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小学生編
実りの秋 25
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芽生坊の小学校の運動会に、大沼から駆けつけた。
さっちゃんはきっと子供の運動会にゆっくり参加出来ず、働き詰めだったろう。俺にはみーくんとの楽しい運動会の思い出があるが、もしかしたらないのかもしれない。そう思うと、どうしても運動会を一緒に観に行きたくなった。
さっちゃんが今まで出来なかったこと、我慢していたこと、後悔していることがあるのなら、それを払拭してやりたい。
俺が連れて行いくよ、さっちゃんの翼となって。
大樹さんたちが消えてから、ずっと重たくて動けなかった身体が、今は嘘みたいに軽いから。
大樹さんの一眼レフ、お前も久しぶりに撮りたくないか。
校庭にいる、みーくんの姿を。
みーくんを驚かせようと前日の最終便に乗って、都内のホテルに1泊し、朝一番に小学校に駆けつけた。
子供達の競技をレジャーシートに座ってのんびり見ていると、ふと懐かしい思い出が転がってきた。
あれはまだ、みーくんが幼稚園の時だ。
澄子さんが妊娠初期で安静が必要だったので、俺と大樹さんで駆けつけたことがあった。
一番の思い出は『親子動物借り物競走』で、親が動物の仮面をして参加する競技だった。
……
事前に先生が描いたお面をランダムに配られた。
大樹さんが受け取ったお面は熊だった。
しかし熊だけ妙に怖い顔をしているぞ。
これって子供が見たら泣かないか?
「なぁ熊田、これ……誰が描いたんだ? ずいぶんリアルだな」
「ですよね。あ、裏に園長ってサインが」
「はははっ、あのおじいさんか。じゃあ仕方がないか」
大樹さんと顔を見合わせて、苦笑した。
「これ……瑞樹が見たら泣きそうだな」
「ですよね」
お互い可愛いみーくんが「熊」を引かないことだけを祈った。
「……熊田、このお面、やっぱりお前が被れ」
「えぇ? これは父親の役目では?」
「ははっ、だが熊のお面なら、熊田の方が似合っているよ。俺は瑞樹の写真を撮りたいから、なっ、頼むよ!」
全く……俺が大樹さんの頼みを断れないのを知って。
熊のお面で顔を隠して校庭に立つのは、気恥ずかしかったが、大樹さんのために頑張った。
やがて子供達が紙を片手に、必死な様子で園庭を走り出した。
「うさぎさん、みーつけた!」
「ひつじさん、ぼくときて~」
「リスさん、こっちこっち!」
可愛い動物と可愛い子供が手をつないで走る様子が、心温まるものだった。
さてと、みーくんはどこかな?
ぐるりと見渡すとが、見当たらない。
おーい、早くしないと競技が終わってしまうぞ。
「ひっく……ぐすっ……」
微かに聞こえる泣き声に振り向くと、みーくんがしゃがんで泣いていた。
いやな予感に慌てて駆け寄ると、手には「くまさんをつれてきてね」と書かれた紙を握りしめていた。
「ひっ、こわい……こわいよぅ」
みーくんが潤んだ瞳に、涙をいっぱい溜めていた。
「熊田、頼む!」
観客席から大樹さんが必死のジェスチャーを送ってくる。
早くお面を取れと言っているようだ。
「あぁ、みーくん、泣くな。怖くないよ。俺だ。くまさんだよ」
「え……もりのくましゃん……なの?」
「そうだぞ。ほらっ」
お面を取って笑顔を見せてやると、みーくんが目を丸くして、それから笑顔を浮かべて飛びついてきてくれた。
「くましゃん……くましゃん、もりのくましゃん」
涙と笑顔の混ざった表情が切なくて……この子に涙は似合わない。いつも、いつも笑っていて欲しいと願った。
「そうだぞ。だから怖くないだろう」
「うん! よかった~」
「よし、行くぞ!」
俺はみーくんを片手で軽々と抱き上げ、幼稚園の園庭をすごい勢いで走り抜けた。
途中でお面が吹っ飛んだが、気にしない。
みーくんにとって『くまさん』は、いつもずっと俺だから。
大樹さんも嬉しそうに、カメラを構えて観客席を併走してくれた。
……
あの時のみーくんはまだ小さくて片手で抱っこ出来たんだよな。
懐かしいな。
あの時の写真はどこにいったのか。
もしかしたら大樹さんの部屋を探せば出てくるかもしれない。
大樹さん……あなたはまるで、いつかこうなるのが分かっていたかのように、いつもみーくんの写真を撮ることに夢中でしたね。
折しも、次の競技は借りもの競走だそうですよ。
天国の大樹さんに話し掛けてみた。
あの日のように動物借り物競走ではないので俺の出番はないが、ワクワクしてくるよ。
「勇大さん、瑞樹よ」
「あぁ、何を引くかな?」
「簡単なのだといいけど……あの子、難しいものだと動揺しそうで心配だわ」
「そうだな」
さっちゃんもまた、みーくんのことをよく理解している。
それがまた嬉しくて、心が温まる。
「瑞樹は足が速いのよね」
「そうだな。昔からリレーの選手に選ばれていたよ」
「まぁ、じゃあ芽生くんの足の速さは瑞樹譲りなのね」
「もちろん、そういうことだ」
もう俺たちの中では、芽生くんはすっかりみーくんの息子という位置づけなので、自然とこんな会話も溢れてくる。
それがまた嬉しかった。
「あら? 瑞樹がこっちに来るわ」
もしかして……さっちゃんを連れに?
