1,156 / 1,730
小学生編
ひと月、離れて(with ポケットこもりん)10
しおりを挟む
月影寺
「流、ねぇ、小森くん……今日は遅いね」
「あー、アイツなら修行に出た」
「え? 一体どこに?」
小森くんが定刻になっても現れないので心配すると、流があっけらかんとした様子で答えた。
「……翠は昔読んだ『一寸法師』を覚えているか」
「もちろん覚えているけれども、それと小森くんの修行と何の関係があるの?」
「そうだな……あ、じゃあ『可愛い子には旅をさせよ』は?」
「はぁ?」
さっきから何を言っているのだろう?
ん、待てよ……修行と一寸法師と旅を結びつけると……
「流、つまり……小森くんは小さくなって修行の旅に出たって言いたいの?」
「そうそう! やっぱり俺の翠は聡いなぁ~」
「ちょ……」
冗談だと思ったのに、本気らしい。
「危ない目に遭いそうで怖いよ」
「大丈夫だ。騎士がついている」
「なんだ、菅野くんと旅行に行ったのか。それならそうと最初から言えばいいのに」
「いやいや、彼等の出張に同行したんだよ。ついでに天使もついている」
「え? 瑞樹くんも一緒なの? 大切な仕事なんだろう? お、お邪魔じゃないの?」
「……翠が仕込んだ子だ。そこはわきまえているさ。手塩にかけて育てた秘蔵っ子だろう」
「そ、そうだけど……弟子を持ったことはなかったので……小森くんが最初の弟子なわけで……僕……上手に育てられたのかな?」
「もちろんだ。翠……頑張ったな」
「……流」
流に褒められるのは心地良い。
流にだけは甘えられるから。
しかし……話がすり替わった気もするが、流が案じていないということは、このままで良いのだろう。
「というわけで、アイツは1ヶ月帰って来ない」
「えっ、1ヶ月も?」
「というわけで、日中……もれなく、こんなことが出来る」
「えっ」
目を見開くと、流が唇を押しつけてきた。
「りゅ、流!」
「翠、心配するな。一回り大きくなって帰ってくるよ。アイツは外の世界を知らなすぎる」
「そうだね……菅野くんと瑞樹くんが一緒のようだから、お任せしようかな」
「流石、俺の翠は悟りが早いな」
「さっきから、褒めてばかり……」
「当たり前だ。俺の翠なんだから……可愛いな」
熱心な口づけに、僕も応じていく。
****
仕事の合間にふと思い浮かんだのは、瑞樹の可憐な顔だった。
時計を見ると11時過ぎ。
今頃、大阪で前任者と引き継ぎ中か。
朝、瑞樹に助言してやったことは、役に立っただろうか。
引き継ぎ相手はパビリオンの企画から設営を担った人物だ。大事に育てた事業を、道半ばで泣く泣く誰かに渡すのだから、相当気が立っているだろう。
気が立っている相手というのは、時にとんでもない言葉を投げつけてくる。本心とは裏腹に悪意の塊になってしまうこともある。
俺が玲子から離婚時に浴びた罵倒も、そんな一つだったと思う。
そんな相手に……言い返したり、やり返そうとするのは駄目だ。
同じ土俵には立つな。
君はいつものままでいればいい。
ありのままの君は素直で可憐で、どこまでも大切にしたくなる人だ。
すぐに気付いてもらえないかもしれないが、きっと気付いてくれる。
花を愛する人ならば、きっと。
****
「今日の読み聞かせは『一寸法師』ですよ~」
図書の時間にボランティアのお母さんたちが、絵本の読み聞かせをしてくれたよ。
今日は『いっすんぼうし』だって。
小さくなって旅をするのって、どんな気分なのかな?
でも、昔じゃないから車にひかれたりしそうで、こわいよ。
そうだ! ポケットにはいったらいいかも!
入るなら……パパかお兄ちゃんのどっちがいいかな?
お兄ちゃん、もう大阪にいるの?
本当に1ヶ月もあえないの?
