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小学生編
心をこめて 14
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「滝沢さん、最終ミーティングですね!」
「おぅ、集中していくぞ」
俺は昨日から広島に来ている。
広島駅前周辺の再開発に伴い、大型商業施設オープニングイベントのプロデュースの責任者なので責任重大だ。
最近イベントプロデュースのトップを任されるようになったが、オープニング企画は初めてだ。
明日は出店企業の重役が多数出席するので、気が抜けない。
だから今日は何度もシミュレーションし続けている。
会場設営を最終チェックし、ようやく解放されたのは17時過ぎだった。
すぐに上着のポケットからスマホを取りだし、ギョッとした。
瑞樹から真っ昼間に、1件の着信が入っていた。
こんな時間に連絡が入るなんて、何事だ?
ゾクッと背筋が凍る思いがしたのは、あの日を思い出してしまったからだ。
瑞樹があの男に拉致された日、俺に助けを求める着信が一度だけ入っていた。
もうあの男は二度と瑞樹に近づかないと分かっていても、あの日植え付けられた記憶は、瑞樹にも俺にもまだ色濃く残っているのが事実だ。瑞樹には『あいつはもう二度と近寄らない場所にいる。だからもう大丈夫だ』とだけ伝えている。瑞樹は俺の言葉を全面的に信頼してくれている。だからこそ、その言葉を裏切るようなことがあってはならない。
もしも万が一、瑞樹と彼が再び遭遇してしまったら、きっと瑞樹は耐えきれない。「もう大丈夫だ」と瑞樹に宣言した俺のことも、信じられなくなってしまうかも……
その位、これはデリケートな問題なんだ。
だから、どうか……どうか頼む。
俺たちのテリトリーには踏み入れるな。
それがお互いのためだ。
世の中には、超えてはいけない境界があるんだ。
もう、そっとしておいてくれ。
すぐに電話をかけ直したが、瑞樹は出なかった。
留守番電話になっている。
何かあったのではないか。
祈るような気持ちで立ち尽くしていると、また仕事に呼ばれた。
「滝沢さん、装飾パネルに不具合があって、至急確認お願いします」
「あぁ」
結局、瑞樹と連絡が取れたのは夜19時になってからだった。
瑞樹のかわらぬ声色に、心から安堵した。
だが、芽生が高熱だと聞いて、驚くと同時に心がざわついた。
「大丈夫です。芽生くんの看病は僕に任せていただけますか」
「瑞樹はそれで大丈夫なのか」
芽生の件で瑞樹に負担をかけてしまうことが心苦しく、心配だった。
「芽生くん、今日は僕に甘えてくれています。だから頑張りたいです」
瑞樹は本当に前向きになった。元々持っている長男気質が発揮されているようだ。
最近、俺たちの間では『動ける人が動く、休める人が休む』という暗黙のルールが出来ていた。今の瑞樹の様子なら、それに甘えてしまっても良さそうだ。
「瑞樹、明日の夜までどうか頼む」
「はい、僕だけで手に負えないことがあったら、周りをしっかり頼ります」
「あぁ、今の俺たちには頼れる人が沢山いるもんな」
「はい! 宗吾さんと二人で広げた縁です。僕も困った時は甘えようと思います」
「頼むよ。最近物騒だから戸締まりには気をつけろ」
「はい、分かりました。宗吾さん、明日のイベントが無事に成功しますように」
「ありがとう」
「宗吾さん……」
「ん?」
瑞樹が少しだけ甘い声を出してくれる。
「宗吾さん、頑張って下さいね。僕……心から応援しています」
心のこもったメッセージに、胸が熱くなる。
「元気が出たよ」
「声がお疲れだなって……責任あるポジションはやり甲斐もありますが、精神的にも疲弊しますよね」
「ありがとう。分かってもらえて嬉しいよ。瑞樹も大きなイベントの装飾花を手がける時は、同じ気持ちなんだな」
「……はい。同じです」
瑞樹と仕事の面でも分かり合えるのが、嬉しかった。
俺は瑞樹との電話を切った後、もう1本電話をかけた。
強がりの瑞樹のことだから……
****
宗吾さんからの電話を切った後、ようやく「ふぅ」と息を吐きながらネクタイを緩めた。
そういえば、着替えるのをすっかり忘れていた。
ずっとスーツのままだった。
ニュースをつけると、マンションに強盗が入って犯人がまだ捕まっていないという不穏なニュースが飛び込んできて、少し不安になってしまった。
隣の区か、電車で一駅だし……不安だな。
そこにインターホンが鳴り、モニターに菅野の明るい笑顔が映ったので、嬉しかった。
本当に来てくれたんだ!
