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小学生編
実りの秋 36
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軽井沢駅のホームに降り立つと、今すぐ駆け出したい衝動にかられた。
「みーくん、落ち着けって」
「でも、気になって」
振り返ると、お父さんはお母さんの歩調に合わせているようで、僕だけ随分前を歩いていた。一刻も早く潤の元に駆けつけたくて、自然と急ぎ足になっていたようだ。
明け方のことだった。
僕のスマホが震えたのは。
……
「もしもし、潤……? どうした?」
時計の針は朝の5時を過ぎたばかりだ。
こんなに朝早く……今日はいっくんの運動会なのにどうしたのだろう?
潤の切羽詰まった声に、只事ではないと察知した。
菫さんが腹部を押さえて苦しんでいるなんて、潤の不安が手に取るように伝わってくるよ。
生憎、妊娠の詳しいことは分からない。すると僕の強張った声に気付いた宗吾さんが、すぐに的確な指示を出してくれた。
僕は必死に潤を励まし、菫さんのお腹に宿った小さな命の無事を祈った。
電話を切るとカタカタと手が震えていた。それに気付いた宗吾さんが、僕を抱き寄せて肩を抱いてくれる。
「瑞樹、大丈夫か。お父さんとお母さんが始発で行くんだよな」
「はい。もう少ししたら事情を連絡して、真っ直ぐ病院に駆けつけてもらいます」
「そうだな、それがいい」
だが……まだ僕の心は落ち着かない。
宗吾さんがもう一度深く抱きしめてくれた。
「まだ不安そうだな。俺に話してくれよ。君の不安を減らしてやりたい」
優しく誘導されれば、答えてしまう。僕はもう以前のように、一人で背負って我慢出来なくなってしまったから。
「僕は弱くなりました」
「違うよ、強くなったんだ」
「え?」
「自分から動こうとしているのだろう? 今、自分に出来ることを探しているのだろう? それって心が強くなったから出来ることだ」
「心配でじっとしていられません。潤と菫さんには近くに頼れる人がいないし、小さないっくんの事も心配です。今日はいっくんの運動会なのに」
宗吾さんには何でも話せるようになった。
今、不安に思っていること。
今、怖いこと。
今、したいことも、話していいのだろうか。
僕達は阿吽の呼吸で繋がっている。しっかりとした絆が出来ているから、踏み出せる!
「瑞樹がしたいことをするといい。俺は全力でサポートするよ!」
「あの……駆けつけてやりたいんです。僕もお父さんとお母さんと一緒に始発で行きたいのです」
宗吾さんの目を見て、しっかりと自分の意志を伝えられた。
すると宗吾さんが、僕の頬を優しく撫でてくれる。
「よし、よく言えたな。そうしたらいい! 潤も喜ぶぞ」
「ありがとうございます。行ってもいいんですね」
「あぁ、もちろんさ。行ってこい!」
宗吾さんはすごい。
こういう時、ドンっと僕の背中を押してくれる。
「はい! 僕、行ってきます!」
明るく宣言出来た。
「そうと決まったら、まずは飯を炊かないとな」
「え?」
「手ぶらで行くつもりか」
「あ……っ」
「菫さんと赤ちゃんは無事だ。そう信じよう。で、今日は保育園の運動会なんだろう? 我が家には幸いなことにお弁当の具材がまだあるぞ」
確かに、たらこも鮭も卵もウインナーも、多めに用意したのでまだ残っている。
「……鶏肉はないので、唐揚げは無理ですね」
「その代わり具沢山のおにぎりを握ろう! あとはウインナーなら沢山あるぞ」
「やってみます」
急いで顔を洗って洋服に着替え、エプロンをした。
そこに宗吾さんも、やってくる。
「瑞樹、手伝うよ!」
「宗吾さんの前向きな所が大好きです」
「俺は瑞樹の素直な所が大好きだ」
キッチンで腕まくりして、朝のキスをした。
これは、いつも通りの日常が始まるおまじない。
僕の元気の源だ。
「なぁ瑞樹、いっくんの弁当って小さく小さくだよな」
「はい、まだ3歳ですから、食べやすいようにですね。小さいおにぎりにしましょう。あとはウインナーを可愛くしてみましょうか」
「あぁそれなら得意だ。俺がやるよ」
「じゃあ、お任せします」
タコさんウインナーなら喜んでもらえるかなと、僕はおにぎりを握ることに集中した。
「瑞樹、出来たぞ~ これを見てくれ! 力作だぞ!」
「え? あれ? これってタコじゃないですよね」
「そんなのはありふれている。これはなんとペンギンだ」
「初めて見ました」
思わず手を叩いてしまうほどの、精巧な出来映えだった。
「芽生が幼稚園の頃、弁当を週に2回作らないとならなくてさ、ひたすらウインナーを入れたんだ。そのうち芽生がもっと可愛いのがいいって言うから、飾り切りも学んだのさ。これはウインナーを縦に半分、更に横に半分に切ってペンギンのお腹の部分をそぎ切りするんだよ。手の部分にも切り込みを入れて……それから、きゅうりの薄い輪切りを使って、くちばしを作るんだ。あとはゴマで目をつけて完成だ。可愛いだろう」
「す……すごいです! いっくん、きっと喜んでくれますね」
どうか菫さんと赤ちゃんが無事で、いっくんが運動会に参加出来ますように。
潤の話ではもう何日も前からはしゃいで沢山練習もしたと聞いている。それに運動会からは学ぶことも多いし、沢山の思い出が出来る。何よりパパのいる運動会は初めてだ。
どうにかして、いっくんを運動会に行かせてやりたい。
「よし、行ってこい! 俺も一緒に行きたいが……今日は、お父さんもお母さんも一緒だから怖くないよな」
「……はい。芽生くんをぐっすり寝かせてあげて下さいね。疲れていますから。僕も今日はそれを希望しています」
「ありがとう。また連絡してくれ」
「分かりました」
玄関で宗吾さんに見送られた。
僕は自分から宗吾さんを抱き寄せて、背伸びして口づけをした。
「んっ……行ってきます」
「あぁ、大丈夫、きっと大丈夫だ」
「はい! 僕もそう祈っています!」
僕は両手にお弁当の入った袋を持って、東京駅に向かった。
自分でもフットワークが軽くなったと思う。
それって宗吾さんと一緒にいるからだ。
宗吾さんに導かれるように、僕は僕自身がしたいことを出来るようになった。
生きているから、出来る事がある。
出来る事があるのなら、してみよう!
それが僕の心との『合い言葉』だ。
「みーくん、落ち着けって」
「でも、気になって」
振り返ると、お父さんはお母さんの歩調に合わせているようで、僕だけ随分前を歩いていた。一刻も早く潤の元に駆けつけたくて、自然と急ぎ足になっていたようだ。
明け方のことだった。
僕のスマホが震えたのは。
……
「もしもし、潤……? どうした?」
時計の針は朝の5時を過ぎたばかりだ。
こんなに朝早く……今日はいっくんの運動会なのにどうしたのだろう?
潤の切羽詰まった声に、只事ではないと察知した。
菫さんが腹部を押さえて苦しんでいるなんて、潤の不安が手に取るように伝わってくるよ。
生憎、妊娠の詳しいことは分からない。すると僕の強張った声に気付いた宗吾さんが、すぐに的確な指示を出してくれた。
僕は必死に潤を励まし、菫さんのお腹に宿った小さな命の無事を祈った。
電話を切るとカタカタと手が震えていた。それに気付いた宗吾さんが、僕を抱き寄せて肩を抱いてくれる。
「瑞樹、大丈夫か。お父さんとお母さんが始発で行くんだよな」
「はい。もう少ししたら事情を連絡して、真っ直ぐ病院に駆けつけてもらいます」
「そうだな、それがいい」
だが……まだ僕の心は落ち着かない。
宗吾さんがもう一度深く抱きしめてくれた。
「まだ不安そうだな。俺に話してくれよ。君の不安を減らしてやりたい」
優しく誘導されれば、答えてしまう。僕はもう以前のように、一人で背負って我慢出来なくなってしまったから。
「僕は弱くなりました」
「違うよ、強くなったんだ」
「え?」
「自分から動こうとしているのだろう? 今、自分に出来ることを探しているのだろう? それって心が強くなったから出来ることだ」
「心配でじっとしていられません。潤と菫さんには近くに頼れる人がいないし、小さないっくんの事も心配です。今日はいっくんの運動会なのに」
宗吾さんには何でも話せるようになった。
今、不安に思っていること。
今、怖いこと。
今、したいことも、話していいのだろうか。
僕達は阿吽の呼吸で繋がっている。しっかりとした絆が出来ているから、踏み出せる!