10月まで会えないなんて、本当はね、すごく……さみしいよ。
あーあ、ボクも小さくなってポケットに入って、ついていきたかったなぁ。
ずっとずっと一緒にいたいんだ。
大好きだから。
****
大阪市内、病院
「何もかも……俺みたいに台無しになってしまえばいい! 君だってそう思っているんだろう? 面倒な仕事を押しつけられたって思っているくせに。もう引き継ぎなんてしなくていい。全部枯れてしまえばいい!」
投げやりな言葉は、正直これ以上聞くに堪えなかった。
結局……僕の言葉は何一つ届かなかったのだろうか。
手をギュッと握りしめ、俯いたまま動けない。
すると菅野が一歩前に出た。
「今を生きているんです! あなたも花も……そして俺たちも……俺のここには……すべてを諦めて、逝かなくてはいけなかった人がいるんです」
菅野がドンっと胸を叩く。
あぁ、菅野の心の奥に残る悲しみが見える。
知花ちゃんは成仏したが、菅野の心の片隅には思い出として住んでいるんだな。
僕にも分かるよ。
大切な思い出は手放せない。
「みんな、いろんなことを抱えて生きています。どうか……心を整えていきませんか」
「……うっ……」
怪我をしていない方の手で、彼は目頭を押さえた。
「こっ、怖かったんだ……もう駄目だって……絶対に死んでしまうと……」
「あっ……」
彼の虚勢に隠れた恐怖が見えて来た。
死の恐怖と直面したからなのだ。
僕にも分かる。
あの瞬間、僕も天に召されたと思ったから。
「生かされているんです、生きているんです、花もあなたも……僕たちも」
僕はそっと肩を震わせ涙をこぼす彼の肩に手を置いた。
「すみません……あんなこと言うつもりじゃ……興奮したら止まらなくなって」
「いいんです。誰だってそうなります。僕だって、菅野だって……」
昂ぶっていた感情の波が、すうっと凪いでいくのが分かった。
よかった。僕も感情的になって言い返さなくて……菅野も冷静に対応してくれて。
和やかな場とは、勝手にやってくるものではない。
双方の思いやりと気遣いが、見えない部分で作用しているのだと気付く。
そうだ! そもそも『引き継ぐ』という言葉がしっくりこないのだ。
「あの……僕たちは……あなたの仕事を引き継ぐのではなく、手助け(サポート)させて下さい。あなたの花の話を沢山聞かせて下さい。どんな子ですか」
「うっ……うちの秋桜(コスモス)は美人だが、少し相手が大変なんだ。クレチマスは優雅な子なんだけど、気まぐれで……」
優しく投げかけると、優しい言葉が返ってきた。
「流、ねぇ、小森くん……今日は遅いね」
「あー、アイツなら修行に出た」
「え? 一体どこに?」
小森くんが定刻になっても現れないので心配すると、流があっけらかんとした様子で答えた。
「……翠は昔読んだ『一寸法師』を覚えているか」
「もちろん覚えているけれども、それと小森くんの修行と何の関係があるの?」
「そうだな……あ、じゃあ『可愛い子には旅をさせよ』は?」
「はぁ?」
さっきから何を言っているのだろう?
ん、待てよ……修行と一寸法師と旅を結びつけると……
「流、つまり……小森くんは小さくなって修行の旅に出たって言いたいの?」
「そうそう! やっぱり俺の翠は聡いなぁ~」
「ちょ……」
冗談だと思ったのに、本気らしい。
「危ない目に遭いそうで怖いよ」
「大丈夫だ。騎士がついている」
「なんだ、菅野くんと旅行に行ったのか。それならそうと最初から言えばいいのに」
「いやいや、彼等の出張に同行したんだよ。ついでに天使もついている」
「え? 瑞樹くんも一緒なの? 大切な仕事なんだろう? お、お邪魔じゃないの?」
「……翠が仕込んだ子だ。そこはわきまえているさ。手塩にかけて育てた秘蔵っ子だろう」
「そ、そうだけど……弟子を持ったことはなかったので……小森くんが最初の弟子なわけで……僕……上手に育てられたのかな?」
「もちろんだ。翠……頑張ったな」
「……流」
流に褒められるのは心地良い。
流にだけは甘えられるから。
しかし……話がすり替わった気もするが、流が案じていないということは、このままで良いのだろう。
「というわけで、アイツは1ヶ月帰って来ない」
「えっ、1ヶ月も?」
「というわけで、日中……もれなく、こんなことが出来る」
「えっ」
目を見開くと、流が唇を押しつけてきた。
「りゅ、流!」
「翠、心配するな。一回り大きくなって帰ってくるよ。アイツは外の世界を知らなすぎる」
