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小学生編
誓いの言葉 15
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みーくんを送り出すと、急に寂しくなってしまった。
昨日からずっと夢のような時間だったから、さっちゃんとみーくんと俺、まるで三人家族になったような錯覚をしてしまったようだ。
「くまさん、私、こんなに長い時間、瑞樹と向き合ったのは久しぶりだわ」
「そうなのか、良かったな」
「あの……さっき『俺たちの息子』って言ったでしょう?」
「あぁ悪い! つい感極まって」
流石に図々しかったよな、まだ入籍もしていないのに。
「ううん、嬉しかったの。瑞樹はお腹を痛めて産んだ子ではないけれども、大切な息子の一人として、ずっと育ててきたから。あの子はね。家族を亡くしただけでなく大変な目に遭ってばかりで……それが不憫で……もしも父親がいたらもっとあの子の苦しみに寄り添ってあげられたのではと何度も思ったわ。だから、これからはくまさんがいてくれるのが嬉しくて溜らないのよ」
やはり、みーくんの身に何か良くない事があったのか。
「さっちゃんに折り入って聞きたいことがある。みーくんはもしかしたら、ここ数年の間に……何か大変な事件に巻き込まれたのか」
「えっ」
さっちゃんの顔に動揺が走る。
みーくんの手の傷は、鋭利な刃物で深く切ったものだった。小さい頃から行動に慎重なみーくんが神経に達する程の深手を負うなんて……普通に生活していたらあり得ない。最初は交通事故の時の傷かと思ったが、もっと新しいものだよな?
「一体、俺たちのみーくんに何があった?」
「それは……くまさん……ううっ」
さっちゃんはその場で泣き崩れてしまった。
「さっちゃん……ずっと……君一人で苦しんで抱えてきたんだな」
「重過ぎて……それに私の口から話していいのか分からないの。今の瑞樹が何を望んでいるのか分からないから。もうあの事は闇に葬りたいのか、それとももう昇華したのか……未だに怖くて聞けないのよ」
みーくんと再会した時の様子が、ずっと気になっていた。
気絶した彼をベッドに寝かせて覗き込んだ瞬間、目を覚ました。あの時、俺を見る目は、明らかに怯え恐怖に震えていた。逃げることしか考えていない必死な様子だった。
そこから想定されることは、まさか……いや、そんなことがあってはならない。だが……
「まさか……男に拉致監禁されたとか」
「どうして、それを?」
「初めて会った時、俺だと気付くまでの怖がり方が尋常ではなかったので、ずっと気になっていたんだ」
「あれはもう3年前になるのかしら。寸での所で救出されて、無事だったの」
「やはり……それでも心に負ったダメージは相当なものだったろう」
「えぇ、手の傷も深かったので、そのまま4ヶ月近く休職して函館と大沼で療養したの」
「そうだったのか、その頃大沼で会えていれば……くそっ! いや、もっと前に……」
後悔しても、過去には戻れないのに……親はいつだって子供のこととなると我が身を省みず、心配になってしまうものだ。
「さっちゃん、みーくんの傍にいてくれてありがとう」
「息子たちも必死に支えてくれたけれども……あの頃はどん底だった。私、親として踏ん張りどころだったわ」
「そうだろう。俺も傍に居てやりたかった」
天使のように清らかなみーくんの羽をむしろうとしたのは、誰だ?
