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小学生編

誓いの言葉 30

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「瑞樹、行くぞ!」
「もう少し待って下さい」

 あっという間に宗吾さんも芽生くんも準備を終え、玄関に立っていた。

 僕の方が支度に手間取りモタモタしていると、宗吾さんがヒョイと荷物を持ってくれ、芽生くんが手を引っ張ってくれた。

「お兄ちゃん、早く早く~ もう行くよ」
「う、うん……芽生くんは眠くないの?」
「大丈夫だよ! だって遠足みたいにウキウキだもん!」

 宗吾さんも芽生くんも、前へ前へ進む勢いがある。僕は相変わらず遠慮してしまう癖があるので、見習いたいよ。

「ウキウキか。そうだね。せっかく軽井沢に行くのだから、楽しまないとね」
「そうだぞ瑞樹。チャンスは自分からキャッチしないとな! 家族で揃う、出掛けられるチャンスは大切にしろよ。もう遠慮はいらないよ」

 その通りだ。芽生くんはどんどん大きくなって、そのうち親と一緒に行動してくれなくなる。だから……今日という日は貴重だ。

 チャンスをキャッチか。
 僕の辞書にはない言葉だな。
 見習いたいよ。

 

 新幹線が動き出した途端、微かな振動を子守歌に、一番張り切っていた芽生くんがコテッと眠ってしまった。三人掛けの真ん中で、僕の膝に頭をのせて、すぅすぅと可愛い寝息を立て出した。

 あぁ、いいね。僕はこの寝息が好きだ。あの日シロツメクサの原っぱで聞いた音は、今も僕のすぐ傍にある。口角をあげて、芽生くんのふっくらしたほっぺたを撫でていると、その手を宗吾さんに掬われた。

「瑞樹、手、貸せよ」
「?」
「マッサージな」
「あ……はい。えっ……」

 宗吾さんが僕の右手を握って、そのままマッサージしてくれる。慌ててキョロキョロ見渡すが、早朝の新幹線はガラガラで横も前後も誰も座っていなかったので安心した。

「大丈夫、誰も見ていないよ」

 このまま宗吾さんに委ねよう。

「気持ちいいか」
「はい……強張りが解れます」
「今日は君が頑張る番だからな。二組の結婚式のブーケを、この手が生み出すんだよな。何かを生み出せるのって、すごいことだよ」
「宗吾さんだって、いつもいろんな企画をしてくれます。あれもすごいです」
「ありがとな。チュッ」

 宗吾さんが仕上げに手の甲にキスをしてくれたので、本気でドキッとしてしまった。

「も、もう、駄目ですよ。こんなところで」
「今日成功しますようにと願ったまでさ」
「……ありがとうございます」

 もしかしたら……宗吾さんは……あの日、あの人に強引に手を握られたまま、新幹線の中で大半の時間を過ごすしかなかったことを知っているのかもしれない。だから僕の手を何度も何度も、熱心に握ってくれているのかも……

 何も言わなくても宗吾さんが僕を労る気持ちが伝わってきて、泣きたくなるほど嬉しかった。

 芽生くんのぬくもりと宗吾さんの優しさに包まれて、暗い道を駆け抜けていく。

  トンネルの向こうは、晴れ模様なのを知っている。

 大丈夫、大丈夫だ。

 あれは過去の出来事だ。


 
 軽井沢駅に着くと、改札につなぎ姿の潤が立っていた。

「兄さん!」

 人がまばらな構内に、潤の威勢の良い声が響く。

 寝起きでぼんやりしていた芽生くんも、パチッと目が覚めたようだ。

「ジュンくーん!」
「おぉ、芽生坊も一緒に来たのか」
「うん! ボクね、ちゃんと早起きできたんだよ」
「そうかそうか! 偉かったな。兄さんも芽生坊と一緒で嬉しかったと思うぞ」
「えへへ」
 
 逞しい潤が、芽生くんをその場で高く抱き上げてくれた。

「どうだ? パパより高いか」
「うん! でもくまさんよりは低いかなぁ?」
「ははっ、お父さんが一番だよな。やっぱ」

 あ……今『くまさん』のことを『お父さん』って呼んだ?

「潤……今……もしかして」

 思わず潤に聞いてしまった。
 
「あ、やべぇ先走ったか。実は昨日から練習しているんだ。『お父さん』って呼ぶの。オレさ……直接呼んだ記憶がないんだ。オレもいっくんも同じなんだなってしみじみしたよ」

 胸の奥が切なくなるよ。
 
「……じゅーん、そうだよ……くまさんは、今日から僕らのお父さんになるんだよ」
 
 僕は感極まって、思わず芽生くんを抱いている潤に抱きついてしまった。

「お、おい兄さん、オレ、汗臭いよ」
「くすっ、そんなこと気にするなんて、潤らしくないぞ」
「ははっ、だな!」
 
 駅の構内に、一層明るい笑い声が響く。

「車で来ているんだ。行こう」
「うん」
「宗吾さん、よろしくお願いします」
「あぁ、今日はとうとう潤くんが主役だな」
「……照れます」

 車の運転をする潤の横顔は、冬に会った時よりも日焼けして黒くなっていた。それに髪を整えたばかりなので、こざっぱりと凜々しい。

「ジュンくん、今日とってもかっこいいね」

 芽生くんが素直な感想を声を出せば、宗吾さんも盛り上げてくれる。

「なんだか南国の誰かみたいだな」
「あ、わかった! 王子さまでしょう?」
「そうだ! それ」

 二人の楽しそうな会話に、少しだけおかしくなって吹いてしまった。

「潤が南国の王子様……? 北海道出身なのに?」
「ははっ兄さんの反応、オレとまったく一緒だな。やっぱり兄弟だよなぁ」

 潤は上機嫌で鼻歌交じりに、得意気な顔をしていた。

「もしかしていっくんや菫さんからも言われたの?」
「へへっ、ふたりともヨイショしてくれるんだ。オレ、しあわせだ」
「惚気てるなぁ。でも今日は花婿さんだから許すよ」

 潤とこんな風に軽口を叩けるなんて信じられないが、これが今の僕の生きている世界だ。そう思うと胸の中が、またポカポカとしてくる。

「潤、今日はよろしくな。くまさんとお母さんのサプライズのことも、ありがとう」
「兄さん、イングリッシュガーデンの白薔薇……今日が満開だったよ。芳しい香りで綺麗に咲いたんだ」
「良かったよ。潤の育てた花で心をこめてブーケを作るよ」
  
  心を込められる相手がいる。それがどんなに幸せなことなのか、僕は知っている。

 募る想いと溢れる想いを受けとめて束ねるよ。

 いよいよ、幸せな1日のはじまりだ!
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