「そうだね……菅野くんと瑞樹くんが一緒のようだから、お任せしようかな」
「流石、俺の翠は悟りが早いな」
「さっきから、褒めてばかり……」
「当たり前だ。俺の翠なんだから……可愛いな」
熱心な口づけに、僕も応じていく。
****
仕事の合間にふと思い浮かんだのは、瑞樹の可憐な顔だった。
時計を見ると11時過ぎ。
今頃、大阪で前任者と引き継ぎ中か。
朝、瑞樹に助言してやったことは、役に立っただろうか。
引き継ぎ相手はパビリオンの企画から設営を担った人物だ。大事に育てた事業を、道半ばで泣く泣く誰かに渡すのだから、相当気が立っているだろう。
気が立っている相手というのは、時にとんでもない言葉を投げつけてくる。本心とは裏腹に悪意の塊になってしまうこともある。
俺が玲子から離婚時に浴びた罵倒も、そんな一つだったと思う。
そんな相手に……言い返したり、やり返そうとするのは駄目だ。
同じ土俵には立つな。
君はいつものままでいればいい。
ありのままの君は素直で可憐で、どこまでも大切にしたくなる人だ。
すぐに気付いてもらえないかもしれないが、きっと気付いてくれる。
花を愛する人ならば、きっと。
****
「今日の読み聞かせは『一寸法師』ですよ~」
図書の時間にボランティアのお母さんたちが、絵本の読み聞かせをしてくれたよ。
今日は『いっすんぼうし』だって。
小さくなって旅をするのって、どんな気分なのかな?
でも、昔じゃないから車にひかれたりしそうで、こわいよ。
そうだ! ポケットにはいったらいいかも!
入るなら……パパかお兄ちゃんのどっちがいいかな?
お兄ちゃん、もう大阪にいるの?
本当に1ヶ月もあえないの?
10月まで会えないなんて、本当はね、すごく……さみしいよ。
あーあ、ボクも小さくなってポケットに入って、ついていきたかったなぁ。
ずっとずっと一緒にいたいんだ。
大好きだから。
****
大阪市内、病院
「何もかも……俺みたいに台無しになってしまえばいい! 君だってそう思っているんだろう? 面倒な仕事を押しつけられたって思っているくせに。もう引き継ぎなんてしなくていい。全部枯れてしまえばいい!」
投げやりな言葉は、正直これ以上聞くに堪えなかった。
結局……僕の言葉は何一つ届かなかったのだろうか。
手をギュッと握りしめ、俯いたまま動けない。
すると菅野が一歩前に出た。
「今を生きているんです! あなたも花も……そして俺たちも……俺のここには……すべてを諦めて、逝かなくてはいけなかった人がいるんです」
菅野がドンっと胸を叩く。
あぁ、菅野の心の奥に残る悲しみが見える。
知花ちゃんは成仏したが、菅野の心の片隅には思い出として住んでいるんだな。
僕にも分かるよ。
大切な思い出は手放せない。
「みんな、いろんなことを抱えて生きています。どうか……心を整えていきませんか」
「……うっ……」
怪我をしていない方の手で、彼は目頭を押さえた。
「こっ、怖かったんだ……もう駄目だって……絶対に死んでしまうと……」
「あっ……」
彼の虚勢に隠れた恐怖が見えて来た。
死の恐怖と直面したからなのだ。
僕にも分かる。
あの瞬間、僕も天に召されたと思ったから。
「生かされているんです、生きているんです、花もあなたも……僕たちも」
僕はそっと肩を震わせ涙をこぼす彼の肩に手を置いた。
「すみません……あんなこと言うつもりじゃ……興奮したら止まらなくなって」
「いいんです。誰だってそうなります。僕だって、菅野だって……」
昂ぶっていた感情の波が、すうっと凪いでいくのが分かった。
よかった。僕も感情的になって言い返さなくて……菅野も冷静に対応してくれて。
和やかな場とは、勝手にやってくるものではない。
双方の思いやりと気遣いが、見えない部分で作用しているのだと気付く。
そうだ! そもそも『引き継ぐ』という言葉がしっくりこないのだ。
「あの……僕たちは……あなたの仕事を引き継ぐのではなく、手助け(サポート)させて下さい。あなたの花の話を沢山聞かせて下さい。どんな子ですか」
「うっ……うちの秋桜(コスモス)は美人だが、少し相手が大変なんだ。クレチマスは優雅な子なんだけど、気まぐれで……」
優しく投げかけると、優しい言葉が返ってきた。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる