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小学生編

光の庭にて 5

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 函館に戻ってすぐ、俺とさっちゃんは役所に向かい婚姻届を提出した。

 心からの祝福にグイグイと背中を押してもらったようだ。俺も一刻も早く「葉山勇大」と名乗りたかったから、嬉しかった。

 今もまだ軽井沢での素晴らしい結婚式の興奮が冷めやまない。

 あれから平日は二人で大沼のログハウスで過ごし、週末はフラワーショップの助っ人に入るため函館の家で過ごした。

 この状況って『通い婚』ではないよな? 函館と大沼を行ったり来たりするから、『行き来婚』とでもいうのか。



 6月に入っても、北海道は梅雨を知らない。リラ冷えのする中、ログハウスに籠もり、とうとう結婚式のアルバムを完成させた。

「よしっ! 出来たぞ、さっちゃん、ちょっと来てくれ」
「私が見てもいいの?」
「あぁ、まずは……瑞樹のお母さんに見てもらいたいんだ」
「勇大さん……ありがとう」

 軽井沢でのサプライズの結婚式には感動した。みーくんが率先して企画してくれたと聞いて、また涙が流れた。みーくんは俺にとって、大樹さんと澄子さんが残してくれた宝物だ。

「まぁ! 素敵……瑞樹から始まるのね」
「真剣な顔をしているだろう? この顔なんて、カメラのファインダーを覗く大樹さんと似ていて驚いたよ」
「そうなのね。そして徐々に色づいていくのね」

 頁を捲る度にカラーが増していく技法を使って仕上げた。この世でみーくんにアルバムを作れる喜びを感じながら作った、力作だ。

「あぁ、みーくんの周りに集まる人が増える度に、世界に色が戻ってくるようだろう?」
「えぇ、本当にそうね。それに……広樹も潤もいい顔をしているわ。二人とも瑞樹が大好きなのよ」
「伝わってくるよ。君が産んだ子供だ。俺にも愛させてくれ」
「愛してくれるのね。瑞樹だけでなく、広樹も潤も……」

 さっちゃんが目元を潤ませている。

「当たり前だよ。ふたりは君の血を引いた息子だ、愛おしいよ」
「う……嬉しくて……溜まらないわ」

 さっちゃんと一緒に、みーくんへ送る荷物を箱に詰めた。

「うーむ、アルバムだけでは味気ないか。せっかく宅配便を出すのなら、何か同梱した方がいいかな?」

 こんな時、相談に乗ってくれる相手がいるのは、嬉しいものだ。

 俺さ、ずっと一人だったから。
 
「じゃあ蜂蜜は? 勇大さんの蜂蜜、宗吾さんがすごく気に入っているって、瑞樹が照れ臭そうに話していたわ」
「そうか! みーくんの面映ゆい顔が浮かぶようだな」
「あの子は、お強請りすることに慣れていないのよ。ね、入れてやって下さいな」
「もちろん。そうだ! 今度は大瓶じゃなくて、食べきりサイズのにするか」
「いいわね。じゃあ……私はまた下着を入れてあげようかしら」
「下着?」
「洋服には趣味があるでしょう。だから肌着や靴下ならいいかなって」
「なるほど! 車を出すから買いに行こう。ついでに函館の家にも寄ろう。渡したいものがあるんだ」
「えぇ」
 
 函館の百貨店で、さっちゃんは真っ白なパンツを選んでいた。芽生坊と宗吾さんのまで。

「全員、白いパンツか、みーくんらしいな」
「こういうのって、なかなか自分では買いにいかないでしょう? あの子は家族一緒が好きだから」
「そうだな。ところで俺には選んでくれないのか」
「あ……いいの? 私が選んでも……」
「さっちゃんは、俺の奥さんだから」

 俺もさっちゃんも、そこで赤面した。いくつでしても……新婚は新婚だろ。初々しいのさ!

 子供服売り場を通り過ぎる時、さっちゃんが立ち止まった。何か目に留まったようだ。

「あのレインコート、可愛いわね」
「あぁ黄色は子供の特権みたいな色だな」
「瑞樹にも買ってあげたかったのよ」
「どうした?」

 さっちゃんの顔が少し暗くなった。

「あの子が家に来た当初、黄色いレインコートを着せたかったの」
「……黄色は他の色よりも視認性が高く、脳で警戒色として判断されるから、暗くても目立つもんな」
「もう交通事故にだけは遭わないでって願っていたの。なのに瑞樹ってば遠慮して、いらないって。私も金銭的に余裕がなくて、結局それきりに」
「じゃあ、こうしたらどうだ? 芽生坊に買ってやるのはどうだ?」
「そうね、でも……黄色なんて幼いと思うかも」
「そうかな?」
「うーん、他にもあるかもしれないし……今日はやめておくわ」

 そのまま、葉山フラワーショップに立ち寄った。奥から出てきた広樹くんの髭がなくなっていたので、さっちゃんと顔を見合わせて驚いてしまった。

「びっくりした。どうしたの? 広樹のトレードマークの髭は?」
「見れば分かるだろう! 剃った!」
「髭がない広樹を見るのは、いつぶりかしら?」
「どうだろ? 二十歳から伸ばし始めたよな。どうかな? 若返った?」
「えぇ、えぇ! 広樹、カッコイイ! イクメン!」

 さっちゃんがストレートに感想を述べると、広樹くんは真っ赤になっていた。

「やだなぁ、母さんって、そんなキャラだったかな」
「それは、くまさんのおかげかも」
「お、お父さん、こんにちは」
「広樹くん……いや、広樹、改めてこれからよろしくな。頼りないかもしれないが、父として接して欲しい」
「……広樹って、今……呼びました?」
「その……図々しかったか」
「いえ、思いっきり懐に入った気分ですよ。父さん!」
「そうか。今日はこれを広樹に渡そうと思って」

 みーくん用に作ったのとは別のアルバムを、実は広樹には用意していた。もちろん潤用のもある。

「え……俺に?」
「広樹のためのアルバムだ。君が主人公のアルバムにしてみた」

 パラパラと捲ると、広樹は鼻をズズッと啜った。

「お……俺……兄の顔だ……夫の顔も……優美の父親の顔も……している」
「あぁ、今まで葉山家のお父さん業、お疲れさん」

 広くてがっしりとした肩に手を置くと、広樹は肩を小さく震わせていた。

 その日はそのまま宅配便センターに寄って、白いパンツと蜂蜜の小瓶、そしてみーくんへのアルバムを入れた箱を東京に送った。そして軽井沢の潤にもウエディングアルバムを送った。

「さっちゃん、今日はどうする? このまま大沼に戻っていいのか」
「えぇ、でもやっぱりその前に……もう一度百貨店に寄っていい?」
「もちろんだ」

 どうやら、先ほど見た可愛いレインコートが気になっているようだ。

「さっちゃん、あれは俺たちから可愛い孫へのプレゼントにしよう!」

 芽生坊なら分かってくれる。きっと喜んでくれる。

「みーくんの優しさと宗吾くんの包容力を受け継いだ芽生坊は、俺たちの自慢の孫だろう」
「えぇ……えぇ、あの子はとっても可愛らしいわ……大好きなの、だから黄色いレインコートを贈るわ」
「それがいい。そうしよう。俺たちからの最初のプレゼントにしよう」

 小さな後悔は、こうやって塗り替えていこう。

 今、出来ることを丁寧にこなしていけば、きっとこれから進む道は明るく照らされるだろう。

 
  

 
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