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小学生編
幸せが集う場所 26
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「確かトイレは向こうだったはず……」
「分かった! 兄さんに付いて行くよ!」
「よし、一緒に行こう」
こういう時の兄さんって、凜々しいな。
昔はオレの顔色を窺ってばかりだったのに、今は凜とした兄の背中を見せてくれる。
さぁ月影寺のトイレはどこだ?
どうか、どうか、そこにいますように。
「あ、あそこだ!」
「おぅ!」
トイレが見えて来ると、オレは兄さんを抜かして駆け寄った。
そこは一般家庭のトイレではなく、宿坊の共用トイレのようで何個か個室が並んでいた。オレは大慌てで、すべての扉を開けた。
「いっくん、芽生坊、どこだ?」
しかし一向に返事がない。
「……い、いないのか」
どこに行ってしまったんだ?
こんな不始末。菫さんに何て言えばいいんだ。
4歳児から目を離すなんて、父親失格だ。
絶望感に呑まれ呆然と立ち尽くしていると、兄さんがしゃがんで何かを拾った。
「これ、いっくんのかな?」
「いっくんの靴下だ」
「やっぱり、ここに来たようだね。随分慌てたみたいだね」
床にはいっくんの片方の靴下以外にも、落とし物があった。
「これは芽生くんのハンカチだ。濡れているから使った形跡があるよ」
「まさか……ゆ、誘拐じゃ」
ますます動揺するオレを、兄さんが優しく諭してくれた。
「じゅーん、少し落ち着いて。ここは月影寺の中なんだ。大丈夫、この近くにいるよ」
「どうして分かるんだ?」
兄さんは口角を上げて教えてくれた。
「どこからか楽しそうな声が聞こえるから」
耳を澄ませば、可愛いいっくんと芽生の歌声が!
「どんぶらこ~ どんぶらこ~ あざらししゃんにのってぇ、どんぶらこ」
「いっくん、こっちもあらおう」
「あい! ゴシゴシゴシゴシ、ごっしごし~」
おいおい、一体何の歌だ?
確かに兄さんの言う通り、楽しそうだが。
長い廊下を歩きながら左右の部屋を窺うと、ついに可愛い歌声が生まれる場所を発見した。
「ここだね」
「あぁ」
扉を開けると、そこは脱衣場だった。
まるで温泉旅館のように広い!
「あっ……」
兄さんがしゃがんでまた何かを拾う。
「芽生くんってば、また脱ぎ散らかして。宗吾さんに似なくてもいいのになぁ」
「こっちは、いっくんのズボンとトレーナーだ! げげっ、肌着にパンツまで」
ってことは、真っ裸なのか。
まさか子供だけで風呂に? ヤバい! 溺れたら大変だ!
再び真っ青になって浴室へ続くドアを開けると、大人が5ー6人は入れそうな大きな浴槽があり、何故か寺のご住職の翠さんと副住職の流さん、そしていっくんと芽生坊が仲良く浸かっていた。
ちゃぷん、ちゃぷんと水音が響いていた。
いっくんはオレに気付くと、満面の笑みで抱っこをせがんできた。
「パパぁ~ だっこぉ……だめ?」
「いっくん、心配したぞ!」
オレは裸ん坊のいっくんを躊躇うこともなく抱き上げた。
服が濡れるのなんて構わない!
一刻も早く、この腕でいっくんの重みを感じたかったから。
いっくんが大切なんだ。
いっくんの代わりは、どこにもいないんだよ!
「いっくん、無事でよかった」
しっかり抱きしめると、いっくんはキョトンとした後、甘えるようにくっついてきた。
「パパぁ、ごめんなちゃい」
「いっくん……姿が見えなくなって心配したぞ」
「えっとね……いっくんおちっこ……いきたくなってぇ、それから、えっと……たんけんしてたの」
兄さんが、オレたちにそっと白いバスタオルをかけてくれた。
白いタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のように見えた。
兄さんがよく芽生坊を『僕の天使』と言う理由が分かった。
いっくんも天使だ。
無垢な瞳で絶対的信頼を寄せて、オレを見つめてくれる。
「いっくんは、オレの天使だ」
「パパ、かっこいい、パパ、だーいしゅき」
オレ、いっくんと共に成長していきたい。
オレをいっくんの父親にしてくれて、ありがとう!