「菅野!」
「葉山、芽生坊の具合はどうだ? ちゃんと病院に行ったか」
「午後の診察で診て頂いたよ」
「で?」
「検査してもらって溶連菌だった」
「あー 俺の甥っ子もこの前やっていたよ。喉が痛くて高熱が出るんだよな」
「そうなんだ、甥っ子さんも辛かったね」
「ありがとう。喉が痛い時はアイスやゼリー、プリンやシャーベットがいいぞ」
「うん、買ってあげたよ」
「お! そうか、そうか。瑞樹ちゃん、よく出来ました!」
髪の毛をクシャッと掻き混ぜられ、心が解れた。
「なんだか、子供扱いだね」
「瑞樹ちゃんは自分のことに構わないからさぁ」
「何のこと?」
菅野がデパートの紙袋を差し出してくれた。
「ん?」
「どうせ昼飯も夕飯も食ってないんだろ?」
「あ!」
「忘れてた、看病に夢中で」
「だから子供みたいだって言ったのさ」
恥ずかしいな。僕は自分のことをつい疎かにしてしまう。
「宗吾さんからもコールがあったよ。瑞樹ちゃんに美味しいものを差し入れてくれないかって……まぁ俺の方は既に弁当を買っていたけど」
宗吾さんも菅野も、ありがとう。
大切にしてもらえて嬉しい。
僕も自分をもっと大切にしないとね。
「看病する方も体力つけないと、共倒れしちまうぞ!」
「うん! 何だかホッとして急にお腹空いてきたよ」
「よーし! ちょっと冷蔵庫借りていい?」
「うん」
「味噌汁とサラダくらい作るよ」
キッチンで手際良く料理をする菅野に、見惚れてしまう。
「菅野って、昔からそんなに料理上手なの?」
「あぁ、俺んち土産物屋で忙しかったから、結構手伝わされたよ。それに一人暮らしも長いからね」
「美味しそうだね」
「ここで、一緒に食べていいか」
「うん! ぜひ! それとね……もう一つ頼んでも?」
菅野に……甘えてみたい。
僕から歩み寄ってみたくなった。
「いいよ。瑞樹ちゃんからのお願い、嬉しいな」
「……今日、泊まっていってくれないかな?」
「そのつもりで来たんだぜ」
菅野は鞄から、コンビニで買った下着を出して笑ってくれた。
「わざわざ買ったの? 貸してあげたのに」
「え? それはヤバいよ。宗吾さんにシメラレル-」
「くすっ、僕のはサイズがあれだから、宗吾さんのを貸してあげようかと」
「ブホッ! みずきちゃーん、俺は宗吾さん化は遠慮したいな」
「ん?」
「ま、宗吾さんからも頼まれていたんだ。泊まってやってくれないかって」
「宗吾さんが……」
「愛されてんなー」
「そんな」
照れ臭いけれど、嬉しい。
宗吾さんには、僕の不安が全部お見通しなんだ。
自分の食事を忘れて看病していることも、芽生くんが高熱なのが心配で、一人で夜を迎えるのが不安なことも……全部、全部。
「ほら食べようぜ」
「うん、菅野、本当にありがとう」
「よせやい! 照れるぜ~」
****
「そーっと、そっとだよぅ」
ケーキやさんからの帰り道、いっくんはずっとケーキの箱に話し掛けていた。
「あ! おうちみえたよ! もうすぐつくよぅ」
「ふふ、いっくん、もう少しでケーキさんに会えるわね」
「ママぁ、ほんとに、まあるいの?」
「そうよ。まんまるよ」
「おつきさまみたいに?」
「そうよ、満月みたいに」
いっくんが空に向かって手を伸ばす。
「うれちーなぁ、まんまるけーきしゃん」
しかも、ただのホールケーキじゃなくて、あんこパンマンのケーキだ。
あぁケーキと対面したいっくんの笑顔を想像するだけで、もう幸せな気持ちになる。
そうか、親ってこんな気持ちになるのか。
子供の笑顔が、いつだって元気の素なんだな。
そういえば、母さんが誕生日に必ず焼いてくれたホットケーキもまん丸だったな。
あの時の母さんの顔、嬉しそうだったな。
ホットケーキにロウソクを立ててバースデーソングを歌ってくれた。
広樹兄さんも瑞樹兄さんも並んで、パチパチと拍手してくれた。
オレ……皆にちゃんと愛されていたんだな。
大事にされていたんだ。
ありがとう! ありがとう!
空に向かって叫びたい気持ちだ。
東京にも大沼にも、函館にも届け、この気持ち!
