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小学生編

青い車に乗って・地上編 1

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 芽生くんといっくんの運動会も終わり、またいつもの毎日が戻ってきた。

 何気ない日常がどんなに愛おしいものか、僕は知っている。

 だから、もう会えない人の分も毎日を大切に生きていく。

 ずっと彷徨っていた心はすっかり落ち着いて、大地を踏みしめ歩けるようになっている。

 僕の人生だ。

 僕らしく生きていいんだ。

 したいことをして、行きたい場所に行って、そしてまた戻って来よう。

 ここに――

 ここが僕のホームだから。




 

 休日の朝、僕は誰よりも早く目覚めたので、そっとベッドを抜け出しベランダに向かった。

 昨日は蕾がずいぶん綻んでいたから、きっと咲いている。

 そんな予感が満ちていた。

「やっぱり今日だったんだね。おはよう」

 ベランダのプランターでは、深いローズピンクの薔薇が綺麗に一輪だけ咲いていた。

 秋薔薇の美しさに心を奪われていると、背後から声がした。

「もう起きていたのか。おはよう」
「宗吾さん、おはようございます。これを見て下さい。薔薇が咲きました」
「綺麗だな。ん? でも薔薇って春だけでなく秋にも咲くのか」
「えぇ薔薇は四季咲きですから、10月は『秋薔薇』の見頃なんですよ」
「へぇ、でも春とは雰囲気が違うぞ。花の色、それとも香りが濃いのか」

 宗吾さんが僕を背後から抱きしめながら、耳元で囁く。

「最近の瑞樹みたいだな。人として存在感が増して、花の香りもまた一段と濃くなった」
 
 わ……朝からドキドキしてしまうよ。今日は出掛けるから駄目なのに。

 必死に平静を装う。
 
「あ、秋薔薇は夏に水揚げが充分に出来ない影響で水分量が少ないので、花の色が濃くなります。それから花は春よりも小さめで香りが強い特徴があって……秋は気温が下がり花持ちも良いので、見頃の時期が長いのが嬉しいですよね」
「ははっ、君は花のこととなると雄弁だな」
「あ、すみません」
「ん? 今のは謝る所じゃないぞ?」
「つい夢中になってしまいます」
「そういう瑞樹が好きだ」

 顎を掴まれたのでそっと目を閉じると、すぐにキスをされた。少しひんやりとした秋の空気を頬に感じながら、唇を重ねるのは心地良かった。

 僕は宗吾さんとのキスが好きだ。

 だから彼の身体に腕を回して、僕からも結局口づけを強請ってしまう。

 ぬくもりがダイレクトに届き元気をもらえ、今日という日の糧になるから。 

「瑞樹、今日は楽しみだな」
「はい、とても」

 運動会の翌週の日曜日。僕は菅野の高校の同級生、白石想くんの運転で青山くんのご実家に遊びに行くという、少し変わった予定を組んでいた。

「しかし運転も弁当も先方に任せていいなんて、至れり尽くせりだな」
「お弁当作り、2週連続はキツいので助かりますね」
「確かに! 楽しみだな、森のログハウス」
「はい、懐かしくてつい強請ってしまいました」
「そうなんだな。気になるのなら見に行けばいい。瑞樹がしたいことをこれからは、どんどんすればいいさ」
「ありがとうございます」





 最寄り駅で待っていると、ほぼ定刻で青い車が車寄せに入って来た。

 その光景に僕の胸は思いっきり高鳴ってしまった。

「わぁ、お兄ちゃんのおもちゃの車と同じ色だね」
「うん、本当に似ているね」

 亡き母が買ってくれた『みーくん号』をそのまま実物大にしたような青い車の登場に感激した。

 車から白石くんがすっと降りて来た。
 とても上品な物腰で柔らかな雰囲気を振りまいて。

「葉山さん、おはようございます」
「白石くん、今日はよろしくお願いします」

 すると助手席から中年の女性も降りてきた。

「あの……母です。実は僕の母も一緒に、いいですか」

 えぇ? 青い車だけでなくお母さんまで?

 僕が見たかった光景を、どこまでも忠実に見せてもらえるようだ。

「はじめまして葉山瑞樹です。今日は無理言ってすみません」
「あら、あなたどこかで会ったような?」

 白石くんに似た容貌の女性にじっと見つめられ、僕も記憶を必死に辿った。

「あっ! もしかして以前、ホテルオーヤマ内の加々美花壇にいらして下さったのでは?」

 とても仲良さそうなご夫婦だったので記憶に残っていた。奥様のために照れながら花を選ぶ大柄なご主人の様子が微笑ましかったから。

「まぁ、やっぱりあの時の!」
「はい、僕は加々美花壇でフラワーアーティストをしています」
「そうだったのでね。えっと……こちらは?」
「申し遅れました。滝沢宗吾と息子の芽生です。俺は瑞樹のパートナーです」
「こんにちは! たきざわめい、8さいです」
「まぁ利発で可愛いお子さんね。私はそうくんのママです。どうぞよろしくね」

