上 下
1,179 / 1,730
小学生編

実りの秋 2

しおりを挟む
「じゃあ早速、青山に連絡してみるよ。向こうも都内に勤めているから近々実現させよう」
「管野、あの、ありがとう……僕を誘ってくれて」
 
 振り返れば中学から高校にかけて、僕はどこまでも後ろ向きだった。
 
 10歳で函館の家に引き取られ、年齢を重ねるにつれ自分が置かれている状況に苦しみを抱くようになった。どれだけの負担と迷惑をかけて置いてもらっているのかと勝手に嘆き、息を潜め、目立たずに、ただ時が過ぎていくのを待った。

 本当に、ひとりよがりだった。

 あの頃の僕に宗吾さんが逢ったら、きっとこんな風に言うだろう。

 ……
 瑞樹は馬鹿だなぁ、そんなに他人行儀になるな!
 どうしてそんなに頑ななんだ?
 時をやり過ごすのではなく、ちゃんと息を吸って周りを見渡して見ろ! 世界は生きている!
 ……

 函館のお母さんも広樹兄さんも潤も、僕を家族の一員として迎えてくれたのに、いつまでも僕がそんな調子だから、結局何も得られず、上手くいかなくなった。

 人との間に高い壁を作ったのは、僕自身だ。

 高校時代は、心から笑うことはなかった。何となく皆に会わせて、何となく同調して、それが染みついて。

 だから卒業後の進路も明かさずに故郷を捨てた僕には、中高の友人と呼べる人はいないんだよ。

 管野には、この複雑な気持ちを、きちんと伝えておきたい。

「瑞樹ちゃん、どうした? 何を考え込んでいる?」
「僕には……高校時代、自分のせいで友人と呼べる友人がいなかったから、誘ってもらえて嬉しくて」
「よせやい! むしろ付き合ってくれてありがとう! 俺一人で会うより、瑞樹ちゃんと一緒の方が断然楽しいよ」

 僕といるのが楽しい?

 それって、嬉しい言葉だよ。

 管野はいつも嬉しい言葉をハッキリ口に出して伝えてくれるので、励まされる。

 出逢った頃から何も変わらない、優しくおおらかな人柄。

 僕は何度も何度も、管野に救われた。

「じゃあ遠慮なく、僕も参加するよ」
「それがいい! それに白石と瑞樹ちゃんってさ、気が合いそうだぞ」
「えっ……そうなの? 白石 想くんだったよね」

 貧血で倒れた彼は、端正で上品な雰囲気の男性だった。着ているスーツも腕時計も鞄も何もかも上質で、一目で育ちが良い人だと分かった。お母さんへの花束といい、きっと両親の愛情を一身に受けた人なのだろう。

 眩しいような、親しい感じがする。

 僕が、まだよく知らない人に、柔らかな感情を抱くのは珍しい。

「僕で大丈夫かな?」
「あぁ瑞樹ちゃんは、俺のお墨付きだ。天使と天使、最高の組み合わせだ」
「くすっ、ありがとう。あ、もう始業時間だ。行こう!」

 

 部署に入ると、突然拍手が鳴り響いた。

 ええっ何事!?

 管野と顔を見合わせると、リーダーに呼ばれた。

「管野、葉山、お帰り! 二人とも一ヶ月よく頑張ったな!」 

 リーダーの力強い声に、感激した。

「ありがとうございます。今日からまたここで働きます。宜しくお願いします」
「あぁ、みんな二人の帰りを待っていたぞ」
 
 同僚や先輩、後輩の笑顔や労いの声に囲まれて、やっぱりここが僕のホームだと実感する!

