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小学生編

心をこめて 3

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「お兄ちゃん、すごい風だね、とばされちゃいそうだよー」
「芽生くん、手を離しちゃ駄目だよ」
「うん!」
「芽生くんは、こっちを歩こう」
「うん?」

 あれれ? 風がすこし弱くなったよ。どうしてかな?

 そうか、お兄ちゃんがボクを北風さんから守ってくれているんだ。

 ううん……でも、ちょっとシンパイだな。

 お兄ちゃんだって、すごくすごく寒そうなのに。

 あ! あれ? お兄ちゃん、マフラーしてないよ!

 大変、大変!

「お、お兄ちゃん、マフラーは?」
「あ、……うっかり会社に忘れてしまったんだ」

 お兄ちゃんは、はずかしそうに笑っているけど、ボクはシンパイでシンパイで……泣きそうだよ。
 
「えー! そうだ、ボクのかしてあげる!」
「大丈夫だよ。それより芽生くんが風邪を引いたら大変だ。しっかり巻いておかないと」
「でもぉ」
  
 北風さんはビュービューやまないよ。

「僕は北国育ちだから、大丈夫だよ。さぁ、早くお家に帰ろう」
「う……ん」

 ボクはまだ小さいから、お兄ちゃんに守ってもらってばかりだね。

 ボクが大きくなったら、お兄ちゃんのこといっぱい守ってあげるよ。

 かっこいいキシさんになるよ。

 ビュー!!!

「わ!」

 すごく強い風に、お兄ちゃんがとうとうよろけちゃった!

「おっと!」

 その時、勢いよく大きな男の人が走って来て、ささえてくれたよ。

「あっ、パパ! パパだ!」
「宗吾さん!」
「おぅ、追いついたな。しかし、さみーな!」

 わぁぁ! うれしい! パパがきてくれた。

 よかった! パパならお兄ちゃんを守ってくれる。

 あー ホッとしたよ。

「ん? 瑞樹、マフラーは?」
「……その、忘れてしまいました」
「馬鹿だなぁ、風邪引くぞ」

 パパが自分のマフラーを、お兄ちゃんにササッとまいたよ。

「あ、宗吾さんが寒いのに……ダメです」
「俺はコートのフードを被るから平気さ」
「……ですが」
「ほらほら、行くぞ。走ろう!」
「はい! 芽生くん、行こう」

 パパはすごいなぁ。
 いっきにカイケツしちゃったね。
 ボクは……まだまだパパにはかなわないや。
 なんだかくやしいよ。
   早く大人になりたいなぁ。

 あ、でも……こんな時は先生のお話だね。

 ボクはまだ小さくて、お兄ちゃんを守ってあげられないけど、いつか大きくなったらしたいことが、またふえたよ。それにお兄ちゃんを守ってくれるパパのこと、もっとダイスキになったよ!

 なんでもいい方にかんがえてみると、北風さんに負けないね!


 ****

 本当は1日中屋外で作業した身体は、冷え切っていた。しかも慌てて退社したせいで、マフラーをロッカーに忘れてしまったのは痛手だった。

 今日、明日は『10年に1度と言われる大寒波が到来する』と散々ニュースで言っていたのに、こんな日に馬鹿だな。

 寒さより、芽生くんを家に連れて帰る使命に、必死になっていた。
 
 そんな……少しムキになっていた僕の前に、宗吾さんが絶妙なタイミングで現れてくれた。

 思えば……あの日も、あの日も、いつもだ。

 僕と宗吾さんの歯車が、合っているからなのか。

 僕が会いたい時や困った時に、パッと現れてくれる人。

 いつも宗吾さんはすごい。

「宗吾さん……」
「どうした? まだ寒いか」
「いえ、暖かいです」

 こころが、ぽかぽかです。

 マンションに入ると、皆、ほっと一息ついた。僕たちの髪は、風で乱れてぐちゃぐちゃで、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「ははっ、ボロボロだな。なんとか北風から逃げ切ったって感じだな」
「ですね」
「パパ、お風呂にはいろうよ。お兄ちゃんのおてて、かちこちで冷たいよ」
「なぬ? それはしっかりモミモミしてやらないとな~」

 モミモミって……宗吾さんが言うと、なんだか不穏ですよ。

「ぷっ」
「瑞樹、笑ったな」
「い、いえ。是非お願いします!」

 あーあ、僕は今日も宗吾さんに甘い。

 これが通常運転になっているよ。


****

 カレンダーを見つめて、1月11日に花丸をつけた。

 この日が、いっくんの4さいの誕生日か~

 何をしたら喜んでくれるかな?

 オレが初めて祝ういっくんの誕生日だから、スペシャルな1日にしてやりたい。

「潤くん、何をニヤニヤしてるの?」
「あぁ、すみれ、いっくんの誕生日のこと、一緒に考えよう」
「え……」

 すみれは、驚いた表情を浮かべた。

「一緒にお祝いしてくれるの?」
「当たり前だ。家族なんだから」
「嬉しいわ。あのね……恥ずかしい話なんだけど、私以外の誰かと当日過ごすのは初めてなのよ。あの子……」
「……そうか」

 いっくんがこの世に生まれた日は特別だというのに、そうだったのか。

 相手の両親にとっては辛い忘れ形見であっても、菫さんの両親にとっては……いや、これ以上の深入りはやめよう。それぞれの事情っていうものがあるんだ。

 今、オレが出来ることに集中するぞ!

 お昼寝からムクリと起きたいっくんが、ワクワク顔で近寄ってくる。

「いっくん、どうした?」
「あのね、あのね、もーすぐいっくんのおたんじょうびでしょ?」
「あぁ、今、ママとその話をしていたんだ。いっくんは、どんな1日にしたいか教えてくれないか」

 いっくんがパーッと顔を輝かせる。

「あのね、あのね、あのね、いっくん、おたんじょうびかいしたい!」
「なるほど、誰かお友達を呼びたいのか」
「えっとぉ……パパとママと3にんだけで……いっくんもーすぐ、おにいちゃんになるんでしょ? だからぁ……だからぁ……」

 いっくんは自分の思いを上手く言えないようで、もどかしそうだった。

 ママのお腹をチラチラ見ては、言葉に詰まってしまう。

「だからね……えっと……」

 誰だって新しい兄弟の出現は嬉しいが、少しだけ寂しかったりもするもんだ。ママを独り占め出来なくなるんだもんな。

 オレだってそうだった。

 いっくんの気持ちが、痛いほど分かる。

 瑞樹兄さんの出現に、妬いた経験があるから。

「よーし! 11日はお休みをもらうから、いっくんとパパとママ、三人でお誕生日会をしよう。そうだ! パパがシチューを作るよ」
「しろいのがいい!」
「おぅ! 任せろ! がんばるよ」
「ママは? ママは何をしたらいい?」
「ママぁ、あのね、あのね、まあるいケーキ、だめ?」
「あっそうか。いつも二人だから買えなかったけれども、今年からはパパがいるから買えるのね」
「あのね……アンコパンマンしゃんのケーキ、いいなって、ずっとずっと……ね」
「うんうん、それにしよう!」

 いっくんが人並みに年相応のお願いをしてくれるのが、オレもすみれも嬉しかった。

 ずっとずっと我慢していたものは、吐き出すといい。

 今なら大丈夫だ。

 オレが受け止めるから。

 
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