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小学生編

誓いの言葉 29

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「母さん、帰ったよ。芽生、パパだぞ~」

 玄関で声を張り上げると、芽生が目を輝かせて一目散に駆けてきた。

「パパぁ~、お兄ちゃん!」
「おー! いい子にしていたか」
「うん! みんなでトランプをしていたよ」
「トランプ?」

 芽生を軽々と抱き上げると、確かに右手にトランプを持っていた。

「なるほど、ばば抜きか」
「うん!」

 無邪気な芽生の笑顔を、瑞樹が隣で眩しそうに見上げている。

 続いて割烹着姿の母が、にこやかに現れる。

「二人ともお帰りなさい。思ったよりも早かったのね」
「明日があるからな。母さん、今日は芽生のこと、ありがとう」
「いいのよ。久しぶりで私も楽しかったわ。あ、でも憲吾が一番張り切っていたかも」
「兄さんが?」
「そうよ。あの子、仕事は大丈夫なのかしら? 一目散に帰ってきてハイテンションよ」
「へぇ、あの兄さんが」

 驚いたな。仕事の虫だった兄さんが芽生のために早帰りしてくれるなんて。
っと、うわさをすれば兄さんだ。

「あぁ宗吾、瑞樹くん、帰ったのか。もっとゆっくりして来ても良かったんだぞ」
「いやいや、明日早いですからね。アレ……兄さん、また眼鏡が変わった?」

 兄さんと言えば……以前は銀縁で神経質そうな印象が強かったのに……今日は黒いプラスチック製のフレームで、ずいぶんカジュアルに見える。

「あぁ、これか。彩芽は手先が器用でな」

 あぁなるほど。あーちゃんにいたずらされたんだな。赤ん坊は遠慮なく眼鏡に手を伸ばして、手加減なしに遊ぶようだしな。

 そこに瑞樹スマイル発射だ。

「憲吾さん、あーちゃんはとっても可愛いし手先も器用だなんて、将来が楽しみですね」
「おぉ、そうなんだ。分かってくれるか」

 あーちゃんが生まれてから、兄さんは溌剌としている。

 しっかり親馬鹿しているようだ。

 うん、いい言葉だ。

「瑞樹くん、手はもう大丈夫か」
「あ……はい。ご心配をお掛けしました。この通りもう大丈夫ですよ」

 瑞樹が右手を大きくグーパーして見せると、母さんも兄さんもホッとした表情を浮かべた。

「二人とも上がりなさい。お茶を飲んでいって」
「はい、じゃあ手を洗ってきますね」
「瑞樹くんはいつもお行儀がいいわね。宗吾、あなたもちゃーんと手を洗うのよ」
「やれやれ、母さんは俺をいくつだと思っているんですか」
「やんちゃ坊主よ。あなたはいつまでも」
「参ったなぁ」

 賑やかな会話を繰り広げながら畳に座ると、すぐに母さんがほうじ茶を淹れてくれた。ホッとするよ。

「今日は早く眠るのよ。明日は朝、早いのでしょう。芽生はもうお風呂にいれておいたから、すぐに寝かしなさいね」
「色々、ありがとう」
「それから瑞樹くんに渡したいものがあるのよ」

 何だろう?
 瑞樹はキョトンとした顔で、背筋を正した。

「……何でしょうか」

 母さんと兄さんが、仏壇の部屋から何かを持ってくる。

 『結婚お祝い』と書かれたご祝儀袋が二つ並んでいた。

「これ、少しだけど持って行ってね」
「えっ……これって」
「あなたの弟さんの結婚のお祝いよ」
「え……そんな」
「私からもお祝いだ。何がいいのか迷ったが、若い夫婦にはシンプルにご祝儀がいいだろうと思ってな」