「それから昨日、会長から直々に電話があったぞ」
「えっ、そうなんですか」
「あぁ、べた褒めだった。『二人の働きぶりは完璧だった。特に仲間を大切にする心が良かった。我が社の社員の誇りだ』と仰っていたぞ」
「あ……ありがたいお言葉です」
「『本店に引き抜きたいが、土壌との相性を考えて我慢する。その代わりに、次の社内コンクールには、二人とも是非応募するように』とのお達しだ」

 会長の信頼をそこまで得られたのが照れ臭くも嬉しくて、管野とハイタッチをした。

 お互い一ヶ月がむしゃらに働き抜いたから、少しやつれて日焼けしていた。

 それがまたよかった。

 同じ場所にいた証しだからね。

 管野とチームを組めて良かった。

 これからもずっと一緒に仕事をしよう!

 切磋琢磨していこう!

 





 帰り支度をしていると、宗吾さんから電話があった。

「瑞樹、お疲れさん。そろそろ上がれそうか」
「はい、今から出ますので、芽生くんのお迎えは僕が行きますね」
「ありがとう。芽生、喜ぶよ。それで悪いが、そのまま実家に寄ってもらえるか。俺も後から合流するから」
「分かりました」

 何だろう?

 宗吾さんの実家に行くのも、一ヶ月ぶりだ。

 僕が不在の間、一週間、宗吾さんと芽生くんがお世話なった。あの時は僕も飛んで帰りたくなった。皆の団欒に混ざりたくて、心が乱れてしまった。

 見方を変えれば、最近の僕は感情をあまり溜め込まずに、外に出せるようになったという事なのかな? 

 まだ慣れない感情をつれて帰路に着いた。


 ****

「芽生くん、今日は朝からずっとご機嫌なのね。いつもなら疲れちゃう時間なのに」
「先生、あのね、お兄ちゃんがオオサカから帰ってきたんだよ」
「まぁ! あの綺麗なお兄さんが? よかったわね」
「そう! だからうれしくって!」

 ほうかごスクールの先生って、だいすき! ボクのお兄ちゃんのことを、いつもほめてくれるから。

「それにしても大好きなお兄ちゃんが一ヶ月もいなかったら、さみしかったでしょう」
「うん……でも、もうダイジョウブだよ」(昨日おふろで赤ちゃんみたいに抱っこしてもらったのは、ヒミツだよ)
「あ、ほら、いらしたわよ、きゃー」

 きゃー?って、せんせ? 

「芽生くん! お迎えに来たよ」

 スーツ姿のお兄ちゃんは少しひやけしたせいか、カッコいいよ!

 きれいでカッコいいお兄ちゃんって、すごいかも。

 せんせいが「キャー」っていうのも、わかるなぁ。

「芽生くん、今日はおばあちゃんの所に行くんだよ」
「わぁ! おばあちゃんもね、お兄ちゃんに会いたがっていたよ」
「本当に?」
「うん! マスコット作ってもらう時、お兄ちゃんの写真を見て『元気にやっているかしら』って、さみしそうだったもん。だから、よろこぶよ」
「嬉しいな。お兄ちゃんもお母さんに、とても会いたかったよ」


 会いたいなって思うのって、ステキだね。
 会いたいなって思ってもらうのも、いいなぁ。

「お兄ちゃん『会いたい』と『会いたい』とが、ごっつんこすると、なにができるでしょーか」
「うーん、なんだろう?」
「えへへ、かんたんだよ」

 ニコッ!  と笑うと、お兄ちゃんもにっこりしてくれたよ。

「あっ、笑顔かな?」
「あたりー! だって、どっちも、うれしいもんね。だからお兄ちゃん、笑って、いっぱい笑ってね」
「うん! うん! そうするよ」

 お兄ちゃんの笑顔が見たくて、おねだりしちゃった。

 今日からお兄ちゃんは、ずーっとお家にいるんだ。

 ボクの会いたいとお兄ちゃんの会いたいも、ちゃんとごっつんこできてよかった!

 今日からまたよろしくね。

 ボクのだいすきなお兄ちゃん。










あとがき





****

運動会の話と並行して「今も初恋、この先も初恋」https://estar.jp/novels/25931194 の駿と想と近々ランチをする予定です。想と瑞樹を触れ合わせてあげたくなりました。未読でも分かるように書いていきますので、お付き合いのほど宜しくお願いします。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...