上 下
1,119 / 1,730
小学生編

HAPPY SUMMER CAMP!⑬

しおりを挟む
「わぁ、いっくん上手に出来たのね!」
「ママぁ~、 いっくんね、パパ……すきなの!」
「あらあら、またもや熱烈な告白ね」
「えへへ、パパ、しゅーぱーまんなんだよ。いっくん、ねんねしているあいだに、つくってくれたの」
「え? いっくん途中でまた寝ちゃったの?」

 オレは菫さんといっくんの会話を、気恥ずかしい思いで聞いていた。

 ずっと建築現場と庭師という男所帯で仕事をしてきたから、こんなに、のどかで甘い時間にまだ不慣れだ。でも、オレ……本当はこういう世界が大好きだったんだ。

 男っぽい顔つきで、性格も強めで……

 いつの間にか踏み入れてはいけない聖域のように感じていた。

 勝手に疎外感を受けて兄さんを虐めたり……派手に遊んで母さんや兄さんに心配をかけて馬鹿だったな。

 自分で自分の首を絞めていた。

 好きならば、自分から足を踏み入れれば良かったのに。

「潤くん、いっくん、大変だったでしょう」
「振り返ったら、突然芝生で寝ていて驚いたよ」
「子供ってね、突然電池が切れちゃうのよね。いっくん、芝生は特に弱いの」
「分かる気がする。でも眠くなっていたのすぐに気付けなかったな」
「大丈夫よ。一緒に見ていこう。私も毎日驚くことばかりよ。この先は潤くんのお陰で、いっくんの世界も大きく広がっていきそう。そこは……きっと私だけでは見せてあげられなかった世界なんだわ」
 
 菫さんの言葉って大好きだ。

 菫さんは、兄さんと似ている部分がある。お互いに大切な人を失った経験があるからなのか、一言一言が清らかだ。

「オレ……菫さんと結婚して良かった」
「潤くん……う、嬉しいけど……みんな見てるわ」

 今度は菫さんが真っ赤になっている。

「ほぅほぅ、潤くんのところは熱々の新婚さんなんだな。これは負けていられない!」

 流さんの鼻息が荒くなると、傍にいた翠さんが静かに制す。

「流……場所をわきまえて」
「へーい」

「潤くんと菫さん、おめでとーございます!」
「へ?」

 脳天気な声は、小坊主の小森くん。あんこをほっぺにつけて、俺たちに差し出したのは小豆の山。

「このあんこでウェディングケーキつくりましょうか、それとも枕にしますか」
「……」

 真の甘党とはこのことを言うのか……

「こもりん、いやいや普通のデザートの方が絶対いいって」
「そうですか」
「そうだよ」
「はい! じゃあ菅野くんの言うとおりにしますね」

 ふぅ……素直なのが取り柄のようだ。

「潤、ピザが冷めちゃうぞ。さぁ乾杯だ!」

 結局宗吾さんが、最後は仕切ってまとめてくれる。

 焼き立てピザに缶ビールで乾杯。

 ビールの泡が弾けると、夏も弾けた。

「おいちいー!」
「いっくんのピザとボクのピザ、こうかんしよう」
「いいでしゅよー いっくんのぴしゃはね、おほしさまとおつきさまのかけらがはいっているんでしゅよ」
「すごいね! そんなのあったの?」
「おそらからふってきたんでしゅ」

 翠さんと薙くんが顔を見合わせて、真っ赤になっている。

 さっきまで涼しい顔をしていたのにな。

 兄さんは……どこだ?

 あぁ……またあんな端っこで一人働いて。

 ああいう所が小賢しいと、幼い頃は勝手に勘違いしてしまったのだ。

 だが、それは違う。

 あれは兄さんの性分なのだ。

 優しくて、自分より誰かの幸せを優先してしまう人だから。

 兄さん、こっちに来いよ。

 そう口に出す前に、宗吾さんが近寄って兄さんに何か話し掛け、背中を押して芽生くんの隣に着席させてくれた。

 その光景に、心から安堵し嬉しくもなった。

 宗吾さんはそのまま皆に飲み物を補充したり、ピザのお代わりを配っている。

 フットワークが軽く、よく気が付く人だ。

 宗吾さんがいいな。

 兄さんを任せられるのは、宗吾さんだ。

 あらためて……ふとしたシーンで、強く思うこと。


****

「ごちそうさま~!」
「あれ? 瑞樹、丈さんと洋さんは?」
「あれ? そういえばいなかったですね。僕たちお腹ペコペコで気付きませんでしたね。悪いことをしました」

 瑞樹は恐縮していたが、俺はニヤリと笑ってしまった。

「そうでもないかもよ? きっとお腹いっぱいの顔で戻ってくるさ」
「?」
 
 案の定、キャンプサイドから丈さんと洋さんがゆっくりと歩いて戻ってきた。

「おーい! ピザ冷めちゃったぞ」
「あぁ……そうか、すみません。散歩をしていました」

 余裕の笑みの丈さんと、少し目元を染めている洋さん。

 抜け駆けはよくないぞと突っ込みたくなったが、やめておいた。

 今は、サマーキャンプ中だ。各々が思いのままに楽しく過ごせれば、それでいい。

「宗吾さん、デザートはかき氷ですって」
「へぇ、気が利くな」
「まるで屋台のようです。流さんって、すごいですね」

 お目々キラキラのいっくんと芽生。

「じゃあ俺はちょっとテントを見回ってくるよ」
「はい、あの……僕も付いていきましょうか」
「ん?」
「僕も宗吾さんの手伝いをしたいなって」
「瑞樹ぃ~ うれしいよ」

 本当に俺の瑞樹は可愛い!
 こういう所が最高に可愛い!

 二人でグランピングエリアに到着すると、ふと違和感を抱いた。

「なんだかこのテントの模様は……こんなのあったか。アー‼」

 テントのてっぺんに見事な縫い目が出来ていた。

「ま、まさか……」
「宗吾さん、そんなに興奮して、一体どうしたんですか」
「ブラックキングが現れたのでは!」
「ハァ???」

 瑞樹が間抜けな声を出したが、俺は興奮していた。子供の頃の愛読書『ブラック・キング』は天才医師。彼は神の手で何でも縫合したのだ。まさにこのテントも彼の手にかかったものでは!

 これは男の浪漫だ。大人の浪漫だ!

「この縫い目を見て見ろ!」
「ここですか……ずいぶん緻密に縫われていますね」
「これは、まさに神の手だ!」
「くすっ、宗吾さん、それって漫画の『ブラック・キング』のことですか。僕だって知ってますよ。広樹兄さんの愛読書で床屋に行くと読まされましたので」

 瑞樹が甘く微笑むと、花の香りが強くなる。

「まさにそれだ! いやぁ~ 驚いたな。組み立てている時は気付かなかった。俺さ、すごいファンなんだ。だから俺たちのテントはここにしような。広さはどうだ?」

 グイと瑞樹の腕を引っ張って中に入った。

「あ……」
「寝心地も確認しようぜ」
「……ちょっと……んっ、待ってください」

 どさくさに紛れて瑞樹を仰向けに押し倒し、キスを仕掛けた。

「大人のデザートはこっちな!」
「ん……っ」
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...