 母さんと兄さんが結婚祝いを用意しているなんて想定外だったので、俺まで感激してしまったよ。俺が感激しているのだから、瑞樹はもっと感激しているはずだ。

 ちらりと様子を伺うと、案の定、頬を紅潮させ瞳を潤ましている。

 潤くんと蟠《わだかま》りがあったのは、もう過去の出来事だ。

「あ……ありがとうございます。僕の弟に、お祝いを下さるなんて……驚きました」
「おめでたいことは嬉しいことよ」
「こんなことまでして下さって……何だか申し訳ないです」
「瑞樹くんは私達の家族だもの、当たり前でしょう」
「そうだ。君は可愛い弟だよ」

 兄さんも母さんも本当にありがとう。

 俺の瑞樹を、どこまでも受け入れてくれて……ありがとう。

 俺からも母と兄に、礼を言った。

 俺の大切な人を、大切に扱ってくれる家族が大好きだ。

 誇りに思っている。

  この家に生まれてきて良かった。

 親切にしてもらえれば、親切にしたくなる。

 大事にしてもらえれば、大事にしたくなる。

 プラスの方程式は、幸せを生み出すのが得意のようだ。


 ****

 いよいよ潤の結婚式当日。

 早朝、まだ夜も明けきらぬ時間に、僕はそっと宗吾さんのベッドから抜け出て、忘れ物がないか荷物を確認していた。

 愛用の花鋏にリフォームしたばかりのお父さんのつなぎ、昨日お母さんと憲吾さんから預かったご祝儀。

 一つ一つ丁寧に確認していると、背後から声を掛けられた。

「なんだ、瑞樹、もう起きていたのか」
「宗吾さん……起こしてしまいましたか。すみません、荷物が気になって」
「なぁ……やっぱり俺たちも一緒に行くよ」
「いえ……式は午後からです。だから芽生くんと後ほどゆっくりいらして下さい」

 北海道から駆けつけるメンバーを考慮して、潤の結婚式はゆったり午後からスタートだ。

 僕はブーケ作りのために早く行くが、宗吾さんと芽生くんに付き合わせるのは悪いと思って、一人だけ早い時間の新幹線の座席を予約していた。幼い芽生くんに6時台の新幹線は酷だろう。
 
「……やっぱり、君ひとりで新幹線に乗せるのは不安だな」
「宗吾さん、大丈夫ですよ。僕も男ですし、そろそろ乗り越えていかないと」

 宗吾さんの不安はよく分かる。特に場所が軽井沢だから。

 でも今日は潤の結婚式のブーケーを作るという目的で心が一杯だ。こうやってどんどん幸せな思い出で塗り替えていきたい。そんな前向きな強い気持ちに押されていた。

「……よしっ、分かった。朝食を作ってやるから、しっかり食べていけよ」
「はい!」

 珈琲を飲んでいると、子供部屋から物音がした。

 あれ? まさか、もう起きたのかな? 

 暫くするとドアがそっと開いた。

「芽生くん?」
「お兄ちゃん! おはよー!」
「わっ、もう起きたの?」
「あのね……ボクもお兄ちゃんといっしょに行きたいな」
「えっ……」

 芽生くんは寝ぐせがついたまま、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべていた。

 お日様みたいな笑顔に、僕もつられて微笑んでしまう。 

「もうお洋服も着がえたし、いっしょのシンカンセンでいくよ」
「芽生くん……でも……お兄ちゃん……お式までは忙しくてバタバタしているよ。一緒に遊べないんだよ」
「うん、わかってる。でも……かぞくなんだから、いっしょに行こうよ」

 芽生くんがグイグイ押してくれる。

「ははっ、いいぞ芽生! 流石俺の子だな。だよなぁ、やっぱり一緒に行った方が絶対楽しいよな」
「うん!」
「瑞樹、俺も支度をしてくるよ。君と同じ新幹線に指定席を取り直すよ。なっ家族で一緒に行こう」

 家族一緒!

 なんて……なんと心強い言葉なのだろう。

 甘えていいのかな?

 出来たら……僕も一緒に行きたいと、心の奥底で思っていた。

「瑞樹、意地を張るな。ほら、ちゃんと君の言葉で伝えてくれよ」
「あの……僕も……一緒だと……嬉しいです」
「だろ!」

 
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