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小学生編

心を込めて 46

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「芽生と瑞樹は、後ろに乗れ」
「うん!」
「はい」

 わぁ~ パパの車の匂い、なつかしいな。

 ボクが小さい時から、ずっとこの車に乗っているんだよね。

 だから、おぼえちゃった!

 あのね、ボク……ここにママと乗ったことも覚えているよ。

 ママはもう隣にはいないけど、大好きなお兄ちゃんがいてくれる。

 目が合えばニコって笑ってくれるし、いつもボクの気持ちに一番早く気付いてくれるの。

 お兄ちゃんがいてくれてよかった。だいすき……

「さぁ帰るぞ」

 車が動き出すと、ボクが入院していた白い病院の全体が見えて来たよ。

 ここに2週間もいたんだ。

 窓の外をじっと見ていたら、ベビーカーの横に女の人が立っていたよ。

「あっ!」
「どうしたの?」
「……ママだよ、あそこにママがいるよ」
「え?」

 病院の門を出た道に、ママが立っていた。

 ぽつんと立っていた。

 びっくりしちゃった。

「アイツ、どうして?」
「あのっ、宗吾さん、すみません。ボクが知らせたんです。お母さんに頼んで連絡先を聞いて……」
「君がどうして?」
「……すみません。来て下さるか分からなくて、今日まで言えなかったんです。でも芽生くんを生んだお母さんが、息子が入院したことを知らないのは、やはり酷だと……」

 そっか、お兄ちゃんがママをつれてきてくれたんだね。

「パパ……少しだけママとお話してもいいの?」
「瑞樹、いいのか、君はそれで……」
「はい。ひとつひとつ後悔のないようにして欲しいです」
「すまん」

 パパが車を動かして、ママの前でおろしてくれたよ。

「ママ!」
「芽生、退院おめでとう。ママ、一度もお見舞いに来られなくてごめんね」
「ううん、それは大丈夫だよ。それよりママ、ボクを見て! もう元気になったよ。だからシンパイしないでいいよ」
「芽生……どうして……どうしてあなたは……そんなにやさしいの? どうして、あの時、芽生を置いていった酷いことをしたママを……憎まないの?」

 ベビーカーのゆいちゃんは、すやすや眠っていた。

 ママ……泣きそうだよ。

 それから目の前にしゃがんでくれた。

「芽生、一度だけ……抱っこしていい?」
「……うん」
「ありがとう。元気になってよかった。ほっとしたわ」
「ママ、ありがとう。ボクをうんでくれてありがとう」
「え? どうしたの……急に」
「あのね……病院には小さな赤ちゃんもいたんだ。とうめいのケースに入って入院している子もいたんだ。ボクもうまれたばかりの時は、あんなに小さな赤ちゃんだったんだね」
「芽生は小さな赤ちゃんだったわ。2650gだったの」
「ママが3さいまで元気に育ててくれたんだね」

 小さな赤ちゃんだったボクを想像していたんだ。
 あんなに小さな赤ちゃん、放っておいたらすぐに死んじゃうよね。
 ボクをママはあの日まで大事に育ててくれた。
 それは覚えているんだ。
 
「うっ、芽生……」
「ママ、ほら、もう帰らないとカゼをひいちゃうよ」
「あ、芽生もよね。退院したばかりなのに呼び止めてごめんね」
「ううん、会えてよかったよ。ちょっと気になっていたの」
「芽生、ファイト!」

 ママは手にスケッチブックを持っていた。

……
 めい、たいいん、おめでとう!
 元気になってよかった!
 めい、ファイト!
……

「これ……どうして?」
「車が止まってくれないかもって思って、せめてメッセージを伝えたくて」
「そんなことしないよ。ママはママだもん。あのね、今のボクはパパとお兄ちゃんでチームなんだよ。しあわせで、たのしい毎日なんだよ。そこに今からまた戻れるんだよ」
「うん、うん。知ってる。すごく大切に愛されている子だってこと。じゃなきゃ、私とこんな風に話してくれないわ」