「その、相手の男は今、どうしている?」
「分からないわ。怖くて聞けないし……もう処罰は受けたはずだから」
「……じゃあ……もう気配は感じないんだな」
「えぇ……幸いなことに、あれからは一度も」
「ならよかったが、一度宗吾くんには聞いてみようと思う。彼は何か知っているかもしれないから。このまま、うやむやにするのが一番良くない。さっちゃんもその方が安心出来るだろう」
「くまさん……ありがとう。私からは怖くて調べられなかったの」
「気持ち分かるよ。それに今のみーくんには宗吾くんがついているから、大丈夫だ」
「そうよね。あのね……こんなこと言っていいのか分からないけれども……瑞樹の相手は女性ではなく、宗吾さんで良かったと思っているの。本当に瑞樹と宗吾さんは互いが互いを必要とする関係で……幸せを高め合っているから」
さっちゃんを労るように抱きしめてやった。
「さっちゃん、今まで何もかも……一人で頑張ってきたんだな。これからは俺にもたれて欲しいよ。俺はずっとひとりだったから、頼ってもらえるのが嬉しいんだよ」
「くまさん……」
「ところで、二人の時はそろそろ下の名前で呼んでもらえないだろうか」
「……えっと」
「俺の名前は勇大だよ」
「勇大さん……?」
「うう、照れ臭いな」
「じゃ、くまさん?」
「うう、物足りないな」
「くすっ、欲張りね」
「だな」
次第に和やかな雰囲気に戻って来た。
みーくんの事件について更に詳細を聞くことはなかったが、この先の未来、もう安心で大丈夫だという保証だけは欲しいと思った。
そのためになら、俺がいくらでも動くよ。
「瑞樹は後どの位で戻るかしら?」
「上手く行けば、昼前には」
「空港まで送ってあげたいわ」
「そうしよう」
「あ……あの子にお腹空かせてないかしら」
「一緒に作ってやろう。サンドイッチはどうだ? 時間がなくても食べられるぞ」
「いいわね」
さっちゃんとふたりでキッチンに立つと、不覚にも涙が出そうになった。
すぐ横に誰かいるっていいな、話す相手がいるっていいな。
早くこんな日々を、俺の日常にしたいと欲が出てしまった。
結婚するにあたり具体的に決めることは多い。戸籍、仕事……住む家のこと。
さっちゃんと一緒に暮らすために頑張ろう!
心の中で力こぶを作っていると、玄関から「ただいま!」と弾む声が聞こえた。
「お帰り! みーくん」
「お帰りなさい、瑞樹」
二人で玄関で出迎えてやると、みーくんは嬉しそうに破顔した。
だが明るい笑顔の後、目を潤ませて泣いてしまった。
「どうした?」
「ごめんなさい……嬉しくて……二人に出迎えてもらえるのが嬉しくて……」
「ちゃんといるよ。みーくんを一人になんてしない! どうだった? 生産者の人への報告は無事に終わったのか」
「はい……無事に……あの、ここを見て下さい」
みーくんがつなぎの肘部分のかけはぎを見せてくれた。
「そこがどうした?」
「生産者の方と……素敵なご縁があったんです! 昔……お父さんが道で助けた人だったんです。この継ぎ接ぎは、その時に破いてしまって、生産者の奥さまが縫って下さったそうです」
「なんと! 大樹さんはタフな男で……よくつなぎを破いたり、引っかけたりして帰ってきたが、外でそんなことを」
「はい……お父さんはもういないけれども、誰かの思い出として残っているのって、いいですね」
大樹さんはワイルドな人だったが、みーくんは繊細で清楚で慎ましい。
そんな違いすらも、愛おしい。
「ほっとしたら腹が減っただろう。スーツに着替えてから食事を取るといい。空港までは俺が運転するよ」
「あ……でも」
みーくんがつなぎを手で撫でて名残惜しそうな素振りをする。
「つなぎは君が持って帰るといい」
「でも……いいんですか」
「元々、みーくんのお父さんのものだ。俺には思い出が沢山あるから大丈夫だ」
「あ……ありがとうございます」
スーツに着替えたみーくんは、大事そうに畳んだつなぎを抱きしめていた。
「さぁ、つまんでくれ」
「美味しそう!」
ところがサンドイッチを掴もうとしたみーくんが、顔をしかめた。
