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小学生編

幸せが集う場所 15

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「えぇ? これを俺が着るのか」
「すみません。バイトが急病で背丈が合うの滝沢さんしか……どうかお願いします!」

 江ノ島の水族館に到着するなり、部下の小林に懇願された。

 半ば強引に渡されたのは、巨大な着ぐるみだった。

 これはまるでハロウィンでカボチャになった時のようだ。いや今日の方がずっと高度だ。何しろ全身すっぽりの着ぐるみになるのだから。

 しかもこれは、俺がこのイベントのために特注した江ノ島の水族館名物チョコレートアザラシを模したものだ。アザラシのショーで使うため普通の着ぐるみよりも大きなものにしてしまったので、身長が175cm以上の人が入らないと見栄えがしない。

 ううう、まさかそれが自分に回って来るとは。

「なぁ、小林は俺がこのイベントの総指揮者って知っているよな?」
「もちろんですよー 滝沢さんあってのイベント企画でっす」

 この小林という新人は、俺より背がはるかに低く、あどけない顔をしているくせにちゃっかりしているよな。

 むむむ、そうか! 以前から誰かに似ていると思ったら、あの月影寺の小坊主『小森風太』にそっくりだ!

「なぁ、つかぬことを聞くが、小林は下の名前なんだ?」
「は? 僕は『くーた』ですよ」
「くーた?」
「空に太いで空太《くうた》ですよ」

『くぅーた』と『ふぅーた』!

 なんと、下の名前まで似た雰囲気とは!

 小森風太もそうだが、飄々としているくせに、さり気なくグイグイ押して来るんだよなぁ。

「とにかく身長160cmしかない僕には、無理ですって」
「あーもう、分かったよ」

 学生時代にデパート屋上の人形ショーのバイトを一度だけしたことがある。まぁヤレと言われたら出来ない仕事じゃない。あの時は真夏で臭くて暑くて死にそうだったが、今は真冬だ。なんとかなるだろう。

 ううう、しかしアザラシって服を着ていないから、なんだか恥ずかしいな。まるで公衆の面前で裸を晒すようだ。
 
 着ぐるみを前に腕組みしていると、また小林が余計なことを。

「滝沢さん、くれぐれもお立ってないで下さいよ」
「お、お前、先輩に向かってなんちゅーことを言うんだよ!」
「ここに注意事項で書いてありますよ。僕は読んだだけでーす」
「注意事項?」
「ここですよ。この黄色いマーカー部分です」

……
この着ぐるみは実際のアザラシの皮膚に似せた特殊な生地で出来ております。そのため非常に薄くデリケートな素材なため、内部からの急な圧力に弱いので摩擦や刺激にはお気を付け下さい。
……
 
 薄い、デリケート?
 摩擦、刺激??
 薄いといえば……コ……馬鹿っ、よせ!
 今日はヘンタイ脳内は封印だぞ。

「コホン、あのなぁこれのどこが『おっ立てる』に結びつくんだ?」
「急な圧力といえば、あれしかありませんよ。綺麗な女性を見てもドキドキしちゃ駄目ですよ」
「ばーか!」
 
 するかっ! 俺がおっ立てるのは瑞樹だけだ。

 っと、まただ。
 まずいまずい、今日は制御しろ、無になれ!
 
「おい、着替えるから出てけよ」
「はーい、お願いします」

 やれやれ、今日はいろんな人が来てくれるからカッコいい所を見せたくて、瑞樹に一張羅のネクタイを選んでもらい張り切っていたのにな。  

 ネクタイを緩めると、少しだけ感傷的になってしまった。

 宗吾、らしくないぞ!

『その役になりきれ!』をモットーに広告代理店に勤めているのだろう?

「よーし! 服の線が出るとリアリティに欠けるもんな。ここはもう、とことんなりきるぞ!」

 スーツを脱ぎ捨て全身タイツのようなぴったりしたインナーを着て、着ぐるみの中に入った。

「うぉー 視界が狭いなー」
 
 アザラシの口部分から辛うじて視界を確保した。

 これでは可愛い芽生と瑞樹の顔が見えないぞ~ と嘆きたくなるが、これも仕事だと割り切るしかない。

 世の中のパパもママも、みんな頑張っているんだ!

 俺もファイトだ!

 
****

「めーくん、めーくん」

 いっくん、ボクに飛びついた後、目をうるうるさせていたよ。

 うわ! 泣きそうだ!

「いっくん、どうしたの?」
「あのね、めーくん、もうげんき? もう、だいじょーぶ?」
「あぁ、そっか。病気なら治ったよ。もう平気さ! ほら、こんなに元気、元気!」

 パパみたいに力こぶをつくるマネをしたら、いっくんが手をパチパチしてくれた。

「わぁー めーくんかっこいい! めーくん、しゅごーい」
「いっくん、パパは?」

 ジュンくんが聞くと

「パパ、いっくんのパパだもん。すぺしゃるかっこいいもん」
「いっくんは可愛いなー」

 ジュンくんってば、もうメロメロのデレデレだね。
 ボクのパパみたい。

 それにしてもいっくんって、かわいいなぁ。
 いっくんはもうボクの弟だよ。
 ずっと兄弟欲しかったから、うれしいよ。

「いっくん、今日はずっといっしょに遊べるよ」
「うん! あのねあのね、パパのリュックにいいものあるの、あとで、みせるね」
「たのしみだよ。まずは水族館だよ」
「わくわくしましゅ」

 いっくんが自分のむねに手をあてて、顔を赤くしている。

「いっくん、ドキドキしてるの?」
「あのね……いっくん、しゅいぞくかん……いったことないの。おさかなさん、あえる?」」
「沢山いるよ」
「えっと、10ぴきくらい?」
「もっともっといるよ。さぁ行こう」

 いっくんの手をギュッと、にぎってあげたよ。

 ボク、いつも手をにぎってもらう方だけど、今日はちょっとお兄ちゃん気分。

 あ……でも、やっぱりお兄ちゃんの手も恋しくなっちゃった。

「お兄ちゃん、手……」
「うん、海辺の道は広いから、皆で繋いで歩こうか」
「うん!」
「パパぁ、おててぇ」
「あぁ、いっくん」

 ボクといっくん。
 ボクとお兄ちゃん。
 いっくんとじゅんくん。

 四人、みんなつながって、ニコニコしてる。

「いっくん、よく来たね」
「めーくんとあえて、いっくん、うれちい」
「ボクもうれしいよ」

 ほんとにそう思うよ。

 病室から出られなかった時、ずっと空が恋しかった。

 風も欲しかったし、おひさまにもあたりたかったな。

 なにより、こんな風に大好きな人と並んで歩きたかったんだ。

 ボクだけいつも病室に置いてきぼりだったから。

「芽生くん、いいお顔しているね」
「お兄ちゃんもだよ」
「うん、今、とても幸せだなって」

 そっか、これがボクのしあわせなんだね。

 ずっとずっとおぼえておくよ。

 この胸がぽかぽかになる感じ、やさしいそよ風みたいな時間を。

 

 

 
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