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小学生編

ひと月、離れて(with ポケットこもりん)27

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  葉山瑞樹か。

 控えめで大人しそうな印象だったのに、俺の申し出を潔く断るなんて、ますます気に入った。大阪本店への人事異動は諦めたが、その名はしっかり覚えておこう。

 なぁ、いつか俺たちと組んでみないか。

 東西でタッグを組めたら面白そうだ。

 きっとアイツも喜ぶだろう。

 不慣れな松葉杖で身体を支えるのに疲れて、ベンチに腰を下ろすと、小さな男の子が目をキラキラ輝かせて、ブース内に俺たちが作った花壇を覗き込んでいた。

 そこは季節の寄せ植えで、大量の秋桜が風に身を任せていた。

 何をそんなにじっと見ているのか。何が面白い?

 目を凝らすと、秋桜の根元に雑草がはびこっていた。

「なんだよ、あそこ」
 
 パビリオン内の花の手入れは完璧だったのに、どうしてそこだけ整備していないんだ? 葉山を呼んですぐに刈り取らせようと思い立ち上がると、男の子の嬉しそうな声が響いた。

「あっ! あったー! お兄ちゃん、お兄ちゃん、どこー?」

 お兄ちゃん?

 俺もつられて辺りを見渡すと、作業服姿の葉山瑞樹が走り寄って来た。なんだ、葉山の弟だったのか。これは随分と年の離れた弟がいるんだな。いや、何か事情があって血の繋がらない弟なのかもしれない。それにしても、ずいぶん懐かれて……微笑ましいもんだ。

 興味が湧いたので、そのまま様子を見守ることにした。

「どうしたの? 芽生くん」
「あのね、よつばを見つけたよ!」
「え? 本当に?」
「うん、ほら」
「本当だ。そうか……うん、よかったよ。ここには四つ葉あるような気がしていたんだ」

 なるほど。葉山はここの手入れを怠ったのではなく、意識的に残していたのか。彼のふんわりとした優しい眼差しと表情に、今も病室にいるアイツの顔が浮かんだ。

 アイツは、あの事故で咄嗟に俺を庇ったせいで、俺よりずっと重症だった。すぐに意識不明に陥って俺を心配させまくって、このまま死んでしまうかと思った。怖かった……アイツがいない世界が目前に迫ってきて震えた。

 1ヶ月ぶりに目覚めたアイツは、すぐに俺を探した。

 そして「イブキが……無事でよかった」と、声にならない声を発した。

 お前を危険な目に遭わすくらいなら遠くに手放そうと思ったのに……お祖父様の一言に、俺はその決心を覆した。

 一生傍にいろ!

 そう誓う!

 じわりと視界が滲んでいく。

 秋薔薇のアーチがぼやけて見えるのは、何故だろう? 

 次の瞬間、小さな男の子がトコトコと俺の前にやってきた。

「あの……これ、どうぞ」

 スッと目の前に差し出されたのは、四つ葉のクローバー。

 俺も小さい頃、こんな幸運を探したこともあったのに、大人になると雑草としか認識しなくなっていた。

「これは君が見つけたものだろう。受け取るわけにはいかないな」
「うーんとね、これはボクが見つけたけど、ボクのものじゃないよ。あのね……お兄さん、足がいたいの?」
「えっ?」
「だって……ないているから……」

 俺が人前で泣くなんて……あり得ない。

 怪訝に思ったが、瞬きをするとポタッと手の甲に涙が落ちてきた。

「これをもっているとね、元気になるんだよ。えっと……しあわせになるおまじないをかけてあげる!」

 子供の声が、すでに可愛い呪文だった。

「あ、ありがとう」

 届けたい人の顔が浮かんだので有り難く受け取ると、男の子はうれしそうに笑って、再び葉山の元に戻っていった。

 葉山と目が合うと、ぺこりとお辞儀をされた。

 俺はなんとなく気恥ずかしく……気まずかったので、そのまま松葉杖を突いてUターンした。

 良かった。葉山に「雑草を抜け」などと酷い言葉を発しなくて。

 つい奢ってしまう心の弱さ。

 やっぱり俺をカバーしてくれるアイツが傍にいないと駄目だ。

 遠くに楽しそうな声がする。

 先ほどの少年と…… 

「芽生、こんな所にいたのか」
「あ、パパぁ~」
「宗吾さん、この後どうされますか」
「うん、芽生とパビリオンを堪能してくるよ。君は仕事中だ。邪魔はしないよ」
「すみません」
「おっと、ストップ! すみませんはもうナシだぞ」
「あ、そうですね。あの、ありがとうございます。楽しんで下さい!」

 デレデレな父親の様子に、葉山の声が甘さを含み弾んでいる。

 ん? まさかな?

 もしかして……いや、考えすぎか。

 もしもそうだったら……そんな都合のよいことを考えてしまった。


****

 パビリオンの閉園時間を迎え、宗吾さんと芽生くんは、途中から合流した小森くんと一緒に先に退出した。僕はもう少しかかりそうだ。

「瑞樹、俺たちは小森くんと甘味を食べてくるから、新幹線のホームで会おう」
「はい! 必ず間に合わせます」
「あぁ、一緒に帰ろうな」
「はい!」

 結局小森くんが何故一緒だったのか詳しい説明は出来なかったが、大切な役割を果たすための修行で同行したと理解してくれたようだ。

「流石にポケットこもりんは、ファンタジー過ぎるよね?」

 ポケット芽生くんに、思わず話しかけてしまった。

 やがて閉園のアナウンスが流れる。

 夕暮れの空に、「ふぅ……」と、ついに怒濤の1ヶ月が終わった安堵の溜め息が漏れる。
 
「葉山、菅野、お疲れさん」
「あ……加々美さん。ずっといらしたのですか」
「まぁな……その……君たちには随分世話になったから」
「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきました」
「また会おう!」

 そう声をかけられて緊張した。

「そう怯えるなって、取って食いやしない。今度は俺のサポートではなくて、対等に君たちと向き合ってみたいんだ」
「あ……はい! 是非お願いします」

 誰かのサポートに徹して、気付くことも多かった。自分の手癖を見つめ直すきっかけにもなり、勉強になることばかりだった。

「じゃあ今度は……加々美さんの大切なあの方と一緒に!」

 何気なく言った言葉に、加々美さんは赤面していた。

「あの?」
「葉山は大人しそうに見えて、案外……」
「え?」
「いや、君もいろんな一面を持っているのだな」

 そんな風に言ってもらえるのは、光栄だ。

 この1ヶ月、我慢に我慢を積んで、強くなった面があるのかもしれない。

「さぁ、もう帰れ! お前達のホームに!」

 トンっと背中を押され、僕と菅野は歩き出した。

「瑞樹ちゃん、お疲れさん」
「菅野もお疲れ様」
「風太が小さかったなんて、今となってみれば夢のようだな。ポケットの中には、もう誰もいないや……」

 菅野が少しだけ寂しそうな顔をした。

「そうだね。でも夢の世界よりも、僕は今が好きだな。菅野も同じだよね?」
「あぁ、その通りだ! さぁ、帰ろう!」
「うん! あ……新幹線の時間が迫っているよ。走ろう!」

 僕たちは軽快に走り出した。

 愛する人の元へと。

 頑張った自分を誇らしく連れて、飛び込もう。

 愛しい人の胸に。
  

  
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