またいっくんへの愛情が膨らんだ。
****
白いバスタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のようだった。
僕に芽生くんが来てくれたように、潤にはいっくんが来てくれたんだね。
目を細めて二人を見つめていると、芽生くんも僕に抱きついてきた。
「芽生くん、どうしたの?」
少し不安そうに見上げているので、僕はしゃがんで芽生くんにもバスタオルで包んであげた。
「芽生くんは、僕の天使だよ」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ボクが、いっくんをおトイレに……でもそのあと帰りかたがわからなくなって……つい『たんけん』しちゃったの。そうしたら知ってる大人の人がいたから……楽しくなっちゃって」
「いいんだよ。いっくんをみてくれてありがとう。それで翠さんと流さんに遊んでもらっていたんだね」
ちらっと翠さんと流さんを見ると、顔が引きつっているような?
翠さんは目元を染めて俯いてしまった。
あれ? まさか僕達、とんでもないお邪魔をしたのでは?
いやいや、まさかお寺のご住職がこんな真っ昼間から煩悩に埋もれるなんて、あるはずないよ。
あーまた僕は何を考えて――
翠さんに大変失礼だ。
心の中でぺこりと謝った。
「翠さん、流さん、子供たちをこんな時間からお風呂に入れて下さってありがとうございます」
丁寧に礼をお礼を言うと……
「あ……あぁ、まぁそういうことだ。翠、子供の相手はもういいみたいだから、そろそろ上がろうぜ」
「そ、そうだね」
やっぱりいっくんがお風呂に入りたがったので、翠さんと流さんが付き合ってくれたようだ。二人は「よしっ!」と掛け声を掛け合って、ササッと脱衣場に向かって、後ろ向きでカニ歩きして出て行った。
でも……どうして後ろ向き?
さてと、僕たちもそろそろ戻ろう。
そろそろ宗吾さんが到着するはずだ。
****
「すみませんー 滝沢ですが、どなたもいらっしゃいませんか」
なんとか仕事を終え、明日は休みをもらった。北鎌倉駅から坂道を上がり、更に月影寺の山門の階段を上って、ようやく母屋に到着した。
もうヘロヘロだ。
ところが……息を切らしながら呼び鈴を押すが、誰も出てこない。
「あちーな」
ネクタイを緩めていると、小坊主くんがトコトコやってきた。
「いらっしゃいませ~」
「おぅ、丁度良かった。君に土産が」
鞄の中から手土産を渡すと、小坊主くんは嬉々とした表情を浮かべた。
「わぉ! こ、こ、これはかの有名な江ノ島の水族館のカメ饅頭では!」
「気に入ったか。君は確かあんこ命だろ」
「はい! ガテン系よりあんこ命です」
「ん?……皆、どこにいる?」
「こちらの大広間でしばらくお待ち下さい。今、お茶の用意を」
ところが中には誰もいなかった。
「なんだ……いないのか」
だがすぐに襖が開いて、瑞樹と芽生、潤といっくんが一気に現れた。
「宗吾さん!」
「パパぁ」
瑞樹と芽生が嬉しそうに駆け寄ってくれる。
「パパー だっこして」
「おぅ! 芽生、来い!」
俺は両手を広げて芽生を抱きしめて、思いっきり高く抱き上げてやった。
「パパ! あしたはおやすみ? いっしょにいられるの?」
「あぁ、休みだ。久しぶりにゆっくり二人と過ごせるよ」
「良かった! ボクね……さいきんパパいそがしくて、たいへんだなって思ってたんだ。パパもすこしきゅうけいしてね」
「あ、あぁ……」
息子から労いの言葉をもらえるなんて――
また成長したんだな。
「お兄ちゃんもパパのこと、しんぱいしてたよ」
「芽生くん……」
瑞樹が照れ臭そうに微笑む。
可憐で可愛い花がポッと咲いた!
