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小学生編

新春 Blanket of snow 13

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 勇大さんがウィンターローズ色のマグカップに淹れてくれた珈琲を飲むと、身体が一気に暖まった。

「すごく美味しい! ちゃんと豆から挽いているからなのね」
「良かったよ」
「あのね、あの道具は何?」
「あぁ、あれはサイフォンだよ」
「初めて味わうわ」
「すべて大樹さんが置いていってくれた物で、コーヒーオイルが抽出されやすいから、まろやかな口当たりになるんだよ」
「まろやか……今の私の心、そのものよ」
 
 それにしても、外は一面の雪で凍えそうに寒いのに、私だけこんなにぬくぬくと幸せでいいの? 私の悪い癖で、また遠い昔を思い出してしまった。

 来る日も来る日も、隙間風だらけの古い家で、潤をおんぶしながら花の手入れや家事をしていたわ。亡くなった主人に経営も経理も任せきりだったので必死だった。暗い部屋で潤は背中でおっぱいを欲しがり泣いていた。育ち盛りの広樹は空腹を我慢して、そっとお腹を擦っていた。

 あの頃は、本当に生きていくので精一杯だった。

「さっちゃん、また考えて込んでしまったな」
「ごめんなさい。あのね、私だけこんなに至れり尽くせりで、幸せでいいのかしら?」

 勇大さんが青いマグカップを持って、私の前にドスンと座った。

「今、幸せなのは、さっちゃんだけじゃないよ」
「え?」

 勇大さんの視線が、窓際の写真立てに移動する。そこには芽生くんが小学校の校庭で楽しそうにサッカーをしている写真と、瑞樹たち家族がピクニックをしている仲睦まじい写真を飾っていた。

「東京も今日は積雪だそうだから、今頃、芽生坊は雪遊びをしているだろうな」
「そうね、こんな風に走り回っているわね」
「宗吾くんとみーくんは、宗吾くんのご実家のコタツで寛いでいるだろう」
「瑞樹はあちらのご家族にも愛されているから、安心よ」

 勇大さんが今度は入り口付近の壁を見つめる。ドアの上には広樹と潤の家族写真をそれぞれ飾っているの。どれも勇大さんが黒い一眼レフで撮ってくれた、大切な家族写真よ。

「広樹たちも正月休みを沢山取ったから、今頃家族でゆっくりだな」
「そうね。今年は休みを1日長く取ったと言っていたわ」
「それでいい。ゆっくりして欲しいよ。潤もいっくんと菫さんと楽しいお正月だろうな」
「あの子も所帯を持って、本当に落ち着いたわ」
「さっちゃんの息子たちは、今頃、皆、いいお父さんをしているよ。だから安心して寛いでくれ」
「……勇大さん」
「部屋を見渡してくれ。幸せはここにも沢山あるだろう」

 部屋の中は温もりで満ちていた。

 薪ストーブがパチパチと音を立て、壁には息子たちが協力して作ってくれたスワッグが飾られ、立派な正月飾りも。あれは広樹が張り切って届けてくれたものだわ。

 そして加湿器から繊細な蒸気が出て、キッチンのコンロには牛すじのカレーがグツグツと煮込まれている。おせちには伊勢エビまで入って見たこともないご馳走だわ。

「どうだ?」
「あたたかい音ばかりするわ。それとね、美味しそうなものも一杯よ」
「他には?」
「え?」

 勇大さんが自分を照れ臭そうに指差している。

「あっ! 私ってば一番大事な人を最後にしちゃったわ」
「一番美味しそうなものは最後に食べる派だもんな、さっちゃんは」
「も、もう!」
「ははっ、熊食いさっちゃんか」
「だから……食べるんじゃなくて……その……」
「なぁ、少しラグで寛ぐか」
「そうね、せっかく勇大さんと私のペアのクッションを作ったんだし」
「今日は誰も来ないよ」
「じゃあ雪しか見ていないのね」
「そうだ、だから……」

  勇大さんに抱きしめられると、幸せで満ちていく。
 
 ここまでの道のりは、けっして平坦な道ではなかった。ずっと茨の道だった。

 だから……今辿り着いた幸せは、苦しみの果てに巡りあったもの。自信を持っていいのね、幸せを享受してもいいのね。

「さっちゃん……しあわせかい?」
「えぇ、勇大さんがいるから」

 息子三人がそれぞれ幸せな家庭を築き出せた今だから、私はあなたに身を委ねられるのね、この年齢になって、何もかも預けられる人に再び出会えたのは、とても素敵なこと。

「私……ずっと、日常に散らばる小さな幸せを探すことすら忘れていたわ」
「これからは俺たちだけの幸せを見つけていこう」
「勇大さん、今年は丸ごと1年、あなたの傍で過ごせるのね」
「あぁ、そうだ」
「それって、とても素敵なことね」
「そうだ、その調子だ。俺もさっちゃんと同じだ。今だから探せるんだ。さっちゃんを幸せにするのが、生き甲斐だ」
「そんな風に言ってもらえるなんて、幸せよ」


 

 大沼のログハウスは、私達によって息を吹き返した。 

 あの頃とは違うけれども、今は今の幸せがある。

 それを受け止めて、受け入れて。


 **** 
 
「いっくん、お昼寝しちゃったな」
「この時間は、いつも保育園でお昼寝の時間だから」
「そうだな、しかし、まだ赤ちゃんみたいな寝顔だな~」

 俺の膝を枕にすやすや眠ったいっくんの背中を、優しく撫でてやった。

「あのね、いっくんは早生まれなのもあって幼いの。言葉も遅かったから舌っ足らずなのまだ抜けないし、その……心も体も成長が他の子よりもゆっくりで、最初はびっくりしなかった?」
「びっくり? とんでもないよ。こんな天使みたいな子がいるなんてと感動した」
「潤くん、いつもいっくんを可愛がってくれてありがとう」
 
 菫さんが泣きそうだ。

「いっくんはオレの子だよ? 誰が何と言おうとオレの子だ。それにいっくんの成長がゆっくりなのは、むしろ嬉しいよ。オレと出会うのを待っていてくれたんだなって感じるんだ」

 本当にそう思う。人一倍幼く純粋だから、オレを最初からパパと信じて懐いてくれた。いっくんが一気に垣根を跳び越えてくれたから、オレはすんなりパパになれた。

「いっくんの誕生日、もうすぐだな」
「1月11日、鏡開きの日だから覚えやすいでしょう」
「オレと菫さんが出会ったのが、去年の小正月だったから、本当に3歳になったばかりだったんだな」
「うん、あれからもう1年経つのね」
「あぁ、まだ1年、されど1年だ」
「潤くんと知り合ってから、毎日が大切になったわ」
「それはオレの台詞だ」

 日常に転がる幸せに気づけたのも、当たり前の日常が幸せだと感じられたのも、全て菫さんといっくんと巡り逢ったお陰だ。

 

 
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