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小学生編

実りの秋 11 

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 宗吾さんと心ゆくまで抱きあった朝。

 身体は疲れていたが、心は澄み渡っていた。

 どうやら最後は抱き潰されてしまったようで、記憶が朧気だ。

 急いで下半身に手をあてると、綺麗に後処理してもらっていたので、安堵した。

 それはそれで恥ずかしいが……宗吾さんには、もう全部曝け出せる。

「瑞樹、起きたのか」
「すみません。寝坊しました」
「いや、大丈夫だ。ざっと綺麗にしたがシャワーを浴びた方がいい」
「はい」

 素直に従い熱いお湯を顔にあてると、満ち足りた心地が溢れてきた。

 実に1ヶ月ぶりに抱かれた。

 付き合い出して最初の1年は、僕の方が一馬をなかなか忘れられなくて深い関係にはならなかった。でも、それからは甘い逢瀬ばかりだったので、こんなにも長い期間、触れ合えなかったのは初めてだ。

 ようやく体力と気力が戻ってきた所で、僕は思いっきり宗吾さんの胸に飛び込んだ。

 宗吾さんの懐は広く暖かく、身体は熱く逞しい。

 とても落ち着く場所だ。

 昨夜は、それを再認識する深く長い逢瀬だった。

 僕の中に、まだ感じる宗吾さんの名残。

 下腹部に手をあてて、静かに目を閉じた。

 男同士の逢瀬は、深い愛を注ぎ合って満たしていく幸せな行為だ。

 僕には新しい命を生み出すことは出来ないが、大切な命を守り育てていくことは出来る。

 芽生くん……君に出会えて良かった。

 シャワーを浴びていると、洗面所から可愛い声がした。
 
「お兄ちゃん、おはよう!」
「芽生くん、もう起きたの?」
「うん! お兄ちゃん、朝からシャワー?」
「えっと、汗をかいちゃって」
「そっか~」

 頭を切り替えていこう。

 甘い余韻は、ここまでにしないとね。

 タオルを腰に巻いて出ると、パジャマ姿の芽生くんがクリームを片手にニコニコ待っていてくれた。

「わぁ~ お兄ちゃん、今日はつやつやだねぇ。ボクがもっとつやつやにしてあげるね。おじさんにもらったクリームをぬってあげる!」
「あ、ありがとう」

 ふと鏡の中の自分と目が合う。

 鏡に映る僕の顔は、幸せに満ち上気していた。

 なんだか照れ臭いな。

 とても、とても幸せな朝だ。

 薔薇色の気分だ。

「瑞樹、芽生ー ご飯だぞ」
「あ、はい!」
「はーい」

 朝日が差し込むリビングで、家族で朝食を食べる。

 芽生くんがベランダの鉢植えに水やりをして、僕が洗濯物を干す。

 いつもの日常が愛おしくて、丸ごと抱きしめたくなる。

「お兄ちゃん、運動会、はれるかな?」
「きっと晴れるよ。そうだ! 運動会のお弁当、中身は何がいいかな?」
「えっとね、いつものー!」
「分かった。じゃあいつものにしよう」

『いつもの』か。

 おにぎりの中身は鮭とたらこと梅干しで、あとは唐揚げと卵焼きとミニトマト。普段と変わらない『いつもの』が、僕も好きだよ。 
 
 こんな会話が通じるのも、僕たちがもう家族だからなんだね。

 阿吽の呼吸って、素晴らしいね。

 ひと月離れて戻ったら、家族の距離がもっと近づいていた。

 あの時堪えたこと、努力したことは、けっして無駄じゃなかった。

 小さな欠片となって日常に散らばって、ひとつひとつ報われていくんだ。

 さぁ……もう運動会は明後日だ。

「パパ、お兄ちゃんいってきまーす!」
「あ、芽生くん、水筒を忘れているよ」
「ありがとう!」
「リレーの練習、頑張ってね」
「うん! ボクがんばるから、絶対に見に来てね」
「楽しみにしているよ」
 