「おぅ、集中していくぞ」
俺は昨日から広島に来ている。
広島駅前周辺の再開発に伴い、大型商業施設オープニングイベントのプロデュースの責任者なので責任重大だ。
最近イベントプロデュースのトップを任されるようになったが、オープニング企画は初めてだ。
明日は出店企業の重役が多数出席するので、気が抜けない。
だから今日は何度もシミュレーションし続けている。
会場設営を最終チェックし、ようやく解放されたのは17時過ぎだった。
すぐに上着のポケットからスマホを取りだし、ギョッとした。
瑞樹から真っ昼間に、1件の着信が入っていた。
こんな時間に連絡が入るなんて、何事だ?
ゾクッと背筋が凍る思いがしたのは、あの日を思い出してしまったからだ。
瑞樹があの男に拉致された日、俺に助けを求める着信が一度だけ入っていた。
もうあの男は二度と瑞樹に近づかないと分かっていても、あの日植え付けられた記憶は、瑞樹にも俺にもまだ色濃く残っているのが事実だ。瑞樹には『あいつはもう二度と近寄らない場所にいる。だからもう大丈夫だ』とだけ伝えている。瑞樹は俺の言葉を全面的に信頼してくれている。だからこそ、その言葉を裏切るようなことがあってはならない。
もしも万が一、瑞樹と彼が再び遭遇してしまったら、きっと瑞樹は耐えきれない。「もう大丈夫だ」と瑞樹に宣言した俺のことも、信じられなくなってしまうかも……
その位、これはデリケートな問題なんだ。
だから、どうか……どうか頼む。
俺たちのテリトリーには踏み入れるな。
それがお互いのためだ。
世の中には、超えてはいけない境界があるんだ。
もう、そっとしておいてくれ。
すぐに電話をかけ直したが、瑞樹は出なかった。
留守番電話になっている。
何かあったのではないか。
祈るような気持ちで立ち尽くしていると、また仕事に呼ばれた。
「滝沢さん、装飾パネルに不具合があって、至急確認お願いします」
「あぁ」
結局、瑞樹と連絡が取れたのは夜19時になってからだった。
瑞樹のかわらぬ声色に、心から安堵した。
だが、芽生が高熱だと聞いて、驚くと同時に心がざわついた。
「大丈夫です。芽生くんの看病は僕に任せていただけますか」
「瑞樹はそれで大丈夫なのか」
芽生の件で瑞樹に負担をかけてしまうことが心苦しく、心配だった。
「芽生くん、今日は僕に甘えてくれています。だから頑張りたいです」
瑞樹は本当に前向きになった。元々持っている長男気質が発揮されているようだ。
最近、俺たちの間では『動ける人が動く、休める人が休む』という暗黙のルールが出来ていた。今の瑞樹の様子なら、それに甘えてしまっても良さそうだ。
「瑞樹、明日の夜までどうか頼む」
「はい、僕だけで手に負えないことがあったら、周りをしっかり頼ります」
「あぁ、今の俺たちには頼れる人が沢山いるもんな」
「はい! 宗吾さんと二人で広げた縁です。僕も困った時は甘えようと思います」
「頼むよ。最近物騒だから戸締まりには気をつけろ」
「はい、分かりました。宗吾さん、明日のイベントが無事に成功しますように」
「ありがとう」
「宗吾さん……」
「ん?」
瑞樹が少しだけ甘い声を出してくれる。
「宗吾さん、頑張って下さいね。僕……心から応援しています」
心のこもったメッセージに、胸が熱くなる。
「元気が出たよ」
「声がお疲れだなって……責任あるポジションはやり甲斐もありますが、精神的にも疲弊しますよね」
「ありがとう。分かってもらえて嬉しいよ。瑞樹も大きなイベントの装飾花を手がける時は、同じ気持ちなんだな」
「……はい。同じです」
瑞樹と仕事の面でも分かり合えるのが、嬉しかった。
俺は瑞樹との電話を切った後、もう1本電話をかけた。
強がりの瑞樹のことだから……
****
宗吾さんからの電話を切った後、ようやく「ふぅ」と息を吐きながらネクタイを緩めた。
そういえば、着替えるのをすっかり忘れていた。
ずっとスーツのままだった。
ニュースをつけると、マンションに強盗が入って犯人がまだ捕まっていないという不穏なニュースが飛び込んできて、少し不安になってしまった。
隣の区か、電車で一駅だし……不安だな。
そこにインターホンが鳴り、モニターに菅野の明るい笑顔が映ったので、嬉しかった。
本当に来てくれたんだ!
