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小学生編

心をこめて 13

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 コンビニに入ると、ふとソフトクリームが目に留まった。

 そう言えば、僕も小さい頃はたまに熱を出して、その都度、お母さんが冷たいアイスやゼリーを食べさせてくれたんだった。

……

「瑞樹、今、キノシタくんが牧場のソフトクリームを持って来てくれたのよ。少し食べられそう?」
「えっ、来てくれたの?」
「そうよ、セイくんも一緒で、心配していたわよ。さぁ溶けちゃうから食べて」

 木のスプーンには乳白色のソフトクリームがのっていた。口に含むと舌の上で冷たいミルクのようになって美味しかった。

 キノシタの牧場は目と鼻の先で、セイの家はその隣だった。ソフトクリームが溶けないように、二人が走って持ってきてくれた姿が目に浮かんで、嬉しくなった。

 友達っていいな。

「ん……おいしい」
「よかったわ。夏樹の風邪、やっぱりもらっちゃったのね」
「ちがうよ。夏樹のせいじゃないよ。ぼくがかってに……ごめんなさい」
「瑞樹は優しいのね。でも病気の時くらい我が儘言って甘えて欲しいわ。あなたは、まだ8歳なんだから」
「……お母さん」
「なぁに? みーくん」

 お母さんの手、気持ちいい。夏樹が生まれてからあまり触れなくなってしまったけれども、こんな時は恋しくなるんだね。

 僕が手を伸ばすと、お母さんは嬉しそうに目を細めてギュッと愛情を込めて抱きしめてくれた。

「みーくんのお熱が早く下がりますように。これはおまじないよ」
「だめだよっ、お母さんに……うつしちゃう」
「大丈夫よ。そんなこと気にしないで、いいの」

 そう言われると、口の中に残る濃厚なミルクの味に、お母さんが恋しくて泣きそうになってしまった。

 お母さんは目の前にいるのに、僕に触れてくれているのに、どうして?

 熱のせいかな、頭がぼんやりしてくるよ。

「みーくん、いい子、いい子、さぁねんねして」
「……なんだか、ぼく……赤ちゃんみたい」
「赤ちゃんだったのよ、私のお腹にいたんだから」

 ……


「お兄ちゃん、アイスもおいしそうだね。まよっちゃう」
「じゃあ、どっちも買おうね」
「いいの?」
「もちろんだよ」

 ゼリーの他にバニラアイスとレモンシャーベットもカゴに入れて、レジに向かった。

 
 ****

「芽生くん、あーん」
「あーん」

 今日は急におねつを出しちゃったけど、お兄ちゃんが飛んで来てくれたよ。病院はいやだったし、けんさはこわかったけど、お兄ちゃんがずっとそばにいてくれたから、がまんできたよ。

「美味しい?」
「ん、これならおのどいたくてもたべられるよ」
「よかった。じゃあお薬もがんばれるかな?」
「がんばる」

 お薬ものんだし、早くなおるといいなぁ。
 からだ、熱くてだるいよ。

「よく飲めたね! じゃあもう寝ようね」
「うん……そうする」
「あ、身体をふいてあげるよ」
「うん」

 お兄ちゃんがホカホカなタオルでからだをふいてくれて、少しさっぱりしたよ。

「うーん、まだ38度か。夜中に何かあったら、すぐに呼ぶんだよ」
「うん、あのね……ねむるまで、ここにいてくれる?」
「もちろんだよ」

 よかった。

 ボクにお兄ちゃんがいてくれて、よかった。

 パパでもなく、おばあちゃんやおばちゃん、おじちゃんでもなく、今日はね、お兄ちゃんがいいんだ。

 ふしぎだなぁ。

「お兄ちゃんね、芽生くんに甘えてもらえると嬉しいんだよ。だから今日は沢山甘えて欲しいな」

 お兄ちゃんの優しい声に、とろんと眠くなったよ。
 

 ****

 芽生くんの寝息が安定したのを確認してから、子供部屋を一旦退出した。

「今、何時だろう?」
 
 リビングの時計を見ると、もう夜の7時だった。

 コートのポケットに入れっぱなしのスマホを手に取ると、宗吾さんからの着信が並んでいた。

「あっ、連絡するの忘れていた!」

 慌てて電話をかけると、すぐに出てくれた。

 とても心配した様子だった。

「どうした? 着信が日中入っていたから、とても心配したぞ」
「あ……ごめんなさい。病院から帰ったら電話するつもりだったんです。でもアイスに気を取られて……」
「病院? どうした? 何かあったのか」
「実は芽生くんが学校で熱を出したので、迎えに行ってきたんです」
「なんだって! そうだったのか。対応してくれてありがとうな。それにしても芽生が熱を出すなんて久しぶりだな。熱高いのか」
「えぇ、ちょっと高かったので、午後病院に行ってきました」

