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小学生編

ひと月、離れて(with ポケットこもりん)11

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 心が通った。
 心が整った。

 彼は落涙と共に、ぽつりぽつりと花たちの癖を教えてくれた。

「……き、君たちに頼みたい」
「分かりました。あなたの大切な子たちの様子をしっかり見てきます」
「よ……よろしくお願いします」

 病室を後にして、僕と菅野はふぅと深呼吸をした。

「葉山は流石だな。人の心を砕く素質があるよ」
「そんなことないよ。最初に菅野が突破口を開いてくれたんだ。それより大丈夫か」

 菅野はあの世へ旅立ってしまった恋人のことを、思い出していたのでは?

「悪い、気付いていたのか。普段は意識してないんだけどさ……さっきは自分でも驚いたよ。知花ちゃんとの思い出は、まだ……ここに残っているんだな」

 寂しい微笑みだった。

 掴めそうで掴めない淡い思い出に包まれて、少しだけ力なく笑っている。

「菅野、無理しないでくれ。僕の前では何も飾らなくていいんだよ」
「葉山……」

 僕の言葉と引き換えに、菅野はスッと真顔になった。

「ありがとうな。なんか久しぶりに彼女と思い出の中で会えて……やっぱり嬉しかったんだ」

 菅野の目は、赤く充血していた。

「風太のことが大好きなのに……こんなの悪いよな?」
「そんなことないよ。小森くんはとても聡い子だよ。翠さんの一番弟子だしね。亡くなった彼女と小森くんを同じ天秤にかけることはないと思うよ」

 菅野の震える手をそっと握った。

 生きている温もりを伝えたくて。

「サンキュ……あぁやっぱり瑞樹ちゃんは、癒やしの手の持ち主だな」
「落ち着いた?」
「ごめんな、格好悪い」
「そんな風に言うな。僕は嬉しいのに」
「そうだな、聞いてくれてありがとう」
「うん、菅野……この仕事、菅野とペアで本当に良かったよ。菅野だから気持ちを揃えて頑張れる」

 さぁ、僕たちもしっかり心を整えていこう!


  病院から再び本社に戻り、更衣室で作業服に着替えていよいよ現場に向かった。
 
 パビリオン会場は、どのブースも明日のOPEN準備に追われているようだった。

 加々美花壇のブースの前に辿り着くと、大きな看板が掲げられていた。

『花と生きて、しあわせを繋いで行こう!』

 いいね、ストンと落ちる言葉だ。

 花に寄り添ったこのキャッチフレーズは、あの事故に遭ってしまった彼の言葉だ。
 
 同じ作業服姿の白髪の男性が会場内の花をじっと見つめていたので、声を掛けた。

「あの、今日からサポートさせていただく葉山と菅野です。東京本社から参りました。どうぞ、よろしくお願いします」
「あぁ……君たちか」
「か……会長!」

 驚いたことに作業服を着た男性は、加々美花壇の会長だった。

「やぁ、明日のセレモニーに合わせてやってきたんだよ」
「そ、そうだったのですね」

 僕たちの会社は規模が大きく、会長と言えば現社長のお父様で、雲の上の存在だったので緊張した。

「昨日、痛ましい事故が起きたそうで胸が痛むよ。花も寂しそうだ」
「畏まりました。早速、作業に入ります」
「あぁ、よろしく頼むよ」

 確かに会場内の花は主を見失ったように、あちこちを向いていた。

 あれが美人な秋桜で、向こうが優雅なクレチマスだ。

 花たちは、病院の彼を探しているようにも見えた。

 僕と菅野は花と対話しながら、順番に手入れをした。

 最後に入場ゲートのアーチを見上げると、薔薇が部分的に元気がない様子だったので、気になった。

「菅野、これ、どう思う?」
「そうだな。この部分、ヤバくないか」
「やっぱり……根腐れかな?」

 枯れそうになっている薔薇に触れた途端、アーチから外れて、僕にザバッと降りかかってきた。

「うわぁっ!」
「はっ、葉山大丈夫か」
「ん……なんとか」
「あぁ……」
「危なかったな」
「痛っ」

 頬を手で押さえると薔薇の棘が掠めたようで、うっすらと血が滲んでいた。

「あぁまずい。少し切れちゃったな」
「大丈夫、こんなの日常茶飯事だよ」
「だが……大事な顔に傷をつけて」
「かすり傷だよ」

 実際すぐに血も止まり、痛みも引いた。
 
「でも……宗吾さんが知ったら心配するぞ」
「……うん、気をつけるよ。でも……明日じゃなくてよかったよ。ここは、しっかり補強しないと」

 もう少し慎重になろう。

 宗吾さんと芽生くんには、余計な心配をかけたくない。
 
 そこから日が暮れるまで作業に没頭して、僕も菅野もヘトヘトになった。

「み……瑞樹ちゃん、生きてるか」
「なんとかね」
「今日はここまでだ。マンションに戻ろうか」
「うん」

 身体は疲労していたが、寂しげだった花が元気になってくれたので、達成感はあった。

「あ……小森くんのこと、忘れていた」
「風太、大丈夫かな」

 電話をかけるが出られるはずもなく、僕たちは慌てて帰宅した。

「ただいま! 風太、どこだー」
「小森くん、どこにいるの?」

 真っ暗な部屋からは、返事がない。
 
 菅野と二人で真っ青になる。

 あんな小さな身体で迷子になったら大変だ。
 
  そこにカサカサとまた音がする。

 今度は、何の音だ。

 その次の瞬間、足首にべちゃっとした物体がくっついた。

 べちゃ?

 恐る恐る見下ろすと、茶色く光るベトベトの物体だった。

「う、うわぁぁぁー  巨大 ゴキブリ‼」
 
  悲鳴をあげて振り払おうとしたら、菅野が血相を変えてその物体を掴んだ。

「こ、これは……風太だ」
「え?」

 よくよくみたら、甘辛い香りがプンプンする。

 茶色のゼリーに包まれた物体の中で、小森くんが口をパクパクさせている。

「菅野、水道だ! すぐに洗ってこないと窒息しちゃう!」
「え! あ、あぁ、これって、みたらしの餡だー!」

 ジャー!

 キッチンの水道の蛇口で丁寧に洗ってあげると、小森くんの小坊主姿が見えてきた。
 
「はぁ~ やっと息ができますよ」
「風太、馬鹿! 心配かけんな!」
「え……かんのくん?」
「風太までいなくなったら、どうしようって……」

 菅野が小森くんを抱きしめて、泣いた。

「かんのくん、心配かけて……ごめんなさい。僕はここにいますよ。今は小さいままですが、ずっとずっと傍にいますよ」
「あぁ、絶対にどこにも行くなよ! もう置いていけない。明日からは連れていく」
「うわぁ~ 連れていってくれるんですね」
「あぁ、いつも一緒だ」

 菅野が小森くんをじっと見つめると、小森くんが小さな口でちゅっとキスをした。

「ふ、風太!」
「よかったぁ……僕も寂しかったんですよ、かんのくーん、だいすきですよ。あんこより、みたらし団子よりも……好きです!」

 わぁ……甘い……甘いよ!





 
 
 
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