そんな期待でワクワクしていると、みーくんが俺の手も引っ張るので驚いた。
まさか、また熊ではないよな?
みーくんの手には「ラブラブな新婚さん」と書かれた紙が!
途端に顔が真っ赤になった。さっちゃんも真っ赤になった。
「お父さん、お母さん、早く! 早く!」
みーくんが興奮した顔で急かすのが可愛かった。
みーくんも今を楽しんでいる。ならば俺たちも楽しもう!
山奥で鍛えた身体はこの歳になってもピンピンしているし、さっちゃんも花屋で鍛えた体力が健在だ。
「みーくん、思いっきり走ろう!」
「瑞樹、お母さんと走るの初めてね」
「はい!」
俺たちは三人並んで、颯爽と校庭を走り抜けた。
苦しかった過去を乗り越え、寂しかった時間も超えて……
今という時間を一緒に走ろう!
これからは、これが俺たちの世界だから。
大樹さん、雲の上から見ていますか。
心のファインダーで覗いて下さい。
俺たちの笑顔を沢山撮って下さい。
これからは俺たち、笑顔で満ちていきますよ!
さっちゃんはきっと子供の運動会にゆっくり参加出来ず、働き詰めだったろう。俺にはみーくんとの楽しい運動会の思い出があるが、もしかしたらないのかもしれない。そう思うと、どうしても運動会を一緒に観に行きたくなった。
さっちゃんが今まで出来なかったこと、我慢していたこと、後悔していることがあるのなら、それを払拭してやりたい。
俺が連れて行いくよ、さっちゃんの翼となって。
大樹さんたちが消えてから、ずっと重たくて動けなかった身体が、今は嘘みたいに軽いから。
大樹さんの一眼レフ、お前も久しぶりに撮りたくないか。
校庭にいる、みーくんの姿を。
みーくんを驚かせようと前日の最終便に乗って、都内のホテルに1泊し、朝一番に小学校に駆けつけた。
子供達の競技をレジャーシートに座ってのんびり見ていると、ふと懐かしい思い出が転がってきた。
あれはまだ、みーくんが幼稚園の時だ。
澄子さんが妊娠初期で安静が必要だったので、俺と大樹さんで駆けつけたことがあった。
一番の思い出は『親子動物借り物競走』で、親が動物の仮面をして参加する競技だった。
……
事前に先生が描いたお面をランダムに配られた。
大樹さんが受け取ったお面は熊だった。
しかし熊だけ妙に怖い顔をしているぞ。
これって子供が見たら泣かないか?
「なぁ熊田、これ……誰が描いたんだ? ずいぶんリアルだな」
「ですよね。あ、裏に園長ってサインが」
「はははっ、あのおじいさんか。じゃあ仕方がないか」
大樹さんと顔を見合わせて、苦笑した。
「これ……瑞樹が見たら泣きそうだな」
「ですよね」
お互い可愛いみーくんが「熊」を引かないことだけを祈った。
「……熊田、このお面、やっぱりお前が被れ」
「えぇ? これは父親の役目では?」
「ははっ、だが熊のお面なら、熊田の方が似合っているよ。俺は瑞樹の写真を撮りたいから、なっ、頼むよ!」
全く……俺が大樹さんの頼みを断れないのを知って。
熊のお面で顔を隠して校庭に立つのは、気恥ずかしかったが、大樹さんのために頑張った。
やがて子供達が紙を片手に、必死な様子で園庭を走り出した。
「うさぎさん、みーつけた!」
「ひつじさん、ぼくときて~」
「リスさん、こっちこっち!」
可愛い動物と可愛い子供が手をつないで走る様子が、心温まるものだった。
さてと、みーくんはどこかな?
