、きっと雨上がりの葉っぱの雫のように、キラキラ輝く素敵なことよ」
メイちゃんを抱きしめて、涙を白い割烹着でぬぐってあげた。
「おばーちゃん、おばーちゃん」
……
私にしがみついてエーンエーン泣いていた男の子は、今はもういない。
宗吾が瑞樹と出会い、瑞樹が芽生を愛してくれるようになって、芽生は幸せで穏やかな日々を過ごしている。
「おばあちゃん、あのね」
「なぁに?」
「ボクね、毎日すごくしあわせ。パパもお兄ちゃんも芽生のことがすごく大事なんだって。あとね、お兄ちゃんって、すごくやさしいの、すごくかわいいの。だから本当に本当にだーいすき」
芽生の力説に、私も深く頷いたわ。
「よかったわね。素敵なことがあったわね」
「うん! おばあちゃんの言うとおりだったよ。おばあちゃんもだーいすき」
おひさまの香りがする孫を久しぶりに抱きしめて、改めてよかったと安堵したわ。
雲の上の晴れ間に辿り着いた気分よ。
「そろそろ起きましょうか」
「うん! ボク、なにかおてつだいしたいな」
「助かるわ。じゃあお庭のお花に水まきをお願いしてもいい?」
「うん! いつもお家でしているからちゃんと出来るよ」
芽生がパジャマのまま庭に出て、じょうろで花壇に水をまく。
その姿を私は縁側で和やかに見守った。
あらあら、ドタバタと階段を駆け下りてくるのは、誰かしら?
「母さん! 芽生がいない!」
真っ青な憲吾は寝ぐせで髪は跳ね、パジャマのボタンを掛け違えていた。
いつもはビシッと支度してから登場するのに、なんて有様なの。
普段冷静な憲吾らしからぬ行動が可愛くて、息子はいくつになっても息子なんだなと苦笑してしまったわ。
「大丈夫よ。お庭でお手伝いしてくれているのよ」
「ほっ、本当だ。芽生は偉いな。私も見習わないと…」
****
わぁ~ おばあちゃんのお庭に、たくさん新しい芽が出てるよ。
お水さん、しっかりあげないとね。
「よいしょ、よいしょ」
ミドリ色って、いろんな色があるんだね。
うすかったりこかったり、きれいだな。
やわらかい芽も、いい色だね。
大きく、大きくなあれ。
ボクも大きく、大きくなるよ。
いつかお兄ちゃんより大きくなって、キシさんになるんだ!
「今日もいいお天気!」
元気よく両手をぐんと上に伸ばしたら、大好きなふたりが見えた!
「芽生くん!」
「芽生!」
「あー お兄ちゃん~ パパ!」
お兄ちゃんがうれしそうにかけよって、ボクをギュッとだきしめてくれたよ。
「おはよう、芽生くん!」
「来るの、早かったね」
「うん、芽生くんに会いたくて待ちきれなくてね」
「ボクも会いたかったよ~」
「昨日は楽しかった?」
「うん、とっても楽しかったよ。みんな、ボクにあいたかったって」
「そうか、よかったね」
お兄ちゃんを見つめると、今日もとってもきれいでキラキラしていた。
おばあちゃんが言ってた『雨上がりの葉っぱについたしずくのようにステキなこと』って、お兄ちゃんのことだ。
おばちゃんは、やっぱりすごいや!
ボクのしあわせ、みーつけた!
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