俺の花は君だ。
心に花が咲けば、人生も色鮮やかになる!
「分かった! 兄さんに付いて行くよ!」
「よし、一緒に行こう」
こういう時の兄さんって、凜々しいな。
昔はオレの顔色を窺ってばかりだったのに、今は凜とした兄の背中を見せてくれる。
さぁ月影寺のトイレはどこだ?
どうか、どうか、そこにいますように。
「あ、あそこだ!」
「おぅ!」
トイレが見えて来ると、オレは兄さんを抜かして駆け寄った。
そこは一般家庭のトイレではなく、宿坊の共用トイレのようで何個か個室が並んでいた。オレは大慌てで、すべての扉を開けた。
「いっくん、芽生坊、どこだ?」
しかし一向に返事がない。
「……い、いないのか」
どこに行ってしまったんだ?
こんな不始末。菫さんに何て言えばいいんだ。
4歳児から目を離すなんて、父親失格だ。
絶望感に呑まれ呆然と立ち尽くしていると、兄さんがしゃがんで何かを拾った。
「これ、いっくんのかな?」
「いっくんの靴下だ」
「やっぱり、ここに来たようだね。随分慌てたみたいだね」
床にはいっくんの片方の靴下以外にも、落とし物があった。
「これは芽生くんのハンカチだ。濡れているから使った形跡があるよ」
「まさか……ゆ、誘拐じゃ」
ますます動揺するオレを、兄さんが優しく諭してくれた。
「じゅーん、少し落ち着いて。ここは月影寺の中なんだ。大丈夫、この近くにいるよ」
「どうして分かるんだ?」
兄さんは口角を上げて教えてくれた。
「どこからか楽しそうな声が聞こえるから」
耳を澄ませば、可愛いいっくんと芽生の歌声が!
「どんぶらこ~ どんぶらこ~ あざらししゃんにのってぇ、どんぶらこ」
「いっくん、こっちもあらおう」
「あい! ゴシゴシゴシゴシ、ごっしごし~」
おいおい、一体何の歌だ?
確かに兄さんの言う通り、楽しそうだが。
長い廊下を歩きながら左右の部屋を窺うと、ついに可愛い歌声が生まれる場所を発見した。
「ここだね」
「あぁ」
扉を開けると、そこは脱衣場だった。
まるで温泉旅館のように広い!
「あっ……」
兄さんがしゃがんでまた何かを拾う。
「芽生くんってば、また脱ぎ散らかして。宗吾さんに似なくてもいいのになぁ」
「こっちは、いっくんのズボンとトレーナーだ! げげっ、肌着にパンツまで」
ってことは、真っ裸なのか。
まさか子供だけで風呂に? ヤバい! 溺れたら大変だ!
再び真っ青になって浴室へ続くドアを開けると、大人が5ー6人は入れそうな大きな浴槽があり、何故か寺のご住職の翠さんと副住職の流さん、そしていっくんと芽生坊が仲良く浸かっていた。
ちゃぷん、ちゃぷんと水音が響いていた。
いっくんはオレに気付くと、満面の笑みで抱っこをせがんできた。
「パパぁ~ だっこぉ……だめ?」
「いっくん、心配したぞ!」
オレは裸ん坊のいっくんを躊躇うこともなく抱き上げた。
服が濡れるのなんて構わない!
一刻も早く、この腕でいっくんの重みを感じたかったから。
いっくんが大切なんだ。
いっくんの代わりは、どこにもいないんだよ!
「いっくん、無事でよかった」
しっかり抱きしめると、いっくんはキョトンとした後、甘えるようにくっついてきた。
「パパぁ、ごめんなちゃい」
「いっくん……姿が見えなくなって心配したぞ」
「えっとね……いっくんおちっこ……いきたくなってぇ、それから、えっと……たんけんしてたの」
兄さんが、オレたちにそっと白いバスタオルをかけてくれた。
白いタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のように見えた。
兄さんがよく芽生坊を『僕の天使』と言う理由が分かった。
いっくんも天使だ。
無垢な瞳で絶対的信頼を寄せて、オレを見つめてくれる。
「いっくんは、オレの天使だ」
「パパ、かっこいい、パパ、だーいしゅき」
オレ、いっくんと共に成長していきたい。
オレをいっくんの父親にしてくれて、ありがとう!