ぐるりと見渡すとが、見当たらない。
おーい、早くしないと競技が終わってしまうぞ。
「ひっく……ぐすっ……」
微かに聞こえる泣き声に振り向くと、みーくんがしゃがんで泣いていた。
いやな予感に慌てて駆け寄ると、手には「くまさんをつれてきてね」と書かれた紙を握りしめていた。
「ひっ、こわい……こわいよぅ」
みーくんが潤んだ瞳に、涙をいっぱい溜めていた。
「熊田、頼む!」
観客席から大樹さんが必死のジェスチャーを送ってくる。
早くお面を取れと言っているようだ。
「あぁ、みーくん、泣くな。怖くないよ。俺だ。くまさんだよ」
「え……もりのくましゃん……なの?」
「そうだぞ。ほらっ」
お面を取って笑顔を見せてやると、みーくんが目を丸くして、それから笑顔を浮かべて飛びついてきてくれた。
「くましゃん……くましゃん、もりのくましゃん」
涙と笑顔の混ざった表情が切なくて……この子に涙は似合わない。いつも、いつも笑っていて欲しいと願った。
「そうだぞ。だから怖くないだろう」
「うん! よかった~」
「よし、行くぞ!」
俺はみーくんを片手で軽々と抱き上げ、幼稚園の園庭をすごい勢いで走り抜けた。
途中でお面が吹っ飛んだが、気にしない。
みーくんにとって『くまさん』は、いつもずっと俺だから。
大樹さんも嬉しそうに、カメラを構えて観客席を併走してくれた。
……
あの時のみーくんはまだ小さくて片手で抱っこ出来たんだよな。
懐かしいな。
あの時の写真はどこにいったのか。
もしかしたら大樹さんの部屋を探せば出てくるかもしれない。
大樹さん……あなたはまるで、いつかこうなるのが分かっていたかのように、いつもみーくんの写真を撮ることに夢中でしたね。
折しも、次の競技は借りもの競走だそうですよ。
天国の大樹さんに話し掛けてみた。
あの日のように動物借り物競走ではないので俺の出番はないが、ワクワクしてくるよ。
「勇大さん、瑞樹よ」
「あぁ、何を引くかな?」
「簡単なのだといいけど……あの子、難しいものだと動揺しそうで心配だわ」
「そうだな」
さっちゃんもまた、みーくんのことをよく理解している。
それがまた嬉しくて、心が温まる。
「瑞樹は足が速いのよね」
「そうだな。昔からリレーの選手に選ばれていたよ」
「まぁ、じゃあ芽生くんの足の速さは瑞樹譲りなのね」
「もちろん、そういうことだ」
もう俺たちの中では、芽生くんはすっかりみーくんの息子という位置づけなので、自然とこんな会話も溢れてくる。
それがまた嬉しかった。
「あら? 瑞樹がこっちに来るわ」
もしかして……さっちゃんを連れに?
そんな期待でワクワクしていると、みーくんが俺の手も引っ張るので驚いた。
まさか、また熊ではないよな?
みーくんの手には「ラブラブな新婚さん」と書かれた紙が!
途端に顔が真っ赤になった。さっちゃんも真っ赤になった。
「お父さん、お母さん、早く! 早く!」
みーくんが興奮した顔で急かすのが可愛かった。
みーくんも今を楽しんでいる。ならば俺たちも楽しもう!
山奥で鍛えた身体はこの歳になってもピンピンしているし、さっちゃんも花屋で鍛えた体力が健在だ。
「みーくん、思いっきり走ろう!」
「瑞樹、お母さんと走るの初めてね」
「はい!」
俺たちは三人並んで、颯爽と校庭を走り抜けた。
苦しかった過去を乗り越え、寂しかった時間も超えて……
今という時間を一緒に走ろう!
これからは、これが俺たちの世界だから。
大樹さん、雲の上から見ていますか。
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