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小学生編

HAPPY SUMMER CAMP!⑧

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「翠さん、この鋏を使ってください」
「ありがとうございます。これ、よく切れますね.一体何所から?」

 布を裁ち切るのに苦労していると、菫さんが鋏を貸してくれた。そういえば、これと似たよく切れる鋏を、銀座のテーラー桐生でも使っていたな。

「実は車に仕事道具を積んだままにしていたんです。いろいろ役立って、うれしいです」
「そうでしたか。菫さんのお仕事は確か服飾関係でしたね」
「えぇ、今は軽井沢のアウトドア用品の店員ですが、将来の夢は自分のお店を持って、洋服を仕立てることなんです。だから夢のために鋏を大切にしています」

 夢を語る人の顔は、いつ見ても良いものだ。 

「いい切れ味でだし、断つ時の音も小気味良く爽快ですね」
「……実は憧れの先輩から譲り受けたんですよ」
「いいですね。憧れは……大切な糧になりますから」

 そういえば流の使っている鋏、もうかなり刃先が錆びていたな。

  僕からこんな鋏を、買ってやりたいな。

「あらやだ。いっくんも芽生くんも、虫取りに行ったのに虫かごを忘れているわ」
「あ……じゃあ僕が届けてきます」
「住職さまぁ、小森めが行って参りますよぅ!」
「くすっ、大丈夫だよ。小森くん……今日はせっかくの休みだ。ここでは住職と小坊主の関係は封印しておくれ」
「あ……はい。じゃあ……もうちょっとおやつを食べていてもいいですか」
「もちろんだよ」
「わーい! 菅野くん、一緒に食べましょう!」

 相変わらず微笑ましい光景だ。

 僕は虫かごを持って、外に出た。

 炎天下で日差しが強く、一瞬視界が飛び……その強い日差しの中に肌色の人影が見えた。

「ん? あれは……流じゃないか。なんで上半身裸に?」

 ここは月影寺ではないのだから、無闇に、その雄々しい身体を見せるなと言いたくなる。

 流の凜々しい身体は、もう僕のものだ。

 あ……しかも……誰かと一緒なのか。
 
 流が華奢な青年にもたれるように肩を組んで、笑っている。

 一体、誰?

 すぐに相手が瑞樹くんだと分かったのに、急に面白くない気持ちになってしまった。

 どうして、こんな気持ちに?

 僕って……こんなに独占欲強かった?

 チョキン――

 流に見せたいと思っていたせいか……菫さんの鋏を無意識のうちに持ちだしていた。

  この鋏で醜い嫉妬心を切り落としたい。

 そんな気持ちをこめて、鋏を持つ手を動かした。

 チョキン――

 その音は必要以上に流を驚かせてしまったようだ。

 そんなつもりで鳴らした音ではない。醜い嫉妬心を断捨離しようとしたまでだ。

「俺、そろそろ服を着るよ。それより翠……ちょっといい?」
「何?」
「ごちそうさん」

 耳元で甘く囁く声に、ドキッとした。

「‼」
「翠のヤキモチは大好物だ」

 誰にも気付かれないような素早さで耳朶をペロッと舐められ、ドキッとした。
 
「りゅ、流っ!」
「ははっ、早く着替えてくるよ」


 ****
 
「芽生くん、虫かごを持ってきたよ」
「お兄ちゃん、ありがとー」
「カブトムシさん、まだいる?」
「うん!」

 カブトムシが逃げないように薙くんと一緒に見守っていると、瑞樹くんと翠さんが仲良さそうに肩を並べてやってきた。

 薙くんの口元がその瞬間、淡く綻ぶ。

 普段は口には出さないけれども、薙くんはお父さんがとても好きなのだ。

「父さん!」
「薙、どう? 楽しんでる?」
「まぁね。ちっこい弟が出来たみたいで楽しいよ」
「そうか、弟……欲しかったの?」
「んーどうだろうな。オレは今のオレが気に入っている。月影寺で父さんと暮らす日々が好きだ」
「薙……」
 
  和やかな親子の会話に刺激を受けたのか、俺も丈に会いたくなった。

 丈は俺のすべてだ。

「よーし、芽生坊、いっくん、網をもっておいで」
「はーい、おやぶんしゃん」
「オヤブン!」
 
 薙くんと芽生くんといっくんが協力して虫取りをしているのを、瑞樹くんと肩を並べて見守った。

「洋くんも小さい頃、カブトムシを取ったりした?」
「瑞樹くん……そのことだけど、さっき君のお陰で思い出せたんだ。父さんに肩車してもらい、虫取りをした日々を」
「そうなの? よかったね。僕まで嬉しくなるよ」

 瑞樹くんが自分のことのように喜んでくれる。

 その優しい顔が大好きだ。

 柔らかい雰囲気が好きだ。

「瑞樹くんもカブトムシを見つけたことがある?」
「うーん、一度もないかな」
「え? 一度も?」
「くすっ、洋くん、北海道には本来……カブトムシはいないんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」

 瑞樹くんと話していると素直、優しくなれる。

 だから俺は彼が好きで、友達としての親交をもっともっと深めたくなるんだ。

「わーい、虫カゴの中にカブトムシがいるよ」
「いっくん、パパたちに見せに行こう」
「うん。いっくんもいくー」
「じゃあ、そろそろ戻ろうね」

 皆で潤くんが宿泊する小さなコテージに向かって歩き出すと、女性のグループとすれ違った。なんだかみんな顔が真っ赤で、ぎこちない歩き方だけど、足下……大丈夫かな?

 一体、何の集まりだろう?

 瑞樹くんと翠さんと顔を見合わせて、少し肩を竦めた。

 俺は見知らぬ人は苦手なので目を合わせないようにして通り過ぎた。

 ところが、すれ違いざまに女性が木の根っこに躓いたようで、随分派手に転倒してしまった。

「キャアー!」

 そのまま転がって俺の足下に倒れ込んできたので、流石に駆け寄った。
 
「だっ、大丈夫ですか」
「痛っ……ううう、痛い……腕も足もすごく痛い! きゃー血が出てる。どうしよう」
「たっ……大変だ!」

 女性は両手両膝を派手に擦りむいて、しかも足首を押さえて唸っている。

「どうしよう」
「洋くん、こんな時は丈さんを!」

 瑞樹くんが声をかけてくれてハッとした。
 
「あ、そうか! 少し待って下さい。ここから動かないで……すぐに知り合いの医師を呼んで来ます!」

 俺は雑木林を駆け抜け、丈を探した。

「丈っ! どこだ?」
 
 グランピングエリアで、丈は宗吾さんと、テント作りに没頭していた。

「洋? どうした? そんなに慌てて」
「大変だ! 俺の目の前で女性が派手に転んで……流血しているし、足首を押さえて……すごく痛がっているんだ!」
「何? それは駆けつけねば」
 
 白いTシャツ姿の丈が、スイッチが入ったかのようにスクッと立ち上がり、傍らに置いてあった鞄を持って走り出す。

 凜々しい横顔だ。

 医師としての丈を間近で見るのは久しぶりで、こんな状況なのに密かにドキドキしてしまった。こんなの不謹慎過ぎるよな。

 

 俺の恋人は医者だ。

 腕の立つ外科医で、判断に迷いがない。

 見惚れてしまう程、カッコイイ男だ。
   
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