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小学生編

新春 Blanket of snow 17

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「おじさん、もしかして、つかれちゃった? そろそろお家にはいろうか」
「あぁ、そうだな」

 雪見格子越しに宗吾が泣いている姿を見たせいか、少し気がそぞろになっていた。

「わぁ、おじさんの髪にいっぱい雪がつもっちゃったね」
「あぁ、本当だ」

 髪もコートも、雪で白くなっていた。

「参ったな、これじゃ白髪のおじいさんみたいだな」

 待てよ。そもそも実年齢より十歳は年上に見られることが多いのだから、気にすることないのかと自嘲すると、芽生がブンブンと首を横に振った。

「そんなことないよ! だいじょうぶだよ。雪はちゃんと……とけるもん」
「芽生の言葉は優しいな」
「おじさんは、あーちゃんのたいせつなパパだよ! だから……だから、はやくお家であたたまろうよ!」

 芽生が心配そうに私の手をグイグイ引っ張ってくれる。

「あぁ、分かった」
「おじさん、早く、早くー! こっち、こっち」
 
 その幼い手の力に、ふと宗吾の小さな頃を思い出した。

……

「にーさん、早く、早くー! こっち、こっち」
「そーご、ちょっと待って。そんなにあちこち動き回ったら迷子になるぞ」
「にーさんがいるから、だいじょうぶだよ」

 わんぱく小僧だが、憎めない弟だった。
 人を喜ばすのが大好きな明るい性格で、私にはない行動力を持っていた。

「にーさんはゆるがない! だからおれ、安心して遊びにいけるんだ」
「バカだな……兄さんが消えたら、どうするんだ?」
「探すよ? だっておれの兄さんは、兄さんしかいないから」

 単純明快な答えだったが、妙にツボにはまった。

……
 
 冷え切って強張った身体は暖房の効いた部屋に入った途端、解れた。

 洗面所で芽生とお湯で手を洗うと、更にポカポカになった。

「なるほど、芽生の言った通りだな」
「あとはおばあちゃんにあたたかいお茶をいれてもらって、おばさんといっしょにあーちゃんをだっこしたら、もうだいじょうぶだよ」
「そうだな」

 私を暖めてくれるのは暖房だけでない。母に妻に娘、そして気立ての良い甥っ子もいる。それから……

 芽生と一緒に居間に戻ろうとしたが、父さんの部屋の様子が気になった。宗吾……お前、まだ泣いているのか。

「芽生、先に居間に戻ってくれるかな」
「うん、わかった」

 父さんの部屋まで行くと、扉を開ける前に中の話し声が聞こえてきた。

 宗吾の後悔と哀しみが、私の前まで漂ってきた。

 父さんの告別式で、宗吾は明らかに打ちひしがれていたのに、私はわざと近寄らなかった。意固地になっていたのだ。

 本当はあの日、お前の肩を抱いてやりたかった。
 一緒に泣きたかった。
 父さんとの別れを、共に悼みたかった。

 今の宗吾には瑞樹くんがいる。だから私は不要だと立ち去ろうとしたが、それでいいのかと自問自答した。それでは今までと何も変わらないのでは?

 新しい年には、新しい一歩を踏み出したい。

 雪解けという言葉には二つの意味がある。一つは単純に降り積もっていた雪がとけること。もう一つは対立する両者の緊張が緩み、友好の兆しが生まれることだ。

 参ったな……私まで泣きそうだ。

 いや、もう泣いているのかもしれない。

 涙を必死に堪えていると、宗吾が部屋から出てきた。

「……兄さん?」

 泣き腫らした赤い目を顔背けることで消そうとしたので、私は宗吾の肩を思い切って抱き寄せた。弟とこんな風に触れ合うのはいつぶりだろう?

 ずっと素直になれなかった。
 
 瑞樹くんのように、いつも寄り添ってやりたかった。

 誰かを羨ましく思うだけでは、何も変われない。
 
 出来なかったこと、しなかったことを、してみよう。

 最初の一歩は、兄である私から。

「宗吾、私の弟に生まれてきてくれてありがとう。お前が弟でよかったよ」
「お……俺も……兄さんが兄さんで良かった! 俺たち、まだまだ、これからだ!」

 宗吾は呆気なく心を解いて、歩み寄ってくれた。
 
 なんだ、こんなに簡単なことだったのか。

 いや、簡単なことが、一番難しいものだ。

 私は瑞樹くんにも手を伸ばした。

 君が来てから、いい風が吹くようになった。風通しがよくなった。

 優しいそよ風のような君も、私の大切な弟だ。
 
「瑞樹くん……瑞樹……そうだ、私も君を瑞樹と呼んでもいいか。私も君の兄にしてくれないか」
「僕も……憲吾さんを、お兄さんと呼んでも?」
「あぁ、もちろんだ。君には立派なお兄さんがいるのは知っているが、私も仲間に入れて欲しい」
「もちろんです。僕の頼もしいお兄さんです、憲吾さんは」
「ありがとう、ありがとう」


 回り道はもうよそう。
 人生は一度きり。
 いがみ合ってばかりでは勿体ない。

 自らも優しい風を吹かせていこう。
 風通しが良ければ、見通しもいいだろう。


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