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小学生編

誓いの言葉 32

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「さっちゃん、荷物持つよ」
「でも……くまさんもすごい荷物なのに」
「なぁに、こんなの軽いものさ!」
「あ……ありがとう」

 ヤバイ!

 母さんと熊田さんの会話が初々しすぎて、ついでに熊田さんがカッコよすぎて、俺まで赤面してしまう。

「ヒロくん、なんだか熊田さんって、ヒロくんとちょっと似てない?」
「え? みっちゃん……それって、どういう意味?」
「ヒロくんもいつもさりげなく私の荷物を持ってくれたりして、カッコイイもの」

 じわ~ん!

「あ……ありがとう」
「今、私達の世界には、沢山の花が咲いているのね」

 みっちゃんの言葉が映像となり、花畑が見えてくるようだ。
 
「あぁ、母さんたち、瑞樹たち、潤たち……そして俺たち……幸せな花は満開だな」
「うん、今日はきっと良い1日になるわね」
「あぁきっとな」

 機内でも、母さんと熊田さんの熱々な様子に感無量だった。

 窓際に座った母さんはずっと頬を染め、少女のように微笑んでいる。熊田さんは時折、そんな母さんをじっと見つめては、照れ臭そうに笑っている。

 優美はみっちゃんの腕の中ですぅすぅと寝息を立てていたが、飛行機の震動で目覚めたようだ。

「ん……ぐすっ、ぐすっ」

 さっきまで静かだったのに、シートベルトサインが取れた途端、本格敵にぐずり出してしまった。
 
「あらやだ、優美ちゃん、どうしたの?」
「ぐすっ、えーん、えーん」
「優美、どうしたんだ?」
「エーン、エーン」

 まだ1歳前の赤ん坊にとって、初めての飛行機は気圧の関係もあるだろうし、窮屈な場所なのかもしれない。

「どうしよう。ちょっと歩いてみるね」
「俺がやるよ」
「大丈夫。まずは私があやしてみる」
「エーン、エーン」

 みっちゃんが2周しても泣き止まないので、俺が変わった。

 だが、泣き止むどころか、どんどん泣き声が大きくなってしまう。

 参ったなぁ。

 俺もまだまだ新米パパだ。

 乗客の冷ややかな目が気になって、変な汗がどっと出てくる。

「広樹くん、ちょっと俺が抱っこしてもいいか」
「熊田さんがですか」
「小さい頃、みーくんも乗り物に乗るとよく泣いたんだ」
「瑞樹が?」
「ちょっとコツがあってな」
 
 熊田さんの大きな腕にすっぽり抱いてもらい、ゆりかごのように揺らしてもらうと、優美がピタッと泣き止んだ。

 へっ、なんで……?

「キャッ、キャッ……」 

  しかも無邪気に笑っている。

「まぁ、くまさんの腕の中は、安定して気持ちいいのかしら?」
「よしよし、優美ちゃん、いい子だなぁ」

 大きな身体のイケオジが、小さな赤ん坊を見事にあやす様子に、思わず周りの人からあたたかい拍手が届いた。

「え? いやぁ……こんなところで役立つとはな」
「ありがとうございます。お……」

 お父さん。

 フライングでそう言いたくなる程、感激してしまった。

 俺の父親が亡くなったのは、10歳年下の潤が生まれてすぐだった。

 当時、俺はまだ10歳だった。

「……すまない。これからは、広樹がお母さんを支えてやってくれ」

  父の遺言めいた言葉を理解するのは、難しかった。

 ただもう、周りに甘えては駄目なのだと理解した。

 それから成長するにつれ、一家の大黒柱の代理としての責任がのし掛かってきた。

 押しつけられたわけじゃない。俺もそれでいいと思っていたんだ。そうするのが当たり前で、そうしたいと自ら望んだ。

 なのに、まさかこの歳になって……母の再婚相手の熊田さんに、憧れの父親像を重ねてしまうなんて、驚いた。

 熊田さんは、本当に頼りになる。

 母を守り、俺たち家族を助けてくれる人だ。

 だから、もう少ししたら……

 『お父さん』

 そう口にしてみたい。

 きっと天国の父さんも、暖かく見守ってくれている。


 

