1,214 / 1,730
小学生編
実りの秋 35
しおりを挟む
逆光の中に立っているのは。
ハァハァと息を切らせて立っているのは。
スズランの花が風に可憐に揺れているように見え、慌てて目を擦った。
何度か瞬きをして焦点を合わせると、そこには……
「に……兄さん!」
まだ信じられなくて、何度も何度も瞬きをしてしまった。
光を背負った兄さんは、まるで天使のようだった。
「潤、兄さんが来たから、もう大丈夫だよ!」
「ど……うして?」
「心配だから……大事な弟が困っているから……居ても立っても居られなくて来ちゃったんだ。えっと……いきなり過ぎたかな?」
兄さんが少し首を傾げる。
「助かる……すごく助かるに決まっている!」
兄さんの優しさが身に染みる。
「それで菫さんの容体は?」
「あぁ……大丈夫だった。赤ちゃんも菫さんも無事で……今日1日安静にすればいいって」
安堵の溜め息が聞こえる。
「良かった、本当に良かったね。菫さんも赤ちゃんも無事なんだね」
兄さんの目には、光るものが浮かんでいた。
透明で澄んでいて、とても綺麗な涙だ。
「泣いて?」
「ごめん、ほっとして。それより今日はいっくんの運動会だろう? いっくん、楽しみにしていたんじゃないかなって……」
「あぁ……でも……今日はもうやめておくよ」
「潤……?」
「何もかもは無理だ。兄さんが来てくれても……弁当だって作ってないし」
つい兄さんに当たってしまい、反省した。
オレ、せっかく駆けつけてくれた兄さんになんてことを。
「お弁当なら、作ってきたよ」
「え?」
「ほら! なんとか間に合ったよ」
兄さんの大荷物は、弁当だったのか。
「でも、菫さんを家にひとりには……させられない」
すると兄さんの背後から声がする。
「潤、私が菫さんに付き添うわ! 菫さんは私の娘でもあるのよ」
「か……母さん!」
腰を抜かす程、驚いた。
「まぁ何て顔をしているの? 孫の運動会って、祖父母が駆けつけるものでしょう」
「び、びっくりした。でも……やっぱりいいよ。俺だけ運動会に行くのは気が引けるんだ。菫さんだって見たいだろうし……」
「潤くん、それなら俺がとびっきりの写真を撮りまくって、菫さんに即時に送るよ」
「え……熊田さん……お、お父さんまで」
お母さんの背後から大きな身体がヌッと現れて、また驚いた。
「孫の運動会が楽しみでな。最近は動物より人間に夢中なのさ」
「潤、これでも行かない? 僕は応援係で参加するよ。兄さんと一緒に応援しよう!」
お父さんとお母さんと兄さんが、仲良く並んでいる。
オレたち家族のために集まってくれるなんて、信じられない光景だ。
処置室の入り口で話し込んでいると、クリーム色のカーテンの向こうから嗚咽が聞こえて来た。
菫さんが泣いている。
「ぐすっ、潤くん……こっちに入ってもらって」
「あぁ」
いっくんと菫さんが俺たちを見上げて……泣きながら笑っていた。
「いっくん、ママといっくんに、いっぱい応援団が来てくれたね」
「わぁ~ みーくん、おじーちゃん、おばーちゃんだぁ」
いっくんの目がキラキラと輝き出した。
「いっくん、みんなと運動会に行っておいで」
「でもぉ……ママ……いいの?」
「写真をいっぱい撮って貰えるし、おばあちゃんとおしゃべりできるし、ママも楽しめるわ」
「ママもたのしいの?」
「そうよ。だから……いっくん我慢しないで」
いっくんがじっと菫さんを見つめている。
まだたった3歳なのに、頭の中で一生懸命考えているんだ。
「菫さん、そうしても……いいか」
「当たり前じゃない。今のいっくんには、パパもいるんだから」
「あぁ……パパがいるよ、いっくんにはパパがいる! さぁいっくん、本当にしたいことを言ってくれよ! 今、一番何がしたい?」
いっくんがパァァーと笑顔になる。
笑顔の花が咲く。
「いっくんね……いっくんね、ほんとうは……うんどうかいに……いきたかったの」
「よく言えたな。じゃあパパと行こう!」
「わぁ……うん! うん! パパぁ~だーいしゅき!」
いっくんが満面の笑みで、オレに飛びついてきた。
最高の笑顔だ!
弾ける笑顔だ!