「瑞樹がしたいことをするといい。俺は全力でサポートするよ!」
「あの……駆けつけてやりたいんです。僕もお父さんとお母さんと一緒に始発で行きたいのです」
宗吾さんの目を見て、しっかりと自分の意志を伝えられた。
すると宗吾さんが、僕の頬を優しく撫でてくれる。
「よし、よく言えたな。そうしたらいい! 潤も喜ぶぞ」
「ありがとうございます。行ってもいいんですね」
「あぁ、もちろんさ。行ってこい!」
宗吾さんはすごい。
こういう時、ドンっと僕の背中を押してくれる。
「はい! 僕、行ってきます!」
明るく宣言出来た。
「そうと決まったら、まずは飯を炊かないとな」
「え?」
「手ぶらで行くつもりか」
「あ……っ」
「菫さんと赤ちゃんは無事だ。そう信じよう。で、今日は保育園の運動会なんだろう? 我が家には幸いなことにお弁当の具材がまだあるぞ」
確かに、たらこも鮭も卵もウインナーも、多めに用意したのでまだ残っている。
「……鶏肉はないので、唐揚げは無理ですね」
「その代わり具沢山のおにぎりを握ろう! あとはウインナーなら沢山あるぞ」
「やってみます」
急いで顔を洗って洋服に着替え、エプロンをした。
そこに宗吾さんも、やってくる。
「瑞樹、手伝うよ!」
「宗吾さんの前向きな所が大好きです」
「俺は瑞樹の素直な所が大好きだ」
キッチンで腕まくりして、朝のキスをした。
これは、いつも通りの日常が始まるおまじない。
僕の元気の源だ。
「なぁ瑞樹、いっくんの弁当って小さく小さくだよな」
「はい、まだ3歳ですから、食べやすいようにですね。小さいおにぎりにしましょう。あとはウインナーを可愛くしてみましょうか」
「あぁそれなら得意だ。俺がやるよ」
「じゃあ、お任せします」
タコさんウインナーなら喜んでもらえるかなと、僕はおにぎりを握ることに集中した。
「瑞樹、出来たぞ~ これを見てくれ! 力作だぞ!」
「え? あれ? これってタコじゃないですよね」
「そんなのはありふれている。これはなんとペンギンだ」
「初めて見ました」
思わず手を叩いてしまうほどの、精巧な出来映えだった。
「芽生が幼稚園の頃、弁当を週に2回作らないとならなくてさ、ひたすらウインナーを入れたんだ。そのうち芽生がもっと可愛いのがいいって言うから、飾り切りも学んだのさ。これはウインナーを縦に半分、更に横に半分に切ってペンギンのお腹の部分をそぎ切りするんだよ。手の部分にも切り込みを入れて……それから、きゅうりの薄い輪切りを使って、くちばしを作るんだ。あとはゴマで目をつけて完成だ。可愛いだろう」
「す……すごいです! いっくん、きっと喜んでくれますね」
どうか菫さんと赤ちゃんが無事で、いっくんが運動会に参加出来ますように。
潤の話ではもう何日も前からはしゃいで沢山練習もしたと聞いている。それに運動会からは学ぶことも多いし、沢山の思い出が出来る。何よりパパのいる運動会は初めてだ。
どうにかして、いっくんを運動会に行かせてやりたい。
「よし、行ってこい! 俺も一緒に行きたいが……今日は、お父さんもお母さんも一緒だから怖くないよな」
「……はい。芽生くんをぐっすり寝かせてあげて下さいね。疲れていますから。僕も今日はそれを希望しています」
「ありがとう。また連絡してくれ」
「分かりました」
玄関で宗吾さんに見送られた。
僕は自分から宗吾さんを抱き寄せて、背伸びして口づけをした。
「んっ……行ってきます」
「あぁ、大丈夫、きっと大丈夫だ」
「はい! 僕もそう祈っています!」
僕は両手にお弁当の入った袋を持って、東京駅に向かった。
自分でもフットワークが軽くなったと思う。
それって宗吾さんと一緒にいるからだ。
宗吾さんに導かれるように、僕は僕自身がしたいことを出来るようになった。
生きているから、出来る事がある。
出来る事があるのなら、してみよう!
それが僕の心との『合い言葉』だ。
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