上 下
1,366 / 1,730
小学生編

新緑の輝き 1

しおりを挟む
「めーくぅん……ぐすん」

 新幹線で、いっくんはオレの膝には座らず、窓側の席で窓にぴたりと張り付いていた。

 駅のホームでは、芽生坊が必死に手を振っている。

 ブンブン、ブンブンと力一杯!

 兄弟がいなかったのは、いっくんも芽生坊も同じだ。

 だからなのか、二人は会うたびに仲を深め合っている。

 懐いて懐かれて、あたたかく柔らかな関係を築いている。

 それにしても今回の旅行では、芽生坊の優しさに兄さんを面影を感じる場面も多かった。

 芽生坊といっくんは年の差は5歳、俺と兄さんの年の差も5歳だ。

 まるでオレと兄さんが素直に出来なかったことを叶えてくれているように感じる。だから二人が仲良くなればなるほど、過去の後悔から解き放たれていく心地になるよ。

 二人とも、ありがとうな。

「あぁん、もうみえないよぅ……ぐすっ、ぐすっ」

 新幹線の速度が上がり景色がビュンビュン飛び出すと、いっくんは小さな手を丸めて、目をゴシゴシ擦りながら泣いてしまった。

 一度泣き止んだのに、また大粒の涙がポロポロ溢れて、柔らかい頬を濡らしていく。

 オレにはどうしてやることも出来なくて、いっくんの気持ちが落ち着くのをじっと見守った。

 軽井沢と東京、二人には距離があるが、心の距離は近いんだよ。

 それを信じて応援することしか出来ないなんて、もどかしいな。

「パパぁ……おわかれって、さみちいんだね」
「あぁ、そうだな。だけど、いっくんと芽生坊はまたちゃんと会えるよ。その日を楽しみに過ごそうな」
「……うん、あえないのさみちいけど……おてがみ、かくもん。パパぁ、だっこぉ」

 ようやく、いっくんがオレの膝によじ登ってきてくれたので、思いっきり小さな身体を抱きしめてやった。

 上手い言葉は見つからない。気の利いた言葉で、いっくんを慰めることもできない不器用なオレだが、いっくんの気持ちを全力で受け止めることは出来る!

「パパ、かえったらおてがみかいてもいい?」
「もちろんだよ」
「パパもかく?」
「そうだな。パパも兄さんに手紙を書いてみようかな」
「それがいいよ。みーくん、しゅきしゅき♡ってね」
「ええっ!」
「えへへ、いっくんは、めーくん、しゅき!」

 子供は切り替えが早いんだな。

 オレも見習わないと!

「よーし、パパも書くぞー!」(って、宗吾さんに怒られるか)



 軽井沢に着く前に、いっくんはまたコテッと電池が切れたみたいに眠ってしまった。まぁ無理もないか。今日も早朝からよく遊んだもんな。

 いっくんを抱き上げ荷物を持って、オレは一歩一歩大地を踏みしめた。

 吐く息も白く凍えそうだが、いっくんを抱いているのでポカポカと暖かかった。

 やがて小さな小さなアパートが見えてくる。

 2階の俺たちの家には、ちゃんと電気がついている。

 オレの家だ。
 オレの奥さんが待ってくれている。
 お腹には、生まれてくる赤ちゃんがいる。
 そして、大好きな息子、いっくんを抱っこしている。

 オレの幸せを並べると、もっと幸せになった。

「潤くーん、お帰りなさい!」

 菫が嬉しそうに出迎えてくれた。

「ただいま! 何事もなかった?」
「うん。すごーくゆっくりしちゃった。赤ちゃんのベストを編んでみたの。いっくんとお揃いよ」
「そうか、よかった! いっくんも喜ぶよ」
「また寝ちゃったのね、重たかったでしょう」
「なぁに、幸せな重みだよ」
「ありがとう。いっくん、とても幸せそうな顔で眠っているわ」
「オレも幸せだった。次は夏休みに家族旅行をしよう。菫も一緒に!」
「うん! その前に出産を頑張るね」

 いっくんを布団に寝かして、菫を慎重に抱きしめた。

「……オレの奥さん」
「どうしたの?」
「幸せだなって……」
「うん、あのね、赤ちゃんすごく動くようになったの」
「そうなのか」
「あ、ほら……今もすごい!」

 菫がお腹にオレの手を導いてくれると、ググッと腹が動いたので驚いた。

「これ……足か! すごくリアルに分かる」
「ふふっ、潤くんもこんなだったのよ。きっとお腹の中で元気だったでしょうね」
「……そういえば、母さんがオレを妊娠中、胎動がすごくて……父さんが頼もしいなって言っていたそうだよ」
「わぁ、それってお父さんとの貴重な思い出ね」
「あ……そうか……そういうことになるのか」