「菅野!」
「葉山、芽生坊の具合はどうだ? ちゃんと病院に行ったか」
「午後の診察で診て頂いたよ」
「で?」
「検査してもらって溶連菌だった」
「あー 俺の甥っ子もこの前やっていたよ。喉が痛くて高熱が出るんだよな」
「そうなんだ、甥っ子さんも辛かったね」
「ありがとう。喉が痛い時はアイスやゼリー、プリンやシャーベットがいいぞ」
「うん、買ってあげたよ」
「お! そうか、そうか。瑞樹ちゃん、よく出来ました!」
髪の毛をクシャッと掻き混ぜられ、心が解れた。
「なんだか、子供扱いだね」
「瑞樹ちゃんは自分のことに構わないからさぁ」
「何のこと?」
菅野がデパートの紙袋を差し出してくれた。
「ん?」
「どうせ昼飯も夕飯も食ってないんだろ?」
「あ!」
「忘れてた、看病に夢中で」
「だから子供みたいだって言ったのさ」
恥ずかしいな。僕は自分のことをつい疎かにしてしまう。
「宗吾さんからもコールがあったよ。瑞樹ちゃんに美味しいものを差し入れてくれないかって……まぁ俺の方は既に弁当を買っていたけど」
宗吾さんも菅野も、ありがとう。
大切にしてもらえて嬉しい。
僕も自分をもっと大切にしないとね。
「看病する方も体力つけないと、共倒れしちまうぞ!」
「うん! 何だかホッとして急にお腹空いてきたよ」
「よーし! ちょっと冷蔵庫借りていい?」
「うん」
「味噌汁とサラダくらい作るよ」
キッチンで手際良く料理をする菅野に、見惚れてしまう。
「菅野って、昔からそんなに料理上手なの?」
「あぁ、俺んち土産物屋で忙しかったから、結構手伝わされたよ。それに一人暮らしも長いからね」
「美味しそうだね」
「ここで、一緒に食べていいか」
「うん! ぜひ! それとね……もう一つ頼んでも?」
菅野に……甘えてみたい。
僕から歩み寄ってみたくなった。
「いいよ。瑞樹ちゃんからのお願い、嬉しいな」
「……今日、泊まっていってくれないかな?」
「そのつもりで来たんだぜ」
菅野は鞄から、コンビニで買った下着を出して笑ってくれた。
「わざわざ買ったの? 貸してあげたのに」
「え? それはヤバいよ。宗吾さんにシメラレル-」
「くすっ、僕のはサイズがあれだから、宗吾さんのを貸してあげようかと」
「ブホッ! みずきちゃーん、俺は宗吾さん化は遠慮したいな」
「ん?」
「ま、宗吾さんからも頼まれていたんだ。泊まってやってくれないかって」
「宗吾さんが……」
「愛されてんなー」
「そんな」
照れ臭いけれど、嬉しい。
宗吾さんには、僕の不安が全部お見通しなんだ。
自分の食事を忘れて看病していることも、芽生くんが高熱なのが心配で、一人で夜を迎えるのが不安なことも……全部、全部。
「ほら食べようぜ」
「うん、菅野、本当にありがとう」
「よせやい! 照れるぜ~」
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「そーっと、そっとだよぅ」
ケーキやさんからの帰り道、いっくんはずっとケーキの箱に話し掛けていた。
「あ! おうちみえたよ! もうすぐつくよぅ」
「ふふ、いっくん、もう少しでケーキさんに会えるわね」
「ママぁ、ほんとに、まあるいの?」
「そうよ。まんまるよ」
「おつきさまみたいに?」
「そうよ、満月みたいに」
いっくんが空に向かって手を伸ばす。
「うれちーなぁ、まんまるけーきしゃん」
しかも、ただのホールケーキじゃなくて、あんこパンマンのケーキだ。
あぁケーキと対面したいっくんの笑顔を想像するだけで、もう幸せな気持ちになる。
そうか、親ってこんな気持ちになるのか。
子供の笑顔が、いつだって元気の素なんだな。
そういえば、母さんが誕生日に必ず焼いてくれたホットケーキもまん丸だったな。
あの時の母さんの顔、嬉しそうだったな。
ホットケーキにロウソクを立ててバースデーソングを歌ってくれた。
広樹兄さんも瑞樹兄さんも並んで、パチパチと拍手してくれた。
オレ……皆にちゃんと愛されていたんだな。
大事にされていたんだ。
ありがとう! ありがとう!
空に向かって叫びたい気持ちだ。
東京にも大沼にも、函館にも届け、この気持ち!
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