「みーくん、やっぱり手を少し痛めたな」
「瑞樹、大丈夫?」
「あの……ごめんなさい。ハンドルを強く握り過ぎたかも……少しだけまた痛いです」
「謝らなくていいのよ。母さんも大量に花を仕入れたときはよくなったの。テーピングしてあげるわ」
「……お母さん、ありがとう」
みーくんの右手にさっちゃんが優しくテーピングを施した。
「どう? みずきの痛いの痛いの飛んでいけ」
「お、お母さん……それはちょっと恥ずかしいよ」
「あら、いいじゃない。今日は瑞樹しかいないんだから」
「……あの……じゃあもう一度擦ってもらっても……」
「ふふ、もちろんよ」
さっちゃんがみーくんの手を優しく包んで、祈るように呟いた。
「大丈夫よ、もう大丈夫」
「……うん」
みーくんのあどけない返事に、何故か熱いものが込み上げてくる。
みーくんの和やかな日常を守る人の一人になりたい。
この先、ずっとずっと。
昨日からずっと夢のような時間だったから、さっちゃんとみーくんと俺、まるで三人家族になったような錯覚をしてしまったようだ。
「くまさん、私、こんなに長い時間、瑞樹と向き合ったのは久しぶりだわ」
「そうなのか、良かったな」
「あの……さっき『俺たちの息子』って言ったでしょう?」
「あぁ悪い! つい感極まって」
流石に図々しかったよな、まだ入籍もしていないのに。
「ううん、嬉しかったの。瑞樹はお腹を痛めて産んだ子ではないけれども、大切な息子の一人として、ずっと育ててきたから。あの子はね。家族を亡くしただけでなく大変な目に遭ってばかりで……それが不憫で……もしも父親がいたらもっとあの子の苦しみに寄り添ってあげられたのではと何度も思ったわ。だから、これからはくまさんがいてくれるのが嬉しくて溜らないのよ」
やはり、みーくんの身に何か良くない事があったのか。
「さっちゃんに折り入って聞きたいことがある。みーくんはもしかしたら、ここ数年の間に……何か大変な事件に巻き込まれたのか」
「えっ」
さっちゃんの顔に動揺が走る。
みーくんの手の傷は、鋭利な刃物で深く切ったものだった。小さい頃から行動に慎重なみーくんが神経に達する程の深手を負うなんて……普通に生活していたらあり得ない。最初は交通事故の時の傷かと思ったが、もっと新しいものだよな?
「一体、俺たちのみーくんに何があった?」
「それは……くまさん……ううっ」
さっちゃんはその場で泣き崩れてしまった。
「さっちゃん……ずっと……君一人で苦しんで抱えてきたんだな」
「重過ぎて……それに私の口から話していいのか分からないの。今の瑞樹が何を望んでいるのか分からないから。もうあの事は闇に葬りたいのか、それとももう昇華したのか……未だに怖くて聞けないのよ」
みーくんと再会した時の様子が、ずっと気になっていた。
気絶した彼をベッドに寝かせて覗き込んだ瞬間、目を覚ました。あの時、俺を見る目は、明らかに怯え恐怖に震えていた。逃げることしか考えていない必死な様子だった。
そこから想定されることは、まさか……いや、そんなことがあってはならない。だが……
「まさか……男に拉致監禁されたとか」
「どうして、それを?」
「初めて会った時、俺だと気付くまでの怖がり方が尋常ではなかったので、ずっと気になっていたんだ」
「あれはもう3年前になるのかしら。寸での所で救出されて、無事だったの」
「やはり……それでも心に負ったダメージは相当なものだったろう」
「えぇ、手の傷も深かったので、そのまま4ヶ月近く休職して函館と大沼で療養したの」
「そうだったのか、その頃大沼で会えていれば……くそっ! いや、もっと前に……」
後悔しても、過去には戻れないのに……親はいつだって子供のこととなると我が身を省みず、心配になってしまうものだ。
「さっちゃん、みーくんの傍にいてくれてありがとう」
「息子たちも必死に支えてくれたけれども……あの頃はどん底だった。私、親として踏ん張りどころだったわ」
「そうだろう。俺も傍に居てやりたかった」
天使のように清らかなみーくんの羽をむしろうとしたのは、誰だ?
「その、相手の男は今、どうしている?」
「分からないわ。怖くて聞けないし……もう処罰は受けたはずだから」
「……じゃあ……もう気配は感じないんだな」
「えぇ……幸いなことに、あれからは一度も」
「ならよかったが、一度宗吾くんには聞いてみようと思う。彼は何か知っているかもしれないから。このまま、うやむやにするのが一番良くない。さっちゃんもその方が安心出来るだろう」
「くまさん……ありがとう。私からは怖くて調べられなかったの」
「気持ち分かるよ。それに今のみーくんには宗吾くんがついているから、大丈夫だ」
「そうよね。あのね……こんなこと言っていいのか分からないけれども……瑞樹の相手は女性ではなく、宗吾さんで良かったと思っているの。本当に瑞樹と宗吾さんは互いが互いを必要とする関係で……幸せを高め合っているから」
さっちゃんを労るように抱きしめてやった。
「さっちゃん、今まで何もかも……一人で頑張ってきたんだな。これからは俺にもたれて欲しいよ。俺はずっとひとりだったから、頼ってもらえるのが嬉しいんだよ」
「くまさん……」
「ところで、二人の時はそろそろ下の名前で呼んでもらえないだろうか」
「……えっと」
「俺の名前は勇大だよ」
「勇大さん……?」
「うう、照れ臭いな」
「じゃ、くまさん?」
「うう、物足りないな」
「くすっ、欲張りね」
「だな」
次第に和やかな雰囲気に戻って来た。
みーくんの事件について更に詳細を聞くことはなかったが、この先の未来、もう安心で大丈夫だという保証だけは欲しいと思った。
そのためになら、俺がいくらでも動くよ。
「瑞樹は後どの位で戻るかしら?」
「上手く行けば、昼前には」
「空港まで送ってあげたいわ」
「そうしよう」
「あ……あの子にお腹空かせてないかしら」
「一緒に作ってやろう。サンドイッチはどうだ? 時間がなくても食べられるぞ」
「いいわね」
さっちゃんとふたりでキッチンに立つと、不覚にも涙が出そうになった。
すぐ横に誰かいるっていいな、話す相手がいるっていいな。
早くこんな日々を、俺の日常にしたいと欲が出てしまった。
結婚するにあたり具体的に決めることは多い。戸籍、仕事……住む家のこと。
さっちゃんと一緒に暮らすために頑張ろう!
心の中で力こぶを作っていると、玄関から「ただいま!」と弾む声が聞こえた。
「お帰り! みーくん」
「お帰りなさい、瑞樹」
二人で玄関で出迎えてやると、みーくんは嬉しそうに破顔した。
だが明るい笑顔の後、目を潤ませて泣いてしまった。
「どうした?」
「ごめんなさい……嬉しくて……二人に出迎えてもらえるのが嬉しくて……」
「ちゃんといるよ。みーくんを一人になんてしない! どうだった? 生産者の人への報告は無事に終わったのか」
「はい……無事に……あの、ここを見て下さい」
みーくんがつなぎの肘部分のかけはぎを見せてくれた。
「そこがどうした?」
「生産者の方と……素敵なご縁があったんです! 昔……お父さんが道で助けた人だったんです。この継ぎ接ぎは、その時に破いてしまって、生産者の奥さまが縫って下さったそうです」
「なんと! 大樹さんはタフな男で……よくつなぎを破いたり、引っかけたりして帰ってきたが、外でそんなことを」
「はい……お父さんはもういないけれども、誰かの思い出として残っているのって、いいですね」
大樹さんはワイルドな人だったが、みーくんは繊細で清楚で慎ましい。
そんな違いすらも、愛おしい。
「ほっとしたら腹が減っただろう。スーツに着替えてから食事を取るといい。空港までは俺が運転するよ」
「あ……でも」
みーくんがつなぎを手で撫でて名残惜しそうな素振りをする。
「つなぎは君が持って帰るといい」
「でも……いいんですか」
「元々、みーくんのお父さんのものだ。俺には思い出が沢山あるから大丈夫だ」
「あ……ありがとうございます」
スーツに着替えたみーくんは、大事そうに畳んだつなぎを抱きしめていた。
「さぁ、つまんでくれ」
「美味しそう!」
ところがサンドイッチを掴もうとしたみーくんが、顔をしかめた。
「みーくん、やっぱり手を少し痛めたな」
「瑞樹、大丈夫?」
「あの……ごめんなさい。ハンドルを強く握り過ぎたかも……少しだけまた痛いです」
「謝らなくていいのよ。母さんも大量に花を仕入れたときはよくなったの。テーピングしてあげるわ」
「……お母さん、ありがとう」
みーくんの右手にさっちゃんが優しくテーピングを施した。
「どう? みずきの痛いの痛いの飛んでいけ」
「お、お母さん……それはちょっと恥ずかしいよ」
「あら、いいじゃない。今日は瑞樹しかいないんだから」
「……あの……じゃあもう一度擦ってもらっても……」
「ふふ、もちろんよ」
さっちゃんがみーくんの手を優しく包んで、祈るように呟いた。
「大丈夫よ、もう大丈夫」
「……うん」
みーくんのあどけない返事に、何故か熱いものが込み上げてくる。
みーくんの和やかな日常を守る人の一人になりたい。
この先、ずっとずっと。
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