 宗吾さんの心配が手に取るように分かる。

 父親として心から心配している。

「ありがとう! で、どうだった?」
「インフルエンザは陰性でしたが溶連菌という病気で……抗生剤など処方してもらいました。今はお薬を飲んでぐっすり眠っているので安心して下さい」

 深い安堵の溜め息が聞こえた。

「そうか、原因が分かって良かったな。瑞樹も怖かったろう。君に負担をかけてごめんな」
「そんな風に謝らないで下さい。芽生くん……僕を頼って甘えてくれて……不謹慎ですが嬉しかったのですから」
「そうか、俺、明日……イベント本番で……」
「大丈夫です。僕が休みを取れそうなので……任せてくれますか」
「……いいのか、助かるよ。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「はい、きっと宗吾さんが明後日戻られる頃には、熱も下がっていますよ」

 

 男二人で芽生くんの子育てをするにあたり……

 動ける人が動く、休める人が休む。

 僕達の間では、いつの間にかそれが暗黙の了解になっていた。

 僕にも出来ることがある。

 それが素直に有り難いと思っている。

「瑞樹……君で良かったよ。ありがとう」
「僕こそ……僕に任せて下さってありがとうございます。お仕事頑張って下さいね」
「芽生のこと、どうか宜しく頼む」
「はい!」
「不安な時は、周りを頼ろう」
「そうするつもりです」

 もう、怖くはない。

 僕には頼れる人、相談出来る人が沢山いるのだから。


 ****

「いっくん、今度はママもおでかけしたいな」
「どこにいくの?」
「ケーキやさんよ」
「いくー! あ……でも、ママぁ……ぽんぽんおもくない?」
「ふふ、大丈夫よ。いっくんとお買い物、久しぶりね」
「うん! うん!」

 すみれの提案に、いっくんが目を輝かせる。

「パパとママといっくんで、ケーキやさん」
「潤くんも、ついてきてね」
「おぅ! なんでも持つよ」

 いっくんを真ん中に3人で手を繋いで歩いた。

 仲良し親子の影が地面に映ったのを見て、いっくんがキャッキャッと喜んだ。

「いっくんとパパとママ、みんな、いるね!」
「そうだな」
「そうね」
「うれちい!」

 たったそれだけのことにも、喜んでくれるのか。

 いっくん……本当にオレは君のために、いろいろなことをしてやりたいよ。
 
 


 ケーキ屋さんのショーケースには、色鮮やかなケーキがずらりと並んでいた。その中でもホールケーキは一際輝いて見えた。

 いっくんがじっとケーキを見つめている。

「きれぇ……」
「いっくんのケーキも丸いのよ」
「うん! おうちにかえってからのおたのしみ」

 いっくんが両手を頬にあて小首を傾げ、にっこりと微笑んでくれた。

 その仕草が可愛すぎて、すみれと顔を見合わせて微笑んだ。

 するとショーケースの向こうに立つ店員さんが、話しかけてくれた。

「仲良しご家族ですね。可愛いぼうや、お誕生日おめでとう。これはお店からのプレゼントですよ」

 それは、いっくんの手よりも大きな葉っぱの形のクッキーだった。

「わぁ、わぁ……はっぱさん」

 いっくんがまた感激のあまり、固まってしまった。

 そうか、誕生日ケーキを注文する時、子供の好きなキャラクターや物を書く所が申込用紙にあったな。気の利いたサービスだ。

「あのね……あ……りがとう……ございましゅ」

 いっくんが心をこめて丁寧にお礼を言ってぺこりと頭を下げると、お店の人もお客さんも感心してくれた。

「まぁ~ 礼儀正しくて可愛いお子さんね」
「天使みたいに愛らしいわ」
「親御さんは幸せね」



 今日はオレたちが家族となり、初めて迎えるいっくんの誕生日だ。

 とても大切な1日だ。

 だからこそ、オレもいっくんのように心をこめて過ごそう。

 この一瞬一瞬が愛おしい。

 いっくんとすみれから、オレは大切なことを日々教えてもらっている。

 君たちがいなかったら気付けなかったことばかりだ。

 


 



 
 

 
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