 命を全うするまで生きていくのは、なかなかハードだ。

 だからこそ人はパートナーを求め、友を求め、交流して生きていく。

 すぐ傍らで、心と体にぬくもりを与えてくれる人、支えてくれる人の存在は大きい。

 俺はどうやら熊田さんと母さんが再婚するのが、かなり嬉しいようだ。

 よーし! 瑞樹の企画したサプライズに向けて、突き進むぞ!

 

 ****

「じゅーん、お待たせ」

 更衣室から出て来た兄さんは、いつもと違う雰囲気だったので驚いた。

 濃紺のデニムのつなぎは、兄さんらしからぬハードな印象だったが、両膝と背中に、四つ葉のクローバーのあてがついているのは、兄さんらしい。

「そのつなぎ、似合っているな」
「そ、そうかな?」

 兄さんが、甘く微笑む。
 心から嬉しそうな笑顔に、俺も釣られて口角を上げた。

「潤、早速作業に取りかかろう!」
「おぅ! 花は用意したけど、これでいいか」

 作業部屋に事前に運び込んでおいた花材を見せると、兄さんは感動してくれた。

「素晴らしいよ。どの花も……香りが濃いね」
「さっきまで地面と繋がっていたからな」
「潤は上手に育てているんだね。花農家になれそうだよ」
「そうかな? 花のプロの兄さんに言われると照れ臭いな。オレも手伝うよ。ブーケは作れないが下処理なら出来る」
「じゃあ薔薇の棘を取ってもらえる?」
「了解」

 葉も棘も薔薇の身体の一部だからそのままにしてやりたい気もするが、このままでは危なくて、花束もアレンジも作るスピードもダウンするし、  何より兄さんの手が流血してしまう。

 兄さんのために棘を抜く。

 刺々しい態度で兄さんを追い詰めていたオレはもういない。

「葉の処理も頼んでもいい?」
「もちろんだ」

 切り花には根がないので、それだけ吸い上げる力が弱まっている。つまり茎が長い程、葉が多い程、力強く吸い上げないと枯れてしまう。だから一番水から遠い花にきちんと水が揚がるように、茎が長ければカットし、葉を落とす作業が必要だ。

「潤は上手だね、茎を痛めずに優しく取ってくれて、ありがとう」
「そうかな」

 兄さんがオレのことを見てくれている。
 
 褒めてくれる。

 黙々とした作業の中に、生まれる兄弟の信頼関係。

「潤、今から、菫さんのブーケを作るよ」
「嬉しいよ」
「それから潤のブートニアも……あぁ……僕が潤のために作る日がくるなんて」

 オレが白薔薇の下処理をしている間、兄さんは俺たちの結婚式のブーケ作りに取りかかり出した。
 
   兄さんの声はいつだって上品で優しくてソフトだ。

 兄さんの細い指先が軽やかに動いて、パンジーやビオラ、すみれ色の花を束ねていく。その光景に思わず入ってしまった。

「菫さんはいっくんもいるし、丸いのがいいと思って。だからラウンドブーケにするね」
「ボールみたいなのか」
「ラウンドブーケは崩れにくいから扱いやすいんだ。それでいいかな?」
「もちろんだよ」

 つなぎを着た兄さんが仕事モードに入っていく。

 真剣な眼差しは、凜として清々しい。

 優しくて綺麗な兄は、いつまでも憧れの人だ。

 目が合えば、ふっと淡く微笑んでくれる。

 もうオレを怖がっていないことが分かり、心の底から感謝した。

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 やり直しさせてくれて、ありがとう。


 


                                          
 

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