 ママからそっと離れて、ボクは車に乗ったよ。

「瑞樹くん、ありがとう。あなたから連絡をいただけるなんて、そんな資格ないのに、宗吾さんともそれぞれの生活優先と約束して……あなたたちの邪魔はしないつもりだったのに」
「邪魔だなんて思っていません。この世に母と呼べる人がいるのにどうしてそんな風に思わないといけないんですか。生みの母なら我が子が病気の時、心が痛むと思って……伝えずにはいられませんでした」
「瑞樹……」
「瑞樹くん」

 お兄ちゃんは、とても優しい目をしていたよ。

「お兄ちゃん、だいすき。本当にボクはお兄ちゃんがだいすきだよ」
「芽生くん」
「はやく、おうちかえりたいな」
「そうだね。宗吾さん、帰りましょうか」
「あぁ、玲子、芽生の身体を心配してくれてありがとう!」

****

 芽生が入院したこと、玲子に伝えるべきか迷っていた。

 『今後はお互いの家庭を優先させる、干渉しない』

 芽生の親権は俺にあり、以前は定期的に面会していたのも玲子の再婚出産を機にやめていた。だが……芽生が病気で入院した時のことは取り決めていなかった。

 芽生を置いて出て行った玲子だが、瑞樹のことも受け入れ和解していた。

 何より芽生を生んでくれた母だ。どうすべきか……俺がうじうじ考えている間に、瑞樹の方が垣根を跳び越えてくれていたなんて。

 生みの母を永遠に失ってしまった瑞樹だから、許せるのか。

 今の瑞樹はどこまでも寛大で広い心で俺を包んでくれる。

 玲子が見えなくなるまで、芽生は手を降っていた。

「お兄ちゃん、ママをつれてきてくれてありがとう」
「芽生くん、ごめんね。余計なことをしちゃったかな?」
「ううん、ママきっと何かを感じていたんだと思うよ」
「うん、僕もそんな気がした。僕のお母さんもね、僕が少しでも具合悪いとすぐに気付いてくれたんだ。夜中でも起きてくれて……そんな気がしたって。だから……もしかしたら玲子さんも気になっていたんじゃないかなって。心を苦しめるのはよくないかなって」

 瑞樹は、少し切ない顔で、芽生に丁寧に説明してくれた。
 
「うんうん、お兄ちゃんの言うこと、わかる。入院している時、検査に行く時とかに、付きそいのお母さんを何人も見たよ。みんなとても心配そうな顔だったよ。だからママに元気な姿を見せられて、ボクもほっとした~ ママがあとから知ったらびっくりするから、どうしようって思ってたんだ。お兄ちゃん、またお兄ちゃんといっしょにくらせるんだね。あー 早くおうちにもどりたいよ」

 芽生、サンキュ!

 大人は頭でっかちになってしまうな。

 芽生みたいに純粋に素直に受け止めていけばいいのか。

 玲子に元気な姿を見せられ、芽生の気持ちはますますスッキリしたようだ。

 家に着くと元気にピョンと車を降りて、マンションを見上げた。

「あー ボクのパジャマほしてある」
「おじいちゃんとおばあちゃんが干してくれたんだよ」
「会いたい!」
「よーし! じゃあ、みんなで帰るか」
「うん」

 俺たちは三人でエレベーターに乗り廊下を歩いて、玄関の前に立った。

 ようやくここに三人で立てた。

 またここから始めよう。

 歩み寄る恋は、まだまだ続く。

 家族の絆はこの入院を通じてますます深まった。

 鍵を開けて中に入る。

 三人の笑顔を集って「ただいま!」と声を揃えた。

 芽生が「おじいちゃん、おばあちゃん、ただいまー ボクだよー」と声を張り上げて廊下を進んで行くと、リビングの壁一面に、笑顔の花が咲いていた。

 グレーや白の無機質な壁が、温もりで溢れていた。

「おぅ、芽生くん、退院おめでとう!」
「芽生くん、おめでとう。本当によかったわね」
「ありがとう~ おじいちゃんがくれたアルバムずっとみていたよ。今度はおじいちゃんとおばあちゃんの写真もいれてね!」

 芽生は本当に優しくて可愛くて明るくて、みんなの天使だ。
 

 

 
 


 

  
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