上 下
1,106 / 1,730
小学生編

光の庭にて 14

しおりを挟む
 宗吾さんも芽生くんも熟睡していたので、僕はそっと宿坊を抜け出して、月影寺の中庭を歩き出した。

 ずっと気になっていたんだ。

 この美しい庭をゆっくり歩いてみたいと。

  昨日から降り続いた雨は止んでおり、竹林には清々しい空気が流れ、生まれたての朝日が降り注いでいた。

 新緑の葉に残る雨の雫が、光を含んでキラキラと輝いているのも目映い。

「ここは……まるで光の庭だな」

 目を細めて辺りを見渡すと、突然茂みがガサッと揺れて白い影が現れた。

「てるてる坊主のおばけっ?」と一瞬身構えてしまったが、現れたのは白いリネンシャツを着た洋くんだった。

「よ……洋くん!」
「あれ、瑞樹くんじゃないか」
 
 確か……洋くんは朝が苦手だったはずだが、もうすっかり身支度も調えていたので、驚いてしまった。

「瑞樹くん、おはよう。随分早起きだな」
「洋くんこそ、どこかへ行く所だった?」
「あぁ、お墓参りに行こうと思って」
「お墓?」
「……俺の両親の墓があるんだ」
「そうだったのか。あの、僕も一緒に行っても?」

 洋くんは嬉しそうに頷いてくれた。

「あぁいいよ。ちょうど瑞樹くんを両親に紹介したかったんだ」

 竹林を抜けた先に、古めかしい墓地があった。

「瑞樹くん……俺が春休みに忙しかったのは、実は父親のルーツを探しに京都に行っていたからなんだ」

 そうだったのか。僕が父を探したように洋くんもお父さんを探していたのか。

「ずっとよく分からなかったんだ。父の記憶が殆どなくて」

 僕もずっとそうだったので、その気持ちよく分かるよ。僕の場合は記憶を封印していたので、思い出せなかった訳だが。

「それで分かったの?」
「あぁ……その過程で父の兄……つまり俺にとって伯父さんと出逢えたんだ」

  そうか、洋くんが少し変わった気がしたのは『確かなもの』を得たからだったのか。

「あ……ごめん。俺のことばかり話して……あぁ、こんなんじゃ駄目だな、瑞樹くんとの距離感が上手く掴めなくて」

 洋くんが申し訳なさそうに俯いてしまったので、それは違うと思った。
 
 僕も両親亡き後……誰かと親密になるのが苦手で怖かった。だから洋くんが戸惑う気持ちが分かるよ。
 
「とんでもないよ。話を続けて欲しいな。僕を信じて大切なことを教えてくれて嬉しいよ」
「そうなのか」
「そうだ。あそこの石段に腰掛けて話さない?」
「あぁ」
「僕もね……この冬に大切な人と再会したんだ。父のことも僕のこともよく知っている人で……その人が僕の本当にお父さんになってくれたんだよ」 

 僕もまだ身内以外に話していなかったくまさんのことを、洋くんに話せた。

「そうだったのか。瑞樹くんにもそんな人が現れたのか」
「うん、洋くんと同じタイミングだったんだね」
「……確かなものの存在が、俺の意識を変えてくれたようだ」
「洋くんに自信がついたみたいだね」

 洋くんは口数が多い方ではないが、一言一言に重みがある。

「そうだ……昨日の話だが……キャンプなんて大丈夫かな。俺はそういうのに行ったことがないから、上手く立ち回れるか心配だな」
「そんなの関係ないよ。洋くんは洋くんのペースでいたらいい。盛り上げてくれる人ならいるしね」
「ははっ、宗吾さんって明るくて決断力がすごいな。キャンプの話もあっという間に決まって驚いたよ」
「皆の日程が合うといいね、頑張って調整しよう」
「あぁ」

 洋くんが照れ臭そうに片手を僕に向けてあげたので、その意図を汲んで、その手を軽く叩いてみた。

 ハイタッチは心と心の触れ合いだ。

「ありがとう! 俺もこんなこと……ずっと……してみたかった」
「洋くん、僕たち、一緒にいろいろ挑戦してみよう。キャンプでは僕たちも弾けてみよう」
「ははっ、そうだな」

 洋くんのご両親に、僕もお参りした。

「はじめまして、僕は葉山瑞樹です。僕は洋くんの友人です。この夏、僕たちは一緒にキャンプに行ってきます。もっと彼と親交を深めたいと思っていたので楽しみです」
「ありがとう。戻ろうか。宗吾さんが心配しているんじゃ」
「そうだね、勝手に抜け出してきてしまったから」

 戻る道には、紫陽花が綺麗に咲いていた。それを二人で優雅に眺めていると、大きな声が響いてきた。

「おーい! 瑞樹ぃ~」
「あ、宗吾さん!」
「どこに行ってたんだ」
「朝の散歩を洋くんとしていました」
「そうか。いいことがあったみたいだな」
「あ……はい!」
「俺もあったぞ。昨日SNSに拡散した花手水のアクセス数を見てくれ。これで月影寺も暫く安泰だな。それに美しい花手水を生けた人は誰かって話題になっているぞ」
「えぇ!」

