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小学生編

心をこめて 50

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「勇大さん、さっきから目尻が下がりっぱなしよ」
「そういうさっちゃんだって」
「下がっている自覚はあるわ。だって芽生くんが可愛過ぎるから。あの子は優しくて明るくて、思いやりもあって、本当にいい子ね」

 横浜方面に向かう道すがら、俺たちは顔を見合わせて微笑み合った。

「みーくんの子だからな」
「瑞樹の子だもんね」

 声がさっちゃんとぴたりと揃って、嬉しくなった。

 今の俺には、打てば響く相手がいる。

 それが人生の伴侶、俺の奥さんだなんて信じられない。

 一人で大沼のログハウスに籠って暮らしていた時は、笑顔を浮かべる機会はまずなかった。あの日の自分を責め続け、笑いたいと思うことなんてなかった。

 春を告げる鳥の囀りに耳を塞ぎ、生きている意味を見いだせず、獣のように身を屈めて慟哭していた。

 あの日の俺には永遠に来ないと思っていた、明るい毎日がやってきた。

 愛しい妻。
 可愛い息子。
 愛らしい孫。

 こんなにも一度に幸せがやってくるなんて。

 大樹さんが繋げてくれたのですか。

 この縁……!

 さっちゃんもみーくんも芽生くんも、それぞれ悲しい経験を乗り越えてきた。その人達と、こんなにも綺麗な幸せの輪の中に収まれたのは、大樹さんたちが天国からパワーを送ってくれたからですか。

「勇大さん、さっき宗吾さんから渡されたチケットの封筒に手紙も入っていたわ。見る?」
「何だろう?」
 
 宗吾さんがまるで旅行会社の日程表のように、鎌倉、江ノ島、葉山の見所やおすすめスポットをまとめてくれていた。

「これはすごいな」
「どこも行ったことない場所ばかりよ」
「俺もだ。さっちゃんはどこから観光したい?」
「うーん、迷ってしまうわ。行きたい所が沢山あって……こんな日が来るなんて嬉しいわね」

 さっちゃんが目を細めると、目の端に涙が浮かんでいた。

「俺もだ。お互い一つの場所にずっと止まっていたからな」
「これからは一緒にあちこち行けるのね」
「あぁ」
「じゃあ、まずは葉山に行ってみたいわ。だって私たちの苗字なんですもの」
「よし! そうしよう! おすすめホテルも書いてあるぞ。ここに宿泊しよう」
「いいの? 『葉山・星と海のホテル』なんてロマンチックよね」



****

「おじいちゃん、おばあちゃん、また来てねー まってるよー」

 玄関先で二人の姿が見えなくなるまで、芽生くんは手を一生懸命振っていた。

 大沼のお父さん、お母さん、憲吾さん。お母さん、美智さん、広樹兄さん、みっちゃん、潤と菫さんといっくん。 

 僕は心の中で一人ひとりの名前を呼んだ。

 皆、芽生くんの退院を心から喜び、それから僕たちに暫く家族水入らずの時間を過ごすように促してくれた。

 僕たちはつい頑張り過ぎてしまう。

 宗吾さんも本当はかなり疲れているだろうが、空元気を出してしまう節があるし、僕はつい遠慮してしまう。芽生くんも頑張り屋さんだ。

 だから皆が助言してくれなかったら、今日退院のお祝い会を催してしまうところだった。

 お世話になった人に、一刻も早く感謝の気持ちを形でも伝えたかったから。

 でもこういう時は、いつもの調子では駄目なんだね。

 お見舞いに来てくれた想くんが話していたのは、このことだ。

……
「瑞樹くん、芽生くん、きっともうすぐ退院出来ると思うけど、一つアドバイスしても?」
「もちろんだよ」
「僕ね、いつも退院して家に戻った時には『焦らずゆっくりいこう』と口ずさんでいたよ。退院は嬉しいけれど、看病した方も入院していた方も、お互いかなり疲れているから、退院した日とその翌日位は巣籠もりのように家族で静かに過ごすといいよ。芽生くんにとっては……初めての入院だったんだし。きっと普段しないことばかりで、かなり疲れていると思うんだ。だからこそ、まずは宗吾さんと瑞樹くんの愛情でしっかり包んであげて欲しいな」
「なるほど……想くんもそうやって過ごしたの?」
 
 そう問いかけると、想くんは甘く甘く微笑んでくれた。
……

「芽生くん、そろそろお部屋に入ろうか」
「うん」

 リビングに戻ってくると、芽生くんはすぐにコタツに潜った。首元までお布団に入りニコニコ笑顔だ。

「あー あったかいなぁ! ずっとここにはいりたかったよ。お兄ちゃん、ねぇねぇ、テレビみちゃだめ?」
「あ、そうだね。ずっと観てなかったし、録画が溜っているよ。つけてあげるね」
「わぁい」

 なんだかホッとするな。

 年相応の子供らしい様子もいいね。

 大好きな戦隊アニメを芽生くんは夢中で見始めた。

「瑞樹、すっかりいつもの光景だな」
「はい、今のうちに病室から持ち帰ったものを片付けましょう」
「あぁ、それで今日はもう早く夕食にして、早く寝ような」
「そうですね。先にお風呂に入りましょう。芽生くん、毎晩8時には寝ていたから、いつ寝ちゃうか分からないし」
「確かに」

 2週間も病院のルールを軸に生活してきたから、元に戻るには少し時間がかかるかも。

「宗吾さん、僕たちも焦らず、ゆっくりといきましょう」
「あぁ、想くんの言った通りだな。なんだか今日は瑞樹と芽生と一緒にギュッと丸まっていたい気分だよ」
「僕もです」

 僕と宗吾さんもコタツにはいった。

「えへへ、おにいちゃん、おみかんむいて」
「うん」
「瑞樹ぃ~ 俺も」
「くすっ、はい」

 そんな会話を交わすと、心がぽかぽかしてきた。

 いつもの僕、いつもの芽生くん、いつもの宗吾さん。

「くまちゃーん、おうちっていいねぇ」

 芽生くんが病院から連れて帰ってきた熊のぬいぐるみを、むぎゅっと抱っこした。

「くまちゃん、いいお顔してるね、うれしいんだね」
 
 芽生くんがぬいぐるみに顔を埋め、頬をすりすりしている。

 可愛いね。

 君の可愛い仕草、君の寛いだ表情、これが……これが見たかった!

「お帰り、芽生くん」

 改めて、お帰り。

 そう言ってあげたくなった。

「うん、ただいま!」






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