 父さんとの思い出なんて一つもないと思ったが、違うんだな。

「そういえば、旅先でいっくんに名前の由来を聞かれたから、お空のパパがつけたって話したよ」
「え……そうだったの?」
「なぁ、お空のパパも、生前、いっくんの胎動を感じられたのか」
「え? あ、うん……あのね、亡くなった彼の話をするのいやじゃない?」

 菫が心配そうに聞くので、首を横に振った。

「いや、むしろ、もっと教えて欲しいよ。いっくんに名前をプレゼントしてくれた彼のことを……オレ、いっくんの父親になったんだから、全部受け止めておきたい。それは俺の父さんを知ることにもなるんだ」

 少しずつでいいから、折に触れて聞こう。

 この世にいっくんを授けてくれた人のことを、もっと知りたい。

 
****

 季節は、冬から春へ。

 まるで春の息吹に後押しされるように目まぐるしく過ぎ、あっという間に4月になっていた。

 いよいよ今日から、芽生くんは小学三年生になる。
 
 つい先日、小学校入学準備をした気がするのに、子供の成長って早いね。

「芽生くん、何してるの?」
「あ! ちょっと時間があったから、いっくんに手紙を書いていたの」
「そうだったんだね」
「お兄ちゃん、ほら見て! 住所もひとりで書けたよ。これであってるかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「今日出したいな。切手はどこにあるの?」
「じゃあ今、持ってくるね」
「ありがとう」

 学習机に向かう芽生くんの後ろ姿は、また一回り大きくなっていた。

 もう僕の手伝いはいらない。

 服もきちんと着られるし、宿題も時間割もひとりでこなせるようになった。

 手をかけてあげることが減ってしまい寂しいが、成長の喜びをそれ以上に感じている。

「えっと、切手はここだったはず……」

 切手を探していると、うっかり一緒に入っていたコピー用紙で指先を切ってしまった。

「あっ、痛っ」
「どうした?」
「どうしたの?」

 振り返ると宗吾さんと芽生くんが血相を変えて駆けつけてくれていた。

「あ……その、ちょっと紙で手を……」
「見せてみろ!」
「ボク、お薬取ってくる」
「だ、大丈夫だよ」
「だが手は……」
「大事にした方がいいよ」
「くすっ、なんだか二人がかりで……」

 愛してもらえて幸せです。

 その言葉は面と向かっては言えなかったが、僕は幸せ者だと思った。

 大好きな宗吾さんと、宗吾さんにどんどん似てくる芽生くんに、こんなに大切にされて。

「瑞樹は大切な人だ」
「僕もだよ。お兄ちゃん」
「二人ともありがとう。もう止まったようです……ほら」
「よかった」
「うんうん」

 ほんの些細な出来事に、幸せな毎日を過ごしていると実感する。

「じゃあ、いってきまーす!」

 満面の笑みの芽生くん。

 ランドセルはもう大きすぎず、背中にいい感じにフィットしている。

「行ってらっしゃい!」
「うん」
「あ……そうだ、芽生くん、三年生に進級おめでとう」
「今日からね、中学年なんだよ! 出来る事もいっぱいふえるんだ!」
「そうか、家のお手伝いも沢山してくれて頼もしいよ」

 そう言うと、芽生くんは望んでいた言葉が手に入ったように、笑ってくれた。

「パパもお兄ちゃんもがんばっているから、お手伝いしたいんだよ」

 見送った後、宗吾さんが僕を抱きしめてきた。

「ど、どうしたのですか」
「瑞樹ぃ~ 芽生は相変わらず天使だな」
「はい、芽生くんは、もうずっと前から僕の天使ですよ」(これは自信を持って言えることだ)
「瑞樹に育ててもらったおかげで、心優しい子に成長してくれて嬉しいよ」
「宗吾さん……」
「瑞樹……」

 朝のキスは爽やかに――

 僕たちの恋は、何年生かな?
 
 この先も僕たちは二人の間に芽生えた愛を育てていく。
 
 ずっと自分に自信がなかった僕も、少し変化した。

 愛は二人で育てるものだから。
 
 

 




 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...