オレは……この笑顔を守る人になる。
オレがすべきことは、ただ一つ。
大切な人を、幸せるする人になる。
「よーしっ、じゃあ今から行くぞ!」
「パパといっしょにうんどうかい、うれしいなぁ」
ハァハァと息を切らせて立っているのは。
スズランの花が風に可憐に揺れているように見え、慌てて目を擦った。
何度か瞬きをして焦点を合わせると、そこには……
「に……兄さん!」
まだ信じられなくて、何度も何度も瞬きをしてしまった。
光を背負った兄さんは、まるで天使のようだった。
「潤、兄さんが来たから、もう大丈夫だよ!」
「ど……うして?」
「心配だから……大事な弟が困っているから……居ても立っても居られなくて来ちゃったんだ。えっと……いきなり過ぎたかな?」
兄さんが少し首を傾げる。
「助かる……すごく助かるに決まっている!」
兄さんの優しさが身に染みる。
「それで菫さんの容体は?」
「あぁ……大丈夫だった。赤ちゃんも菫さんも無事で……今日1日安静にすればいいって」
安堵の溜め息が聞こえる。
「良かった、本当に良かったね。菫さんも赤ちゃんも無事なんだね」
兄さんの目には、光るものが浮かんでいた。
透明で澄んでいて、とても綺麗な涙だ。
「泣いて?」
「ごめん、ほっとして。それより今日はいっくんの運動会だろう? いっくん、楽しみにしていたんじゃないかなって……」
「あぁ……でも……今日はもうやめておくよ」
「潤……?」
「何もかもは無理だ。兄さんが来てくれても……弁当だって作ってないし」
つい兄さんに当たってしまい、反省した。
オレ、せっかく駆けつけてくれた兄さんになんてことを。
「お弁当なら、作ってきたよ」
「え?」
「ほら! なんとか間に合ったよ」
兄さんの大荷物は、弁当だったのか。
「でも、菫さんを家にひとりには……させられない」
すると兄さんの背後から声がする。
「潤、私が菫さんに付き添うわ! 菫さんは私の娘でもあるのよ」
「か……母さん!」
腰を抜かす程、驚いた。
「まぁ何て顔をしているの? 孫の運動会って、祖父母が駆けつけるものでしょう」
「び、びっくりした。でも……やっぱりいいよ。俺だけ運動会に行くのは気が引けるんだ。菫さんだって見たいだろうし……」
「潤くん、それなら俺がとびっきりの写真を撮りまくって、菫さんに即時に送るよ」
「え……熊田さん……お、お父さんまで」
お母さんの背後から大きな身体がヌッと現れて、また驚いた。
「孫の運動会が楽しみでな。最近は動物より人間に夢中なのさ」
「潤、これでも行かない? 僕は応援係で参加するよ。兄さんと一緒に応援しよう!」
お父さんとお母さんと兄さんが、仲良く並んでいる。
オレたち家族のために集まってくれるなんて、信じられない光景だ。
処置室の入り口で話し込んでいると、クリーム色のカーテンの向こうから嗚咽が聞こえて来た。
菫さんが泣いている。
「ぐすっ、潤くん……こっちに入ってもらって」
「あぁ」
いっくんと菫さんが俺たちを見上げて……泣きながら笑っていた。
「いっくん、ママといっくんに、いっぱい応援団が来てくれたね」
「わぁ~ みーくん、おじーちゃん、おばーちゃんだぁ」
いっくんの目がキラキラと輝き出した。
「いっくん、みんなと運動会に行っておいで」
「でもぉ……ママ……いいの?」
「写真をいっぱい撮って貰えるし、おばあちゃんとおしゃべりできるし、ママも楽しめるわ」
「ママもたのしいの?」
「そうよ。だから……いっくん我慢しないで」
いっくんがじっと菫さんを見つめている。
まだたった3歳なのに、頭の中で一生懸命考えているんだ。
「菫さん、そうしても……いいか」
「当たり前じゃない。今のいっくんには、パパもいるんだから」
「あぁ……パパがいるよ、いっくんにはパパがいる! さぁいっくん、本当にしたいことを言ってくれよ! 今、一番何がしたい?」
いっくんがパァァーと笑顔になる。
笑顔の花が咲く。
「いっくんね……いっくんね、ほんとうは……うんどうかいに……いきたかったの」
「よく言えたな。じゃあパパと行こう!」
「わぁ……うん! うん! パパぁ~だーいしゅき!」
いっくんが満面の笑みで、オレに飛びついてきた。
最高の笑顔だ!
弾ける笑顔だ!
オレは……この笑顔を守る人になる。
オレがすべきことは、ただ一つ。
大切な人を、幸せるする人になる。
「よーしっ、じゃあ今から行くぞ!」
「パパといっしょにうんどうかい、うれしいなぁ」
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる