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小学生編

誓いの言葉 31

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 リュックに一眼レフとレンズをぎっしり詰め込んで家を出ようとしたら、背後から大樹さんに呼び止められた気がした。

「おーい熊田、今日、そんなラフな服で行くのは、よせよせ」
「だ……大樹さん? あの……ジーンズにポロシャツ姿はまずいですか。写真を撮るのに動きやすいのですが」
「馬鹿だなぁ。山で動物を撮るのではないだろう。結婚式にはカメラマンだってスーツで行くものだぞ」
「えっ、そうだったのですね。じゃあ着替えてきます」
「そうそう、それがいい」

 そんな会話を、夢現でしたような。

 我に返ると、玄関の姿見に映る自分の格好にハッとした。

「そうだな、今日は結婚式だもんな。流石にジーンズはまずいってことか。みーくんはきっとスマートなスーツを着て来るだろう。俺はみーくんのお父さん代わりだ。ここはパリッとスーツで行くべきだな」

 一応いい歳なので、一着だけはブラックスーツを持っている。

 急いで着替えて鏡を見ると、東京で整えてもらった髪は少し伸びていたが、なかなかいい感じだった。

 よしっ、これなら恥ずかしくないよな。

 ふと意識するのは、さっちゃんの反応だ。

 気に入ってもらえるといいな。

 誰かの目を意識するのは久しぶりだ。

「おっと、遅刻する!」

 函館空港で待ち合わせをし、さっちゃんと長男の広樹くん家族と一緒に軽井沢に行くことになっていた。

 別行動をするつもりだったのに。

 まだ結婚前なのに家族の一員のように接してもらえるのは、嬉しいのと同時に少々照れ臭い。

「熊田さん、おはようございます」
「あぁ広樹くん、おはよう」
「あぁ、スーツですか! いいですね。決まっていますね」
「そ、そうかな?」
「絶対に……母さんが喜びます」

 真っ直ぐな瞳で一礼されて、ますます照れ臭くなった。

 さっちゃんと結婚するのは、みーくんだけでなく広樹くんや潤くんの父親になることなのだと……漠然と考えていたことを意識する。

 俺には父親としての経験はないが、みーくんが澄子さんのお腹にいる時から10歳まで子育てを手伝った経験ならある。17年もひとりぼっちで生きてきたから、まだ人付き合いに不慣れだが、もしも俺に必要な役割があるなら、喜んでそのポジションにつきたいよ。

 まぁ……まだ先のことだし……需要があればの話だ。

 さぁ今日はこのカメラで、幸せな光景を沢山撮ろう!

 みーくんと、その家族の笑顔を。
 
 みーくんを受け入れてくれた葉山家の笑顔を。

 ****

「じゅーん、昨日……もしかして……いっくんと練習したの?」
「へっ、なんの話?」
「うん……あの、さっきの『お父さん』って呼んだの。あれ……すごくいいね」

 兄さんが隣で、甘く微笑んでいる。
 この笑顔を壊すことは、もう二度としない。
 だから正直に答えた。

「あぁ、いっくんと何度も練習したんだ」
「すごく、いいね」
「昨日の夜さ……」

……

「パパぁ、ひみつのおはなしって、なあに?」
「実は明日、パパにもお父さんが出来るんだよ!」
「えー? パパのおとうさんってだあれ?」
「くまさんだよ。ほら函館に行った時に飛行機で会った人だよ」

 いっくんはキョトンとした後、ピョンピョン跳びはねて喜んでくれた。

「もりのくましゃんのこと? わぁ~ やったぁ!」
「そうなんだ。くまさんがパパのお父さんになるんだよ。なぁ、いっくん……くまさんのこと何て呼べばいいかな?」
「えっとね、えっとね……やっぱり『パパぁ』がいいよぅ」
「ええっ、いや、それはちょっと」

 流石にオレはもう大人だから、それは無理だよ。自分が呼ばれるのは嬉しいが、言うのは別だ。

「じゃあ……おとうしゃんかな?」
「……お、お父さんか」
「そうそう! パパぁ、じょうずだね! もういっかいいってみて」
「えっと……おとう……さん」
「じょうず! じょうず!」

 亡くなった父親は、兄さんのアルバムの中でしか知らない。「お父さん」と直接呼んだ経験はない。だから何とも……照れ臭いもんだな。

「潤くん、素敵! 『お父さん』って呼ぶの素敵よ」
「菫さんも、そう思うか」
「うん‼ それにしても、あんなにダンディな男性が潤くんのお父さんになるなんて最高ね」
「え? ダンディ?」
「くすくすっ、もしかして、また妬いちゃった?」
「え……いや」

 菫さんは、オレだけを見て欲しい。

 なんて……贅沢か。

「潤くんって、可愛いなぁ」
「カッコイイがいい」

 口を尖らせると、いっくんが抱きついてくれた。
 
「パパはねっ、すごっく、すごーく、かっこいいよぅ!」

 あぁ、いっくんは、なんて可愛い生き物なんだ!

「あー、また、いっくんに先を越されちゃった! 私もそう思っていたのに」
「菫さん……」

 菫さんがほっそりとした手を重ねて、ニコッと微笑んでくれる。

 いっくんも小さな手をのせてくれる。

 二人とも、明日からは俺の家族だ。

 俺はこの手を守る人になる!

……

「さぁ着いたぞ」
「わぁ~ お花がいっぱいだね。すごい、前に来た時とぜんぜん、ちがうね」

 芽生坊の瞳がキラキラ輝く。

 兄さんも花盛りのイングリッシュガーデンに目を細める。

「潤、花の季節はやっぱりいいね」
「この景色を見せたかったんだ。兄さん、早速作業をする?」
「そうだね」
「事務所に作業場を準備したんだ。えっと、その服装のままでいいのか」
「ありがとう。実はとっておきの着替えを持ってきたんだよ」

 やっぱり気のせいじゃないな。今日の兄さん、すごくご機嫌だ。とっておきって……何かいいことがあったのか。

 オレを見ては笑顔を凍らせていた過去は、もう遠い昔だ。今、目の前にいる兄は、花のように優しい笑顔を振りまいてくれる。
 
「じゃあ更衣室に案内するよ」
「ありがとう。宗吾さん、芽生くん、ちょっと作業に入りますので」
「あぁ行ってこい」
「お兄ちゃん、頑張って!」
「はい!」



 オレの大事な兄さんは、宗吾さんに愛され、芽生坊に慕われている。

 三人は互いを信じ合っている。

 これは何度目にしても、嬉しい光景だ。

 さぁ、動き出すぞ!

 結婚式に向けて、色々なことが一気に動き出す。

 オレも兄さんの助手として手伝う予定だ。

 ずっと憧れていた光景に飛び込む。
  
 

 
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