上 下
1,086 / 1,730
小学生編

誓いの言葉 44

しおりを挟む
「おっ瑞樹だぞ!」
「えっ!」

 空高く舞い上がった菫色のブーケは、綺麗な弧を描いて僕の胸元にポスッと着地した。

 気が付いた時には、僕はブーケをふんわりと抱きしめていた。

 花の香りに、心が揺れる。

 同時に歓声が沸き上がる。

「ええっ!」
「やったな!」
「お兄ちゃんおめでとう~」
「瑞樹、よかったわね」
「みーくん、おめでとう」

「きゃー、あの子に渡ったわ」
「綺麗だから男の子でも似合うわね」

 ううう、恥ずかしい。
 イングリッシュガーデンのお客様からも、温かい拍手が沸き起こる。

「あ……あの……そんな……こんなの……」

 僕は激しく狼狽え、宗吾さんに助けを求めてしまう。

「瑞樹、良かったな! 俺、ますますやる気に満ちたぞ。いつか必ず叶えよう!」
「宗吾さん、僕は……」
「安心しろ。俺と君が挙げるのは、本当に大切な人達だけに囲まれた秘密のウェディングだよ」

 いつか……いつか、そんな日が来るのだろうか。

 もう充分幸せな日々なのに、そんなの贅沢な夢では?

「瑞樹、未来に幸せを抱くのは悪いことじゃないよ」
「あ……はい」
「お父さんも出来たんだし、俺としては、勇大さんにバージンロードをエスコートしてもらう瑞樹が見たいな」
「そっ、宗吾さん……先走り過ぎですよ!」
「ははっ、君と共通の夢を抱けるのが嬉しくてな」

 もう……素直になろう。
 自分の心に、素直に優しくなろう。

「僕も……いつかの夢を一緒に見ても?いいんですか」
「そうだ、それでいい」
「宗吾さん……これからも宜しくお願いします」
「瑞樹、俺の方こそ。それにしても結婚式っていいな。参列する側も祝福の輪の中に入り、初々しい気持ちになれるんだな」

 そこに、くまさんの掛け声がかかる。

 いつの間にか、アーチ前に三脚が設置されていた。

「皆、ここで集合写真を撮ろう!」
「ほら、瑞樹、行くぞ!」

 トンっと軽く背中を押してもらい、僕はまた歩み出す。

 僕の人生を、真っ直ぐに。

 新郎新婦を囲んで集まると、ふと菫さんと目が合った。

「瑞樹くん、今日は素敵なブーケをありがとう」
「ブーケトスされるとは思わなくて」
「ふふっ瑞樹くんに届いて、やっぱりなって思ったわ」
「え……そんな。あ……あの……でも、このブーケはやっぱり菫さんに持っていて欲しいです」

 そっと菫さんの手に、ブーケを握ってもらう。
 
「え? でも……いいの?」
「これは元々菫さんのドレスに合わせて作ったものなので、ぜひ。僕は確かに受け取りましたから……目には見えなくても、僕の心は綺麗な花束を抱えています」
「ありがとう。皆さんが祝福して下さるので、急にしたくなって」
「嬉しかったです。僕にも夢が出来ました」

 今までの自分では、到底言えない台詞だった。

「夢はいいわね。私も『いつか王子様が……』と夢見ていたわ」
「あっ、あの、南国の王子様がやってきましたね」
「そうなの! とびきりハンサムで優しいパパでもある王子様だったの」

 菫さんが潤を語る瞳は愛情に満ち、輝いていた。
 僕も……弟を褒めてもらえて嬉しい。
 
「潤を、どうかよろしくお願いします。少し寂しがり屋ですが、思いやりもあって優しい弟です」

 もう言葉に詰まらない。流れるように出てくるよ。
 偽りのない素直な気持ちが溢れてくる!

「はい。私……潤くんと今日から一緒に暮らします。どんな時も支え合っていきます。だから私達家族とも沢山交流してね」
「ありがとうございます」

 菫さんは菫色のブーケを笑って、にこっと笑っていた。

 潤、本当に素敵な女性と結婚したのだね。

 目を閉じて空からの光を浴び、喜びを噛みしめる。

「瑞樹~ 顔を上げろ」
「あ、はい」
「写真を撮るぞ」
「はい!」

 笑顔! 笑顔! 笑顔の花が咲く。


「よし、次はスパークリングワインで乾杯しよう!」

 イングリッシュガーデンのスタッフが、あっという間に薔薇のアーチ周辺にテーブルを運び、ブルーボトルのスパークリングワインを並べてくれた。



「え? 宗吾さん……あの……ワインなんてお願いしてなかったのですが」
「ん? あぁ、あれな。俺からの結婚祝いだ」
「えぇ?」
「ウェディングには乾杯のワインが必要だろう」
「驚きました。いつの間に……」

 宗吾さんって、本当にすごい。
 付き合っていると、サプライズに驚かされることばかりだ。

「ポルトガルに出張に行った時に飲んだワインなんだ。透明感があって瑞々しくてさ、こんな晴れの日にいいかと手配したんだ」

 まるで水のように透明感のあるボトルが太陽の光を浴びて、キラキラ輝いていた。

「名前がまたいいんだよ」
「どんな?」
「Hoje e sempre……」

 宗吾さんってば、ポルトガル語まで?

「あの、意味が知りたいです」
「うん、『今日、そしていつも』だよ」
「あっ……」
「なっ、素敵だろ」
「はい! 僕も好きです。その言葉」

 宗吾さんが耳元で囁いてくれる。

「瑞樹が喜ぶ顔が見たかった。瑞樹……今日も、そしていつも……愛しているよ」
「そ、宗吾さんは……」

 何て答えていいのか。真っ赤になってオロオロしていると、芽生くんといっくんが天使のような笑みで駆け寄ってくれた。

「お兄ちゃん、すごくきれいなビンがあるよ。あれ、ボクものめる?」
「え?」
「いっくんもー! いっくんものめましゅかぁ」

 期待に満ちた目で見つめられて言葉に詰まっていると……宗吾さんがポケットから、ラムネ瓶をふたつ取り出してくれた。いつの間に!?

「芽生といっくんにはとびきりのものをプレゼントしよう」
「わぁ! いっくん、これラムネだよ」
「らむね?」
「しゅわしゅわするんだよ~ おにいちゃんあけて」
「あ……うん!」

 ビー玉をグッと押し込むと、シュワッと音がする。

 あぁ……ここにも、祝福の音がする。

 晴れの日に相応しいキッズドリンク。

「宗吾さん、ラムネだなんて……晴れやかな気分になりますね」
「だろ?」

 大人は微発砲のスパークリングワイン、子供はラムネで乾杯だ。

「乾杯! 潤、菫さん結婚おめでとう!」

     
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...