 白石くんのお母さんは僕たちを見て、ニコッと微笑んでくれた。

 同性カップル家族に嫌悪感を抱かれるかもしれないという一抹の不安は、すぐに消えた。むしろ僕に寄り添い一歩踏み込んできてくれた。

「葉山さんは青い車に大切な思い出があるのね」
「えっ」
「ごめんなさい。余計なことを聞いてしまったのね」

 初対面の人に話す内容ではないので躊躇していると、逆に謝られてしまった。

 そうか……隠すことはないのか。
 ありのままを伝えればいいのか。

 不思議なことに、今までにない前向きな気持ちになっていた。  

「青い車に乗ることは、僕の叶わなかった夢でした。もしも現実だったらどんな感じなのかなと思って。すみません、変な頼みをしてしまって」
「とんでもないわ。私こそお邪魔虫みたいについて来て。本当に助手席に私が座ってしまっていいの?」
「はい、是非そうして欲しいです」

 僕の『叶わなかった夢』を、あなた達に叶えて欲しくて。

「お兄ちゃん、パパの車とはまたちがってたのしいね」
「そうなの?」
「あのね、三人でならんですわれるのうれしい。ほら手もつなげるよ。みーんなで」
「確かにそうだな!」
「あ……本当だね」

 後部座席で芽生くんと宗吾さんと和やかに会話をし景色を見たりしたが、どうしてもチラチラと気になってしまうのは、運転する想くんと助手席に座るお母さんの様子だった。

 もしも……産みの母が生きていたら、想くんのお母さんのようになっていたのかな?

 きっと同世代だから……記憶の母の歳を重ねた姿を想像してしまい、面影を重ねてしまう。

 母が生きていたら……僕は絶対に幼い頃の約束を守って青い車を買っただろうな。

 僕の小さい頃の夢は『青い車でママとドライブ』だったからね。

 僕には叶えられなかった夢を、こうやって目の前で叶えてくれる人がいる。

 今はそれが嬉しくて堪らないよ。

 白石くんと出逢った縁に感謝しよう。

 ぼんやりしていると、白石くんに話し掛けられた。

 白石くんって少し言い難いから、もっと気軽に呼んだら駄目かな?

 あぁ、でも僕は不慣れで分からない。こんな時どんな風に歩み寄ればいいのか……分からない。

 すると白石くんが少し震える声で、先に申し出てくれた。

「……葉山くん、君を『瑞樹くん』って呼んでもいいかな?」
「僕も同じことを言おうと思っていたんだ。『白石くん』だと堅苦しいので『想くん』でもいいかな?」
「も、もちろんだよ。すごく嬉しいよ」
「想くん、君と仲良くなれて嬉しいよ」
「あ……僕も同じ気持ち……」
 
 僕の夢を叶えてくれる人との距離が近づいていくのは、素直に嬉しい。

 以前だったら見るのが辛いと感じた幸せな母と息子の光景を受け入れられ、逆に嬉しくなるのは、宗吾さんと愛され、芽生くんが僕を慕って……二人がすぐ傍にいてくれるからだ。

「瑞樹、良かったな」
「はい」
「お兄ちゃんよかったね。あたらしいおともだちが出来たんだね」

 こんな風に、僕に起こる新しい出来事を喜んでくれる人がいる。
 
「『想』って良い名前だな。懸想人《けそうびと》の『想』だしな」
「パパ『けそうびと』ってなあに?」
「とても大切に想う人のことさ」
「わぁ、じゃあ、ボクにとってのお兄ちゃんのことかな?」
「そうだよ。想くん、俺たちも君をそう呼んでもいいか」

 宗吾さんって素敵だ。僕と想くんの会話をさり気なくサポートして繋いでくれる。想くんも僕と同じで友だちが少なかったのかもしれないね。少し緊張した面持ちで頬を高揚させている様子に親近感を覚えた。
 
「も、もちろんです」

 それに芽生くんも宗吾さんに似て社交的なので、場を明るくしてくれる。
 
「わーい、そうくーん!」
「な、何かな?」
「あとで、あーそーぼ!」
「うん、いいよ。遊ぼう!」
 
 芽生くんの元気で明るいお誘いに、車内がいっきに和んだ。

 僕のお母さんはもういないけれども、僕の心はもう孤独な寂しさを超えてキラキラと輝いている。

 お母さんの分も、宗吾さんと芽生くんに……皆に愛してもらっています。

 そう伝えたい。

「瑞樹、青い車は最高だな」
「……はい!」

 青い車の乗り心地は、最高だった。

 優しさを積んで、嬉しさを振り撒いて、地上をグングン走り抜けていく。

 





あとがき
 

 
*****

本日から『青い車に乗って・地上編』になりました。そんなには長くならないと思います! 何故なら、芽生といっくんのクリスマスの話を書きたいので💕

『青い車に乗って・天上編』は『空からの贈りもの』という同人誌に収録しております。(未読でも問題なしです)また白石親子は『今も初恋、この先も初恋』からのクロスオーバーです。対の物語はこちらで、想視点で書いています。
『大切な人・1』https://fujossy.jp/books/25260/stories/540685

 

 
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