 気恥ずかしかったが、役に立てて嬉しかった。

 その後には流さんお手製の昼食までご馳走になって、僕らは次の約束をして、帰路についた。

 月影寺には、光の庭がある。

 降り注ぐ光は、月光のように静かで穏やかな光だ。

 そして……梅雨が明け夏がやってきたら……僕は彼らとサマーキャンプに行く。

 僕たちは、そこで共通の思い出を作る。

 こうやって人と人は親交を深めていくんだね。

 

****

 軽井沢――

「いっくん、ご飯よ」
「ママぁ……」

 保育園から帰ってから、いっくんの様子がおかしいわ。

「どうしたのかなぁ。ママにはナイショ?」
「ううん……あのねあのね……なこちゃんもゆーくんもたすくくんも、みーんな、なつやすみがあるんだって」
「夏休み?」
「うん! あのねあのね、みんなきゃっぷにいくんだって」

 きゃっぷ?  って何だろ? 
 
「そうなのね、夏休みかぁ」

 今年は夏休みは取れないかな。結婚して潤くんがこの家に住んでくれるようになったのは嬉しいけれども、ワンルームのアパートでは正直親子3人で暮らすのには手狭過ぎるの。引っ越し費用を貯めるために遊んでいる場合じゃ……

「あ、パパだ。おかえりなしゃーい」
「本当だ、潤くんお帰りなさい」

 いっくんと私は潤くんが大好き。だから潤くんが帰宅すると一気に活気づく。

「ただいま!」
「パパぁ~ いっくんね、きゃっぷにいきたい」
「キャップ?」
「うん、なつやすみにみんないくんだって、いいなぁ」
「うん? 菫さん、なんだろ?」
「さぁ……よく分からないの」

 三歳くらいの子供の言葉って難しいわ。
 
「あ、そうだ……瑞樹くんなら分かるかも」
「そうだな、ちょっと兄さんに聞いてみるよ」

****

「もしもし兄さん」
「潤! ちょうど今、電話しようと思っていたんだよ」
「そうなのか。俺も聞きたいことがあって」
「何かな? 僕で役立つことならいいけど」
「いっくんが夏休みにキャップに行きたいって言うんだけど、どこのことか分かるか」
 
  キャップ? キャップって……

「あ……もしかしてキャンプじゃないのかな?」
「あぁそうか! なんで思いつかなかったのか。キャンプかぁ……道具も持っていないし厳しいかな。じゃあ……ありがとうな」

 潤ががっかりした声で電話を切ろうとしたので、慌てて呼び止めた。

「あ、待って! 丁度、潤をキャンプに招待しようと思っていたんだ」
「え?」
「あのね、宗吾さんがプロデュースしたキャンプ場のログハウスの宿泊券があるんだ。僕の友人一家と夏休みに行くんだけど、潤もどうかな?」
「ええ? だが……兄さんの大切な友達と行くんだろう……」

 潤が変な遠慮をしているのが、ひしひしと伝わってきた。

「潤、兄さんに遠慮はいらないんだよ。せっかく結婚式を挙げたのに新婚旅行にも行ってないんだから、夏休みに1泊くらい、いいんじゃないかな? 兄さんも潤に会いたいし……いっくんのことも見てあげるから、菫さんとゆっくり過ごしにおいでよ」
「ゴクッ……菫さんと夜……二人きり……」
 
 んん? 潤の喉が鳴ったのが、電話越しにも聞こえた。

 僕、変なスイッチ押していないよな?

「とにかく、8月で二人が休めそうな日を教えてくれないか」
「兄さん……ありがとう! 誘ってくれて、すげー嬉しいよ」
「良かった。芽生くんもいっくんが来てくれたら喜ぶし、前向きに考えて」
「あぁ! 前のめりで考える!」
「くすっ」
 
 なんだか兄らしいことを出来た気がして、僕もご機嫌になってしまった。

 電話を切ると、宗吾さんに腰を抱かれた。

「瑞樹、ご機嫌そうだな」

 腰からヒップにかけて……身体の線を優しく撫でられる。

「あ……あの……今日も?」
「どうもキャンプでは俺たち、子守りに徹するような気がするから、その分を今からたっぷり蓄えておかないと」
「え……あ、せめて……電気を」
「今日は君のことを、よく見たいんだ」
「あ……もうっ……っ」
 
 ベッドサイトの照明に浴びながら、宗吾さんにベッドに押し倒された。

 宗吾さんは、僕の光だ。

 明るい光で僕を導いて包んでくれる人だ。

 僕にとって……光の庭はここだ。

「あ……んんっ……あっ」
「瑞樹……瑞樹っ」

 揺さぶられる身体。

 ふと見上げると……宗吾さんの逞しい身体から迸る汗が雫のように見え、照明を通すとキラキラと輝いて見えた。


 夏は、すぐそこまで来ている。

 間もなく梅雨が明ける!

 今年の夏は、サマーキャンプに行く。

 希望に満ちあふれた未来が手を伸ばせば存在することの喜びを感じながら、僕は身体の力を抜いて、宗吾さんに全てを委ねていく。
 



                                『光の庭にて』 了







****

明日から『 Happy Summer Camp』を連載します!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...