またいっくんへの愛情が膨らんだ。
****
白いバスタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のようだった。
僕に芽生くんが来てくれたように、潤にはいっくんが来てくれたんだね。
目を細めて二人を見つめていると、芽生くんも僕に抱きついてきた。
「芽生くん、どうしたの?」
少し不安そうに見上げているので、僕はしゃがんで芽生くんにもバスタオルで包んであげた。
「芽生くんは、僕の天使だよ」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ボクが、いっくんをおトイレに……でもそのあと帰りかたがわからなくなって……つい『たんけん』しちゃったの。そうしたら知ってる大人の人がいたから……楽しくなっちゃって」
「いいんだよ。いっくんをみてくれてありがとう。それで翠さんと流さんに遊んでもらっていたんだね」
ちらっと翠さんと流さんを見ると、顔が引きつっているような?
翠さんは目元を染めて俯いてしまった。
あれ? まさか僕達、とんでもないお邪魔をしたのでは?
いやいや、まさかお寺のご住職がこんな真っ昼間から煩悩に埋もれるなんて、あるはずないよ。
あーまた僕は何を考えて――
翠さんに大変失礼だ。
心の中でぺこりと謝った。
「翠さん、流さん、子供たちをこんな時間からお風呂に入れて下さってありがとうございます」
丁寧に礼をお礼を言うと……
「あ……あぁ、まぁそういうことだ。翠、子供の相手はもういいみたいだから、そろそろ上がろうぜ」
「そ、そうだね」
やっぱりいっくんがお風呂に入りたがったので、翠さんと流さんが付き合ってくれたようだ。二人は「よしっ!」と掛け声を掛け合って、ササッと脱衣場に向かって、後ろ向きでカニ歩きして出て行った。
でも……どうして後ろ向き?
さてと、僕たちもそろそろ戻ろう。
そろそろ宗吾さんが到着するはずだ。
****
「すみませんー 滝沢ですが、どなたもいらっしゃいませんか」
なんとか仕事を終え、明日は休みをもらった。北鎌倉駅から坂道を上がり、更に月影寺の山門の階段を上って、ようやく母屋に到着した。
もうヘロヘロだ。
ところが……息を切らしながら呼び鈴を押すが、誰も出てこない。
「あちーな」
ネクタイを緩めていると、小坊主くんがトコトコやってきた。
「いらっしゃいませ~」
「おぅ、丁度良かった。君に土産が」
鞄の中から手土産を渡すと、小坊主くんは嬉々とした表情を浮かべた。
「わぉ! こ、こ、これはかの有名な江ノ島の水族館のカメ饅頭では!」
「気に入ったか。君は確かあんこ命だろ」
「はい! ガテン系よりあんこ命です」
「ん?……皆、どこにいる?」
「こちらの大広間でしばらくお待ち下さい。今、お茶の用意を」
ところが中には誰もいなかった。
「なんだ……いないのか」
だがすぐに襖が開いて、瑞樹と芽生、潤といっくんが一気に現れた。
「宗吾さん!」
「パパぁ」
瑞樹と芽生が嬉しそうに駆け寄ってくれる。
「パパー だっこして」
「おぅ! 芽生、来い!」
俺は両手を広げて芽生を抱きしめて、思いっきり高く抱き上げてやった。
「パパ! あしたはおやすみ? いっしょにいられるの?」
「あぁ、休みだ。久しぶりにゆっくり二人と過ごせるよ」
「良かった! ボクね……さいきんパパいそがしくて、たいへんだなって思ってたんだ。パパもすこしきゅうけいしてね」
「あ、あぁ……」
息子から労いの言葉をもらえるなんて――
また成長したんだな。
「お兄ちゃんもパパのこと、しんぱいしてたよ」
「芽生くん……」
瑞樹が照れ臭そうに微笑む。
可憐で可愛い花がポッと咲いた!
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