上 下
1,183 / 1,743
小学生編

実りの秋 6

しおりを挟む

 俺の腕の中で静かに眠りに落ちていく瑞樹を、しっかり抱きしめてやった。

 君は事故当時まだ10歳だった。

 今の芽生とそんなに変わらないのに、まさかそこまで惨い経験をしていたなんて。

 両親と弟を目の前で失っただけでも堪えきれない酷い惨劇なのに、親戚から追い打ちをかけるような真似をされていたなんて。

 デリカシーがなさ過ぎだろう。

 瑞樹が俺に話してくれた事故直後の話は、俺の想像の上を行く酷い内容だった。

 まだまだきっと、俺に話していない悲しい過去を胸に秘めているのだろう。

 幼い君一人で両親と弟、三つの棺を見送った光景を思い浮かべると、俺の胸も切なく震えた。

 もう一生分の悲しみを味わった君には、この先はずっと微笑んでいて欲しい。

 俺は君の笑顔を、ずっと守りたい。

 改めて誓うよ。

 温もりを確かめるように瑞樹の小さな頭を掻き抱き、俺も目を閉じた。

 もう大丈夫だ。

 今日、また一つ重たい過去を吐き出せたな。

 空いた分は、俺たちの幸せで埋め尽くそう!

 ****

「広樹、ちょっといい?」
「母さん、どうした?」

 久しぶりに納戸の整理をしていた母さんに呼ばれた。

「これ……懐かしいわね」
「あっ、それって」

 綺麗に畳まれた黒いズボンに白いシャツとグレーのベストを見せられて、ハッと息を呑んだ。

 それは瑞樹の服だった。

 樹の下に呆然と立ち尽くしていた瑞樹が着ていた服だ。

 忘れるはずもない。

「懐かしいわね。この服を着た瑞樹と会った日が」
「……そんなもの、まだ取っていたのか」
「何となく捨てられなくて。だって、あの子が実の両親が用意したものだから。タグに『あおきみずき』って名前も書いてあるし」
「……でも、もう必要ないんじゃないか。たぶん、あまりいい思い出はないと思う」
「そうね。でも私達が勝手に処分してもいいのかしら?」
「むしろ、した方がいいと思う。あのさ、葬式に自分の黒い服を着ていたということは、事故後、瑞樹だけ自分の家に戻って、一人で着てきたってことなんだよな?」
「……そういうことになるわね」

 俺はあの日……喪服姿の瑞樹の遠い親戚が立ち話をしていたのを聞いてしまった。

……
 
「へぇ、じゃあ、あの家にわざわざ寄ってきたんですか」
「あぁ、あの子が着ていた服は事故でボロボロだったから廃棄したし、病院の売店で買ったパジャマしかない状態だったから仕方なくな。しかし気持ちいいもんじゃないぜ。主が事故死した家なんてさ。幽霊が出そうで怖いから、俺たちは外で待っていたんだ」

……

 家族でピクニックに行った帰り道に、事故に遭ったと聞いていた。

「きっとさ、瑞樹の自宅は出掛けたままだったんだろうな。あまりに日常が溢れていて……瑞樹、辛かったろうな、怖かったろうな」
「そうよね。私が瑞樹の荷物を取りに行った時、涙が溢れて止まらなかったわ。あまりに普段のままで……」

 やっぱり! 瑞樹にとって相当ショックな光景だっただろう。
 
 そこにいた人がもういないなんて信じられなかっただろう。

「あの子は、ずっと何かに怯えていたわ」
「……そういえば、瑞樹は忘れ物をするのを怖がっていたよ。神経質に何度もランドセルを開けては確かめてを繰り返しているから聞いたら、寂しく笑っていたよ。忘れ物だけは絶対にしたくないからと……そして……忘れ物にはなりたくないと」
「うっ……」

 母さんが泣いた。
 俺も涙ぐんでしまった。

 事故後、暫く……瑞樹は自分も天国に行きたそうにしていたことを、俺は知っている。
 
 どうして自分だけ置いていってしまったのかと、夜中に魘されて泣き叫ぶこともあった。

 今はもう幸せに暮らしている、瑞樹の悲しい過去を思い出す服は、もう処分した方がいい。

 これは俺たちの役目だ。

「母さん、これは瑞樹が見る前に処分しよう」
「そうね、捨てるわ!」

 母さんがビニール袋に服を突っ込むのを見て、安堵した。

 もう断ち切ろう。

 悲しみの連鎖を呼ぶものは、いらない。

 幸せの連鎖で、悲しみを追い出していこう。

「ええっ、ぐすっ」
「あら。優美ちゃんが泣いてるわよ」
「俺、ちょっと見てくるよ」
「広樹、背中を押してくれてありがとうね」

 寝室に行くと、みっちゃんと一緒に眠っていた優美が起きてグズっていた。

「どうした? ゆみ」
「ぐすっ、ぐすっ」
「怖い夢でも見たのか。大丈夫だ。パパがいるから」
 
……
 どうした? みずき……怖い夢でも見たのか。
 大丈夫だ。俺がいるから。
……

 あの頃、夜な夜な根気よく励まし、悪夢に怯える瑞樹をこんな風に抱きしめてやった。

 まだまだ消せない過去がたまに瑞樹を苦しめることもあるだろうが、そんな時は宗吾さんに甘えろ。吐き出せ。抱きしめてもらえよ。

 それが瑞樹の兄として、願うことだ。

 

 
****

「……宗吾さん」
「どうした? 眠れないのか」

 ふっと眠ったと思った瑞樹が呟いた。

「なんだか…今……心がふわりと軽くなりました」
「あぁ……きっと、幸せが……空いた心の隙間を埋めてくれたんだよ」
「そうなんですね……あったかいですね」
「寒くないか」
「少し……」

 秋が深まり、少し肌寒くなってきた。

 俺は瑞樹を抱きしめなおし、暖を取った。

「君は温かいな」
「そうでしょうか……」
「あぁ、俺の癒やしだよ」
「嬉しいです。必要とされるのが……嬉しいです」  

   
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...