 朝練に行く芽生くんを見送って、僕たちも出社の準備をした。

 ネクタイを自室で選んでいると、宗吾さんが入って来た。

「あ……もう支度出来たのですか」
「あぁ、それ、貸してみろ」
「はい」

 宗吾さんと向き合って、ネクタイを締めてもらった。

 こういうシチュエーションって、ドキドキする。

「……瑞樹、身体は大丈夫か」
「はい、なんとか」
「昨日はありがとうな。可愛かったよ」
「僕の方こそ……カッコよかったです」

 もう一度だけと、深く抱擁して軽くキスをする。

 そして出発だ!

 今日もよい1日でありますように……!


****

「う……っ」
「菫さん、大丈夫か」
「ん……ただのつわりだから、気にしないで」
「いや、大事にして欲しい。とにかく家のことはオレがやるから、休んでいてくれ」

 妊娠が確定したのと同時に、菫さんのつわりが本格的になってきた。

 オレはオロオロするばかり。

 こんな時、男は情けないな。

「うーん、運動会があるのに困ったわ。お弁当……潤くんが作れる? 私、ご飯が炊ける匂いがダメみたいで……」
「そういうものなのか。頑張るよ」

 うーん、運動会の手作り弁当か……正直、何が入っていたか、あまり覚えていない。惣菜パンとか……だったかな? 

 母さんはいつも仕事が忙しかった。でもそれは土日が稼ぎ時だったから仕方が無かったんだ。大人になって分かることばかりだ。

 そうだ、こういう時は兄さんを頼ろう。

「ママ……ぽんぽん……だいじょうぶ?」
「いっくん、ごめんね。えっとね……お腹にやってきてくれた赤ちゃんが今ベッドを作っているの。きちんと出来るまで、少し大人しくしていてね」
「うん、いっくん、じっとしてる。いいこになる」

 そのまま、いっくんが突然黙りこくってしまった。

 ぴたりと動かなくなってしまった。

 えっ……もしかしてこの子は……こうやって……いつもじっと我慢していたのか。

 まだ、たった三つだぞ。

 こんなに小さいのに?

 オレがいっくん位の時なんて、我が儘放題だったのに。

 「いっくん、じゃあパパと一緒に沢山遊ぼう! それからパパの手伝いもして欲しいな」
「え……いっくんにも……できることあるの? おじーちゃんもおばーちゃんも、ママがびょうきになると、じっとしていなさいって……」
「そうか……でも、今はパパがいるんだ。だから大丈夫だ」

 兄さんが芽生坊にしているように、しゃがみこんでいっくんの目を見て、ちゃんと話してやった。
 
「ほんと? いっくんね、いっくんね、うんどうかいのれんしゅうしたいな」
「ん?」
「みんな、パパとするんだって」
「どんなこと?」
「かけっこ……とか……」
「おぅ! それなら今すぐ出来るぞ」
「ほんと?」

 保育園に行く前に、家の前の公園で少し遊んでやった。

 いっくんは目をキラキラ輝かせて、大喜びだ。

 こんな些細なことで、こんなに喜んでくれるなんて。

「いっくん~ 潤くん~」

 菫さんが窓辺から手を振っている。

 外の澄んだ空気を気持ち良さそうに吸い込んで、笑っている。

 朝日に照らされた菫さんは、とても綺麗で神秘的だった。

 お腹に宿る新しい命を感じて、思わず……視界が滲む。

 いっくんの小さな身体を抱き上げて、一緒に手を振った。

「ママぁ~ いっくんとパパ、うんどうかいのれんしゅうするんだよ」
「ここから見てるわ。いっくん、がんばってね」
「うん! ママぁ、みていてね」

 オレは、この母子を守る。

 絶対に守る。

 何度も、何度でも……誓う!

 

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