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小学生編

ひと月、離れて(with ポケットこもりん)25

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 眠るのが惜しかった。

 1ヶ月ぶりに逢えた愛しい人の寝顔を、いつまでも見つめていたかったから。

 それに再び夜中に魘されないか心配だったので、俺は夜が更けても目を閉じることは出来なかった。

 案の定、夜中にふと目覚めた君は、しばらく静かに天井を見つめていた。

 瞬きもせずに。

 もっともっと上の、天上の世界を思い浮かべているようにも感じた。

 俺の視線には気付かないで、焦点の合わない目でぼんやりとしている。

 急に不安を覚えた。

 もうどこにも飛んでいかないように、抱きしめてやろう。
 
 そう思った瞬間……

 長い息を吐きながら「ふぅ……良かった」と安堵の声が聞こえたので、溜まらずに話し掛けてしまった。

「瑞樹、眠れないのか」

 驚くと同時に、いつもの悪い癖で謝ろうとする君がいじらしくて、泣きたくなる。

「宗吾さん……さっきは……すみ……」

 俺はその唇を潔く塞いだ。

 謝罪なんて不要だ。

 あの悪夢がやってくるのは、君のせいではない。

 瑞樹は何も悪くない。

 それを分からせてやりたかったし、一ヶ月ぶりの触れ合いは、あたたかいキスから始めたかった。

 唇を押し当てると、瑞樹の唇がふわりと花のように開く。

「宗吾さん……」

 小さな小さな、甘えるような声が愛おしい。

 瑞樹が俺を見上げる瞳は、もう潤んでいた。

「んっ……」

 甘い吐息を通わせていく。

 電話越しに触れた君だけれども、生身の身体は桁違いだ。

 ぬくもり、息づかい……どれも信じられないほど熱っぽい。

 キスをしながら、お互いの存在を確かめあった。

 健全な男同士、こんなことをし続けたら引っ込みが付かなくなる。

 至近距離で目が合うと、瑞樹も困った顔をしていた。

「分かってるって。もうこの辺にしておかないと……お互いヤバイな」
「……はい」

 恥ずかしそうに目を伏せて、そのまま瑞樹から抱きついてくれた。

「宗吾さん……明日には家族で東京に戻れますね。僕の最後の仕事……よかったら見にいらして下さい」
「俺も最初からそのつもりだったよ」
「嬉しいです。あと少しだけ待っていてくださいね」
「いい子にしてるよ」
「くすっ」
「ご褒美を期待してる」
「……はい、それは僕も……」

 甘ったるく擽ったい会話を続けていると、瑞樹が小さな欠伸をした。

 あどけない、あどけない表情を見せてくれる。

「おやすみ、みーくん」
「あっ……嬉しいです」

 瑞樹はもう一度仰向けになって、芽生に布団が行き渡るように掛けなおしてから目をそっと閉じた。

「いい夢を――」


****

 北鎌倉、月影寺。

 今日は二度も不思議なことがあった。

 社務所のお守りが風に吹かれて舞い上がり、木々の狭間に落ちてしまったのだ。

「今の突風だったね、何かあったのかな? あ……そうか……小森くんはまだ大阪だったね」
 
 ついいつもの癖で小坊主姿の小森くんを探してしまう。

「どうした? 翠」
「流、今、お守りが風に飛ばされてあそこに。僕が取ってくるよ」
「いや、取りに行かなくていい」
「流が行ってくれるの?」
「いや、あれは旅立ったのさ。だから今は下手に触れない方がいい」

 月影寺は古い寺だ。

 不思議なことのひとつやふたつは珍しいことではない。

「小森のことが気になっているのか」
「うん……あの子はまだ修行中の身だからね」
「だがもう五年も翠の厳しい修行を乗り越えてきたんだぞ」
「そうだね、あの子は筋が良くて真っ直ぐで清らかで無邪気だから、つい修行にも力が入ってしまうんだよ。だから最後はあんこで甘やかしてしまう」

 小森くんは愛弟子だ。だから信じているが、どうにも落ち着かない。

 先ほどのお守りの行方は、どこへ。

 大切な人のお守りとなるための修行に出したのはいいが、無事だろうか。

 大阪で何かあったのではないか。

 巻き込まれていないといいが。
 
「ふう……」
「翠、そう考え込むな。アイツは自ら小さくなって出立したんだ」
「そうだね……ここにいる僕には何も出来ないのがもどかしくて……人はやはり無力なんだな」
「翠……『無力』だが『微力』があるというのが持論だろう。忘れたのか」

 流が僕の背後に立つと、僕を煽るように吹き付けていた風がぴたりと止む。

 流が風を遮ってくれたのだ。

「ほら、俺も微力ながら、翠の支えになれているだろう」
「そうだね……人は無力じゃない。誰かを守るために、癒やすために、励ますために、小さな力を持っているんだよね」

  よし、僕は……1ヶ月の修行を終えて戻って来る小森くんを労ってあげよう。

「流、明日は月下庵茶屋に行って満月最中を買ってきてくれるか」
「満願成就だな」


****

 関西パビリオン

 朝のミーティングで、僕と菅野は皆の前に立たされた。

「おはようございます! いよいよパビリオン最終日ですね。東京本社からの助っ人、菅野くんと葉山くんの勤務は残念ながら今日までになります。本当に1ヶ月間、ありがとうございました。最後に一言ずつお願いできますか。じゃあ菅野くんから」

 わわ……僕はこういう場は慣れていないので、何を言おうか迷ってしまう。

 僕の動揺とは裏腹に、菅野はよく慣れた調子で流暢に話し出した。

 そう言えば、高校時代は執行部でクラス委員をしていたんだったね。

「おはようございます! 本社から参りました菅野良介です。俺たちを1ヶ月間、暖かく受け入れて下さってありがとうございます。このパビリオンに皆さんがかけられた想いを潤滑に繋げられるように頑張りました。微力ながらお役に立てたのなら嬉しいです。明日から本社に戻らなくてはならないため、会場の撤収作業まで出来ず申し訳ありません!」

 拍手喝采。

 わ……もう、僕の番だ。

「同じく本社から参りました葉山瑞樹です。今日までお世話になりました。皆さんが準備した空間が居心地良くて、花と共に過ごす1ヶ月は、あっという間でした。このパビリオンの展示を通して、やはり花は人を癒やし人を育てることを、再認識させていただきました。僕も成長できました。ありがとうございました」

 拍手と共に顔をあげると、目の前に松葉杖が見えた。

「あ……」
「やぁ、葉山瑞樹くん」
「あっ、もう退院されたのですね」
「あぁ経過良好で今日から職場復帰だ。といっても、まだこの足だ。今日も君がサポートしてくれるか」
 
 今日も……という言葉が嬉しい。

「はい、喜んで!」

 僕と同じ作業服を着た彼の胸ポケットには、真っ白なネームプレートがついていた。そこに自然と焦点が合った。

『加々美 息吹(いぶき)』

 えっ……
 
  

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